2023/05/23 (TUE)

資料紹介:「R21 VAWW-RAC旧蔵『NHK番組改変事件裁判』関連資料」の概要・整理方法・資料紹介

はじめまして。立教大学共生社会研究センターでリサーチ・アシスタント(RA)を務めております、今井麻美梨です。今回は、当センターが所蔵する「R21 VAWW-RAC旧蔵 『NHK番組改変事件裁判』関連資料」の整理方法と、その見どころについてご紹介いたします。

VAWW-NET Japan(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)、およびその後継団体であるVAWW-RAC(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター)は、日本軍「慰安婦」問題を中心に、戦時性暴力を厳しく批判してきた団体です(註1)。VAWW-NET Japanは、1998年6月に日本キリスト教婦人矯風会を中心に発足され、アジアの女性たちの窮状を訴えたジャーナリストの松井やより氏が初代代表を務めました(註2)。

本資料群から見えるのは、あらゆる戦時性暴力に反対してきたVAWW-NET JapanやVAWW-RACの広範な活動です。それと同時に、戦後日本のメディアや政治や社会が、いかにして元「慰安婦」たちの証言や語りを封じてきたのかも窺い知ることができます。

<女性国際戦犯法廷と、NHK番組改変事件>

VAWW-NET Japanは2000年12月に、民衆法廷「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を開き、日本軍によるアジア各地での戦時性暴力を「人道に対する罪」という国際法の枠組みのなかで訴えました。この「女性国際戦犯法廷」は、NHK教育テレビ番組「ETV2001・戦争をどう裁くか (2)—問われる戦時性暴力」(2001年1月30日放送)で取り上げられ、元「慰安婦」の女性や元日本軍兵士の証言をもとに放送される予定でした。

しかしこの番組企画は、政府の圧力を受けたNHKの番組関係者らによって放送直前に大きく改変され、当事者たちの意思とは異なるかたちで報道されました。このNHKの番組改変責任を追及して、VAWW-NET JapanはNHKほか関連2社に対して、損害賠償請求訴訟を起こしました。東京地裁で敗訴し、東京高裁では逆転勝訴しましたが、2008年の最高裁で敗訴が確定しました。同訴訟を通して、日本軍「慰安婦」をめぐる報道のあり方や、政治権力の介入が浮き彫りになりました。

<資料の受け入れ経緯・資料の状態>

写真1「R21 VAWW-RAC旧蔵『NHK番組改変事件裁判』関連資料」資料棚

本資料群は、VAWW-NET Japanの後継団体であるVAWW-RACのもとで管理されておりましたが、VAWW-RACが活動を終えたのち、小野沢あかね教授(立教大学文学部、女性史・ジェンダー史研究者)の研究室に移管されました。そして2022年1月19日に、段ボール6箱分の資料を当センターへ移管する運びとなりました。また、小野沢教授が自宅で保管していたVAWW-NETやVAWW-RACのミニコミも、2022年4月25日に当センターに移管されました。これらの資料を全体として、2名のRAが整理しました。

センターに移管された時点では、ほとんどの資料がVAWW-RACの西野瑠美子氏によってファイリングされており、資料の状態も良好でした。裁判資料のほか、内部での協議や集会資料、裁判に関する報道の切り抜きなどが含まれておりました。

<資料の整理方法>

資料タイトル、年代、概要などの情報を入力しながら、まずはボックス単位でおおまかに目録をとり、その後ファイル単位でより詳細なリストを作成しました。目録があるていど完成し終えた段階で、どのように分類するかを検討しました。相談の結果、VAWW-RACがNHKを訴えた際の裁判記録(シリーズ1)、VAWW-RACが発行したミニコミや集会資料(シリーズ2)、VAWW-RACが集めた新聞や雑誌記事(シリーズ3)の3部構成で編成することにしました。
◆シリーズ1 「NHK裁判内部資料」 (ID: 1001-1025)

写真2 VAWW-RAC 裁判関連資料

本資料群の主題である、NHK裁判の内部資料を収録しています。おもに、証人調書、速記録、控訴理由書、準備書面、訴状などがあります。シリーズ1には、書籍『女性国際戦犯法廷 NHK番組改変裁判記録集』(日本評論社、2010年)には収められていない、準備書面・番組提案表・陳述書・尋問調書などもふくまれております。本センターでは、これらの資料を裁判の進行(第一審、控訴審、上告審)に即して整理いたしました。
◆シリーズ2 「VAWW-RACによる刊行物」 (ID: 2001-2036)
VAWW-RACや関連団体が発行した資料。主にミニコミや、集会・シンポジウム・学習会のビラとセミナーのレジュメなどを収録しています。本センターでは、ミニコミ・冊子類をシリーズ2の先頭にまとめ、その他の資料を年代順に整理いたしました。
◆シリーズ3 「VAWW-RACの収集資料」 (ID:3101-3120, 3201-3213)
——シリーズ3-1 (3100番台): タイトルが付与されているファイル・資料
——シリーズ3-2 (3200番台): タイトルが付与されていないファイル・資料
VAWW-RACが集めた新聞や雑誌の切り抜き・コピー、マスコミの報道と反応などを収録しています。シリーズ2とは異なり、VAWW-RACに対抗する側の記事も含まれています。整理方法としましては、既にタイトルが付与されていた資料と、タイトルが付与されていない資料に分類し、さらにそれを年代順に整理しました。 

<資料紹介>

写真3『VAWW-NET JAPAN ニュース』(VAWW-NET Japan) 

わたしが興味深いと感じたのは、書籍『女性国際戦犯法廷 NHK番組改変裁判記録集』(日本評論社、2010年)には掲載されていない、VAWW-RACの広範な活動を記録したミニコミ資料です。これらのミニコミには、同団体がどのように発展していくのかを見て取ることができます(シリーズ2「VAWW-RACによる刊行物」)。

VAWW-NET Japanが発行した『VAWW-NET JAPAN ニュース』(2000~2011年)では、女性国際戦犯法廷やNHK裁判の進捗の共有が主軸でした。それに対して、後継団体であるVAWW-RACによる『バウラック通信』(2012~2021年)では、改称のとおりリサーチ(研究)とアクション(行動)に重点が置かれ、活動の幅を広げています。たとえば、日本人「慰安婦」の調査・研究、宮古島の「慰安婦」記念碑建立の運動、日本の炭鉱・労務「慰安婦」に関する調査研究、沖縄における「慰安婦」問題と米軍基地の売買春、中学歴史教科書における「慰安婦」の記述・教育、植民地支配責任、松井やよりの思想の検証と継承、富山妙子の思想の検証と継承、アジアの女性の人権、「慰安婦」被害者への謝罪と賠償請求、および非戦・平和の構築、音楽やアートを用いたフェミニズムなど、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます。

写真4 『バウラック通信』(VAWW-RAC)

VAWW-RACの研究チームは、現代の政治課題として「慰安婦」問題を分析するだけでなく、近世日本にまで時代をさかのぼり、歴史的な視点・手法を用いて女性をとりまく性売買・性暴力の実態を明らかにしています。『バウラック通信』では、日本の近世遊郭社会、近代公娼制度、公娼制や慰安所の海外植民地への移転、「慰安婦」たちの戦後の人生と葛藤、そして現在における性搾取の問題を長い歴史的文脈のなかで分析し、女性たちがいかなる地域社会の秩序・政治や制度・資本主義システムのなかで取り引きされたのかを論証しています。さらに同ミニコミでは、こうした大きな権力構造のはざまで、女性たちがいかなる苦痛を経験し、いかにして生き延びたのか。彼女たちの記憶や証言を「いかに聴くか」に焦点を当てた、オーラル・ヒストリーの実践も試みられています。
以上、「R21 VAWW-RAC旧蔵『NHK番組改変事件裁判』関連資料」は、日本軍「慰安婦」問題をめぐるメディアや政治の在り方、および性暴力をめぐるVAWW-RACの粘り強い活動の軌跡を見せてくれる、たいへん興味深い資料群です。みなさまも是非ご利用いただければ幸いです。
(1) VAWW-NET Japan: Violence against Women in War-Network Japan. VAWW-RAC:Violence Against Women in War Research Action Center。2011年9月に、VAWW-NET Japan からVAWW-RACへと「発展改称」しました。
(2) VAWW-RACと連携する団体としては、「アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)」や「在日韓国民主統一連合」などがあります。
参考文献
松井やより『裁かれた戦時性暴力—「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」とはなんであったか』白澤社、2001年。
VAWW-NETジャパン編『Q&A 女性国際戦犯法廷:「慰安婦」制度をどう裁いたか』明石書店、2002年。
VAWW-NETジャパン編『NHK番組改変と政治介入:女性国際戦犯法廷をめぐって何が起きたか』世識書店、2005年。
西野瑠美子、金富子、VAWW-NETジャパン編『消された裁き:NHK番組改変と政治介入事件』凱風社、2005年。
「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク、NHK番組改変裁判弁護団編『NHK番組改変裁判記録集:女性国際戦犯法廷』日本評論社、2010年。
中野敏男ほか編『「慰安婦」問題と未来への責任 : 日韓「合意」に抗して』大月書店、2017年。
金富子、小野沢あかね編『性暴力被害を聴くー「慰安婦」から現代の性搾取へ』岩波書店、2020年。
韓国挺身隊問題対策協議会・2000年女性国際戦犯法廷証言チーム編『記憶で書き直す歴史:「慰安婦」サバイバーの語りを聴く』(金富子、古橋綾編訳)岩波書店、2020年。

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立教大学共生社会研究センター

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