平井太郎をドラマ化した『探偵ロマンス』の方法

安達 もじり(NHK大阪、ディレクター)

2023/10/25

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OVERVIEW

2023年1月から2月にかけて、NHK土曜ドラマ『探偵ロマンス』全4回が放送された。江戸川乱歩が乱歩になる以前、若き日の平井太郎を素材に描いた異色のドラマで、太郎を取り巻く大正期の風俗や社会状況、乱歩の実人生と作品の交差、小説のエッセンスを緻密に表現して話題を呼んだ。本学文学部の金子明雄教授を交えて、ドラマの演出を担当した安達もじりさんに制作の裏側について伺った。

乱歩の小説から逆算してドラマを想像する

—— 『探偵ロマンス』の放送から約半年が過ぎましたが、非常に好評でしたね。

安達 本当に楽しんでいただけるものになったかどうかは、ご覧いただいた方のご判断だと思いますが、むちゃくちゃハマってくださったコアなファンの方が大勢いらして。あまり経験したことのないパターンでしたので、さすが乱歩先生と(笑)。

金子 乱歩好きの方は、それぞれの「私の乱歩」を持ってますから。たとえば「もしも乱歩が自分の描いた作品世界の中に生きていたら何が起こるか」という設定にしたとき、「ここは自分だったらこうする」とか「こういうディテールは自分ならこれを使うのに」みたいな議論も起きるでしょうし、今回はそういう楽しみ方もできる作品だったと思いますね。

安達 そうおっしゃっていただけるとありがたいです。

金子 ドラマに描かれている乱歩は、彼の作品世界の中のようなところに飛びこんでいきますが、そこに入るとき、自分の夢をそのまま肯定するのか悩んで、微妙な抵抗感を持つのがひとつのポイントだったと思うんです。そのあたりは意図がおありだったんでしょうか。

安達 あくまでも大いなるフィクションといいますか、無謀な設定でして(笑)。ただ、乱歩が小説を書くためのヒントを現実の社会の中から得ていた、という仮定をもとにドラマをつくったので、物語の導入として、まず目の前で起きている出来事をちゃんと見ようという太郎の葛藤から始まるわけです。それに直面したときに太郎が何を感じるのかが、物語の核になるとは思っていました。

—— 大前提に乱歩が書いた小説があって、それがじつは現実の事件や出来事を題材にうまれたという設定。

安達 ええ。すべて逆算の想像でつくりましたが、帰着点としてすでに作品がある。その中で「乱歩先生が社会の光と影を目の当たりにしたとき、何を思われたんだろう」ということは意識しました。100年前の大正時代を調べると、現代社会と重なる問題が多く、非常に現代的なテーマになると思いましたが、どこまで伝わったのは視聴者に委ねるしかない。ただ、作品を見てくださった方が議論したり、何か思いを馳せたり、何度見ても発見があるような作品になったのであれば嬉しいです。

現実と虚構が交錯するエンターテインメント

—— 改めて『探偵ロマンス』が生まれた経緯を伺えますか。

安達 一緒に演出をしたディレクターの大嶋(慧介)が企画を書きまして。乱歩先生の随筆の中に、岩井三郎という実在する探偵の門を叩いたという数行の記述を見つけたんです。実際には弟子入りを断られていますが、そこから妄想を膨らませて「本当に探偵をやっていたらどうなってたんだろう」と。乱歩先生の世界観をベースに、そんなエンターテインメントをつくれないかという思いつきが発端でした。

—— 乱歩作品の映像化ではなく、乱歩自身、とくに若き日の乱歩をドラマにするという発想を具体化するために、どんな作業から始めたのでしょうか。

安達 最初は、俄か乱歩ファンのように、とにかく小説を読んでいましたが、何より大きかったのは『貼雑年譜』と出会ったことですね。
—— 乱歩が、自分に関する資料や記録などを貼り込み、それに詳細なコメントを書いた自伝的な資料。講談社と東京創元社から復刻版が出ています。

安達 ええ。ご自身についての資料や記述が事細かに残されていて、読めば読むほど、平井太郎という人の思いが浮かびあがってくる。今回の一番のネタ帳といいますか、とにかくこれを紐解く作業を進めました。『貼雑年譜』は当時の時代状況に関しても、どんな資料より詳しくわかる記録だったので、のめり込むように熟読して、単純に楽しみながらヒントを探しましたね。

金子 乱歩作品を映像化するとき、往々にして乱歩が好んだであろう幻想世界を再現する方向に行きがちです。そういう世界を構築するのも意味はありますが、今回のドラマは、現実社会と虚構の世界の入り交じっている関係が描かれたところがすばらしかった。それは、平井太郎という人物を入れ込んだことで初めて可能になったと思います。
—— そのベースに『貼雑年譜』が活用されていた。

金子 『貼雑年譜』は、乱歩がどういう動機でつくったのか、わからないところがたくさんある記録ですが、彼が作家になっていくプロセスも含めて、社会をどう見て、どう感じていたのかが素朴にわかる資料でもある。それをドラマに取り込んだのは大きなメリットだったと感じます。ですから、乱歩の、必ずしも幻想的な面だけをクローズアップするのではない、彼の内面世界が外の現実世界と交錯するという観点は新鮮でした。

安達 まずリスペクトありきですが、ただ忠実に平井太郎さんの人生を再現するという仕掛けではなかったので、アイデアを膨らませるための厖大なヒントをもらえたのは最高でした。というのも、何度かモデルがいる方の物語をつくってきましたが、ここまでの資料は絶対に残ってない。その中で想像するしかない局面が多いんです。なので、逆に「なんでこんなに資料や言葉を残したんだろう?」と。平井太郎、江戸川乱歩という人が考えていたことを想像する作業が楽しくて、表現上の遊び心にもつながったと思います。とにかくいろんなアイデアが出て、9割以上を捨ててあの形になったんです。スタッフの誰も仕上がりのイメージが途中でわからなくて、模索しながらつくっていきましたね。

「場所」と「視点」の物語

—— 制作の過程で、ドラマの形が少しずつみえていった。

安達 スタッフ全員が徐々に思いはじめたのが「この物語は場所の物語なんだ」ということです。100年前は今以上の格差社会だったことも知り、それなら、富裕層がいるエリア、片や生活に苦しむ貧困層がいるエリア、あらゆる人が集まる大歓楽街——大きくそんな分け方をして、多少デフォルメもしながら表現していきました。それらが混然と同居している全体像になったらおもしろいなと。その中で唯一、太郎だけがすべての場所を行き来するようなイメージができあがっていったんです。
—— 各エリアに出入りすることで、太郎の世界がひろがっていく。

安達 最初は生活が苦しいところにいた太郎が、もっと社会のことを知らなければと未知の扉を開けたときに、さまざまなものが見えてくる。それぞれの場所で生きる人びとの生き様や苦しみ……。それが「江戸川乱歩」の作品に落とし込まれていくような構図になればいいなと思っていましたね。

金子 太郎が鳥羽から東京に出てきて、隆子さんが後を追いかけてきちゃいますよね。もちろん、世界が太郎からどう見えているかもおもしろいんですが、隆子さんが東京や太郎の姿をどう見ているのかという部分もおもしろい。そういう視点をつくることで、都市の姿がより鮮明に見えてくる。都市を再現するだけでなく、それを誰が見ているものとして描いたか、という点が大事な気がしました。

—— 隆子さんは、他の登場人物と違う新鮮なまなざしで世界を見ていたように思いました。

安達 あの役だけがすべて見えているんです。つくっていく過程で「もうこの人の言うことを聞いとけば、ちゃんと生きていけるんちゃうん?」みたいな(笑)、あまりにも出来上がったキャラクターになっていって。結果的に、太郎の目線と隆子さんの目線という二重の目線ができたのかなと思います。

—— 「場所」と「視点」が重要なキーワードだったんでしょうか。

安達 はい。太郎がいろんな場所に行くとき、目立たなくてもその場所にいる人の視点で太郎を見るような仕掛けをしてみたり、大勢の登場人物の視線が交錯することで、重層的に社会や都市を描きたかったのかもしれません。

—— 白井三郎は太郎の見る世界を知りたい、太郎は白井の見る世界を知りたい、隆子は太郎の見る世界を知りたい——それぞれに「自分と異なる他者の視点で世界がどう見えるかを知りたい」という動機で物語が起動し、それらが絡み合いながら進むドラマだったように思います。作中で「ピス健にもがんばってほしいと思う人がいる」といったせりふもありましたが、犯人が単純に悪とされるのでない。だからこそ、住良木のような視点も出てきたのかと。

安達 そうですね。脚本の坪田(文)さんと、何を描きたいかを突き詰めて議論したとき、「人と人は絶対にわかり合えない。でも知ろうとしないと、本当にその壁がなくなることはない」という話になって。どうしたら人はわかり合えるのかを深く掘り下げてみたいとおっしゃっていたんです。今まさに世界はさまざまな分断がありますが、そういう状況に対して人としてどうあるべきかを、坪田さんは根本に描きたかったのかなと理解しています。

地下トンネルがつなぐ世界

—— 作品全体として、マニアックなくらいにディテールが凝っていて。

金子 細部へのこだわりとか、とてもあるよね。

安達 平井憲太郎さんとお目にかかったときに「目が肥えた厳しい乱歩ファンの皆さまに楽しんでいただけるものがつくれるか不安です」と申し上げたら、「いや、乱歩ファンは緩いですよ。とにかく楽しいものにしてください」とおっしゃった(笑)。その言葉に甘えて、信じきっていましたが……。

金子 両方だと思います(笑)。乱歩が取り上げられることに喜びを感じる一方で、やはりディテールについては一言物申したい方々が多い(笑)。

安達 なるほど(笑)。とにかく『貼雑年譜』に厖大なヒントがあって、太郎の下宿は古本屋と合体させた設定にしましたけど、基本的には乱歩先生が書いた図面どおりにやってみよう、と。あまりに細かく書き残されているので、セットをつくるのが楽しかった記憶がありますね。

—— 赤い部屋のセットも印象的でした。

安達 赤い部屋の表現は一番悩んだところで。もちろん小説の「赤い部屋」から発想した設定ですが、ドラマの中での意味合いは全然違う。美術チーフの瀨木(文)と何回も小説を読んで、どの言葉が大事かをピックアップしながら、瀨木なりの「赤い部屋」に対する捉え方の表現が、あのセットになったんです。実際の撮影のときに照明部が照明をつくってくれるんですが、赤のニュアンスもイメージは千差万別ですから、相当議論しました。その中でも瀨木の信念をもとにつくったセットでしたね。
—— 精緻なセットも見事でしたが、冒頭から出てきた巨大な地下トンネルみたいな空間も印象的でした。

金子 作家の伝記を考える場合、たとえば自然主義系の作家だと、作品に書いてあることをそのまま事実のように思ってしまって、作品世界とその人の人生がストレートにつながっているイメージを持つことがしばしば起こるんです。乱歩の場合、本当の平井太郎がどういう人だったのかは僕もよくわからないけれど、「作品では犯罪を書くけど、自分が犯罪好きなわけではない」みたいな……当然ですけどね(笑)。「私は健全な社会人ですよ」というイメージを意識されていて。

—— 社会的、常識的な生活がちゃんとできた人。

金子 そういう側面と作品世界との落差がある。それをひとつにしたとき、一体何が出てくるんだろうと考えるわけです。そうすると、あの地下トンネルが、現実の平井太郎と彼の幻想的な世界の通路だったように見えました。

安達 まさにあそこが、いろいろなものをつないで、かつ世界観のベースになってくれる大事な役割を担っていたんです。

—— 狭間の世界のような抽象的な空間で、いきなり引き込まれましたが、構想当初からあの設定はあったんでしょうか。

安達 全然なかったんです。ロケハンをしているときに地元の方に教えてもらって、とりあえず行ってみたら、むちゃくちゃ古くて長いトンネルがあった。湊川隧道という、神戸のど真ん中なんですよ。で、どういう場面で使えるかはわからないけど、「ここは絶対『探偵ロマンス』に必要な場所だ!」とスタッフ全員が肌で感じて。坪田さんに相談したら、現実でもない、太郎が覗く見知らぬ世界でもない、一個の脳内世界みたいな空間を書いてくださったので、ああいうつくりにしたんです。あそこを見たとき、やっとこの物語のピースが埋まったと思った。湿度が高くて撮影には過酷なんですが(笑)、場所が持つ力を改めて感じましたね。

怪盗という夢は終わらない

—— ドラマをつくる経験を通して、乱歩、あるいは作品について、イメージの変化などはありましたか。

安達 たくさん小説を読み直して、改めて「めっちゃおもろいな」と感じたんです。平井太郎という方が歩まれた人生については、正直まったく知らなかったので、初めて知ることばかりでしたが、なんて真摯な方なんだろうと。何事に対してもちゃんと向き合ってらっしゃるし、「このエネルギーはどこから来てんやろうな」と思いを馳せながらドラマをつくってましたね。

—— 作品はもちろん、人間としての乱歩に近づいたような感覚でしょうか。

安達 ええ。楽しいことを届けたい。みんなに楽しんでもらいたい……。ベースにある精神は、我々が今やってる仕事で大事にしなければいけないことと同じなので、改めて敬意を覚えました。どこの小学校にも、ずっとポプラ社版の「少年探偵団」シリーズを置いておいてほしい(笑)。

金子 怪盗にみんなが喝采を送りたい時代ってどんなものなんだろう。そういう意味で、怪盗は「夢」ですよね。探偵はすごくリアルな存在だけど、怪盗はやっぱり夢だから、それは永遠につづく。終わらない。消えたとしてもまた出てくるようなもの。乱歩は、たとえば『怪人二十面相』のシリーズのように、夢を追いつづけるところに根源的な、今日的な魅力があるのかなと思います。

—— だからこそ、ぜひ続編をつくっていただきたいですね。

金子 そう。怪盗は終わらない夢だから(笑)。

安達 はい(笑)。それがあくまでもフィクションの世界で繰り広げられることが、とてもすてきなんですよね。なので、何らかの形で続けていきたいと思っています。


旧江戸川乱歩邸応接間/2023年7月11日
聞き手:金子明雄(文学部教授)、後藤隆基(大衆文化研究センター助教)
構成・文:後藤隆基(同上)
写真撮影:末永望夢(大衆文化研究センター)


※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

安達 もじり(あだち・もじり)

NHK大阪放送局コンテンツセンター第3部ディレクター。主な演出作品は、連続テレビ小説『カーネーション』『花子とアン』『べっぴんさん』『まんぷく』『カムカムエヴリバディ』、大河ドラマ『花燃ゆ』、土曜ドラマ『夫婦善哉』『心の傷を癒すということ』(第46回放送文化基金賞最優秀賞受賞)、ドラマスペシャル『大阪ラブ&ソウル この国で生きること』(第10回放送人グランプリ受賞)など。2023年に土曜ドラマ『探偵ロマンス』を手がけた。

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