その場所を旅する時、人は何を感じるのか——観光する人の気持ちを知り、世の中を変えていく

観光学部観光学科 橋本俊哉 教授

2017/01/27

研究活動と教授陣

OVERVIEW

森の中を散歩すると気分が落ち着く。旅に出るとワクワクしたり満足したりする。
当たり前のようなことが「なぜそうなるのか」を考える。
橋本教授が取り組んでいるのはそのような研究だ。

研究の紹介

対象は、「観光する人々」。その実態をフィールドワークでひもとく。

自然と人を相手に、地道な調査を重ねていく
人が観光地に行くと、どんな気持ちになり、どんな行動をとるのか? それを研究するのが、橋本先生の専門である「観光行動論」だ。専門とするフィールドは主に自然観光地。里山や森林の散策などである。
「湿原で有名な尾瀬など、自然観光地を歩くことで人の心理がどう変化するのかを調査する、といった研究を10年くらい続けています」
澄み渡った空気、目に優しい緑、小鳥のさえずり。そうした自然に触れることで、どのような「癒やし」の効果が得られるのかを知るために、現地に赴き調べている。研究の結果は、例えば観光コースを作る際に生かされたりする。

実際の調査の様子

性格が異なれば、自然をどう感じるかも違ってくる
2012年に行った調査はこのようなものだ。

橋本先生のゼミの学生38名が被験者となり、「東京都檜原(ひのはら)村都民の森」という森林公園の、決められた散策コースを歩く。スタート地点とゴール地点、さらにコース上5カ所の地点で、自分がどのような気持ちになったか、感情の動きを測るためのアンケートに記入する。

とはいえ、人それぞれ性格は違う。性格が違えば自然をどう感じるかも異なるはずなので、被験者がそれぞれどのような性格なのか、事前に調べておく必要がある。心理学の領域で使用される測定法に基づき、「外向性」「情緒不安定性」「開放性」といった項目についてアンケート調査を実施。そうして得られた個々の性格の特性と、当日の調査で得られた感情の動きを組み合わせ、その関連性を調べた。

調査の結果、性格の特性にかかわらず、全員が緊張を解き、リラックスしてそのコースを散策したことが判明。“この森林散策コースは人にとって癒しの効果をもたらす”ということが客観的に示された形だ。同時に、性格の特性によって感じ方が少しずつ異なることも分かった。例えば、知的好奇心が強い人は、風景の中で目に留まるものが多く、退屈を覚えにくい傾向がある、など。

一方で、人間や自然を相手に行うフィールド調査はコントロールできないことが多い。
「データ集めには苦労します。事前に計画し、現地の下見をし、学生たちと準備をするのですが、いかに参加者の性格を調べていても、人間の気持ちは、当日の体調や天気で大きく変わります。もし台風が来たらそれまで周到な準備をしても、延期せざるをえなくなってしまいます」
しかし、「大変さも含めてやりがいがあるところです」と笑みを浮かべる。

同様の調査を山形県の上山(かみのやま)、尾瀬国立公園など、いくつものフィールドで行っている。
その場所を歩くことで人がどう感じるか。こうした調査は、実際の観光計画の指針となる大切なものだ。
「我々の役割はデータの蓄積です。実際のコース作りはその道の専門家に任せて、そのための参考になるような研究を行うわけです」
そうして得た知見は講演会や論文などで広めていく。先ほどの檜原村の調査も、論文として公開している。

研究の応用

東日本大震災の教訓を、未来へ活用する。

いてもたってもいられず、現地へ
最近は、福島県の北塩原村において研究を続けている。東日本大震災によって風評被害を受けたエリアだ。
「北塩原村は、裏磐梯という有名な自然観光地があるところです。実は震災が起こる前から、訪れる観光客の調査を行っていました。また、北塩原村のエコツーリズムの基本計画を作るプロジェクトにも参加していたので、震災が起きた時には現地の人の顔もたくさん浮かんできました」

状況を目の当たりにした先生は、「いてもたってもいられない、やらねばならぬ」と、観光学の知見を震災復興に生かすべく動いた。現地の人々の協力を得て、裏磐梯における被害の状況を調査。具体的にどのように風評被害を受けているのか詳しく分析した。

「どのようなタイプの観光客が、より風評被害の影響を受けるのか。また、逆にどういう人が早く戻ってくるのか。近場の観光客なのか、遠方の人なのか。また個人旅行者なのか、団体客なのか。それが分かれば、風評被害を受けた観光地が立ち直るためにどのような対策を取れば良いかが見えてきます。万が一、他の場所で同様の災害が起きた場合にも、風評被害の防止に役立てることができるでしょう」

資源マップをベースに、2015年に学生が制作したウォーキングマップ。現地の観光協会などで配布されている

外から光を当て直すことで気付く、地域の「宝」
その調査の成果を踏まえて、北塩原村に観光客を呼び戻すための具体的なアクションも起こした。ゼミの学生が主体となって村民への聞き取りやフィールド調査を行い、村の歴史や文化、食べ物などの魅力を掘り起こす。それを地図上にマッピングした「資源マップ」や、季節ごとの自然の様子や行事などをまとめた「フェノロジーカレンダー」などの形にして、エコツアーを企画・実施した。
「調査では、地元の人たちが大切に思っているものを聞くんです。よく皆さん“うちの村には何にもなくて”とおっしゃるのですが、我々にしてみれば、宝の山です。地元の食材を使ったおいしい郷土料理や、手つかずのきれいな森、長く伝わるお祭りなど」

地元では当たり前に思われていることが、外部の視点で光を当て直してみると、キラキラと光る「宝」となる魅力が見えてくる。
「我々が改めて提示することで、地元の人たちは、自分たちの地域にあるものの魅力を再認識し、誇りを持つことにつながります。その地域が魅力を持つためには、まずその地に暮らす人たちが地元を愛せるようになることが大切なんです」

研究で目指すこと

異なる文化を理解し、平和な社会の礎をつくる。

大学に入る前から旅行すること、そして人の心理を考えること、その両方に興味があった。そこで、立教大学の社会学部観光学科(当時)に入学、心理と行動の領域をゼミで学んだのち、さらに研究したいと、立教大学大学院の社会学研究科に進学。
「大学院では、『観光地のゴミ捨て行動』の研究をしました。観光客がゴミをどのような気持ちで、どのような場所に捨てるのか、その心理を調べ、観光地からゴミをなくすためにどうすればよいかを考察しました」

観光地のゴミ問題への意識は今でこそ高まっている。しかし、先生がゴミ捨て行動を研究していたのは、それよりずっと前のことだった。研究が当時の報道番組に取り上げられ、話題になった。先生は、自身の研究が社会に影響を及ぼすこともあると実感した。
「元にあるのは“観光を通じて世の中を良くしていきたい”という思いです。“観光は平和へのパスポート”なのです。これは1966年の国連総会で、翌年を国際観光年とする決議が採決された時のスローガン。観光をきっかけに他の国や異なる文化を知ることは、互いの理解を進めることにつながり、みんながそう考えれば平和な社会が訪れると。やはりこれからも私は、観光を通じて世界を良い方に変えていく、そのための研究ができるといいなと思っています」
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

橋本俊哉/HASHIMOTO Toshiya

観光学部 観光学科 教授

1985年3月、立教大学社会学部観光学科卒業。
1988年3月、立教大学大学院社会学研究科応用社会学専攻博士課程前期課程修了。
1993年3月、東京工業大学大学院理工学研究科社会工学専攻博士課程修了。
1995年4月より立教大学社会学部観光学科(1998年より観光学部観光学科)で教え、2003年より現職。
観光行動の理論的研究に多角的に取り組んでいる。具体的には、観光・レクリエーション空間における人々の行動特性研究、自然地域における観光行動と心理的効果の研究、観光行動における感動のプロセス分析や五感の効果に関する研究など。また、これらの研究の知見をベースとし、観光者行動の視点にたった観光現象の理解や観光地づくりへの応用に関する研究に、幅広く取り組んでいる。

主な著書
『観光回遊論−観光行動の社会工学的研究』(風間書房・1997年)、
『観光行動論』(編著、原書房・2013年)

関連する論文、報告書
「自然散策が及ぼす心理的・生理的効果の性格特性による比較-『東京都檜原都民の森』における調査結果より」(相澤孝文・橋本俊哉、立教大学観光学部紀要、16、pp.99-114・2014年3月)、
「会津北塩原村における風評被害とその克服に向けて」(CATS叢書第9号、pp.69-85・2016年)、
『観光資源の持続的活用による風評被害の克服に関する研究-福島県北塩原村を事例として-』(立教大学観光学部橋本研究室・2016年)

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