怪人二十面相に心を寄せてしまう。

レ・ロマネスクTOBI(ミュージシャン、俳優)

2022/11/16

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OVERVIEW

2000年にパリで結成された「レ・ロマネスク」は、パリコレでライブを行い、第8回パリシネマ国際映画祭ではジェーン・フォンダ、パリ市長とともに広報大使を務めるなど「フランスでいちばん有名な日本人」として世界を席巻した。2011年、フジロック出演を機に帰国後、NHK Eテレ『お伝と伝じろう』のメインキャストに抜擢されるなど、多彩な活動を展開している。大の乱歩ファンというTOBIさんが語る、乱歩の魅力とは。

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レ・ロマネスクTOBIさんが語る「江戸川乱歩の魅力」

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レ・ロマネスクTOBIさんが探る「旧江戸川乱歩邸の土蔵」

フランスで乱歩と再会

——— TOBIさんが乱歩に出会ったのは小学生のとき、学校の図書室で、ポプラ社の少年探偵団シリーズを読まれたとのことですが。

レ・ロマネスクTOBI(以下略) はい。おそらくご多分に漏れず。

——— 成長されてからも、愛読されていたのでしょうか。

それが、大人になると、「もう乱歩を読むこともないかな」と思って、引っ越すたびについ売ってしまってたんですよ。だけど、気づいたら買っていて。それを何度もくり返してたんです。

——— 引っ越しはよくされていたんですか。

乱歩もたくさん引っ越してますけど、僕もフランス時代を入れたら20回以上。でもイヤじゃないです。新たな自分になれるというか、変わりたい気持ちがあって。全然違うコミュニティに入ったり、今までの自分を知らない街に行くのはワクワクしますね。

——— 環境を変えて、自分を一度リセットするような。

ええ。つげ義春の漫画、尾崎放哉の詩集、江戸川乱歩の小説……そういうものに影響を受けた自分をリセットして、次の場所へ行ってみよう、と。でも、引っ越したところで人間は変わらないので、また同じものを求めて、半年後には買ってしまうんですが。

——— TOBIさんはワーキングホリデーで渡仏し、MIYAさんと出会ってレ・ロマネスクを結成するわけですが、乱歩の本は持って行かれたんですか。

いえ、フランスへ行く前に、持っている本とかを全部売ったので、捨てたつもりだった『ガラスの仮面』全巻がなぜか船便で送られてきた以外、日本語のものは一切なかったんです。

——— フランス時代、乱歩に触れることは……

パリの10区に古い日本の映画ばかりやる映画館があって、そこによく通っていました。向こうで暮らしてる日本人は日本語に飢えてますから。そこで『陰獣』を観たんです。香山美子さんが小山田静子役で、すごい美しいやつ。

——— 加藤泰監督。1977年の松竹制作ですね。あおい輝彦さんが主演で。

そうそう。乱歩原作の映画ってたくさんありますけど、僕はあの『陰獣』が個人的にはベストです。乱歩のやりたかったことが、いい感じに大衆映画としても折り合いがついているように感じて。

——— 乱歩作品は、大衆向けの通俗的な部分もありますが、映像化されるとき、エログロなテイストが強調されてしまうきらいがありますね。

そうなんです。ちょっと笑えちゃうようなユーモアが乱歩の魅力なのに。じつはその後、日仏合作で再び「陰獣」が映画になった(2008年、バルベ・シュロデール監督)ときは、キャスティングを請け負っていた友人に頼まれて僕もオーディションを受けたんですよ。採用されませんでしたが。

——— なるほど。では、映画という場所から、期せずして乱歩と再会された。

ええ。そこから、やっぱり乱歩はおもしろいなと思って、また本を読みはじめました。帰国される方が文庫本なんかを置いていくんです。「好きな本持って行っていいよ」みたいな。乱歩の本を持っている人が多くて、懐かしいなと。

——— フランスでの乱歩人気というのは。

乱歩が好きなフランス人は多い印象です。発音は「RAMPO」(※「R」はフランス語の摩擦音)なので、最初誰のことかわからなかったんですけど(笑)。乱歩はフランス語訳もありますし、親和性は高いと思います。

——— 他にお好きな乱歩原作の映画はありますか。

増村保造監督の『盲獣』(1969年、大映)も好きですね。あれも映画として美学が描かれてて。その二つが飛び抜けているというか、印象に残ってますね。乱歩を映像化するとエログロになりやすいんですが、それだと幅が狭くなっちゃう。乱歩の本当のおもしろさ、ピックアップすべきところはそこだけじゃない。ユーモアがちょうどいい感じで入ってるという点で、その二作は映画化として成功しているのかなと思いますね。

「黒蜥蜴」にみる明智と犯罪者との交感

——— 2010年には、フランスで『美輪明宏ドキュメンタリー~黒蜥蜴を探して~』(Miwa : à la recherche du Lézard Noir)が放送されました。ここにもTOBIさんが一枚噛んでいると小耳にはさみましたが……。

噛んでいるというほどじゃないです(笑)。当時、友達のパスカル=アレックス・ヴァンサンという映画監督から「日本の戦後のLGBTカルチャーに関するドキュメンタリーを撮りたい」と相談されたので、美輪明宏さんの話をしたら、彼がすごく興味を持ったんです。

——— TOBIさんが企画を提案された。

いやいや、とんでもない。もともと彼は日本映画が好きで、新旧の邦画をたくさん見ていました。監督になる前は、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らの過去の名作をフランスで配給したり、DVD化したりする仕事をしていたほどです。そんな彼の熱い思いが美輪さんにも届いて、横尾忠則、深作欣二、北野武、宮崎駿など、すごい面々のインタビューも入ることになったんです。

——— 「黒蜥蜴」もお好きな作品と伺いました。

はい。映画は、丸山(美輪)明宏さん主演のもの(1968年、松竹)を最初にテレビで観たんです。振り返りざまに「あ、け、ち!」と言うのが、子供心に衝撃でした。大人になって、乱歩生誕100年の際に渋谷の映画館でも観ましたが、深作欣二監督、三島由紀夫脚本という豪華布陣で、これは美輪さんの魅力を世に知らしめる映画なんだと感じました。

——— 先行して公開されていた、京マチ子さん主演の『黒蜥蜴』(1962年、大映)は。

フランスで観ました。あれもすごかった。ただ、京さんの場合も、やっぱり黒蜥蜴をやる人のプロモーションビデオのように見えてしまう。

——— 三島由紀夫脚色の映画と原作の違いはどうお感じですか。

全然違いますね。僕は、基本的に明智の「おいしいところ取り」はずるいと思ってるので、次こそは明智が痛い目にあってほしいという淡い期待を持ちながら読み進めるんですけど(笑)。「黒蜥蜴」は、明智も犯罪者と共鳴し合うようなところが描かれるのがおもしろい。

——— クライマックスの、黒蜥蜴が死ぬときのキスシーンとか。

そう! 「あそこまで!」と。子どもの頃はアンチ明智派だったんですけど、「黒蜥蜴」を読んで、明智も同じく社会からはみ出した存在なんだなと感じましたね。

——— 「黒蜥蜴」ならではかもしれないですけど。

そうですね。「黒蜥蜴」があったおかげで、明智も悩める人間だったと思えた。自分もこれでしか生きていけない。犯罪者のほうにも感情移入してるんだけど、警察や大衆側にも自分を寄せていない。自分もそっち側の人間ではないという意識が、黒蜥蜴と出会ったことで生まれたんじゃないかな。もちろん、映画は映画でおもしろいんですが、黒蜥蜴のエキセントリックなところがピックアップされるので、原作にあるような、明智が犯罪者である黒蜥蜴にシンパシーを感じて、心を通じ合わせる探偵、というところが描かれたらもっとおもしろかったのに、とは思いますけどね、個人的には。

——— 犯罪者への感情移入という点では、TOBIさんが遭遇したさまざまな体験をまとめた『ひどい目。』という本にも収録されていますが、渡仏前には、まさに乱歩の「屋根裏の散歩者」に近いような体験も。

そうなんですよ! 屋根裏ではない、アパートのロフト部分に空き巣が22日間、住んでた(笑)。たしかに、あれも乱歩的ですね。

——— 日常の中に乱歩の世界が入り込んでいるような。

そうかもしれないですね。気づかなかったわけですから(笑)。

——— ええ。

あの方も……って、犯罪者を「あの方」扱いしている時点で、もう犯罪者側に立ってるんですけど(笑)。シェアハウスしていた仲間みたいな気持ちにはなってます。高級住宅地で空き巣をして、総額4億円も盗んだ犯人が初めて入った記念すべき部屋が、僕の部屋ですからね。

——— 幸先がよかった。

そこで失敗していたらもうやめていたでしょうから。怪人二十面相と同居していたみたいな感じですかね。

——— TOBIさんが仕事に出ている日中は部屋でくつろいでいて、夜な夜なお宅から出勤していたという……。

だから、怪人二十面相にも、彼を陰で支えるパトロン的な人がいたのかもしれないですね。

——— そうでないとやっていけない。

怪人二十面相側に感情移入してる人が。それはもしかしたら、乱歩本人かもしれないんですけど(笑)。

旧江戸川乱歩邸応接間/2022年9月14日
動画撮影・編集:吉田雄一郎(立教大学メディアセンター)
写真撮影:末永望夢
聞き手・文:後藤隆基(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)


プロフィール

PROFILE

レ・ロマネスクTOBI(Les Romanesques TOBI)

2000年フランス・パリでMIYA(ミーヤ)と音楽ユニット「レ・ロマネスク」を結成。世界12ヵ国50都市以上で公演し、2011年フジロックフェスティバル出演を機に帰国。2013年NHK Eテレ「お伝と伝じろう」のメインキャストに抜擢され、シングル・アルバムを精力的にリリース。最近では『仮面ライダーセイバー』やミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』への出演、NHK『おかあさんといっしょ』への楽曲提供、書籍『レ・ロマネスクTOBIのひどい目』や自伝小説『七面鳥 山、父、子、山』の刊行など、活動の幅を広げている。

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