連携講座「池袋学」|池袋学と自由の発信—池袋周辺地域の文化土壌—

泉屋 咲月(文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程1年次)

2014/11/11

イベントレポート

OVERVIEW

東京芸術劇場×立教大学主催 連携講座 「池袋学」2014年度<秋季>

日時 2014年10月1日(水)19:00~21:00
会場 池袋キャンパス14号館2階D201教室
講演者 渡辺 憲司(本学名誉教授、立教新座中学校・高等学校校長)
 

レポート

「池袋学」とは、歴史や文化などさまざまな視点から池袋を考えるため、東京芸術劇場と立教大学の連携によりスタートした公開講座です。本講座は5月の春季から始まった「池袋学」秋季第一回にあたり、池袋を中心とした地域における文化土壌と〈自由〉の関わりについて、渡辺憲司先生にご講演いただきました。

立教大学校歌「栄光の立教」の各節末尾は「自由の学府」です。この言葉にはどのような意味があるのでしょうか。多くの大学がその学校名で校歌を締めくくるなか、立教大学があえて末尾を「自由の学府」で結ぶのはなぜでしょうか。本講演は、この疑問に端を発し、池袋を含む郊外における歴史・文化・教育風土を踏まえたうえで、「自由の学府」の意味するところを考え、それがはらむ可能性について示唆するものでした。

まず、大正自由教育と立教大学、自由学園の関連を念頭におき、明治維新以降に農村部が発展し郊外文化が成立するまでをお話しいただきました。明治維新以降、参勤交代制度の廃止に伴い都市部の人口は半減しました。一方池袋や巣鴨、雑司が谷といった郊外は安定した人口構成で、住宅地や農作物の供給地としての優れた環境を呈していました。その後、都市部では人口回復と同時に衛生環境の劣悪化が進み、郊外への進出の必要性が説かれるようになります。こういった時代概観に加え、幸徳秋水や森田草平の作品に、これらの変化が象徴的に反映されていることも紹介されました。
次に、自由の発信地としての池袋周辺地域の歴史を、渡辺先生独自の年表でたどりつつ、明治から昭和初期にかけての時代背景と、それによって育まれた文化土壌についてお話しいただきました。

明治末期において、明治女学校や滝乃川学園が巣鴨周辺へ移転し、さらに家庭学校も創設されました。また、大逆事件(1910)という政治的弾圧が起こる一方、徳富蘆花は旧制第一高等学校において、「謀叛論」という演説を行いました。この演説は、幸徳秋水ら無政府主義者に対して同情的な立場から、当時の日本の政治体制を批判するものでした。このように、池袋とその近郊という郊外は、女性や子どもなどの社会における弱者のための教育の場、および政治的弾圧に対する批判が許される場としての側面を持っていました。

大正期に入り、文学作品に見られる個人主義や新しい女性像・恋愛観の誕生、吉野作造による非立憲主義批判、ロシア革命など、さまざまな思想や出来事がめまぐるしく多元的に生じるようになります。こういった流れに加え、子どもの自主的な学びを尊重しようとする大正自由教育を背景に、道徳教育において徳目を画一的に教授することが問題視された結果として修身教育批判があります。このような自由主義教育思想の気運は特に池袋周辺地域で高まり、成蹊学校、自由学園や文化学園といった学校が次々に設立されました。そしてちょうどこの頃、立教大学校歌「栄光の立教」が各節末尾に「自由の学府」を付け加え成立したのです。

その後、日本は軍国主義に傾き、教育においても軍事教育が中心化していくなかで、「栄光の立教」は歌唱を禁じられました。しかし、日本が全国的に戦争へと一元化されていく風潮にありながら、立教大学ではライフスナイダー主教が演説のなかで「Pro Deo et Patria—神と国のために」(※)という言葉を残しました。わが国が軍国主義に傾倒していく時代にあっても、池袋を含む郊外には、平和に貢献する〈自由〉があり、その〈自由〉に基づき成立したのが立教大学をはじめとする自由教育であるとの解説でした。このことは、立教中学校で自治組織「学校市会」が発足したことにも認められます。

戦災により立教大学と旧江戸川乱歩邸をのぞき、ほとんどすべてを失ってしまった池袋周辺地域は、戦後は闇市として発展しました。しかし、それは否定的に捉えるべきことではなく、明治・大正期に培われた活力が生んだ新しい〈自由〉の形として捉えるべきことだと言えるでしょう。
以上、明治末期から戦後にかけての池袋を中心とした郊外における歴史について、終始興味深い挿話を交えつつ、〈自由〉という視点からお話しいただきました。

歴史は都市部の発展や衰退を中心に語られがちです。しかし、郊外において発展した文化やそれを培った土壌にもまた、その時代の流れは確かに反映されているのであり、それらを無視して一国の過去や現在、未来を語ることは無意味でしょう。今回の講座では、〈自由〉の発信地としての池袋周辺地域、そしてそこで育まれた文化とその活力の可能性について、大いに考えさせられました。

明治・大正期の活力は、戦後闇市という新たな〈自由〉を呼び、戦災からの復興を可能にしました。それならば、現在に至るまでの池袋周辺地域の活力は、今後どのような〈自由〉を呼び、どのような変化をもたらすのでしょうか。我々一人一人が、「自由の学府」という言葉に託された意味を心に留めつつ、今後の〈池袋〉の可能性について考えていくべきだと思いました。

※現在立教大学では、「Deo=普遍的なる真理を探究し、Patria=私たちの世界、社会、隣人のために」と捉えています。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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