探偵小説が彩る噺家人生

柳家 喬太郎(落語家)

2023/11/09

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OVERVIEW

古典落語の継承はもちろん、多彩な新作も意欲的に発表している柳家喬太郎師匠。2004年の立教学院130周年事業として催された池袋演芸場の「乱歩落語」特集に出演し、新作落語『赤いへや』を高座にかけた。少年時代、落語よりも早く探偵小説を好きになったという喬太郎師匠が、ご自身の「黒歴史」を記憶の底から次々に呼び起こしながら、乱歩、横溝正史、探偵小説への思いを語り尽くす。

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探偵小説が彩る噺家人生/柳家喬太郎(落語家)

池袋演芸場での「乱歩落語」

—— 喬太郎師匠がつくられた新作落語としての「乱歩落語」は、2004年に池袋演芸場で初演された『赤いへや』が最初になりますか。

柳家喬太郎(以下略) そうですね。

—— 立教学院130周年事業の一環として、池袋演芸場で乱歩落語の会をという企画があり、師匠にもご出演いただいたわけですが、数ある乱歩作品の中で「赤い部屋」(『新青年』1925年4月)を選ばれたのはなぜでしょうか。

たいした理由はなくて(笑)。乱歩先生の作品って、僕らは『怪人二十面相』のシリーズから入るんですよね。小学校はどこのクラスにも学級文庫があって、教室の後ろに『怪盗ルパン』と『怪人二十面相』のシリーズが4~5冊ずつ必ず置いてあったわけです。

—— 師匠も普通に読まれていた。

ええ。中学のときに横溝(正史)先生のブームがあって、かなり読み漁ったんですね。当時の友だち連中が「少年探偵団」シリーズから乱歩に入り、横溝ブームがでそちらにハマり、また乱歩に帰って子どもの頃は読まなかった初期の短編を読んでまして。で、彼らが「『赤い部屋』という作品がすごいぞ」って、ちょっと興奮して話してたんです。かといって、そのときに僕は読まず。怖いじゃないですか、乱歩作品は。横溝先生のおどろおどろしさとは違う類いの怖さで、ちょっとおっかなくて読めなかった。

—— その後、乱歩作品は読まれるようになったのでしょうか。

長編では「悪魔の紋章」が本格推理的に書かれていたので、読みやすかった。あとは「孤島の鬼」が本当に怖くて。その筆致に引き込まれるんだけど、たくさん読むわけではなかった。で、大人になって乱歩落語の話をいただいたときに「そういえば、みんなが『赤い部屋』に夢中になってたな。そんなにおもしろいのかな」と思って読んだら……おもしろかったんですよ。平井隆太郎先生からも快くお許しを頂戴しましたので、これをさせていただこうと。あのときは(三遊亭)圓窓師匠が「押絵と旅する男」をおやりになって……。

—— (鈴々舎)馬桜師匠が「人でなしの恋」をなさいました。

それで(三遊亭)白鳥兄さんが「人間椅子」だった。これはもはや「人間椅子」じゃないぞってくらい、ぐちゃぐちゃに変えやがって(笑)。もう大爆笑(笑)。そもそも「人間椅子」って爆笑する話じゃないでしょ。でも、池袋演芸場が爆笑の渦になったんだから、すごかったですね、ある意味。

『赤いへや』ができるまで

—— その中で師匠は『赤いへや』という新作をつくられて、今でもレパートリーのひとつになっています。

「赤い部屋」は、普通に考えたとき、落語にできる物語ではないと思うんです。落語にしやすいのは、もっと明るかったり滑稽だったりするものなんですよ。もしくは人情話で泣けるとか。たぶん、僕も乱歩落語の企画がなければやろうとは思わなかった。殺人ですし、しかも残虐ですし。

—— それでも「赤い部屋」を落語にしようと思われたのは……。

何でしょうね。でも、語り物としてしやすいし、やってみたいと思ったんです。そうしたら、おかげさまでいい持ちネタになりまして(笑)。自分のやりやすいように、設定やラストも変えましたけど。

—— 小説はどんでん返しのような結末ですが、師匠の『赤いへや』では……。

それを採用しなかったということですよね。

—— 構成を変えずとも、原作どおりにもできたとは思うんです。

ええ、できますね。

—— どんな理由で結末を変えられたのでしょうか。

嫌な気持ちでお客さんに帰ってほしかったからでしょうね(笑)。僕はお芝居も好きで、明るく楽しいハッピーエンドも大好きなんですけど、見終わって胃袋の底が重くなるような救いのないものも、一種のエンターテインメントの充実感だと思うんです。「赤い部屋」のどんでん返しって、退屈しのぎに刺激を求めている人たちの愚かさを、語り手のからくりで暴くようなところがあるじゃないですか。華やかだった赤い部屋が虚しく映るとか。だけど、あれは「プロバビリティーの犯罪」ですよね。実際は意図を持って殺してるけど、成功しなきゃしないでいい。快楽殺人ですよね。

—— 原作ではそうした殺人のエピソードがいくつも語られます。

その中で使わせていただいているのは、踏切のお婆さんと子どものおしっこ、あと按摩さんを穴へ落としちゃう話ですけど、他にもたくさんある。あれだけのことを主人公が考えて話して「じつは全部嘘だった」というのは、もったいないなと。本当にやっててほしい気持ちもあったんです。で、あれは小説として読むから、あのどんでん返しが効くような気がして。

—— 落語という表現に移すときには変える必要があった。

ああいう内容のものを落語でやるなら、お客さんを引き込まなければ意味がないわけです。お客さんは、明るく楽しいものを期待していらっしゃるので。それでも「うっ」と思いながらも引き込まれちゃって、「すごいの聞いたね……」って感想を持っていただかないと申し訳ない。そうすると、落語だとあのまま終わったほうが効果的。

—— それで、サゲはあえてどんでん返しではない形に。

「これで100人」っていうのは、十分物語を収束させられる。もちろん、その上で乱歩先生はどんでん返しをやってるんですが、落語ではあれがサゲとして効くので、乱歩先生には申し訳ないけど、そのまま終わって、お客さんにはあえて嫌な気持ちのまま帰ってもらおう、と。当時、そんなことを実際に言葉にして考えたわけじゃないけど、本能的にそう思った気がします。

—— なるほど。他に原作との違いとして、主人公を落語家にされています。

物語を語るという意味では自然にいけますから。その場合に「なんでここに噺家が呼ばれたんだろう」ってなったら、お座敷に呼ばれたことにすればいい。退屈してる旦那衆の前だから『あくび指南』……。それで、ああいう構成と人物設定にしたんです。いろんなものが綯い交ぜになって、僕なりの『赤いへや』になったかなとは思いますね。

幻の乱歩落語『昭和博覧会』

—— 乱歩原作では「二廃人」(『新青年』1924年6月)も落語にされています。

他に乱歩先生の作品をやらせてもらえないかなと思って、なぜか「二廃人」を読みまして。ただ、あれはCD収録(『柳家喬太郎落語集 アナザーサイド』2019年)のときに1回か2回やったきりなので、まだ自分の中で深められてない。2人の男の会話の緊迫感や不安、底を流れている諦めとか、その空気感が魅力的ですし、どんなふうにやれるかは今後の課題なので、またどこかでやらせていただけるとありがたいんですけどね。

—— 他に乱歩作品を題材にした新作はおありですか。

そういえば……僕、思い出しました。他にも2004年の乱歩落語のとき、一遍だけやった噺があるんです。大失敗だったので、二度とやってないんですけど。

—— はい。

隆太郎先生から「作品は何をやっても構わない。乱歩作品の登場人物を使って新作をつくっても構わない」とお許しをいただいたので、『昭和博覧会』という噺をつくったんですよ。平成の世に怪人二十面相みたいなのが出てくるんです。とっ散らかっちゃって自分でも内容を覚えてないんですけど、今思い出しました。黒歴史が(笑)。

—— あ、それは、池袋演芸場の9月中席でしたね。

そう。あれは乱歩先生に対する冒瀆だったと思います。

—— 年をとった小林少年が出てきて……。

そんな感じだった気がします。

—— 昭和を象徴するさまざまな要素が。『帰ってきたウルトラマン』とか……。

いじめに遭ってる気がする(笑)。そうです、そんなのをつくりました。昭和の頃のいろいろなものを訪ね歩くというか。大林宣彦監督の『金田一耕助の冒険』(1979年)とか川崎ゆきおの「猟奇王」シリーズにも似ちゃった作品かもしれません。……でも、おもしろいかもしれないですね。またつくってみようかな(笑)。

—— ぜひ。ゴジラやウルトラマンが出てきて、大人になった小林少年が「昭和」を博物館にする。ある種の後日譚的な設定も非常におもしろかったので。

今年、僕らが見てたテレビドラマの「BD7」——『少年探偵団』(日本テレビ系、1975~76年)で二十面相役だった団時朗(当時・次郎)さんが亡くなりましたね。団時朗さんといえば『帰ってきたウルトラマン』ですが、僕の中ではやっぱり二十面相の団時朗でもある。そういうタイミングで乱歩先生について話す機会をいただいて、今日になって、1回しかやってなくて忘れてた新作の話も思い出せたのは、何かのきっかけになりそうな気がします。どうなりますやらわかりませんが、もう一遍ちゃんとやりたいですね。

落語より先に探偵小説にハマった

—— 乱歩の『探偵小説の「謎」』(現代教養文庫)をお持ちだったとか。

ええ。横溝先生を好きになって、本格探偵小説的なものが好きだった時代があるんです。偏食なので、好きだと思った作家ばかり読んじゃう。『刑事コロンボ』ばかり20冊くらい読んだりね、二見書房の。で、横溝先生のものを読んで、たとえば『本陣殺人事件』の中に「探偵小説問答」みたいなものが出てくるでしょう。あと、エッセイを読んで、代表的な三つのトリックが密室殺人、顔のない死体、一人二役とか、ディクスン・カーが密室の巨匠、エラリー・クイーンが読者への挑戦、アガサ・クリスティはミステリの女王とか……いろいろ頭に入ってくるわけです。その中で「トリック」に興味を持った。落語を好きになる前にそっちのほうが好きだったんです。

—— 落語よりも先に探偵小説が。

……あ、また黒歴史を思い出した(笑)。

—— またしても(笑)。

中学のとき、自分たちで作文みたいなものを創作して、クラスの何人か好きなやつと回し読みしてたんです。原稿用紙のマス目を無視して、15~16枚くらい、びっしり書いて。実質20枚くらいだったと思いますけど。才能のない中学生が書いた、拙い作文なんですよ。で、とあるタイトルを付けたら、その後、同じタイトルの歌謡曲が大ヒットしたんです。俺のほうが先じゃんと思ったんだけど。

—— ちなみにそのタイトルは……。

『林檎殺人事件』(1978年)です(笑)。

—— 郷ひろみさんのヒット曲。樹木希林さんとのデュエットで。

もちろん偶然ですけどね。ああ、それから、高校のときに一遍だけ同人誌をつくりました(笑)。オリジナルの探偵もつくりましたもん。横浜の実家で、糸を使って自分の部屋に外から鍵をかけて、扉を閉めて中に鍵を落とすトリックを試してたんです(笑)。思い出しちゃった、そんなことを。恥ずかしい(笑)。

—— ご自身で実際にやってみるところに本気を感じます。

落語にハマる前は、子どもの頭ながらトリックばかり考えた時期があって、それで『探偵小説の「謎」』を買ったんです。あれは「類別トリック集成」ですからね。貪り読んだ記憶がありますよ。

—— 師匠が探偵小説から受けた影響は大きかったんですね。

江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫……そういった先生方のものを読んでいたおかげで、噺家になってから、新作落語の『午後の保健室』とか『いし』とかをつくれた。古典落語の『松竹梅』を犯罪ものに変えた『本当は怖い松竹梅』もそう。完全に探偵小説の影響で、そういうものを読んで好きだったからこそできたんです。もしも僕が、他の噺家さん、仲間たちとちょっと違うことができているとすれば、乱歩先生や横溝先生、都筑先生のおかげですね。僕という一人の人間の人生の彩りというか、充実感を思えば、先生方に大感謝だなと思います。

2023年8月2日/旧江戸川乱歩邸応接間
動画撮影・編集:吉田雄一郎(立教大学メディアセンター)
写真撮影:末永望夢(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター)
聞き手・文:後藤隆基(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)


※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

柳家 喬太郎(やなぎや・きょうたろう)

1963年、東京都生まれ。日本大学商学部の落研時代から東京放送の関東大学対抗落語選手権で優勝するなど数々のタイトルに輝く。89年、柳家さん喬に入門、さん坊を名のる。93年、喬太郎で二ツ目。95年ニッポン放送の第1回高田文夫杯お笑いゴールドラッシュⅡ優勝。2000年、11人抜きで真打ちに昇進。04年には春風亭昇太らとSWA(創作話芸アソシエーション)を旗揚げ。1998年にNHK新人演芸大賞落語部門大賞、2005~07年に国立演芸場花形演芸会大賞、06年に芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)など受賞多数。14年、落語協会理事就任。20年、同常任理事就任。

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