大学の学びを体験 地方都市再生のまちづくり学
——立教大学×三条高等学校

立教大学特別授業

2025/09/30

研究活動と教授陣

OVERVIEW

7月1日、大学の講義を高校生が体験する「立教大学特別授業」が新潟県立三条高等学校で行われた。人文地理学・まちづくり論を専門とする武者忠彦教授による講義で、参加した全校生徒約720人は大学での専門的な学びと雰囲気を体験。従来のまちづくりから「まちづかい」への転換という新しい視点を通じて、地域の可能性やライフコースについて考えを深める機会となった。

コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科
武者 忠彦 教授


1975年長野県佐久市生まれ、東京大学理学部卒業後、メーカー勤務を経て東京大学で博士号を取得。信州大学経済学部を経て2023年より現職。長野県住宅審議会会長も務める。専攻は人文地理学、まちづくり論。

「まちづくり」とは何かを考える

まちづくりについて語る武者教授

今日は地方都市再生のまちづくりというテーマでお話しします。いま「まちづくり」という言葉はかなり曖昧に使われています。新しいオフィス街や団地を建設することも、古い街並みを保存することも、テーマパークのようなフェイクの街をつくることも、さらには大学生が地域でイベントを開催するような活動も、全て「まちづくり」と呼ばれているのです。このような状況で、まちづくりとは本来何をめざすべきなのか、これからの時代に求められるまちづくりとはどのようなものか、きちんと整理して考える必要があります。今日皆さんにお伝えしたいことは、これからの時代に求められるのは、逆説的な表現ですが「まちをつくらないまちづくり」だということです。これは新たに建物や施設を建設するのではなく、人々の暮らし方や地域との関わり方を変えることで都市を再生していくアプローチです。

人生の歩み方の変化と大都市圏への人口集中

これまで行われてきたまちづくりは、農村から都市、あるいは地方都市から大都市へ移動する人口が深く関係しています。そのキーワードとして重要になるのが「ライフコース」。まちづくりを理解するためには、人々がどこで何をして、人生を歩んできたかの軌跡であるライフコースを把握することが不可欠です。なぜなら、まちは人が来ないと成り立たない。人々の人生が集まって、そこに魅力的な「暮らし」ができないと、まちがつくられないからです。高度経済成長期には、三大都市圏に毎年50万人前後もの人が流入していました。この大規模な人口移動とその後の暮らしが、大都市のまちづくりの基盤を形成したのです。当時の人々が歩んでいたのは、今よりも画一的なライフコースです。地方出身者は就職や進学で上京した後、結婚や子育てを機に近郊へ転居し、最終的には郊外の一戸建てに住むという共通の「幸せなゴール」がありました。この標準的なライフコースこそが、まちづくりのパターンを方向付けたのです。

しかし現在、このライフコースは劇的に変化しています。例えば1950年頃に生まれた女性の約8割は結婚・出産・専業主婦を経験していましたが、現代ではそのような標準的なライフコースは大幅に縮小し、多様な生き方が選択されるようになりました。その延長線上に、二拠点居住、ワーケーション、デジタルノマド、関係人口など、地方における新しい働き方や暮らし方も登場しています。

従来のまちづくりから「まちづかい」へ

約720人が参加した特別授業の様子

従来のまちづくりは、大都市も地方都市も人口増加を前提にしてきました。急速に増える人口と経済の成長に対応するためには、それまでよりも便利で効率的な都市空間をすみやかに生み出していく必要があります。このような都市の変化のことを「近代化」といいます。この時代は、多くの人々が同じようなライフコースを歩んでいたので、良い計画を立てて近代的な建物や道路などを整備すれば、おのずと人が集まり、良い街が生まれるという予測が可能でした。そのため、私たちには「良い計画が良い都市を生む」という信念がすり込まれていったのです。

ところが、日本が人口減少社会に転じると、近代化によってまちを新たにつくりだす「まちづくり」の必要はなくなり、それに代わって、既にあるまちを利活用する「まちづかい」が必要となってきました。人口増加により市場が拡大するまちづくりの時代は、他の都市と同じような計画を立てて、新しさや便利さを追求する近代化は「勝ち馬に乗る」戦略でした。ところが、人口減少によって市場が縮小していくまちづかいの時代になると、同じように近代化していく方法は一転して「泥舟に乗る」戦略になってしまいます。そこで求められるのは、他の都市と差別化して固有の価値(つまり地域性)を生み出し、何とか生き延びようとする戦略です。まちづかいの時代に、このように地域性を高めて持続可能な都市を追求することを、私は「文脈化」とよんでいます。

地域の文脈を生かす新しいまちづくり

では、どうすれば文脈化を進めることができるのでしょうか。重要なことは、「良い計画が良い都市を生む」という近代化の考え方から、個々人の「良い日常から良い都市が生まれる」という考え方への転換です。現代は人々のライフコースが多様化しています。そのような社会におけるまちづくりは、計画にもとづいて達成されるというよりも、多様な個人がその土地の文脈である自然環境や地域文化に根ざした魅力的な暮らしを営み、それが次第に連鎖して場所全体の価値が高まることによって実現されるものです。例えば、長野市の善光寺界隈かいわいでは門前町ならではの文脈を意識した「門前暮らし」というライフスタイルが広まって、今や店舗や住宅のリノベーションが100件以上集積して、中心市街地には活気が戻っています。今後、三条でも新しい働き方や暮らし方を実現するライフコースが形成され、まちづかいが進んでいくはずです。ここにいる皆さんが、そのプレイヤーになることを期待して、今日の講義を終わります。

参加した高校生の声

1年生男子

講義を聞いて、地元を大切にしながら外の世界に触れることも重要だと感じました。将来は起業して新潟を盛り上げる仕事をしたいと考えています。新潟の良さを発信するためにも、さまざまなアイデアを得ていきたいです。

1年生女子

授業で地方創生をテーマに調べていたため、今回の講義はとても参考になりました。家族が受験生で県外への進学を検討中のため、一極集中の課題についても考えさせられましたし、将来を考えるきっかけにもなりました。

2年生男子

親族に教職員が多いこともあり、教職員を目指していましたが、大学には多様なコースや学びがあることを改めて知りました。選択肢の多さで視野も広がりました。今後は地元で働くことの意味も考えていきたいです。

2年生女子

家族がずっと新潟にいるため、自分も残ると漠然と考えていました。講義を聞いて、県外の取り組みを学んで新潟に生かすことの大切さや、一度外に出て新しい視点で新潟を見ることも必要だと思いました。

3年生男子

講義を通して、将来は三条市に残ってものづくりを生かした活性化に携わりたいという思いが強くなりました。地域を盛り上げる活動をしている方々に学び、地域に関する取り組みにも積極的に参加していきたいです。

3年生女子

探究活動で地方創生を研究中で、今あるものの魅力を発信するという点で、講義内容がリンクする点がたくさんありました。進学は立教大学を目指しています。将来は地元燕市に戻って国際教育に携わりたいです。

※本記事は『新潟日報』(2025年9月6日掲載)をもとに再構成したものです。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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