自由詩の魅力

文学部 蜂飼 耳教授

2022/06/17

研究活動と教授陣

OVERVIEW

日本では最果タヒさん※1をはじめ若手詩人が台頭し、アメリカでは当時22歳の詩人アマンダ・ゴーマンさん※2が大統領就任式で自作の詩を朗読するなど、国内外で盛り上がりを見せる詩の世界。詩や童話の創作において数々の賞を受賞し、第一線で活躍する文学部の蜂飼耳先生に、自由詩の特徴や楽しみ方について伺いました。

※1 最果タヒ(さいはてたひ・1986-):インターネット上で詩作を始め、2008年に中原中也賞を受賞。詩集の映画化、作詞提供など多彩な活動で知られる。
※2 アマンダ・ゴーマン(1998-):2021年1月、バイデン大統領の就任式で自作の詩「The Hill We Climb(私たちが登る丘)」を朗読し話題に。

言葉への鋭敏な感性を育てる

蜂飼先生が執筆した著書の一部。詩、エッセイ、童話などジャンルは多岐にわたる

俳句と短歌が音数に一定の形式を持つ定型詩であるのに対し、私が主に創作を行う自由詩は「非定型」であることが大きな特徴です。

では、同じ非定型である散文(通常の文章)との違いはどこにあるのか。詩人、評論家であり「思想界の巨人」と呼ばれる吉本隆明※3は著書の中で、詩を詩たらしめる言語技術として「言葉の意味にできる限り変更を加えないで、散文に比較して価値を増殖させて、散文からの分離と飛躍を実現させること」と述べています。言葉に「価値を増殖させる」という点が重要で、それぞれの言葉が辞書的な意味に留まらない次元に向かっていくのが詩的言語の特徴だと考えます。また、昭和を代表する詩人である石原吉郎※4は著書の中で「詩は不用意に始まる。ある種の失敗のように」と語っています。これに即して考えると、散文がセンテンスからセンテンスへ論理的に展開するのに対し、詩は、すべてがそうとは限りませんが、前後の矛盾や飛躍を許容したり、活かしたりするものといえるでしょう。

※3 吉本隆明(よしもとたかあき・1924-2012):評論・思想活動の分野は文学・大衆文化・政治・宗教など、広範な領域におよぶ。
※4 石原吉郎(いしはらよしろう・1915-1977):シベリア抑留の経験を詩作した、戦後詩の代表的詩人。


こうした特徴を持つ自由詩ですが、役割を端的に言うならば「人間と言語の深い関係を示唆する」ということではないでしょうか。詩を通して人は言葉そのものと深く向き合うことができ、また言葉の可能性と不可能性との考察に立ち返り、言葉をめぐる鋭敏な感性を育てることができるのです。私自身も創作を行う中で、言葉に対して新たな気づきを得たり、これまでにない感覚を覚えたりする瞬間があります。

また、音とリズムも詩の生命の一つであり、日本語の詩なら、日本語の音、リズム感を深く感じ取ることができます。その言語にそなわる特徴や響きを味わう機会をもたらすことも、詩が持つ役割だと考えます。

詩は、身体感覚を伴う「場」

私たちが詩と向き合う時、「無心に接する」ことが何より大切だと思っています。散文を読む時に文章を論理的に理解しようとするのに対し、詩を読むという行為は、より身体感覚を伴うものだと考えます。詩は「場」のようなもので、受け手が詩の世界に「入る」ことで詩が立ち上がり、その時に受け手の持つ言語に対する感覚が詩と反応し合うのです。「これはどういう意味なのか」と疑問を感じることも、詩を読む行為の一つといえるでしょう。

そのような体験を通して、言葉の恐ろしさにも気付いてほしいと思います。私たちは普段、何気なく言葉を使うことに慣れてしまっていて、言葉の捉え方が表層的になっている印象は否めません。言葉には自分も他者も動かす大きな力があり、言葉を使うこと自体にこうべを垂れる姿勢が大切です。

一方、インターネットやSNSの登場により、詩を個人が発信できるようになったのは、たとえば裾野の広がりという観点で好ましいことだと感じます。詩は過去からの豊穣な蓄積がある領域ですので、発信だけに留まらず、過去の作品の数々に触れてほしいと願っています。

蜂飼教授の3つの視点

  1. 言葉の価値を増殖させ矛盾や飛躍を許すのが詩の特徴
  2. 詩には無心に接することが大切
  3. 発信するだけでなく過去の作品にも触れてほしい


プロフィール

PROFILE

蜂飼 耳 教授/HACHIKAI Mimi

文学部文学科文芸・思想専修 教授

詩人・作家。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。2000年、詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞受賞。著書に『食うものは食われる夜』(第56回芸術選奨新人賞)、『顔をあらう水』(第7回鮎川信夫賞)など。詩を中心に小説、エッセイ、童話、書評など幅広い分野で活動。2020年、立教大学に着任。

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