シリアにおける邦人人質殺害事件を検証する ~ジャーナリズムの立場から

立教大学

2015/07/21

イベントレポート

OVERVIEW

21世紀社会デザイン研究科、社会デザイン研究所主催

日時 2015年6月26日(金)18:30~21:00
会場 池袋キャンパス 8号館8202教室
パネリスト 野中 章弘 氏(アジアプレス・インターナショナル代表、早稲田大学政治経済学術院教授)
七沢 潔 氏(NHK放送文化研究所・上級研究員)
白川 徹 氏(フリージャーナリスト・21世紀社会デザイン研究科博士課程前期課程在籍中)
砂川 浩慶(本学社会学部メディア社会学科准教授)
司会 長 有紀枝(本学21世紀社会デザイン研究科・社会学部教授)
 

レポート

本年2月に起きた邦人人質殺害事件に衝撃を受けた人も多いのではないでしょうか。ニュース番組で繰り返し放映された事件直前の映像 —砂漠の中でオレンジ色の装束に身を包み正座する後藤健二・湯川陽菜両氏と黒仮面・黒装束に身を隠すISの男— に戦慄を覚え、ISの残虐性に対し怒りや憎しみを抱いた人も少なくないでしょう。事件後には、ジャーナリストである後藤氏の業績や人柄を称える報道が続き、その悲劇性はますます強まっていくように思われました。しかし、なぜ後藤氏は紛争地域に自ら進んで足を運んだのでしょうか? 事件の残虐性や悲劇性を協調する一方、この点を検証する報道はあまり多くなかったと思われます。

このような背景を踏まえ、今回の講演会は本学関係者を含む一般市民に注意を喚起し、類似の事件の再発防止に寄与するとともに、政府の検証委員会による検証報告を、市民、特にジャーナリズムの視点から補完する目的で開催されました。

野中 章弘 氏

はじめに、フリージャーナリストのネットワークを主宰しているアジアプレス・インターナショナル代表の野中章弘氏より、ジャーナリストの観点から今回の事件を振り返っていただきました。野中氏は今回の事件について「日本国内で繰り広げられている議論とジャーナリストの中で交わされている議論との間にギャップがある」ことを指摘しました。「身の危険を冒してまで取材に赴くべきではない」「政府による渡航禁止要請もやむなし」といった国内の論調に対し、野中氏は「全く同意できない」と反論。「ジャーナリズムの使命は国家の監視であり、その緊張関係が日本では理解されていない」ことを訴えました。また、ジャーナリストの死を大々的かつ情緒的に取り上げる日本のマスコミに違和感を表明しました。プロの登山家でも遭難するように、プロのジャーナリストが事件に巻き込まれるリスクをゼロにすることはできません。このようなリスクを抱えながらも、国民の知る権利に応えるためにも —とりわけイラク戦争のように自衛隊が派遣される場合には— 、戦争や紛争の現実を伝えることがジャーナリストの使命であり、その意味で今回の後藤氏の死は「殉職」であることを強調しました。

七沢 潔 氏

次に、NHK放送文化研究所の七沢潔氏より、2001年に後藤氏と共同制作した番組「越冬・アフガニスタン」の紹介がなされるとともに、10分のダイジェスト版が上映されました。同番組は、米軍の支援を受ける北部同盟とタリバンとの内戦により家を失った難民と、難民を支援する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の山本芳幸氏を追ったドキュメンタリーです。これまで後藤氏はNHKと数多くの番組を制作してきましたが、中でも同番組は銃弾の飛び交う紛争の現場ではなく、難民の生活模様を主体に撮影されており、映像の雰囲気も比較的穏やかであるといえます。番組内で後藤氏は、空爆により長男を失った一家の生活を追っています。インタビュー中、母親は家族思いの長男がなぜ死んでしまったのか分からないと答えています。無根拠な生の剥奪。これこそが戦争の隠された本質です。このような空爆に対する後方支援の道と戦争により被害を受けた難民支援の道。今後日本はどちらの道を歩むのか。これこそが後藤さんが同番組を通じた問いかけであるとして、七沢氏はお話を締めくくりました。

白川 徹 氏

次に、フリージャーナリストの白川徹氏より、アフガニスタンでの取材を通じて得た戦争の現場の実態についてお話いただきました。2006年に初めてアフガニスタンに訪れ、日本の報道機関で語られていること —日本の国益や日米関係を中心とした議論— が戦争の現場とあまりにも乖離していることに疑問を持ったことから、現場第一主義、とりわけ米軍を中心とした地方復興支援チーム(PRT)の実態について取材したと言います。PRTは、米軍により地元民を懐柔するために派遣されており、支援物資の支給や道路の舗装などを担っています。活動内容自体の理解を得られているものの、米軍の態度や文化への無理解に対し地元民は苛立ちを覚えていると言います。このようなPRTの実態を日本の大手報道機関が報じることはほとんどなく、政策の波及効果を知る上で現場取材は不可欠であり、それこそがジャーナリストの使命であると説きました。
第二部では、社会学部の砂川浩慶准教授を交え、パネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションでは、フリージャーナリストの高齢化や大手メディアのリスク回避傾向などの問題点が挙げられたほか、報道の受け手のリテラシーについても話題が上りました。事件事故の当事者でないと、しばしばその記憶を風化させてしまうものです。このような記憶の風化に抗するためにも、「他者の痛みを理解し我が身として受容することのできる人間を大学としても育てていくべきではないか」「現代の海外情勢を理解する上では歴史、とりわけ近現代史に対する知識が不可欠であり、もはや世界史と日本史という括りで教育することに限界があるのではないか」との問題提起がなされました。そのほか、再発防止に向けては戦場に赴く前に危機管理訓練の徹底、政府による支援体制が必要であるとの指摘がなされました。

最後に質疑応答の時間が設けられ、会場からさまざまな質問や意見が寄せられました。中には講師の見解に対し批判的なコメントを寄せる人もいれば、そのコメントに対しさらに会場から反論が上がるなど、大変活発な議論が展開されました。会場の意見に耳を傾けているうちに、このように多様な意見を自由に述べることができるのも、私たちに言論の自由が認められているからこそ、というごく当たり前の事実に気付きました。今回の直接的なテーマではありませんでしたが、「言論の自由」の擁護。これも本シンポジウムの重要なテーマであったのだと思います。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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