2025/05/29 (THU)

【資料紹介】「嫌煙権訴訟」関連資料(R30)について

共生社会研究センターRA(リサーチ・アシスタント)
立教大学大学院社会学研究科博士課程後期課程 宮澤篤史 

共生社会研究センターRAの宮澤篤史です。今回は、センターが所蔵する「嫌煙権訴訟」関連資料を取り上げます。2024年9月、「嫌煙権訴訟」(1980~1987年)および「たばこ病訴訟」(1998~2005年[控訴審含む])というたばこにまつわる2つの裁判で主任弁護士を務めた伊佐山芳郎氏より、「嫌煙権訴訟」資料、および関連書籍を受贈しました(「伊佐山芳郎氏旧蔵・嫌煙権・たばこ病訴訟関連資料」(R30)所収。「たばこ病訴訟」資料は追加受贈の予定)。今回は、「嫌煙権訴訟」の概要、および同訴訟資料の整理作業についてご紹介します。

日本初のたばこ裁判

規制強化により禁煙・分煙が当たり前になっている昨今とは対照的に、嫌煙権訴訟当時(1970年代)は成人男性の習慣喫煙者率が75%前後で推移しており(女性は15%前後。JT「全国喫煙者率調査」)、一部の層にとってたばこを吸うことが当たり前の時代でした。喫煙場所として公共交通機関も例外ではなく、特急列車内やプラットフォームでの喫煙は日常の風景だったようです。実際、当時禁煙車が設置されていたのは新幹線「こだま」の16号車1両のみでした。

こうしたなかで非喫煙者(とりわけ妊婦や乳幼児、喘息などの疾患を抱える人びと)の受動喫煙による健康被害が問題視されるようになり、1978年2月に「嫌煙権確立をめざす人びとの会」、続いて同年4月には「嫌煙権確立をめざす法律家の会」が設立。これらの団体は「嫌煙権」(たばこの煙で汚染されない、きれいな空気を吸う非喫煙者の権利)を掲げ、全国の嫌煙・禁煙団体とも連携しながら嫌煙権運動を広げていきます。そして1980年4月7日、国鉄(現JR)に対して「すべての列車の半数以上を禁煙車に」すること、国と日本専売公社(のちに日本たばこ産業[JT])に対して原告らの健康被害への損害賠償を求めた「嫌煙権訴訟」が提訴されました(原告14名、弁護士17名)。日本で初めて、嫌煙権をめぐる裁判が始まったのです。

整理作業について

写真1 「嫌煙権訴訟」関連資料(R30「伊佐山芳郎氏旧蔵・嫌煙権・たばこ病訴訟関連資料」所収)

「嫌煙権訴訟」関連資料には、嫌煙権訴訟の判決まで(1980~1987年)の資料が含まれています。受贈時点ですでに丁寧に整理・ファイリングされていたため、センターでの作業では資料秩序に大きく手を加えることはしませんでした。作業としては扱いやすさと資料保護の観点から、資料の内容に応じて5つのパイプファイルにおおむね年代順に整理されていたものを、フォルダとボックスへ移し替えました。移し替えにあたっては原秩序を維持しつつ、一定のまとまりで分割してフォルダに収め、ボックスに移し替えています。各フォルダには元の帰属ファイルがわかるようにIDを付与し、リスト化しました。


本資料に含まれる一連の裁判資料は以下の通りです。
・原告側が提出した証拠資料(甲号証) (元ファイル1・2[ID1101~1115、1201~1221])
・最終準備書面・口頭弁論調書・判決文(元ファイル3[ID1301~1304])
・尋問調書・証人調書(元ファイル4[ID1401~1407])
・訴状・答弁書・準備書面(原告・被告)・証拠関係書類(元ファイル5[ID1501~1527])
・関連書籍(ID301~308)

ここからは、具体的な資料を一部ご紹介します。

車両内での受動喫煙による被害を訴えるために

写真2 喫煙による被害体験報告カード(ID 1221)

受動喫煙による被害を訴えるにあたり、原告側は車両内の喫煙状況、および喫煙による影響を可視化するために独自調査を行いました。呼吸器系疾患の診断書をそうした記録とあわせて提示することで、車両内での受動喫煙により健康被害を被ったことを訴えかけたのです。ここでは、「喫煙による被害体験報告カード」と「車内粉じん量の計測記録」をご紹介します。

「喫煙による被害体験報告カード」は、喫煙者の乗車状況・喫煙状況と、喫煙による車内環境への影響、記録者の身体への影響を記録したものです(写真2)。「眼・鼻・のどの痛み、咳が出る」、「(車内が)大分煙たかった」、「夜行列車だがたばこの煙のためにほとんど眠れない」といった状況が伝えられています。60枚ほどの報告カードが提出されました。

写真3 車内粉じん量の記録(ID 1216・1217)

さらに、車両内の粉じん量を計測・記録し、グラフ化した資料も提出されました(写真3)。ここには搭乗車両内の時間ごとの粉じん量、および受動喫煙による影響(「軽いせきがでる」「のどがはれぼったい」など)が計測・記録されています。

こうした証拠資料の提出もあり判決では、受動喫煙により「眼及び鼻の刺激、頭痛、咳、喉の痛み、しゃがれ声、悪心、めまい等」の影響を被ったことが認められ、さらに道義的な問題として、喫煙者は喫煙の場所と方法について自制することが望まれるという指摘もなされました。しかし、眼や鼻への刺激、せきといった影響はあくまで「一過性の刺激及び不快感」にとどまるものであり、原告側が訴えた健康被害と受動喫煙とのあいだに因果関係を認めることはできないと判断されました。
1987年3月、車両内での受動喫煙は「一過性」であり、ゆえに受忍限度を超えるものではないとして原告側の請求は棄却されます。しかし他方で、嫌煙権をめぐる市民運動はその開始以降、多くのメディアに取り上げられることにより市民権を得、公共の場所、交通機関、職場といったさまざまな場所での喫煙規制に影響を与えることになり、国鉄には禁煙車両が漸次導入され、営団地下鉄(現:東京メトロ)でも喫煙規制がなされるようになりました。つまり、禁煙車両を増やすという訴訟の目的自体は、訴訟と並行して一定程度実現されていったのです。この意味で、判決理由に納得のいかない部分はあったものの、嫌煙権訴訟は「実質勝利」で幕を閉じることになりました。

以上、「嫌煙権訴訟」関連資料についてご紹介しました。
少しでも興味・関心を持たれた方は、ぜひ共生社会研究センターまでご連絡ください。
参考文献・ウェブサイト
伊佐山芳郎,1983,『嫌煙権を考える』岩波書店.
伊佐山芳郎,2021,『人生、挑戦——嫌煙権弁護士の「逆転人生」』花伝社.
最新たばこ情報,2020,「成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)」(2025年5月1日取得,https://www.health-net.or.jp/tobacco/statistics/jt.html).
渡辺文学,2023,『日本の嫌煙権運動45年史——「きれいな空気を吸う権利」を求めて』花伝社.

お問い合わせ

立教大学共生社会研究センター

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