歌舞伎と新派を応用した
新しい乱歩劇の夢

喜多村 緑郎(新派俳優)

2023/05/31

トピックス

OVERVIEW

長年、歌舞伎俳優として活躍し、2016年に劇団新派へ移籍した喜多村緑郎さん。同年、江戸川乱歩原作の『黒蜥蜴』(齋藤雅文脚色・演出)を新派で上演する際に企画段階から関わり、盟友である河合雪之丞さんの黒蜥蜴を相手に明智小五郎を演じた。その後、2018年に自主公演として『怪人二十面相~黒蜥蜴二の替わり~』(齋藤雅文脚色・演出)をサンシャイン劇場で上演している。じつは池袋とも縁が深かった喜多村緑郎さんが夢見る新しい乱歩劇とは。

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喜多村 緑郎さんが語る「歌舞伎と新派を応用した新しい乱歩劇の夢」

博多湾の島で思い出した乱歩

—— 緑郎さんが乱歩に出会ったきっかけは。

喜多村(以下略) アニメか子ども向きの番組で乱歩原作のものを観た記憶がありますが、小学校の図書室で『少年探偵団』を読んだのが大きいですね。誕生日に『怪人二十面相』と『黄金仮面』を買ってもらったんです。子どもの頃、リアルに『仮面ライダー』を観ていたので、いろんな怪人が出るじゃないですか。そこに食いついて父親にねだったんでしょうね。子ども部屋の本棚に、乱歩の『怪人二十面相』と『黄金仮面』と学習図鑑がずっとあったのを覚えています。

—— 17歳で歌舞伎の世界に入られて、休む間もなく舞台に立ち続けておられたと思いますが、大人になってからの乱歩にまつわる思い出はおありですか。

そうですねえ。博多座ができたとき、1か月、公演で福岡に滞在しまして。博多湾の能古島って小さい島に、おいしいイタリアンレストランがあると聞いたので、うちの旦那(三代目市川猿之助。現・二代目猿翁)と(市川)笑三郎さんと一緒に行ったんです。フェリーに乗ってね。博多湾に落ちる夕陽を見るのが旦那の一番の目的だったんですけど。島に着いて、藤棚がある階段を上がっていくと、古びた洋館が見えてきたんです。猫が鳴いてたりしてね。
—— 何やら不穏な空気が流れています。

口数も少なくてどこか影がある、でもちょっと艶っぽい老姉妹がやっていたレストラン。フルコースが出てきて、味はおいしかったんですよ。で、また藤棚の階段を下りてフェリー乗り場に着いた途端……3人とも我慢してたんでしょうね。僕が「まるで乱歩の世界でしたね」って口火を切ったら、旦那が「あんたもそう思ってた?」って。笑三郎さんは「私は姉妹の方が横溝正史だと思った」なんて(笑)。

—— ちょっと『八つ墓村』の双子の老姉妹のような。

そう。みんな同じことを考えながら、パスタを食べてたんだなと(笑)。あのときに乱歩のことを思い出しましたね。片隅に横溝正史もいましたけど(笑)。

小劇場で新派で乱歩

—— その後、歌舞伎から新派に移られた緑郎さん。2016年の『黒蜥蜴』(三越劇場)はもちろんですが、自主公演の『怪人二十面相~黒蜥蜴二の替わり~』(サンシャイン劇場、2018年)も愉しい舞台でした。数日間の短い公演だったのが非常に惜しくて。

ありがとうございます。公演後、松竹の方から「『怪人二十面相』を三越劇場でどうか」という話もあったんですね。でも、サンシャイン劇場だからこそできた部分は大きいし、三越劇場でやるなら変更点も出てしまう。あれはあれで、あの状況と環境だからこそつくれたものだと思います。大事なのは、ああいう発想力。あのときの、あのプロセスをもう一度やってみたら、別の新しい何かがうまれるかもしれない。でも、次に乱歩をやるとしたら、やっぱり『怪人二十面相』を洗い直したいと、みんな思っているんじゃないかな。

—— 貴城けいさんの黄金仮面も贅沢でした。

またうちの奥さんに出てもらってもおもしろいですね(笑)。僕は、機会があれば新派も中央区界隈を飛び出していいと思ってるんです。昔、うちの旦那が「二十一世紀歌舞伎組」と名づけて、しばらく渋谷のPARCO劇場でやらしてもらいましたけど。

—— 猿翁さんが、モーリス・ベジャールの「20世紀バレエ団」を念頭に置いて結成された集団。1988年に『伊吹山のヤマトタケル』を初演して、翌年の再演から二十一世紀歌舞伎組の名前で2015年まで活動されました。

ええ。あんな形で、自分たちで小屋を探して外に出たっていい。我々若手だけでもいいし、ゲストを呼んで、いろいろな可能性を考えることもできる。これからの新派のひとつの道になるかもしれないし、そこには乱歩のものが合う気がします。

—— コロナ禍を経て、新派の今後を考えるうえでも重要な視点かもしれません。

コロナが拡がってから、若い世代のお芝居を小劇場によく観に行くようにしていたんですが、改めて「こういう世界もあるのか」と気づかされましてね。小劇場でアングラ的に『芋虫』をやってもおもしろいなとか、あの奥さんの役は女形でも女優でも違った味が出るなとか、どんなビジュアルでやればいいだろうとか、いろいろなイメージが湧いてきてゾクゾクしたんです。

—— 小劇場で、乱歩を題材に新派をやる。興味深いですね。

乱歩の小説には、小劇場に合うものもあるし、大劇場の大きなセットで、複雑な仕掛けで場面転換も多用して、スペクタクルな立ち回りもあるようなエンターテインメントとして見せられるものもたくさんありますから。

歌舞伎や新派を応用した「ニュー乱歩劇」を池袋で

—— 新派で『黒蜥蜴』を上演されたときもそうですが、緑郎さんは次々に新しいアイデアが浮かぶような印象です。

うちの旦那が昔、雑誌の対談で「最終的に何がやりたいんですか」みたいなことを聞かれたときに、「背広の歌舞伎をやりたい」って答えたんです。たとえば、ロッキード事件を歌舞伎にしたいんだと。

—— 現代の事件を題材にした「背広の歌舞伎」を。

田中角栄が出てきたり、ロッキード社の誰かが田中角栄をはめるために背広を着て出てきて、ぶっ返りで違う会社の背広になったりするんだ、と。それがずっと心の片隅にあったので、おもしろいかもしれないと思って、『黒蜥蜴』の初演のときに白塗りをして出ていったんです。そうしたら、演出の齋藤(雅文)さんが「いきなり真っ白な明智小五郎が出てきた」って、びっくりしちゃって。でも、あれは僕、狙ってたんですよ。

—— 稽古の最初の段階でしょうか。

ええ。実際には白塗りじゃなくなりましたけど(笑)。だから、新派とか、洋風のものや現代風のものをやるときも、顔を白く塗って、かつらや衣裳を奇抜な色やデザインにしてもいいんじゃないか。ビジュアル的にもっと訴えても良いのでは……? と。歌舞伎や新派の手法を応用することで、これまでにない現代劇も表現できるはず。乱歩のものを未来に置き換えてみてもいいですよね。僕は、うちの旦那の演出助手についていたノウハウがあるので、歌舞伎の技法、新派の風俗、それから音楽をうまく使った「ニュー乱歩劇」みたいなものができないかなと思ってるんです。以前、亡くなられた高野之夫(前)区長から「池袋は演劇の街に変わっていく」と伺ったので、そういう新しい演劇を、乱歩のお膝元である池袋でやってみたい。

乱歩シリーズを劇団新派の財産に

—— 乱歩の小説を舞台化するということについて、どのようにお考えですか。

乱歩の作品を漫画化したものを読んだとき、文字で読むよりも強烈で衝撃を受けたんです。土曜ワイド劇場で天知茂さんがやってた『江戸川乱歩の美女シリーズ』(1977~94年)も、子どものときに襖の陰から覗き見ていたけど、おどろおどろしくて。でも、漫画や映像になると、ビジュアル的なイメージは広がりますよね。舞台化する場合、今のお客様に受け入れてもらうためには、単独の作品だけではなく、もうひとつかふたつアイデアを加えるような趣向が必要。僕らがやった『怪人二十面相』に『幽霊塔』や『黄金仮面』をミックスさせたような形ですね。また齋藤さんが新作を書いてくれたら、いちばん嬉しいんですが。

—— 2020年2月の『八つ墓村』がコロナ禍で中止になってしまい、新派というジャンルじたいも難しい状況になっているかと思います。

『八つ墓村』が千穐楽直前で中止になって、横溝正史や江戸川乱歩のものは時間が止まってしまった。この間に「どうしたらよかったのかな」とか「今度できるときが来たらああしようかな」とか考えていました。今日、乱歩先生の土蔵の中でいろいろなものにふれて、アイデアも浮かんできたので、齋藤さんに相談してみようと思います。旦那が言っていた「背広の歌舞伎」じゃないけど、乱歩はおもしろい素材になるので。とにかく動き出すきっかけが何かないと。楽しみながら、みんなで力を合わせていいものをつくりたい。
—— そうした起点のひとつに、2016年の『黒蜥蜴』があるように思えます。

現代の新派に、僕らが歌舞伎で培った歌舞音曲の要素を入れて、エンターテインメントとしてできないかと齋藤さんに相談したのが『黒蜥蜴』でした。だから、僕らだけじゃなく、あとに続く人たちにも、劇団新派の財産として江戸川乱歩のシリーズは絶対にやっていってもらいたいですね。

旧江戸川乱歩邸応接間/2023年3月1日
動画撮影・編集:吉田雄一郎(立教大学メディアセンター)
聞き手・文:後藤隆基(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)

プロフィール

PROFILE

喜多村 緑郎(きたむら・ろくろう)

1969年新潟県生まれ。88年、国立劇場第9期歌舞伎俳優研修修了。同年4月『忠臣蔵』で初舞台を踏む。同年10月、市川段四郎に入門し、市川段治郎を名のる。94年、三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となる。スーパー歌舞伎などで活躍。2011年、市川月乃助に改名。16年1月、劇団新派に移籍。同年9月、二代目喜多村緑郎を襲名した。劇団新派公演では、江戸川乱歩の明智小五郎と横溝正史の金田一耕助という二人の探偵を演じている。

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