主将が“野球選手”を終えた日。──3年間追い続けた記者、最後の取材──

野球部

2019/04/15

アスリート&スポーツ

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日が落ちれば寒さを感じ始めた10月21日。明治神宮野球場にて、野球部は長年の宿敵・明治大学に惜敗。試合後、下級生が作るアーチをくぐり抜ける〝引退の儀式〟を終え、球場からの去り際、誰に言うでもなく彼は叫んだ。「さようなら神宮球場。悔いはない!」そして、トレードマークの笑顔で移動のバスへ。2018年度野球部主将・松﨑健造(文4)が引退した。

揺れた大学時代

最終対明大2回戦、試合前の整列に備える松﨑(背番号10)ら選手たち

先輩との会話で戸惑った2年前の冬。1学年上で、17年全日本大学野球選手権最高殊勲選手賞・大東孝輔(18年社卒)に練習し続ける理由を尋ねると「単に投げたり打ったりするのが好きだから」と返ってきた。自分とは明らかに違う……。17年の大学野球日本一の立役者からの言葉をきっかけに、自分と周りの選手、そして競技者としての価値観の違いを感じることが増えた。「点が入って、ピンチを抑えて、ベンチで皆が一体となって喜ぶ。グラウンドにいるあの空間が好きだから」。松﨑にとって、試合に出ることはもちろんであるが、スタメンでも控えでも、野球チームに所属する上で喜びは同じであった。

入部当初の夢はプロ野球選手。だがこの時期、松﨑は卒業後の進路を野球から離れた一般企業への就職に絞った。主将就任後、溝口智成監督(91年済卒)に社会人野球チームからの誘いを断る旨を伝えた。後悔はない。「野球だけが人生じゃない。自分を生かせる場所が他にある」。

主将としての学生野球最後の1年、野球選手としてのラストイヤーも加わった。チームとしての総合力向上を目指して松﨑はチーム改革に着手。「もっと細かいところまで突き詰めよう」。結果が悪かったから終わり、ではない。なぜそのプレーをしたのか、根拠のあるプレーをチームに求めた。

春キャンプも終わり、チームには「これで優勝できなかったら、というくらい練習した」という声が上がるほどに、完成度は高かった。だが東京六大学野球リーグ戦の結果は春季2位、秋季5位。春季は優勝争いにも絡んだがあと1歩が足りなかった。しかし秋季終了後、指揮官は「プロセスを評価したい」と、まさに松﨑がこだわっていた点に触れた。結果が出ない中で、やってきたことへ自信を持たせる最大級の賛辞だった。

目の前のことを頑張るだけ

ベンチから選手に声をかける様子

「リーダーシップがあると評価されるけれど、それって何だろうと思うね」。引退から約1カ月。松﨑〝さん〟への最後の取材で、こう漏らした。小学校から大学まで、どのステージでも主将を務め、その間に全国制覇は3度経験。彼ほど大舞台でリーダーを担ってきた野球選手はそういない。それでも、彼はこう言い切る。「目の前のことを頑張っただけだよ。下級生の頃も、主将になっても。就職活動していても、優勝争いしていても」。

明治神宮球場での去り際のセリフを重ねて確認してみた。本当に、悔いはなかったのか。「ないよ、全然。優勝できなかった悔しさはあったけれど、野球選手としての終わりを感じたんだよね。競技人生に悔いはなかった」。

全て答えてくれた。記者が松﨑健造を追うこと3年、全取材に快く対応していただいた。記者に対してだけでなく、いつでも誰に対しても彼は壁を作らない。自らの考えや思いを気負いなく発信するので、接した相手も自然と心を開く。目の前のことに全力で取り組む彼の姿勢とトレードマークの笑顔は、周りをポジティブにした。取材を終えて伝えたい──松﨑さん、ありがとうございました。

思い切り良いスイングで、神宮球場では32本のヒットを放った

引退セレモニーの松﨑に悔いは感じられなかった

「立教スポーツ」編集部から
立教大学体育会の「いま」を特集するこのコーナーでは、普段「立教スポーツ」紙面ではあまり取り上げる機会のない各部の裏側や、選手個人に対するインタビューなどを記者が紹介していきます。
「立教スポーツ」編集部のWebサイト〔http://www.rikkyo-sports.com/〕では、各部の戦評や選手・チームへの取材記事など、さまざまな情報を掲載しています。ぜひご覧ください。

「立教スポーツ」編集部
経済学部経済政策学科3年次 川村 健裕

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