2022/07/29 (FRI)

立教大学共生社会研究センター・オンラインセミナー
「記録される生と死—アーカイブズと『名前』をめぐるディスカッション」(2022年7月23日)を開催しました!

オープニングスライドは、ご参考までに。

平野 泉(立教大学共生社会研究センター・アーキビスト)

2022年7月23日土曜日。じりじりと暑い午後に、資料にまつわる人びとの「名前」についてのオンラインセミナーを開催しました。このセミナーは、2021年10月10日に開催した「市民が作る・市民が使うアーカイブズ——アクセスをめぐる課題」(以後、「10月セミナー」)の後継企画です。10月セミナーは、なにかと語りづらい部分もあるアクセスの問題について、市民の様々な活動に関する記録を所蔵する3機関のアーキビストが、セミクローズドな場で大いに語る、という企画でした。そしてその場で、個人情報保護のために行われている「マスキング」という作業について、必要な場面もあるけれども、でもどうなんだろう?ということが語られたのです。

それを受けて、今回のセミナーでは、個人識別情報としてマスキングされがちな「名前」について考えよう、ということで、スピーカーに東京空襲犠牲者の名前を公開する活動をしている山本唯人さん(法政大学大原社会問題研究所准教授・環境アーカイブズ担当)、そしてディスカッサントに三里塚闘争の研究者である相川陽一さん(長野大学環境ツーリズム学部教授)をお迎えし、戦争や社会運動のアーカイブズと、犠牲者や運動当事者の名前をめぐる課題についてお話ししていただきました。
山本さんには、東京空襲犠牲者遺族会の収集した犠牲者名簿を公開する、『東京空襲「せめて名前だけでも」公開プロジェクト』での活動を軸にお話しいただきました。東京大空襲の犠牲者については、原爆や沖縄戦の犠牲者のような法的な支えがなく、国が作成する名簿もありません。また、市民の呼びかけに応じて東京都が慰霊と追悼のために作成した名簿は情報公開・個人情報保護条例の規定に阻まれ、広く社会的に共有されないまま現在に至っています。そうした中、遺族を含む市民が、犠牲者一人一人についてご遺族の承諾を得る丁寧なプロセスを積み重ね、これまでに320名の犠牲者の名前を公開してきました。

空襲の犠牲者をその人の名前で呼ぶこと——それは個人を個人として想起することであり、「死者10万人」といった数値表現が誘う想起とはちがった形で想起することを意味します。そうした想起の深さと重みを、山本さんのお話は伝えてくださいました。

相川さんは、三里塚闘争の研究を通じて出会った運動当事者から、様々な語りと記録を託されてきました。運動を記録する意思を強く持つからこそ大切な記録を託してくれた当事者の信頼に応えるためには、もちろん「墓場まで持っていかねばならないこと」もある。その一方で、記録に現れる人びとの名前にはそれぞれの尊厳があり、「目先の紛争防止のため」あるいは「ルールだから」マスキングするのは問題なのではないか、と相川さんは投げかけます。そもそも個人情報保護などの法制度も、社会的な正当性に支えられるもの、市民がつくるものであり、名前の公開・非公開に関してはもっと丁寧な議論が必要だと。

思考と議論に根を持たないルール化は、社会運動が忌み嫌うものでもあります。ルール化を逃れたもの、偶発性に開かれたもののなかにこそ民主的なものもあるのだ、という相川さんの言葉は、日々の実務に埋もれがちな私にとっても戒めとなりました。

相川さんの問いかけに山本さんがこたえる。深刻なテーマですが、こんな笑顔も!

参加者をまじえたディスカッションでは、「遺族の承諾を得るプロセスが実際にどのように行われているのか」「公開を拒否する遺族はどのような理由で拒否するのか」「同意できない死者に代わって遺族の同意を得れば十分なのか」「ハンセン病の元患者さんなど、自らの名前を隠して生きることを強いられた人々の名前をめぐっては、さらに難しい問題があるのではないか」など、どれをとっても何時間も議論できそうな質問や論点が出されました。
そもそも10月セミナーの開催報告に、誰もが納得できる「市民の記録を活かすための共同宣言」のようなものを作れないものか?と書いたのですが、それを少しでも実現に近づけるためのアイディアを今回のセミナーで得ることができました。まずは、自分が世話している記録の作成者・寄贈者・利用者のみなさんのお話を聞いて、ローカルな「宣言」のたたき台を作ってみようと思います。

【共催】

法政大学大原社会問題研究所環境アーカイブズ
JSPS科研費(基盤研究(B)21H00569) 「20世紀後半の社会運動の形成-展開過程の解明に向けた領域横断的な資料学的研究」(研究代表者:相川陽一)
サントリー文化財団研究助成(「学問の未来を拓く」)「20世紀後半の社会運動史資料の収集・整理・展示活用にかかる学際研究:散逸の危機にある現代史資料を守るための手法開発」(研究代表者:相川陽一)

【関連リンク】

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