2020/05/12 (TUE)
共生研センター メール・インタビュー(5)
立教大学共生社会研究センター 市橋秀夫 副センター長
はじめに
連休明けから、緊急事態宣言は継続中ではあるのですが、少しずつお店が開いたり、街で見かける人の数が増えたように思います。まだまだ先は見えませんが、いずれはSARS-CoV-2とも共存できるようになることを信じて、できることをしみじみ積み重ねていくしかありません。
というわけで、今回メールでお話を伺ったのは、市橋秀夫(埼玉大学大学院 人文社会科学研究科教授)・副センター長です。
というわけで、今回メールでお話を伺ったのは、市橋秀夫(埼玉大学大学院 人文社会科学研究科教授)・副センター長です。
メール・インタビュー 市橋秀夫・副センター長 ー 教育と研究に資するクリエイティヴな学びの場に
- まず、先生の研究テーマについて教えてください。また、いまいちばん関心を持っていることは何でしょう?
第二次世界大戦後のイギリスにおける価値規範、社会規範の変容が一番長く関わっている研究テーマになります。余暇文化、セクシュアリティ、若者文化、1960年代や70年代といった年代論といった観点からの社会史研究です。
ほかに、戦後日本におけるベトナム反戦運動のオーラル・ヒストリー研究と、イギリスおよび日本のフェア・トレード/民衆交易の歴史と現状に関する調査もしています。この3つのテーマに共通するのは、人びとの視点と活動、記憶ということでしょうか。「history from below (下からの歴史)」という言い方があるんですが、限界も含めてそれにこだわっているのかもしれません。
- 先生が「研究の道に入ろう」と決めたきっかけは何ですか?
研究を軸に出来るような生き方ができたらいいなとは、大学2年生のころから思うようになりました。当時イギリス留学から帰ったばかりで慶応大学経済学部の准教授だった松村高夫先生の4人しか受講生のいない英書講読の授業が新鮮でした。高校時代は歴史嫌いだったのに「下からの歴史」に目を開かれました。
もうひとつ、アジアや世界各地の民衆演劇運動との出会い——黒テントや、現代思潮社やせりか書房の編集者だった故・久保覚さん、教育学の里見実さんや楠原彰さん——も、いま振り返ると大きかったですね。
- 先生は、民衆演劇や民衆交易との関連ではアジア太平洋資料センター(市民活動資料コレクション)や宇井純さんの自主講座(宇井純公害問題資料コレクション)、あるいは反アパルトヘイト運動など、センター所蔵資料といろいろなところでつながっておられるのがおもしろいです。
さて、「研究者になろう」と決めてからの道のりはどうだったのでしょう?
大学院に入って専門の勉強も前よりもするようにはなっていたんですが、研究者になるために業績を作っていくという気持ちは希薄で、フィリピンの実践に触発された演劇ワークショップの活動に力を入れていました。
アカデミックな勉強の大事さに目覚めたのは、博士課程に入ってから子どもが生まれて、社会運動に関わる時間が取れなくなり、家にいて勉強するほかなくなっていってからですね。ちゃんと勉強しようということでイギリスの憧れの研究所に入れてもらい、なんとか博士論文を書いて学位をとることができました。戦後の高度経済成長の遺産がまだ日本に漂っていたことで留学も実現したという感が強いです。
- 研究には様々な資料——先生は歴史家なので、「史料」の方がしっくりくるでしょうか——を使われると思いますが、いつもどんな史料や素材を用いて研究を組み立てておいででしょうか?
イギリス史の研究は、現地の文書館でちょこちょこ集めてきた一次史料が中心になりますが、同時代に出された社会調査の報告書や運動のパンフレットや雑誌記事、今では電子化されて使いやすくなった新聞や議会報告書などの史料も重要です。日本のベトナム反戦運動の研究は、運動当事者へのインタビューによるオーラル・ヒストリー史料が中心になります。インタビューさせていただいたみなさんから頂いたり預かった機関誌やビラ、写真など、どこのアーカイブズにも保管されていない史料も貴重です。アジアのフェアトレードの調査の場合も、現地の零細小規模農民のみなさんへのインタビュー資料が基本ですね。
- それでは、センターとの関わりについて、少しお話していただけますか?
僕は埼玉大学の教員なので、センターとは、立教大学に移管される前からの付き合いがあります。「史料実習」の授業では、イギリスの文書館に学生を連れていくことは難しいので、代わりに共生社会研究センターに寄贈されていたベ平連吉川勇一資料を素材に、史料の多様性やアーカイブズの重要性について学生たちに学んでもらっていたんです。
僕が留学していたウォーリック大学には、Modern Records Centreという労働史・社会運動史で有名なアーカイブズがあったので、埼玉大学にあった当時のセンターをそれとダブらせて見ていたところがあります。運営にも当時から関わるようになりました。ベトナム反戦運動の研究は、センターと、そしてセンター長だった藤林泰さんとの出会いで始まりました。
- センター所蔵資料、あるいは広く社会運動の記録との出会いや、そうした資料・史料を用いたこれまでのお仕事などについて、教えていただけますか?
センター所蔵の吉川勇一寄贈ベ平連資料にわずかながら入っていた福岡ベ平連の史料を出発点にして、福岡のベ平連運動の調査を始めさせていただきました。福岡ベ平連の前身にあたる福岡の「十の日デモの会」の歴史については、3本の論文[参考]にまとめて発表しています。
福岡ベ平連の活動についてはようやく執筆を始めているところですが、その調査の過程で、さまざまな他の運動ネットワークとのつながりの重要性を教えてもらい、いくつもの重要な史料群をみせてもらっています。福岡ベ平連の機関誌やビラ類はほとんど発掘できたと思いますし、米軍山田弾薬庫への弾薬輸送阻止闘争に取り組んだ北九州の反戦青年委員会の機関誌と大部の記録写真も預かっています。
オーラル・ヒストリーのほうは、50人ほどの方々からお話を伺うことができました。ベ平連史料については、日本各地の地域のベ平連に関する研究会である「地域ベ平連研究会」の仲間と、復刻版出版の作業を進めているところです。
- センター所蔵資料に限らず、アーカイブズを大学での教育に使ったご経験があれば、そのご経験について教えてください(使い方、学生さんの反応など)。また、「今後使ってみたい」というご希望があれば、どんな風に使おうとお考えか、お伺いしたいのですが。
歴史研究にとってはアーカイブズは生命線ですので、これまでも前に挙げた「史料実習」をはじめとする一連の授業で利用させていただいています。学生は、一次史料の使い方には戸惑うことが多いように思います。ビラ一枚があるとして、それがどういう意味を持つのかはかなりいろんな背景を知ったり、当事者に話を聞かないと分からないことが多い。
また、近年感じているのは、やはり電子化ですね。欧米に比べると、日本の電子化度は遅々としているように感じています。保管スペースの問題だけでなく、資料の活用という面からも、もっと積極的に電子化を考えていかなくてはいけないと思っています。
すでにセンターでは、ビラを歌にするワークショップが行なわれていますが、僕自身の演劇ワークショップの経験からいうと、演劇づくりのワークショップももちろん可能です。小学生や中学生にアーカイブズを開いていくには、教育者との連携も必要ですね。
- 前のインタビューで和田先生もおっしゃっていましたが、大学に来る前の、中・高校生にも、何らかの形でアーカイブズと出会ってもらいたいですね。そのための工夫をセンターでも考えていかなければ.....さて話題は変わりますが、現在、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、様々な機関が所蔵する資料へのアクセスが制限されています。センターも閉館を余儀なくされていますが、そうした状況で、今後をどう考えていくべきか、まずは副センター長としてのお考えをお聞かせください。また、一研究者としての立場から、「こんなサービスがあれば助かる」ということがあれば、教えてください。
やはり、電子化、オンライン・サービスを拡充していくということでしょうか。史料紹介のセミナーや勉強会もZoomなんかで開催できますね。オンライン・インタビューを数年前に一度だけ僕自身も実施したことがあるんですけど、センターが中心になってそういうプロジェクトの手助けや組織化をしていくことも可能だと思います。
利用者は利便性だけを求めがちなので、多くのアーカイブズがサービス追求のループに入って疲弊しやすいと思いますが、そうではなく、オンラインで出来ることに限らず、教育と研究に資するクリエイティヴな学びの場となる工夫をしたいところですね。
言い出すと切りがありませんが、公開デーなんかも設けたいところですし、英語での発信も増やしたいですね。
- 英語での発信は先生にぜひお願いしたいです!では最後に、現在の社会状況、そしてコロナ以降の社会について、何かお考えがあれば教えてください。
オンライン化はあらゆる場面で進行し、人間同士の付き合い方もドラスティックに変わっていくような気がします。いろんないい面も出てくると思いますし、生きやすい社会になる部分も出てくると思います。けれども、格差などの基本的な社会の問題はそれで解決するというわけではなく、経済や政治のシステムが変わっていかない限り、ポスト・コロナ社会もそれほど違うものにならないかもしれません。
また、気候変動や、災害や感染症の頻発・常態化が進むと、グローバルなライフスタイルや都市的なライフスタイルがじりじりと後退して、ローカルで農的な生き方が広がるかもしれません。歴史屋としては、未来のことよりも、過去にヒントを見出したいところです。
(以上、メールへの回答(2020年4月30日)を一部編集して掲載)
第二次世界大戦後のイギリスにおける価値規範、社会規範の変容が一番長く関わっている研究テーマになります。余暇文化、セクシュアリティ、若者文化、1960年代や70年代といった年代論といった観点からの社会史研究です。
ほかに、戦後日本におけるベトナム反戦運動のオーラル・ヒストリー研究と、イギリスおよび日本のフェア・トレード/民衆交易の歴史と現状に関する調査もしています。この3つのテーマに共通するのは、人びとの視点と活動、記憶ということでしょうか。「history from below (下からの歴史)」という言い方があるんですが、限界も含めてそれにこだわっているのかもしれません。
- 先生が「研究の道に入ろう」と決めたきっかけは何ですか?
研究を軸に出来るような生き方ができたらいいなとは、大学2年生のころから思うようになりました。当時イギリス留学から帰ったばかりで慶応大学経済学部の准教授だった松村高夫先生の4人しか受講生のいない英書講読の授業が新鮮でした。高校時代は歴史嫌いだったのに「下からの歴史」に目を開かれました。
もうひとつ、アジアや世界各地の民衆演劇運動との出会い——黒テントや、現代思潮社やせりか書房の編集者だった故・久保覚さん、教育学の里見実さんや楠原彰さん——も、いま振り返ると大きかったですね。
- 先生は、民衆演劇や民衆交易との関連ではアジア太平洋資料センター(市民活動資料コレクション)や宇井純さんの自主講座(宇井純公害問題資料コレクション)、あるいは反アパルトヘイト運動など、センター所蔵資料といろいろなところでつながっておられるのがおもしろいです。
さて、「研究者になろう」と決めてからの道のりはどうだったのでしょう?
大学院に入って専門の勉強も前よりもするようにはなっていたんですが、研究者になるために業績を作っていくという気持ちは希薄で、フィリピンの実践に触発された演劇ワークショップの活動に力を入れていました。
アカデミックな勉強の大事さに目覚めたのは、博士課程に入ってから子どもが生まれて、社会運動に関わる時間が取れなくなり、家にいて勉強するほかなくなっていってからですね。ちゃんと勉強しようということでイギリスの憧れの研究所に入れてもらい、なんとか博士論文を書いて学位をとることができました。戦後の高度経済成長の遺産がまだ日本に漂っていたことで留学も実現したという感が強いです。
- 研究には様々な資料——先生は歴史家なので、「史料」の方がしっくりくるでしょうか——を使われると思いますが、いつもどんな史料や素材を用いて研究を組み立てておいででしょうか?
イギリス史の研究は、現地の文書館でちょこちょこ集めてきた一次史料が中心になりますが、同時代に出された社会調査の報告書や運動のパンフレットや雑誌記事、今では電子化されて使いやすくなった新聞や議会報告書などの史料も重要です。日本のベトナム反戦運動の研究は、運動当事者へのインタビューによるオーラル・ヒストリー史料が中心になります。インタビューさせていただいたみなさんから頂いたり預かった機関誌やビラ、写真など、どこのアーカイブズにも保管されていない史料も貴重です。アジアのフェアトレードの調査の場合も、現地の零細小規模農民のみなさんへのインタビュー資料が基本ですね。
- それでは、センターとの関わりについて、少しお話していただけますか?
僕は埼玉大学の教員なので、センターとは、立教大学に移管される前からの付き合いがあります。「史料実習」の授業では、イギリスの文書館に学生を連れていくことは難しいので、代わりに共生社会研究センターに寄贈されていたベ平連吉川勇一資料を素材に、史料の多様性やアーカイブズの重要性について学生たちに学んでもらっていたんです。
僕が留学していたウォーリック大学には、Modern Records Centreという労働史・社会運動史で有名なアーカイブズがあったので、埼玉大学にあった当時のセンターをそれとダブらせて見ていたところがあります。運営にも当時から関わるようになりました。ベトナム反戦運動の研究は、センターと、そしてセンター長だった藤林泰さんとの出会いで始まりました。
- センター所蔵資料、あるいは広く社会運動の記録との出会いや、そうした資料・史料を用いたこれまでのお仕事などについて、教えていただけますか?
センター所蔵の吉川勇一寄贈ベ平連資料にわずかながら入っていた福岡ベ平連の史料を出発点にして、福岡のベ平連運動の調査を始めさせていただきました。福岡ベ平連の前身にあたる福岡の「十の日デモの会」の歴史については、3本の論文[参考]にまとめて発表しています。
福岡ベ平連の活動についてはようやく執筆を始めているところですが、その調査の過程で、さまざまな他の運動ネットワークとのつながりの重要性を教えてもらい、いくつもの重要な史料群をみせてもらっています。福岡ベ平連の機関誌やビラ類はほとんど発掘できたと思いますし、米軍山田弾薬庫への弾薬輸送阻止闘争に取り組んだ北九州の反戦青年委員会の機関誌と大部の記録写真も預かっています。
オーラル・ヒストリーのほうは、50人ほどの方々からお話を伺うことができました。ベ平連史料については、日本各地の地域のベ平連に関する研究会である「地域ベ平連研究会」の仲間と、復刻版出版の作業を進めているところです。
- センター所蔵資料に限らず、アーカイブズを大学での教育に使ったご経験があれば、そのご経験について教えてください(使い方、学生さんの反応など)。また、「今後使ってみたい」というご希望があれば、どんな風に使おうとお考えか、お伺いしたいのですが。
歴史研究にとってはアーカイブズは生命線ですので、これまでも前に挙げた「史料実習」をはじめとする一連の授業で利用させていただいています。学生は、一次史料の使い方には戸惑うことが多いように思います。ビラ一枚があるとして、それがどういう意味を持つのかはかなりいろんな背景を知ったり、当事者に話を聞かないと分からないことが多い。
また、近年感じているのは、やはり電子化ですね。欧米に比べると、日本の電子化度は遅々としているように感じています。保管スペースの問題だけでなく、資料の活用という面からも、もっと積極的に電子化を考えていかなくてはいけないと思っています。
すでにセンターでは、ビラを歌にするワークショップが行なわれていますが、僕自身の演劇ワークショップの経験からいうと、演劇づくりのワークショップももちろん可能です。小学生や中学生にアーカイブズを開いていくには、教育者との連携も必要ですね。
- 前のインタビューで和田先生もおっしゃっていましたが、大学に来る前の、中・高校生にも、何らかの形でアーカイブズと出会ってもらいたいですね。そのための工夫をセンターでも考えていかなければ.....さて話題は変わりますが、現在、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、様々な機関が所蔵する資料へのアクセスが制限されています。センターも閉館を余儀なくされていますが、そうした状況で、今後をどう考えていくべきか、まずは副センター長としてのお考えをお聞かせください。また、一研究者としての立場から、「こんなサービスがあれば助かる」ということがあれば、教えてください。
やはり、電子化、オンライン・サービスを拡充していくということでしょうか。史料紹介のセミナーや勉強会もZoomなんかで開催できますね。オンライン・インタビューを数年前に一度だけ僕自身も実施したことがあるんですけど、センターが中心になってそういうプロジェクトの手助けや組織化をしていくことも可能だと思います。
利用者は利便性だけを求めがちなので、多くのアーカイブズがサービス追求のループに入って疲弊しやすいと思いますが、そうではなく、オンラインで出来ることに限らず、教育と研究に資するクリエイティヴな学びの場となる工夫をしたいところですね。
言い出すと切りがありませんが、公開デーなんかも設けたいところですし、英語での発信も増やしたいですね。
- 英語での発信は先生にぜひお願いしたいです!では最後に、現在の社会状況、そしてコロナ以降の社会について、何かお考えがあれば教えてください。
オンライン化はあらゆる場面で進行し、人間同士の付き合い方もドラスティックに変わっていくような気がします。いろんないい面も出てくると思いますし、生きやすい社会になる部分も出てくると思います。けれども、格差などの基本的な社会の問題はそれで解決するというわけではなく、経済や政治のシステムが変わっていかない限り、ポスト・コロナ社会もそれほど違うものにならないかもしれません。
また、気候変動や、災害や感染症の頻発・常態化が進むと、グローバルなライフスタイルや都市的なライフスタイルがじりじりと後退して、ローカルで農的な生き方が広がるかもしれません。歴史屋としては、未来のことよりも、過去にヒントを見出したいところです。
市橋 秀夫. 2014. 日本におけるベトナム反戦運動史の一研究 : 福岡・十の日デモの時代 (1)
日本アジア研究 : 埼玉大学大学院文化科学研究科博士後期課程紀要 = Journal of Japanese & Asian Studies 11:131-163.
—. 2015. 日本におけるベトナム反戦運動史の一研究 : 福岡・十の日デモの時代 (2)
日本アジア研究 : 埼玉大学大学院文化科学研究科博士後期課程紀要 = Journal of Japanese & Asian Studies 12:65-105.
—. 2016. 日本におけるベトナム反戦運動史の一研究 : 福岡・十の日デモの時代(3)
日本アジア研究 = 埼玉大学大学院文化科学研究科博士後期課程紀要=Journal of Japanese & Asian studies 13:15-41.
(以上、メールへの回答(2020年4月30日)を一部編集して掲載)
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