現代心理学部設立20周年記念特別講演会「映画人との対話 VOL.3」開催レポート

立教大学

2026/09/14

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OVERVIEW

立教大学現代心理学部は設立20周年を記念し、2026年7月25日に池袋キャンパス・タッカーホール講堂にて、特別講演会「映画人との対話 VOL.3」を開催しました。これまで映画監督の是枝裕和氏、黒沢清氏をゲストに迎えて開催してきた企画の第3弾となる今回は、国内外で大きな話題を呼んでいる日仏合作映画『急に具合が悪くなる』を手掛けたプロデューサーの松田広子氏と、監督の濱口竜介氏をお迎えしました。講演の一部をご紹介します。

第一部 映画プロデューサーの仕事

篠崎誠教授(左)と松田広子氏(右)

  • 講師:松田広子氏
    (映画プロデューサー)
  • 司会・進行:篠崎誠教授
    (本学現代心理学部映像身体学科教授、映画監督・脚本家)
雑誌編集者として活躍した後、1994年にフリーランスとなり、映画美学校の立ち上げに参加。2000年からはオフィス・シロウズに参加し、第一線で活躍する映画監督たちの作品を手掛けてきた松田広子氏。篠崎誠教授を聞き手に、『急に具合が悪くなる』の舞台裏や「映画プロデューサー」の仕事の本質について語っていただきました。

雑誌「SWITCH(スイッチ)」で世界初の「映画監督ジョン・カサヴェテス特集」号を手掛けるなど、雑誌編集者として活躍していた松田氏。映画ライターの経験ももつ篠崎教授は編集者としての松田氏に厚い信頼を寄せていたことを明かし、自身が監督を手掛けた初の長編映画『おかえり』(1996年)のプロデュースを依頼した当時を振り返ります。「松田さんから『現場で照明コードを巻いたりするのは得意よ』と言われたんですが、『照明コードは巻かなくていいから、プロデューサーをやってくれませんか』と。そんな無茶ぶりを引き受けていただいたのが最初でした」。

松田氏は「取材のつもりで引き受けたのがスタートだった」と笑顔で振り返りつつ、一般的な映画プロデューサーの仕事内容や流れを解説。ファイナンスに関わる「製作」から撮影等の現場に関わる「制作」まで、映画づくりでは様々な特性をもつプロデューサーが協業していること、その仕事は資金調達や制作管理、契約交渉など多岐にわたることを説明し、「とにかく現場を守ることを考えて仕事をしている」と「現場」の大切さを強調します。
さらに、プロデューサーには、演者やスタッフのケアから取材対応、ハラスメント防止まで、多方面への気遣いが求められる側面も。「『急に具合が悪くなる』の仕事でフランスの現場に行くことになった時、日本サイドの監督補である渡辺さん(『ドライブ・マイ・カー』でも同職)に『私やることあるかな』と言ったら、『(全てが順調でプロデューサーの出番がなく)“松田さん何しに来たの?”と言われるのが最高だ』と言われたんです。それは今作に限らずで、そうなるように準備するのですが、残念なことに必ず何か起こります。ですから、それに対処していくことになります」と松田氏。
続いて、話題は『急に具合が悪くなる』の舞台裏に。作品との出会いについて、松田氏は2020年に読んだ原作から大いに感銘を受けたと語ります。「とにかく面白かったんです。女性同士がアカデミックな話をしている書簡集が、なぜこんなにエキサイティングでエモーショナルなのか。最初から映画を想定していたわけではないのですが、『この作品を原作に何かをしたい』『この作品を多くの人に紹介したい』という気持ちがはやりました」。

そして、この作品を「ぜひ読んでもらいたい」と、濱口竜介氏に勧めたという松田氏。その後は作品の素晴らしさに共感した濱口氏と打ち合わせを重ね、出版社や原作者との交渉、関係者へのインタビュー取材へと進んでいったといいます。当時について松田氏は、別件でフランスから濱口氏に声掛けがあったことがブレイクスルーにつながったと振り返ります。「フランス人の女優さんが濱口監督の頭に浮かんで、主人公をフランス人と日本人にすれば、というアイデアが浮上しました。なるほど、それなら監督の言う通り、<映画>としてジャンプできると思いました」。その後、濱口氏がフランスの介護施設への取材を経て一気に書き上げたシナリオは、「圧倒的な力量」を感じるものだったといいます。「シナリオの第1稿をもらったときに『どうでした?』と聞かれたので、『超ド級』と言いました。そのくらい、最初から完成度が高かった」。
『急に具合が悪くなる』は日仏合作映画であり、シナリオのフランス語翻訳やキャスティング、スタッフィング、仕上げと、フランスとの協働で制作された点も大きな特徴です。「今回は日本とフランスの間で調整するのが主な仕事だった」と振り返りつつ、松田氏は労働条件や環境配慮などフランスならではの事情にも言及します。「フランスの映画業界では労働時間の縛りが厳しいだけでなく、撮影現場のCO2削減や廃棄物処理の仕方など環境配慮が重視されます。実は、『急に具合が悪くなる』は、カンヌ国際映画祭で環境に配慮した作品を評価するEcoprod賞も受賞しているんです」。
日本映画界の第一線で活躍する松田氏から話題作の舞台裏とともに映画プロデューサーのリアルが語られた第一部。旧知の仲である篠崎教授との対談は、和やかな雰囲気の中で終了しました。

第二部 映像と身体

左から篠崎誠教授、濱口竜介氏、砂連尾理教授

  • 講師:濱口竜介氏
    (映画監督・脚本家)
  • 講師:砂連尾理教授
    (本学現代心理学部映像身体学科教授、振付家・ダンサー)
  • 司会・進行:篠崎誠教授
    (本学現代心理学部映像身体学科教授、映画監督・脚本家)
第二部では、濱口竜介氏と砂連尾理教授の初のコラボレーション作品である中編映画『不気味なものの肌に触れる』(2013年)と砂連尾教授の活動を追った短編ドキュメンタリー映画『DANCE WITH OJ』(2015年)を参考上映。上映後は篠崎教授の進行にて、映画と身体の表現を巡る両氏の考えを語っていただきました。

今から15年前、宮城県にある複合文化施設・せんだいメディアテークで活動していた際に知り合ったという濱口氏と砂連尾教授。当時は「ダンス」に馴染みが薄く砂連尾教授を「ちょっと遠巻きに見ていた」という濱口氏の心を大きく動かしたのが、一本の映像だったといいます。映像作家の細谷修平氏が撮影したその動画には、仙台在住のダウン症のダンサー・佐々木大喜氏と砂連尾教授が共に踊る姿が捉えられていました。

「砂連尾さんのダンスを見て、『すごい!』と思いました」と濱口氏は当時の感動を振り返ります。「私はダンスの良し悪しを判定できる人間ではないですが、一つ言えるのは、この映像には『ちゃんとダンスが映っている』ということ。ダンスを撮るというのは難しいもので、基本的には生で見るのが良いに決まっている。記録映像にすると何かが失われてしまうと思うんです。でも、その映像には心を震えさせるものがあった。砂連尾さんは『映像に映るダンスを踊る人』だと思いました」。
そして、こうした経験や砂連尾教授のワークショップへの参加を経て、濱口氏が砂連尾教授に依頼したのが、中編映画『不気味なものの肌に触れる』の振付・出演でした。5、6日という短期間で制作された本作について、「当時は向こう見ずだった」と語る濱口氏に対し、「練習風景も作中で使用された」と笑顔でぼやく砂連尾教授。両氏は主演俳優2人のダンスシーンについて、カメラマンや録音技師も含めた現場が一体となり、一つのダンスを構成していたと振り返ります。
また、本作に加え、第二部では砂連尾教授のドキュメンタリー映画『DANCE WITH OJ』と「足裏ダンス」の映像も上映されました。東日本大震災後の仙台におけるワークショップで参加者同士のマッサージから生まれたという「足裏ダンス」は、『急に具合が悪くなる』でも取り入れられています。こうした身体表現に見られる砂連尾教授の「ケア」の在り方について、濱口氏は「『ケアをしよう』という気持ちはもちろんあると思いますが、砂連尾さんの『やりたい』という思いからスタートしたものが、結果的にケアとして機能しているのではないか」と指摘。砂連尾教授は通常の「ケア」の重要性を認めつつも「ダンスでは通常の文脈とは異なる『在り方』ができる」と応じ、ダンスが生み出す「『する・される』ではなく『共にそこで発生していく』という在り方」の可能性を語りました。
さらに、対談は両氏が2018年から毎月開催している「勉強会」の話題に。勉強会ではさまざまな名作映画をテーマに、3時間に及ぶ議論が交わされるといいます。作中人物の「動き」に対する砂連尾教授の鋭い指摘から学ぶことで、「小津安二郎やブレッソン、カール・ドライヤー、オリヴェイラといった『聖なる映画作家』がやっていることがようやく見えてきた」と語る濱口氏。「砂連尾さんと『リアリズムをどう考えるか』という話をした時に非常に得心がいったのは、『小津やブレッソン、ドライヤーのほうが僕はリアルだ』という砂連尾さんの言葉です。『われわれがリアルだと思っているものは、社会に振り付けられたダンスにすぎない。むしろ、小津やブレッソン、ドライヤーの振り付けのほうが、別のリアルの可能性を見せてくれているのではないか』と」。濱口氏はそう語り、自身の作品は砂連尾教授の考え方や世界観から多大な影響を受けていると明かしました。
両氏の会話について、篠崎教授は「『急に具合が悪くなる』の原作である宮野真生子氏と磯野真穂氏の往復書簡を思わせる」と語り、「出会うべくして出会った2人」とコメント。対談の最後には花束贈呈、第一部講師の松田氏を交えた写真撮影が行われ、本講演会は盛大な拍手とともに幕を下ろしました。

PROFILE

松田 広子(まつだ ひろこ)氏
映画プロデューサー
1960年生まれ。雑誌編集者を経て1994年に独立。初プロデュース作品は『おかえり』(1996年)。以降、日本映画界を代表するプロデューサーとして活躍。塩田明彦監督作『どこまでもいこう』(1999年)はロカルノ国際映画祭で上映。黒沢清監督作『大いなる幻影』(1999年)はヴェネチア国際映画祭で上映される。『岸辺の旅』(2015年)は、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映され、黒沢清監督が監督賞を受賞。2013年には第14回東京フィルメックスのコンペティション部門審査員を務めるなど、映画文化の発展にも深く貢献している。
濱口 竜介(はまぐち りゅうすけ)氏
映画監督
1978年生まれ。東京藝術大学大学院修了。『ハッピーアワー』(2015年)でロカルノ国際映画祭など数々の賞を受賞し注目を集める。商業デビュー作『寝ても覚めても』(2018年)でカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出。2021年発表の『ドライブ・マイ・カー』は、カンヌ国際映画祭で日本映画初となる脚本賞、ゴールデングローブ賞で日本映画62年ぶりとなる非英語映画賞を受賞。さらにアカデミー賞では国際長編映画賞を受賞(ほか3部門ノミネート)という快挙を成し遂げた。2026年には最新作『急に具合が悪くなる』でW主演を務めたヴィルジニー・エフィラ氏、岡本多緒氏に第79回カンヌ国際映画祭での最優秀女優賞をもたらした。

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