OBJECTIVE.
出芽酵母の配偶子(胞子)形成過程をライブイメージングの手法により詳細に観察し、胞子形成時の細胞には、細胞膜を構成するタンパク質や膜脂質を運ぶ細胞内膜交通経路の起点にあたる小胞体出口やゴルジ体を再形成し、胞子の細胞膜が効率よく作り出す仕組みがあることを発見しました。
本研究では、ライブセルイメージングの手法を用いて、出芽酵母の減数分裂・胞子形成の過程を詳細に観察し、細胞内で膜構造が生じる瞬間を捉えることに成功しました。また、小胞体やゴルジ体から成る細胞内膜交通経路(タンパク質や脂質を運ぶ経路)に着目し、そのスタート地点にあたる小胞体出口(ER exit site)やゴルジ体が、減数分裂時には減少するものの、胞子形成時には再形成することを明らかにしました。さらに、その制御機構を担う分子を探索し、1型脱リン酸化酵素のサブユニットGip1を見いだしました。Gip1を欠損した細胞では、ER exit siteが再形成されず、正常な大きさの胞子の細胞膜を作ることができませんでした。すなわち、胞子形成時の細胞には、膜交通経路を再形成して効率よく膜脂質を運び、細胞膜を作り出す仕組みが備わっていることが分かりました。
ヒトの配偶子の形成や受精に関わる疾患の中には、細胞内膜交通の破綻を原因とするものもあり、本研究成果は、これら疾患の発症メカニズムの解明・診断・治療につながると期待されます。
研究代表者
- 筑波大学医学医療系
須田 恭之 助教
- 立教大学スポーツウエルネス学部
舘川 宏之 教授
- 理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム
中野 明彦 副チームリーダー
研究の背景
細胞内で作られるタンパク質の多くは細胞内膜交通注1)経路を通って運ばれます。この経路の中核をなすのは、細胞小器官である小胞体とゴルジ体です。小胞体で作られる多種多様なタンパク質や膜脂質などは、細胞膜の原料であり、小胞体膜上の膜領域(小胞体出口:ER exit site)を経てゴルジ体へ搬出され、ゴルジ体でそれぞれの行き先に応じて仕分けられます。
ヒトと同じ真核生物である出芽酵母の生活環(図1)には、有性生殖を経て配偶子(胞子)を生み出す過程が存在します。この出芽酵母の配偶子形成に相当する減数分裂・胞子形成では、二倍体細胞の中に内生胞子と呼ばれる新たな一倍体の細胞が四つ生み出されます(図2)。この過程において、二倍体細胞の内側では新たな細胞膜が作り出され、核を包み込み、新たな細胞である胞子が形成されて成熟します。しかしながら、その際、小胞体やゴルジ体から構成される細胞内膜交通がどのように制御され、新たな細胞膜へと膜脂質を供給するのか、その詳細については不明のままでした。

図1 出芽酵母の生活環。出芽酵母細胞は、1組の染色体のみを持つ一倍体(図中青・赤)と2組の染色体を持つ二倍体(図中緑)のどちらでも安定して存在し、発芽によって増殖する。異なる性の一倍体細胞が出会うと接合し、二倍体細胞となる。二倍体細胞は栄養が枯渇すると減数分裂を経て胞子形成を行う。栄養が豊富な条件で胞子は発芽して一倍体細胞となり増殖サイクルに戻る。

図2 減数分裂・胞子形成過程における前胞子膜形成。減数第二分裂の中期に細胞の中で前胞子膜が作られ、核を包み込み、成熟した内生胞子が生み出される。
研究内容と成果

図3 前胞子膜の形成とER exit siteの再形成。SCLIMにより前胞子膜(マゼンタ)とER exit site(緑)の動態を観察した。数字は経過時間(分)を示す。

図4 前胞子膜伸長のモデル。1型脱リン酸化酵素(PP1)とGip1の働きによりSec16が小胞体に局在しER exit siteの再形成が起こる。続いてゴルジ体も形成され、細胞内膜交通経路により膜脂質が前胞子膜へ供給され、前胞子膜は正しく伸長することができる。
今後の展開
用語解説
- 注1)細胞内膜交通
真核生物の細胞内に存在する細胞小器官(オルガネラ)の間で、小胞や細管を介してタンパク質などの内容物を輸送するシステム。
- 注2)ライブセルイメージング
タイムラプス(コマ送り動画)撮像が可能な顕微鏡システムを用いて、細胞や生体の動きや形態の変化を、生きたまま可視化し、観察する手法。
- 注3)高感度共焦点顕微鏡システム(SCLIM: Super-resolution Confocal Live Imaging Microscopy)
理化学研究所光量子工学研究センター生細胞超解像イメージング研究チームにて開発された顕微鏡システム。細胞の中を素早く動き回る対象を観察・記録するのに適している。
研究資金
掲載論文
【題 名】Remodeling of the secretory pathway is coordinated with de novo membrane formation in budding yeast gametogenesis
(出芽酵母の配偶子形成では、分泌経路の再構成は新たな膜形成と協調する)
【著者名】須田恭之(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 助教)、舘川宏之(立教大学スポーツウエルネス学部 教授)、須田友美(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 技術員)、黒川量雄(理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム 専任研究員)、中野明彦(理化学研究所 光量子工学研究センター 副センター長)、入江賢児(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 教授)
【掲載誌】 iScience
【掲載日】 2024年8月29日
研究活動についての最新記事
-
2025/08/06 (WED)