カルチャーの坩堝(るつぼ)で育まれたまなざし。小説は静かに、強く、世界を揺さぶる

作家 柚木 麻子さん

2026/02/14

立教卒業生のWork & Life

OVERVIEW

文学部フランス文学科の卒業生で、作家の柚木麻子さんにお話を伺いました。

2024年に英語版が発売されて以降、世界的なベストセラーとなっている、柚木麻子さんの小説『BUTTER』。イギリス国内では3つの賞を受賞※1し、さらには世界最高峰の文学賞「ダガー賞※2」の最終候補作にもノミネートされるなど、国内外で大きな話題を呼んでいます。大学時代は脚本家を志していたという柚木さんに、作品への思いや立教で過ごした日々について伺いました。

※1 3つの賞を受賞「ブリティッシュ・ブック・アワード2025」イギリスの出版業界のニュースを報道する雑誌『The Bookseller』が運営する文学賞で、最高の作家とその作品に贈られる。柚木さんはDebut Fiction部門を日本人で初めて受賞。
「ウォーターストーンズ・ブック・オブ・ザ・イヤー2024」イギリスの大手書店チェーン、ウォーターストーンが選出。翻訳小説がこの賞を受賞するのは極めて珍しい。加えて日本人初の受賞。
「Books Are My Bag Readers Awards 2024」イギリスの各書店がノミネート作を選出し、読者の投票により受賞作が決定する。Break through Authorを日本人で初めて受賞。

※2 ダガー賞:世界的に権威のある犯罪・ミステリー小説の文学賞。翻訳小説部門で最終候補作に選出。

実感のないまま、世界の舞台へ

ずいぶん前に、「みそ屋大賞」という福井県のみそ屋さんが主催する文学賞をいただいたことがあるんです。副賞として1年間みそがもらえるというもの。正直、あまり知られていない賞ですよね(笑)。今回『BUTTER』が「ブリティッシュ・ブック・アワード」にノミネートされた時も、イギリスの書店チェーンによる「ウォーターストーンズ・ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた時も、てっきりみそ屋大賞くらいの規模かと思っていたので、報道を見て本当にびっくりしました。英国推理作家協会賞(ダガー賞)翻訳小説部門でも最終候補作にノミネートされましたが、ノミネートされるまではそれがいかにすごい賞なのか、あまりよく分かっていなかったです。

そもそも『BUTTER』が海外でヒットしたのも、チャプター版を簡単に訳してホチキス留めし、オークションに出したらイギリスの出版社が落札してくれたのがきっかけ。まさか、こんなに売れるなんて思っていなかったんです。

昨年から、オーサーズ・ツアー※3で世界を回って、海外の読者と直接お話しできる機会を得ています。どこでも歓迎してくださいましたが、『BUTTER』の描写で驚かれたのは、週刊誌編集部に女性の役職者がいないことと、主人公の体重増加について周囲が遠慮なく口にすること。前者は出版社に取材して書いた事実ですし、日本で生活していれば、どちらも「普通にあるでしょ」という感じですよね。でも、海外から見るとそれがとても特異に映るようです。「男性優位やルッキズムが色濃く残る社会で、それを皮肉った小説を書くなんて、アサコは勇気があるね」と称賛されるのですが、私としては「皮肉じゃなくて、ありのまま書いたつもりなんだけど」という感じです(笑)。

※3 オーサーズ・ツアー:作家・著者(author)が自身の作品を携えて、講演会やサイン会、ファンとの交流イベントなどを開催するイベント。柚木さんは2024年10月に英国内6都市でオーサーズ・ツアーを行い、ほかにもインド、香港、オーストラリアなど世界各国を巡っている。
『BUTTER』
財産狙いの連続殺人で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)は、フェミニストとマーガリンを嫌悪する。取材に訪れた記者・町田里佳は、カジマナの欲望に触れ、やがて自らも変貌していく——。フェミニズム、ジェンダー、ルッキズム。現代の生き方や、ゆるやかに連帯することの重要性を問う、社会派長編小説。2024年に英訳版が発売。全世界累計120万部突破、38カ国での翻訳出版決定(25年10月現在)。

出版社:新潮社
単行本:2017年4月
文庫版:2020年1月

フランス文学にのめりこんだ立教での4年間

フランス文学への強い憧れがあり、文学部フランス文学科で4年間学びましたが、結局フランス語は全くできないまま。1年次の授業で「フランス語には女性名詞と男性名詞があって、それには法則がない」と聞いた瞬間、「あ、これは無理だ」と思ってしまって(笑)。けれど、日本語訳されたフランス文学は、これでもかというほど読みました。恩師の菅谷憲興のりおき先生※4にも「語学は全然だめだったけど、作品は本当によく読んだね」と言われましたね。

学科にはユニークな学生が多く、例えばフランスの古いドキュメンタリーが好きな人、フランス留学を経て雰囲気までフランス人のようになっていく人など、個性豊かな友人に囲まれていました。フランス語をちゃんと習得した彼女たちと一緒に、5号館(池袋キャンパス)の教室にずらりと並んだVHSのフランス映画を1本ずつ見ていきました。すごく楽しかった思い出です。

※4 菅谷憲興先生:現在・文学部文学科フランス文学専修教授。

雑然とした街、池袋。異色のカルチャーが混ざり合って

2000年代の池袋は、今よりもっと雑多でカルチャーの熱に満ちていました。大学周辺には古本屋が点在し、そこでは古い映画のパンフレットが売られていたり。紙の香りが漂う街でしたよね。

文学や映画にたくさん触れる一方で、当時ドラマの脚本家を目指していた私は、学生時代から青山のシナリオ・センター※5に通っていました。月に30本くらい企画書を提出したり、2年次の時には2時間ドラマのプロットライターを経験したり。当時は黒沢清監督※6や周防正行監督※7の影響で立教では映画業界を目指す学生が多く、ドラマの脚本家を志望していた私は少し異質だったかもしれません。阿部嘉昭かしょう先生※8の授業で、成瀬巳喜男みきお監督の作品や日活ロマンポルノをひたすら見ました。いろんなところでいろんなものを吸収していたので、「黒沢清風で」と言われれば「はい!」とすぐに書けますし、「ロマンポルノ調で」と言われても「OK!」と応えられる基礎体力が付いたと思います。

池袋、そして立教は、さまざまな文化が混ざり合う場でした。『池袋ウエストゲートパーク(IWGP※9)』の舞台であり、「池袋モンパルナス※10」と呼ばれた時代の古本が売られ、フランス人と同じようなカルチャーを楽しむ学生たちが集い、菅谷先生や阿部先生の授業があって、5号館ではエリック・ロメール監督の映画を見ることができて——でも、エリック・ロメールを見る学生はロマンポルノを見ないし、ロマンポルノを見る学生は黒沢清を見ない。そこで広がるカルチャーには上も下もなく、それぞれの宇宙が併存していたんです。そんな多様性を許容するのが、立教のリベラルアーツの魅力だと思います。人生を豊かにする教養を育む場。それが立教であり、私の母校である恵泉女学園中学・高等学校にも通じる空気がありました。

※5 シナリオ・センター:1970年創設のシナリオライター養成スクール。シナリオライター・脚本家、小説家、漫画原作者など数多くのプロを輩出している。
※6 黒沢清監督:1980年社会学部産業関係学科卒業。
※7 周防正行監督:1981年文学部フランス文学科卒業。
※8 阿部嘉昭先生:当時・非常勤講師。現在・北海道大学名誉教授。
※9 池袋ウエストゲートパーク(IWGP):池袋を舞台とした、石田衣良のミステリーシリーズ。初出は『オール讀物』(文藝春秋・1997年11月号)、最新刊は第21弾『池袋NONAME』(文藝春秋・2025年9月)。これまでテレビドラマ、コミック、ミュージカル、舞台、テレビアニメなど幅広いメディアミックスがなされている。
※10 池袋モンパルナス:1920~40年代に池袋周辺に集った芸術家によって形成された文化圏で、パリの芸術家の街モンパルナスになぞらえて名付けられた。2006年からはこの精神を引き継いだアートイベント「池袋モンパルナス回遊美術館」が開催されている。立教大学は初回から企画・運営に携わり、キャンパス内外で学生の作品展示やシンポジウムなどを行っている。

ジャッジを急がず自分の創作を信じて

放送作家になりたくて入った放送研究会にはアナウンサー志望の学生が多く在籍していて、アメリカンフットボールのリーグ戦で場内アナウンスをしたり、情報バラエティー番組の電話対応係をしたり、仲間と一緒にいろいろな活動をしていました。私が学生だった頃は、みんなのびのびと自分の夢を追いかけていました。「アナウンサーになる」「映画監督になる」「脚本家になる」なんて夢を、誰もばかにしませんでした。お互いに「絶対なれるよ」と本気で信じ合っていた。そういった雰囲気も、立教生のいいところですよね。

今もクリエイターを目指す学生は多いと思いますが、インターネットやSNS上でさまざまな価値観を持つ他者の目に触れる機会が多くなり、作品に対する評価は昔よりもずっとシビアになっていることでしょう。だからといって、自分自身に対しては、そこまでシビアになる必要はありません。むしろ、厳しい評価からこぼれ落ちたものが海外で跳ねることもある時代です。クリエイターを志す人には、自分を冷たく見すぎたり、早いうちにジャッジを下したりしないでほしい。可能性を信じて、自由に創作を続けてほしいと思います。
『立教大学校友会報No.471』より抜粋しています。
インタビューの全文は、校友会Webサイトでご覧いただけます。

プロフィール

PROFILE

柚木 麻子さん

作家

1981年生まれ。東京都出身。2004年文学部フランス文学科(当時)を卒業後は、製菓メーカー勤務などを経て、2008年『フォーゲットミー、ノットブルー』でオール讀物新人賞を受賞し2010年に同作を含む『終点のあの子』で作家デビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『本屋さんのダイアナ』『らんたん』などがある。ドラマ化、映画化された作品も多い。現在、朝日新聞にて連載小説『あおぞら』を執筆中。

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