地球環境の「現場」をどう見るか 海と陸の視点から考える共生のかたち
酪農学園大学農食環境学群 佐藤喜和教授×立教大学環境学部 大久保奈弥教授
2026/09/18
研究活動と教授陣
OVERVIEW
地球温暖化や生物多様性を巡る問題が近年、深刻化しています。この難題の解決策を探ろうとサンゴ研究が専門の大久保奈弥・立教大学環境学部教授とヒグマの生態を研究する佐藤喜和・酪農学園大学農食環境学群教授が6月、北海道江別市の酪農学園大学で対談し、自然環境と人間社会との関係をどう再構築するかなどを語り合いました。
サンゴとヒグマが映す温暖化の影響
大久保奈弥教授(左)と佐藤喜和教授(右)
——地球温暖化でサンゴはどのような影響を受けていますか。
大久保教授 沖縄県などの南方の海でよく見られる「ミドリイシ属」のサンゴが、相模湾や東京湾で増えています。これは地球温暖化による水温上昇の影響です。他方、水温が上がり過ぎた沖縄の海ではサンゴが大人になる前に死んでいます。
——サンゴが死ぬことと水温上昇とはどんな関係がありますか。
大久保教授 サンゴの体内には栄養を供給してくれる藻類が共生しています。その藻類は水温が30度を超えると生き残ることが難しくなり、サンゴの体内から失われます。そうなると、サンゴの見た目が白くなるので「白化」と呼ばれる状態になります。藻類に頼って生活する種類のサンゴは多くの場合死んでしまいます。
——地球温暖化はヒグマにどのような影響を与えていますか。
佐藤教授 原生的な自然が一番残っている知床半島を例に取ると、夏に知床川を遡上するカラフトマスがヒグマの一番大切な餌なのですが、この2年間はほぼ遡上していません。海や川の水温が高いことが影響しています。また北海道の南部では、温暖化の影響で(ヒグマが好んで食べるドングリが実る)ミズナラが枯れる事態も北上しています。このほか、温暖化で冬に死ぬエゾシカが減ったほか、猟師が減るなどして個体数が高水準で推移しているのも見逃せません。
——農地や街中にヒグマが頻繁に出没するようになっていますね。
佐藤教授 北海道は畑作が盛んなので、ヒグマは畑に出没して作物を食べてしまいます。都市部では生物多様性に配慮した河川管理が推進され、上流部の森林と中下流部の都市がつながりました。その結果、緑地をたどって市街地に迷い込む「アーバン・ベア」が急増し、人的被害を招いています。生物多様性の保全は大事ですが、人間にとって不都合な野生動物が都市部に出没するようになったのです。
大久保教授 沖縄県などの南方の海でよく見られる「ミドリイシ属」のサンゴが、相模湾や東京湾で増えています。これは地球温暖化による水温上昇の影響です。他方、水温が上がり過ぎた沖縄の海ではサンゴが大人になる前に死んでいます。
——サンゴが死ぬことと水温上昇とはどんな関係がありますか。
大久保教授 サンゴの体内には栄養を供給してくれる藻類が共生しています。その藻類は水温が30度を超えると生き残ることが難しくなり、サンゴの体内から失われます。そうなると、サンゴの見た目が白くなるので「白化」と呼ばれる状態になります。藻類に頼って生活する種類のサンゴは多くの場合死んでしまいます。
——地球温暖化はヒグマにどのような影響を与えていますか。
佐藤教授 原生的な自然が一番残っている知床半島を例に取ると、夏に知床川を遡上するカラフトマスがヒグマの一番大切な餌なのですが、この2年間はほぼ遡上していません。海や川の水温が高いことが影響しています。また北海道の南部では、温暖化の影響で(ヒグマが好んで食べるドングリが実る)ミズナラが枯れる事態も北上しています。このほか、温暖化で冬に死ぬエゾシカが減ったほか、猟師が減るなどして個体数が高水準で推移しているのも見逃せません。
——農地や街中にヒグマが頻繁に出没するようになっていますね。
佐藤教授 北海道は畑作が盛んなので、ヒグマは畑に出没して作物を食べてしまいます。都市部では生物多様性に配慮した河川管理が推進され、上流部の森林と中下流部の都市がつながりました。その結果、緑地をたどって市街地に迷い込む「アーバン・ベア」が急増し、人的被害を招いています。生物多様性の保全は大事ですが、人間にとって不都合な野生動物が都市部に出没するようになったのです。
動物と人間との適切な距離感とは
——温暖化以外にサンゴを脅かしている要因はありますか。
大久保教授 農地などから赤土や肥料などが海に流れ込むことで水質が悪化し、サンゴが弱っています。サンゴを守るため別の場所に移植しても死んでしまうなど、行政の取り組みはなかなかうまくいっていません。私は「自然再生は無理なので保護・保全すべし」と主張しています。海は人間が手を入れるより、放っておく方が良いのです。
大久保教授 農地などから赤土や肥料などが海に流れ込むことで水質が悪化し、サンゴが弱っています。サンゴを守るため別の場所に移植しても死んでしまうなど、行政の取り組みはなかなかうまくいっていません。私は「自然再生は無理なので保護・保全すべし」と主張しています。海は人間が手を入れるより、放っておく方が良いのです。
——温暖化以外にもヒグマが山から頻繁に下りてくる背景はありますか。
佐藤教授 国内の農業は競争力が弱いため、国は大規模化と分業化を推進してきました。今後は広大な農地で自動運転のトラクターやドローンが種をまき、除草し、肥料をまくようになります。でも、大規模化で人間の姿があまり見えなくなった農地にヒグマが出てくるようになりました。北海道でたくさん栽培されているデントコーン(飼料用トウモロコシ)や、里山にある民家の庭に実る柿もクマの好物なのです。
佐藤教授 国内の農業は競争力が弱いため、国は大規模化と分業化を推進してきました。今後は広大な農地で自動運転のトラクターやドローンが種をまき、除草し、肥料をまくようになります。でも、大規模化で人間の姿があまり見えなくなった農地にヒグマが出てくるようになりました。北海道でたくさん栽培されているデントコーン(飼料用トウモロコシ)や、里山にある民家の庭に実る柿もクマの好物なのです。
——ヒグマによる人的被害を減らすにはどのような対策が求められますか。
佐藤教授 生物多様性への配慮という前提で考えると、今からヒグマを絶滅させる選択肢はありません。昔から人間とヒグマは互いに被害を受けながらもなんとか距離をとって生活してきました。人間とヒグマが同じ場所で一緒に暮らすのではなく、場所を分けて共存していくという手法が、多くの人々の理解を得やすいと思います。人間とヒグマが理解し合うのは無理なので、クマが市街地に入れないように構造物を整備するなどして「山奥はヒグマなど野生動物の生活圏」「下流域は人間の生活圏」と区分けするのが良いと思います。
佐藤教授 生物多様性への配慮という前提で考えると、今からヒグマを絶滅させる選択肢はありません。昔から人間とヒグマは互いに被害を受けながらもなんとか距離をとって生活してきました。人間とヒグマが同じ場所で一緒に暮らすのではなく、場所を分けて共存していくという手法が、多くの人々の理解を得やすいと思います。人間とヒグマが理解し合うのは無理なので、クマが市街地に入れないように構造物を整備するなどして「山奥はヒグマなど野生動物の生活圏」「下流域は人間の生活圏」と区分けするのが良いと思います。
海と陸との共通項を学び合う
——大久保教授は「海」、佐藤教授は「陸」という異なる専門分野を研究されています。研究者としてそれぞれが果たせる役割とは何でしょうか。
大久保教授 人間の管理が難しい海と、人間が管理して生物多様性の豊かさが維持されてきた里山などを有する陸とでは異なる側面があります。佐藤さんとお話しして山林・河川・砂浜・海という一連の自然のつながりと、各域の保全の方法の違いを考えると、陸の専門家と一緒に研究する必要性の大きさを改めて感じます。
佐藤教授 陸でも海でも共通した歴史があります。そこからお互いが学び合うことで新たな関係性を構築できると思います。
——そうした研究を進める上で大切にしたいことや、学生に伝えたいことはありますか。
大久保教授 地味ですが、基礎的なデータを何年も採取し続けることが大切です。私も学生時代には2カ月に1回、沖縄の海に朝から晩まで潜り続け、サンゴの移植や繁殖調査をしていました。近年、学問的基盤のないキラキラした環境教育も見受けられ、グリーンウオッシュに繋がるケースも多々あります。学生たちには「地味な作業を積んでこそ、意義のある研究成果をあげられる」と伝えたいですね。
佐藤教授 野生動物を巡る問題を研究するには、まず外に出て、教育されたことと実際に現場で感じたこととのギャップを認識することが重要です。ヒグマ対策を例に説明します。草刈りや木の伐採は「(自然破壊で)悪いこと」と思うかもしれませんが、ヒグマが隠れる場所を減らすには必要な作業ですし、自然の中で汗をかく楽しさを知ることもできます。ヒグマの駆除・解体にしても最初は抵抗を感じるでしょうが、肉を食べるとそのおいしさが分かります。それに野生動物と身近なところで暮らしている人間たちの思いを聞くことも大切です。こうした経験を重ねると物の見方が柔軟になり、「野生動物の全てを人間が管理できるわけではない」という関係性を理解できるでしょう。
大久保教授 人間の管理が難しい海と、人間が管理して生物多様性の豊かさが維持されてきた里山などを有する陸とでは異なる側面があります。佐藤さんとお話しして山林・河川・砂浜・海という一連の自然のつながりと、各域の保全の方法の違いを考えると、陸の専門家と一緒に研究する必要性の大きさを改めて感じます。
佐藤教授 陸でも海でも共通した歴史があります。そこからお互いが学び合うことで新たな関係性を構築できると思います。
——そうした研究を進める上で大切にしたいことや、学生に伝えたいことはありますか。
大久保教授 地味ですが、基礎的なデータを何年も採取し続けることが大切です。私も学生時代には2カ月に1回、沖縄の海に朝から晩まで潜り続け、サンゴの移植や繁殖調査をしていました。近年、学問的基盤のないキラキラした環境教育も見受けられ、グリーンウオッシュに繋がるケースも多々あります。学生たちには「地味な作業を積んでこそ、意義のある研究成果をあげられる」と伝えたいですね。
佐藤教授 野生動物を巡る問題を研究するには、まず外に出て、教育されたことと実際に現場で感じたこととのギャップを認識することが重要です。ヒグマ対策を例に説明します。草刈りや木の伐採は「(自然破壊で)悪いこと」と思うかもしれませんが、ヒグマが隠れる場所を減らすには必要な作業ですし、自然の中で汗をかく楽しさを知ることもできます。ヒグマの駆除・解体にしても最初は抵抗を感じるでしょうが、肉を食べるとそのおいしさが分かります。それに野生動物と身近なところで暮らしている人間たちの思いを聞くことも大切です。こうした経験を重ねると物の見方が柔軟になり、「野生動物の全てを人間が管理できるわけではない」という関係性を理解できるでしょう。
酪農学園大学
佐藤 喜和(さとうよしかず)教授
東京都生まれ。北海道大学農学部卒。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。日本大学生物資源科学部などを経て2014年より現職。ヒグマの生態と管理に関する研究を専門とし、環境省クマ類保護管理検討会委員、北海道ヒグマ保護管理検討会座長、知床世界自然遺産地域科学委員会ヒグマワーキンググループ座長などを務める。主著書に「アーバン・ベア となりのヒグマと向きあう」(東京大学出版会)がある。
佐藤 喜和(さとうよしかず)教授
東京都生まれ。北海道大学農学部卒。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。日本大学生物資源科学部などを経て2014年より現職。ヒグマの生態と管理に関する研究を専門とし、環境省クマ類保護管理検討会委員、北海道ヒグマ保護管理検討会座長、知床世界自然遺産地域科学委員会ヒグマワーキンググループ座長などを務める。主著書に「アーバン・ベア となりのヒグマと向きあう」(東京大学出版会)がある。
立教大学
大久保 奈弥(おおくぼ なみ)教授
神奈川県生まれ。立教大学文学部卒業後、東京水産大学で修士号、東京工業大学で博士号を取得。日本学術振興会特別研究員(京都大学)、優秀若手研究者海外派遣事業(豪国立大学)、慶応義塾大学特任助教、東京経済大学教授を経て、2025年より現職。専門はサンゴの生物学。著書「サンゴは語る」(岩波書店)の執筆のほか、日本環境会議理事、高木仁三郎市民科学基金選考委員などを務め、環境教育や環境正義の実践に力を入れてきた。
大久保 奈弥(おおくぼ なみ)教授
神奈川県生まれ。立教大学文学部卒業後、東京水産大学で修士号、東京工業大学で博士号を取得。日本学術振興会特別研究員(京都大学)、優秀若手研究者海外派遣事業(豪国立大学)、慶応義塾大学特任助教、東京経済大学教授を経て、2025年より現職。専門はサンゴの生物学。著書「サンゴは語る」(岩波書店)の執筆のほか、日本環境会議理事、高木仁三郎市民科学基金選考委員などを務め、環境教育や環境正義の実践に力を入れてきた。
メッセージ
- 岩野英知 酪農学園大学学長
本学が2026年4月に開設した農環境情報学類には、「農×テクノロジー」の融合により持続可能な農業をデザインする人材の育成が期待されています。変革には、先端技術を実装する現場のリーダーと、政策面から全体を俯瞰するリーダーの双方が不可欠です。そのため、環境学部を持つ立教大学と手を取り合い、北海道というフィールドと互いの強みを融合させることで、多角的な視点から地域課題を解決に導く次世代リーダーの育成が強く望まれています。
- 西原廉太 立教大学総長
本学と酪農学園大学は2025年2月、環境学分野における連携協定を締結しました。豊かな自然環境に学び舎を構え、酪農、獣医、環境などをキーワードに教育・研究を実践する酪農学園大学と、150年以上にわたるリベラルアーツ教育の伝統を持つ本学の連携は、日本の高等教育において稀有な化学反応をもたらすものと期待しています。本学では環境学部に1年次生を迎え、東京・池袋の地で学びの歩みをスタート。文理融合を実践するまさに「本気の環境学部」の幕開けです。
※構成・太田圭介、写真・安味伸一
※本記事は「毎日新聞」(2026年7月31日掲載)をもとに再構成したものです。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
※本記事は「毎日新聞」(2026年7月31日掲載)をもとに再構成したものです。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
CATEGORY
このカテゴリの他の記事を見る
研究活動と教授陣
2026/07/21
脱炭素社会に向けた現状と課題
社会学部 大倉 季久教授