2021/03/01 (MON)プレスリリース

植物の茎の表皮組織がタガの役割を担うことを証明
「木造建築への応用が期待される」

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

今回、東京学芸大学のFerjani Ali准教授、BioMeca, ENS de LyonのPascale Milani博士並びにGaël Runel氏、立教大学の堀口吾朗教授、ENS de Lyon のOlivier Hamant教授、熊本大学の澤進一郎教授および東京大学の塚谷裕一教授らの研究グループは、茎が器官として一体となった構造を維持する仕組みについて研究しました。そして、組織張力の理論から、重要なのは表皮組織であると考え、この問題に取り組んだ結果、丈夫な表皮が茎の内圧を受け止めるタガであることを明確に示すことに成功しました。今回の研究成果は、国際誌DEVELOPMENT誌(オンライン版)に2月26日午後12:00(グリニッジ標準時)付で掲載されました。また掲載号中の注目すべき論文として「Research Highlight」で紹介されているほか、掲載号の表紙を飾りました。

発表者

Ferjani Ali(東京学芸大学生命科学分野 准教授)
浅岡 真理子(元東京学芸大学 研究員 現ENS de Lyon海外学振特別研究員)
大江 真央(元東京学芸大学 修士課程2年 現企業勤務)
郡司 玄(東京学芸大学 研究員)
Milani Pascale(BioMeca, ENS de Lyon)
Runel Gaël(BioMeca, ENS de Lyon)
堀口 吾朗(立教大学理学部生命理学科 教授)
Hamant Olivier(Université de Lyon, ENS de Lyon / 熊本大学 IROAST)
澤 進一郎(熊本大学大学院先端科学研究部 教授 / 熊本大学 IROAST)
塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)

研究の背景

私たちの全身をおおう皮膚は、季節を感じたり、外からの刺激や細菌などの感染から体を守ってくれる身近な組織です。植物も例外ではなく、植物体全体が表皮という一層からなる組織に包まれており、植物を病原菌やウイルスの侵入、乾燥などから守る役割があると言われています。しかし、動物細胞とは異なり、植物細胞は硬い細胞壁によって相互に連結されており、その成長は相当量の張力を生み出しています。隣接する細胞間や組織間における局所的な成長調節が、器官の整合性の維持には必要不可欠です。1859年にヴィルヘルム・ホフマイスター(Wilhelm Friedrich Benedikt Hofmeister)が「組織張力の理論」を提唱しました。この理論は、植物体の内圧が表皮に張力ストレスを与えることを示唆しました。この提唱は19世紀に活発な議論を引き起こしましたが、その検証には主に植物ホルモン(注1)(Savaldi-Goldstein et al., 2007 Natureのブラシノステロイド(注2); Vaseva et al., 2018 PNASのエチレン(注3))などを介した人工的な操作が用いられてきました。これらの研究の結果は、実際に植物の内部組織が生み出す内圧が外側に位置する表皮に掛かることを間接的に示唆しました。しかし組織張力理論の提唱から160年余り経った今回、私たちは初めて直接的に証明することに成功しました。

図1 (上)clv3 det3二重変異体の茎に生じた亀裂。播種後1ヶ月間の植物体の写真。白い矢尻は亀裂を示す。スケール:5mm。(下)亀裂が発生した後のclv3 det3二重変異体の茎の横断切片の顕微鏡画像。スケール:500µm。

今回の実験では、細胞の数、細胞伸長及び組織の力学特性を遺伝的に制御することにより、組織張力理論を支持する強力な証拠を得ることができました。研究に用いたのは、モデル植物・シロイヌナズナのclvavata3 de-etiolated3(以下clv3 det3)二重変異体です。CLAVATA3(CLV3)は、茎頂分裂組織(注4)の未分化な細胞群が増えすぎないように抑制する機能を持つ分泌型ペプチドホルモンです。一方、DE-ETIOLATED3(DET3)は液胞膜に局在するプロトンポンプであるH+-ATPase複合体の一部であり、その欠損により、植物体が著しく矮小化します。先行研究で東京学芸大学のFerjaniらの研究グループは、細胞分裂と細胞伸長の双方に欠損を持つclv3 det3変異体について解析し、その花茎がしばしば亀裂を生じて内部組織を裸出させることを見いだしました(図1)。これは、茎の内部組織における細胞増殖は外部に向けて機械的な張力を伴うこと、そしてそれは表皮における適切な細胞伸張によって緩和される必要があることを示唆しています。そしてこのclv3 det3二重変異体のように、こうした制御が破綻した場合は茎の亀裂が生じると考えられました。

研究の成果

図2 木造建築物への応用の一例。合成柱は東大寺など300年も前から既に利用されている手法ですが、今回の知見により強さや厚さの違う捌木(さばき)を層状にして、より太く丈夫な柱を作ることが考えられます。このことは、地震大国である我が国のあらゆる建築物における耐震補強技術の幅を広げる可能性を秘めています。

上記のclv3 det3二重変異体の茎に生じる亀裂に関して、私たちは茎内外の組織間の不均衡な成長に起因すると推定していましたが、この仮説は未だ証明されていませんでした。そこで今回、Ferjani准教授らのグループは、実験材料にモデル植物であるシロイヌナズナを用いて、clv3 det3の茎内部組織を4つの発達段階で観察しました。その結果、茎の伸長に伴い髄細胞が変形すること、そしてそのタイミングは亀裂発生頻度が最も高い時期と一致することを確認しました。また、clv3 det3の表皮細胞は徐々に押しつぶされていくことから、表皮がタガとして機能することが確認されました。そこで、表皮が弛緩すれば、張力を緩和し、亀裂が生じにくくなると予想しました。この仮説を検証するため、clv3 det3背景にDET3遺伝子を表皮で特異的に相補するアプローチを採用しました。その結果、その相補系統では、亀裂発生頻度はclv3 det3と比較して20%程度までに低下しました。遺伝学やバイオメカニクスの手法を駆使して得られた今回の発見は、植物の表皮がタガとしての役割をもつことを初めて明らかにしました。また応用的には、寄木造りでより太い柱を作る、などの応用が期待されます(図2)。

  • (注1)植物自身が作り出し、低濃度で自身の生理活性・情報伝達を調節する機能を有する物質で、植物に普遍的に存在し、その化学的本体と生理作用とが明らかにされているもの。
  • (注2)植物ホルモンの一種で、ステロイド骨格をもつ化合物の一群。植物体全身の伸長成長、細胞分裂と増殖、種子の発芽などを促進する。
  • (注3)植物ホルモンの一種で、一般的には生長を阻害し、花芽形成も抑制する。また、果実の「色づき」「軟化」といった成熟にも関与している。
  • (注4)茎頂分裂組織の中心には未分化な状態に維持された幹細胞が存在し、この幹細胞の一部が分化することで器官原基が順次形成されていくことから、地上部の組織は全てこの茎頂の幹細胞に由来するということになる。

発表雑誌

国際誌 Development誌2月26日午後12:00(グリニッジ標準時)付でけオンライン版に掲載 (Development (2021) 148 (4), dev198028. doi:10.1242/dev.198028).

論文タイトル

Stem integrity in Arabidopsis thaliana requires a load-bearing epidermis
「シロイヌナズナの茎の整合性の維持を表皮が担う」

著者

Mariko Asaoka, Mao Ooe, Shizuka Gunji, Pascale Milani, Gaël Runel, Gorou Horiguchi, Olivier Hamant, Shinichiro Sawa, Hirokazu Tsukaya, and Ali Ferjani

研究グループ

本研究は、Ferjani Ali(東京学芸大学生命科学分野 准教授)、堀口吾朗(立教大学理学部生命理学科 教授)、澤進一郎(熊本大学大学院先端科学研究部 教授 / 熊本大学 IROAST)、Olivier Hamant(Université de Lyon, ENS de Lyon 教授/ 熊本大学 IROAST 客員教授)および塚谷裕一(東京大学大学院理学系研究科 教授)の研究グループの共同研究として実施されました。

研究サポート

科学研究費補助金MEXT KAKENHI Grant Number JP 18H05487の助成により研究が進められました。

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