OBJECTIVE.
立教大学理学部(東京都豊島区、学部長:山田康之)の三井正明教授らの研究グループが発表した総説論文「Harnessing metal cluster sensitizers for triplet–triplet annihilation photon upconversion: Strategies for performance enhancement(配位子保護金属クラスターを用いた三重項–三重項消滅フォトンアップコンバージョン:性能向上のための戦略)」が、アメリカ物理学会(AIP)の学術誌Chemical Physics Reviewsに掲載され、「Featured Article(注目論文)」に選出されました。さらに、本論文は、AIP出版物の中でも特に注目すべき物理科学研究として、専門外の読者にもわかりやすく紹介するサイエンス広報メディア「Scilight(Science Highlight)」にも取り上げられ、国際的な注目を集めています。

研究の背景
三重項–三重項消滅に基づくフォトンアップコンバージョン(TTA-UC: Triplet–Triplet Annihilation Photon Upconversion)は、低エネルギーの光子を、より高エネルギーな光子へと変換する光物理過程であり、光エネルギーの有効活用に資する革新的技術です。特に、TTA-UCは太陽光のような低照度・非コヒーレント光でも駆動することから、たとえばペロブスカイト太陽電池などの次世代太陽電池との組み合わせによる光電変換効率の向上、長波長光を駆動源とする人工光合成や光触媒反応の実現に加え、バイオイメージングや光線力学療法といったバイオフォトニクス分野への応用も期待されています。

図1.TTA-UC のメカニズム
TTA-UCの基本的なメカニズム(図1)としては、まず増感剤が長波長光(低エネルギーの光子)を吸収して三重項励起状態(T1)を生成し、それを発光体へと三重項エネルギー移動(TET)させて高濃度に三重項状態を蓄積します。この三重項状態は長寿命であるため、二つの三重項発光体が相互作用して三重項–三重項消滅(TTA)を起こし、その結果、高エネルギーの励起一重項状態(S1)が生成され、そこから短波長のUC蛍光(高エネルギーの光子)が放出されるという一連のプロセスをたどります。
本総説論文の概要
三井教授らは2021年に、世界で初めて配位子保護金属クラスター(LMC)がTTA-UCにおいて優れた三重項増感剤として機能することを実証しました。LMCは原子レベルで構造・組成が明確に規定された分子性ナノ物質であり、その電子構造や安定性は「超原子(superatom)」という概念で記述されます。特に、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)などの貨幣金属に由来する強いスピン–軌道相互作用により、三重項生成効率が非常に高く、TTA-UCへの適性が極めて高いことが明らかとなってきました。本総説論文では、同グループが主導して得られた一連の知見をもとに、TTA-UC性能の向上を導くLMCの設計戦略が紹介されています:
- 三重項生成とエネルギー移動の高効率化
様々なLMCの励起三重項状態のエネルギーや生成効率などの物性指標を定量的に評価し、それらがUC効率や閾値光強度に与える影響を系統的に議論しています。
- 分子設計に基づく性能向上戦略
本総説論文では、LMCのTTA-UC性能を飛躍的に向上させるための以下の設計指針が、具体的な構造例(図2)とともに示されています。
- 超原子ユニットの融合(ロッド化):正二十面体Au13ユニットが1次元的に融合したAu25ロッドやAu37ロッドは、近赤外領域にまで広がる吸収帯を有し、近赤外光に応答する三重項増感剤として有望です。実際、Au25増感剤を用いた系では、805nmの近赤外光を500nmの可視緑色光に変換するTTA-UCが確認されています。
- ヘテロ原子の導入(合金化):Ag25の正二十面体Ag13コアの中心原子をPtに置換したAg24Ptでは、スピン–軌道相互作用の増強により項間交差量子収率が大幅に向上し、UC性能が顕著に改善されました。また、Au25ロッドへのAgやCuの導入では三重項エネルギーの高エネルギー側へのシフトが、Ag29の正二十面体Ag13コアの中心原子をPtに置換したAg28Ptでは三重項状態の寿命延長が観測され、それぞれが三重項エネルギー移動(TET)効率やUC特性の向上に寄与しました。
- 三重項媒介配位子の導入:Au2Cu6(SR)6(PR3)2クラスターに、三重項状態の長寿命保持と効率的なTETを担うP(DPA)3(DPA=9,10-ジフェニルアントラセン)を導入したAu2Cu6(SR)6[P(DPA)3]2では、トリフェニルホスフィン(PPh3)が配位したAu2Cu6(SR)6(PPh3)2クラスターに比べて三重項寿命が約40倍延長し、UC効率が約60倍に向上しました。LMCでは、ホスフィンやチオラート、アルキン、ヘテロ環カルベンなど、多様な配位子骨格を自在に設計・導入できることから、分子設計を通じた三重項特性の最適化が可能であり、この戦略は今後さらに高度化し、大きく発展することが期待されます。
- 超原子ユニットの融合(ロッド化):正二十面体Au13ユニットが1次元的に融合したAu25ロッドやAu37ロッドは、近赤外領域にまで広がる吸収帯を有し、近赤外光に応答する三重項増感剤として有望です。実際、Au25増感剤を用いた系では、805nmの近赤外光を500nmの可視緑色光に変換するTTA-UCが確認されています。

図2.三重項増感剤として機能する配位子保護金属クラスター(LMC)の例
学術的意義と今後の展望
本総説論文では、原子精度での構造・組成制御に基づく配位子保護金属クラスター(LMC)の光物理特性の精密デザインが、TTA-UCの性能革新に直結することを、最新成果を踏まえて包括的に紹介しました。LMCは「構造の明確さ」「組成の多様性」「設計の自由度」といった特性を併せ持ち、従来の材料では克服が難しかった課題に対して、新たな解決の道を提示するユニークな物質群です。今後は、LMCが示す高い近赤外光吸収能や三重項生成効率を活かし、太陽電池や人工光合成系の効率向上、ならびにフォトレドックス触媒反応の高機能化への応用が期待されます。また、生体適合性や近赤外応答性を活かしたバイオイメージングや光線力学療法といった光医療分野への展開も視野に入ります。加えて、固体デバイスへの集積化や太陽光下で動作する光エネルギー変換系としての実装研究の加速も極めて重要な課題です。LMCを基盤とした光機能性材料の設計戦略を明示した本論文は、TTA-UCのさらなる高性能化にとどまらず、光エネルギー変換分野の将来展望に示唆を与えるものであり、今後の学術的発展に貢献する重要な指針を与えることが期待されます。
論文情報
- 著者名:Yoshiki Niihori, Masaaki Mitsui
- 論文タイトル:Harnessing metal cluster sensitizers for triplet–triplet annihilation photon upconversion: Strategies for performance enhancement
- 雑誌名:Chemical Physics Reviews(AIP Publishing)
- DOI:10.1063/5.0273181
- 掲載サイト:https://pubs.aip.org/aip/cpr/article-abstract/6/3/031301/3351413/Harnessing-metal-cluster-sensitizers-for-triplet?redirectedFrom=fulltext
- Scilight掲載サイト:https://pubs.aip.org/aip/sci/article/2025/29/291103/3353360/Tapping-the-energy-conversion-potential-of-visible
- DOI:10.1063/10.0037213
研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて行われました。
- JSPS科研費(20K05653 基盤研究(C)、24K01614 基盤研究(B))
- 第45回日本板硝子研究助成
- 自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センター project:23-IMS-C221