「センスメイキング」という技法で世界を理解する 
~人文科学は何を物語るか~

公開講演会レポート

2019/06/24

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OVERVIEW

5月29日(水)、池袋キャンパス9号館大教室にて公開講演会「AI時代におけるAIと人文科学の可能性」が開催され、300人を超える参加者が集まりました。今回はAI時代における人文科学の重要性を説く『センスメイキング』(プレジデント社)の著者であり、目の前の課題を読み解くにはアルゴリズム一辺倒ではなく、哲学、歴史学、社会学などの人文科学が重要であると説くクリスチャン・マスビアウ氏にご講演いただきました。2020年4月に開設予定の大学院「人工知能科学研究科」では文理融合を目指しており、新しい時代のリベラル・アーツの可能性を探る機会となりました。その様子をお届けします。

観察を行うことで世界の真実が見えてくる

今から5年ほど前、私たちの消費行動や人生設計、そして恋愛生活に至るまで、「すべてをアルゴリズムにより決定できる」という感覚を、世界中が持ち始めました。しかし、哲学を専門とし、歴史や美術、心理学といった分野の研究者と日々を過ごす私は、アルゴリズムありきでは、世界を正しく描写できないと考えていました。私は心理学、歴史といった人文科学、そして人間の感情をテクノロジーと合わせて有意義に活用することで、世界を正しく描写できると考えています。そしてその際、ツールとなるのは「観察」です。世界を観察すること。人々を観察すること。これが最も意義深い「センスメイキング」つまり、世界に意味を与え、理解する手段となるのです。観察を行うことで、例えば500年前のアート作品を理解したり、別の国に住んでいる人の感覚を理解したりすることができるのです。

観察を行う際、ポイントが3つあります。1つ目は、「人を個人として見ない」ということ。例えば私はデンマーク出身のため、デンマーク人としての嗜好があり、デンマーク人らしい着こなしをしています。つまり、私個人は周りの文化によって規定されているのです。そのため、周囲の環境や文脈も合せて理解する必要があります。2つ目は、「人は自分の好みをわかっているわけではない」という前提でいること。例えば市場調査を行う際、私たちは「消費者が何を欲しいかを明確にわかっている」という前提でいるため、購入意向や希望金額を質問してしまいます。しかし、実は消費者は自分が何を欲しいと思っているのか、わかっていないのです。人文科学の世界では、「人は自分のことをわかっていない」と規定します。未来のことはもちろん、今の自分の好みや考えすらわかっていないのです。そこで、自分が欲しい商品なんてわかるはずが無いという見方が必要です。3つ目は、「自分たちの行動を正確に報告することができない」という前提に立つことです。例えば、インタビューで、自宅でどのような食事をしているかを質問すると、「家族と食卓を囲み、オーガニックの食事を採っています」という答えが返ってきます。ところが、実際はほとんどが冷凍食品であるということがしばしばあります。これはわざと嘘をついているということではなく、質問されたため何となく想像して答えているということです。だからこそ、インタビューではなく、観察を行うことで真実が見えてくるのです。

人文科学の知識が世界の洞察を可能とする

ひとつ例を紹介します。トラックのセンサーや電話などから得られるビッグデータを見ると、トラックが走行している場所、スピード、急停止した回数などがわかります。一方で、このトラックを所有する人たちの行動を観察してみると、この運転手は自然が大好きでオフロードを楽しんでおり、途中何度も急停車して車を降り、次の人が困らないよう、道をふさぐ木をどけていたことがわかりました。ビッグデータは彼が過去30分で12回停車したり、時速0マイルであったという事実を正しく示していますが、彼の状況をうまく描写してはいません。このように人間の状況を正しく描写するデータを「厚いデータ(Thick Data)」と呼んでいます。これは厚みのあるデータという意味です。クリックやスワイプ、センサーが取得するのがビッグデータです。一方、厚いデータは、観察から得られる人間の属性的な情報です。こうした厚いデータを収集するためにはやはり人文科学が大切になってくるわけです。このように、ビッグデータと厚いデータを組み合わせるということが、未来のAIのあるべき姿だと思います。ビッグデータは、巨大なスケールで物事を見るという意味では有用ですが、厚いデータが存在しなければセンスメイキングは行えません。つまり、両方が必要になるということです。私が所属するレッドアソシエイツは、さまざまな人を追跡して観察を行い、厚いデータを収集しています。

こうしたデータを提供することによって、トラック会社はどのようなマーケティングを行い、どのようなパフォーマンスを優先し、どのようなポリシーを優先してトラックを製造するべきかという意思決定を行うことができます。これは、世界を理解し、人々の体験を理解することによってのみ可能となる意思決定です。特に教養学を専攻した人は特にこういった理解が得意です。教養学の知識がこうした洞察を可能とします。だからこそ、歴史や心理学を勉強した人がいる社会の方が良い社会になると考えています。文学やアート、哲学を勉強した人が暮らす社会の方が、倫理的だけではなく実践的にも優れた社会であると思っています。人文科学は実践的で物事を理解するために必要な学問なのです。もちろん仕事をするうえでも重要です。最近の親御さんは、お子さんが文学を勉強したいと言うと不満を持つのですが、「喜んだほうがいいですよ!」と私は思います。なぜかと言うと、日常的に使える非常に便利なツールが見つかるからです。このように、教養学は決して贅沢な学問ではありません。非常に実践的な学問なのです。

人間の理解をもとにAIを設計していく必要がある

以上説明したように、人文科学をベースとした考え方がなければ人々を本当に理解することはできません。スマホでどんなページをスワイプしているか、どんなリンクをクリックしているか、というデータを見ただけではわからないのです。やはり当事者と相当な時間を過ごして、彼らの世界を観察することのみによって正確な情報が得られるのです。また、人々にとって何が有意義なのか、それを調べるためにはどういうデータを見ればいいのか。さらに、どういうデータをセンサーでキャプチャーする必要があるのか、あるいはデジタルで人々の動向をトラッキングする必要があるのかということは、もちろん考える必要があるのですが、その前にまずは厚いデータを見たうえで、どういう情報が必要なのかということを起点として考えることが重要です。

世の中を説明するためには、ビッグデータやAIといった数学モデルももちろん必要です。ただしその目的はあくまで人間を理解するためのツールであって、それありきではありません。そのために人文科学が必要です。機械がすべてを解決してくれるだろうと考えるのは決して正しくありません。そのため、実際にアルゴリズムや機械学習を設計する場合には、人々をまず理解しなければなりません。そうした人間の理解をもとにAIを設計していく必要があるのです。つまり、人文科学を理解する人間が、コンピューターサイエンスを理解する人間と協働する必要があります。正確な情報を抽出し、それを各カテゴリーの中で分析し、人々を把握し、理解することが重要なのです。

最後に、立教大学が2020年4月に開設する「人工知能科学研究科」は、哲学、文学、歴史学、社会学などの人文科学の重要性を認め、さまざまな分野の研究者が協働して研究を行うと聞いていますが、とても素晴らしい取り組みだと思っています。

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