公開シンポジウム「現代に生きる芸術、文化、宗教—国際芸術祭「あいち2022」から—」開催レポート

愛知県立芸術大学 小西 信之 教授

2022/07/29

トピックス

OVERVIEW

キリスト教学科主催のオンラインシンポジウム「現代に生きる芸術、文化、宗教—国際芸術祭「あいち2022」から—」を7/5に開催しました。
聴講レポートが届きましたので報告させていただきます。

ライブ配信を興味深く拝聴しました。今回のパネリストは不思議な組み合わせでしたが、司会の立教大学教授で西欧中世美術が専門の美術史家、加藤磨珠枝さんの説明で、いくつもの偶然で幸運な出会いが重なってこの会が成立したという説明がありました。それがどのような「スピンオフ」を生んでくれるのか楽しみに拝聴しました。

まず「あいち2022」の芸術監督である片岡真美さんからは同芸術祭のタイトル”Still Alive”の意味と展覧会の概要と背景を説明されました。現代アートの今日的課題として、ダイヴァーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂)の重視、ディコロナイゼーション(脱植民地化)などを挙げ、またこのコロナの時代において「生きること」、そして未来に向けてサスティナブル、”Still Alive”であろうとすることの価値を、グローバルなアートの動態の中で示したいとの意図を説明されました。現代のアートが抱えている社会的問題の幅広さを改めて実感させられました。

続く愛知県美術館館長で過去の3度の愛知トリエンナーレにキュレイターとして関わってきた拝戸雅彦さんは、トリエンナーレの街中展開の重要性と難しさについて語られました。アートを通じた地域とのコミュニケーション、さらにはアートを理解する糸口に立ってもらうための人々とのコミュニケーションが大切であり、そうして人とつながっていくことが何よりもアートの成果ではないかと語られていました。

そして奈良美智さんはSNSなどで断片的に発信していた近年の北海道での活動を紹介してくれました。例えば飛生(とびう)の廃校になった小学校を舞台に地元の人々や子供たちと楽しく触れ合いながら制作したり、「電車も汽車もない」小さな町の美容室やパン屋さんの店内に溶け込むように写真を展示したり。虎杖浜という小さな港町では、地元のアマチュア写真家が残したフィルムからブローアップしたモノクロ写真を当地のあちこちの古い建物に貼り付けて屋外展示を行った末、地元の人たちに熱望されて残すことになった、等々。こうした体験を通じて彼は「作品は見られることによってアートになっていく」、そしてものをつくることは、ひととひとが繋がっていくことだと改めて感じたといいます。ひとりのアーティストがアートの原点に回帰すべく新たな道を模索する様を聞かせてもらいました。
最後に立教大学総長の西原廉太さんは片岡さんのキーワードへの「キリスト教神学からの応答」という題で話をされました。その中でキリスト教神学は「北から南への一方的伝道への反省」をし、そして「フェミニズム神学からの批判」を受け、キリスト自身が本来パレスチナ人であるのに、西欧白人男性として表象されてきたことへの反省があるということを語られました。その上で、土着化と違う「インカルチュレーション」(inculturation=地域とシンクロ、共鳴すること)が課題として提唱されていることが示されました。そしてこれらの概念は驚くほど、片岡さんの語った現代アートの課題と酷似しており、またそれは拝戸さんや奈良さんのいう人とのつながりという同じ課題に向かっているのだということを仄めかすものでした。

人々が孤立し、アトム化している現代において、宗教もアートも、ひととひとがいかにつながることができるのかという課題に突き当たっており、求められているのは、さまざまな人と人を無条件につなげる無償の「アート」なのかもしれないということをこの会は示唆してくれました––––加藤さんがハブとなって偶然にも引き寄せた本シンポジウムのセレンディピィタスな出会いは、アートと宗教に関わる人たちを一つの場所に呼び寄せ、両者が実は別々の持ち場で、同じ課題に立ち向かっているのかもしれないということに、気づかせてくれたのではないでしょうか。


愛知県立芸術大学教授(現代美術評論)  小西信之

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