立教での出会いがその後の人生を決定付けた
映画監督 黒沢 清さん
2021/02/22
立教卒業生のWork & Life
OVERVIEW
立教大学は、国内外で活躍する映画監督をはじめ、多数の映画人を輩出してきました。
気鋭の若手監督として注目されている在学生・卒業生も多くいます。
今回は、こうした「立教の映画人」の活躍をご紹介します。
2020年9月、第77回ヴェネチア国際映画祭にて、映画監督の黒沢清さんが作品『スパイの妻〈劇場版〉』で銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。日本の監督では03年の北野武監督以来17年ぶりとなる快挙を達成した黒沢監督に、学生時代の思い出やこれまでのキャリアについて伺いました。
何気なく受けた映画の授業が運命を変えた
—この度は受賞おめでとうございます。
高校時代から8ミリ映画を撮られていたそうですが、その頃から映画監督を志していたのでしょうか。
いいえ、映画は好きで見ていましたし、趣味で8ミリ映画も撮っていましたが、まさか後々職業にするとは思っていませんでした。ただ大学でも映画を作りたいという気持ちはあり、立教大学入学後は「SPP(セント・ポールズ・プロダクション)」という映画サークルに入部したのです。我々は蓮實さんの言葉を世に広める使命がある。年月が経っても、絶対的な存在です
—高名な映画評論家・フランス文学者であり、当時立教大学で講師を務めていた蓮實 重彥先生の影響を受けたとか。
そうですね、まさに運命的な出会いでした。蓮實さんはまだ世間では無名で僕も知らなかったのですが、一般教育科目に「映画表現論」がありました。映画の授業で単位がもらえるなら、と軽い気持ちで1年次に履修したら、これが強烈だったんです。何せ80年代以降の映画評論をすべて変えてしまった方ですから、語る言葉がとにかくすごかった。卒業まで毎年、先生の授業は出ていました。
例年100人以上が履修する人気授業でしたが、型破りな考え方に付いていけない人もいたのでしょう。どんどん減っていき、最後は十数人しか残らないんです。するとその十数人は、「蓮實さんの言葉が理解できるのは我々だけだ、我々はこの人の言葉を世に広める使命がある」となるんですね。どんなに年月が経っても、僕にとっては絶対的な存在です。
池袋キャンパスに集った若き日の「映画人」たち
—蓮實先生の授業を受けていた人の中に、他にも映画監督として活躍されている方が多数いらっしゃいますね。
1学年下が周防正行監督で、在学中は知り合いではありませんでしたが、ほとんど僕と似たような経験をされていると思います。SPPで一緒に自主映画を作っていたのが万田邦敏監督。他にもSPPの後輩には、塩田明彦監督や、僕の作品の多くに関わっているCG/VFX※プロデューサーの浅野秀二さんがいます。その下に、篠崎誠監督や青山真治監督がいて、彼らとは卒業後に出会いました。※VFX:コンピューターグラフィックス(CG)を利用して、現実にはありえない映像や特殊な効果をつくり出す技術
僕は4年次に、たまたま知り合った長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』という作品の制作進行を務め、商業映画の世界に足を突っ込みました。そのため大学には5年通ったのですが、卒業後も後輩の8ミリ映画撮影に付き合っていたんです。自分で商業映画を撮り始めると後輩に手伝ってもらいましたし、当時の関係がいまに至るまで続いている感じですね。蓮實さんをはじめ、立教大学で出会った人たちが、僕のその後の人生を決定付けたことは間違いありません。
—学生時代は、池袋キャンパスでもよく撮影されたのでしょうか。
あちこちで撮りましたよ。その頃のキャンパスは塀で囲まれていて、日本じゃないような感じがして面白かったんです。旧体育館の地下も廃墟のような雰囲気で、あやしげな研究所なんかに見立てていましたね(笑)。時間と場所を超越したような空間でしたから、僕の作品に限らず、池袋キャンパスで撮られた8ミリ映画は、とても自由でフィクション性が際立つものが多かったと思います。当時の池袋キャンパス 出典:立教大学卒業アルバム(1979年)
旧体育館の外観 出典:立教大学卒業アルバム(1979年)
“予想外”の受賞は次なるステージへの一歩
—卒業の3年後に商業映画監督としてデビューされ、数々の作品を発表してきました。キャリアの中で特に転機となった出来事はありますか。
思い起こせばさまざまなことが転機になっていますが、強いて言えば、97年に撮った『CURE 』(下記参照)という作品でしょうか。オリジナル脚本が実現しただけでもうれしかったのですが、たまたま海外で取り上げられて。ちょうど世界的に日本映画がブームだった時期で、僕はすでに監督作が十数本あったため、過去の作品が一気に紹介されたのです。以降は映画を撮れば海外でも多くの方々に見てもらえるようになり、とても励みになっています。
—そして今回、『スパイの妻』(下記参照)で銀獅子賞を受賞されました。
コロナ禍でヴェネチア(イタリア)に行くことはできませんでしたが、発表の数日前に、「何の賞なのか、取るかどうかも分からないが、先に受賞のコメントを」と主催者側から依頼され、実に曖昧な表情で挨拶を録画して送ったのです(笑)。正式に発表された日本時間の午前3時頃、僕は寝ていて。朝起きて大量の「おめでとう」メールを見て、賞を取ったことを知りました。
—受賞の感想をお聞かせください。
ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に選ばれたのが初めてで、大変光栄なことであり、運を使い果したように感じていました。その先にこんなありがたいこと(銀獅子賞受賞)が待っているとは思ってもみませんでしたが、次のステージに一歩踏み出せたのかな、という感覚ですね。まだまだ厳しい道が待っているかもしれませんが、この年になって、また新しいスタートが切れたような気はしています。—受賞作『スパイの妻』は、黒沢監督初の近代以前を舞台にした作品ですね。
現代の物語ばかり撮ってきたので、いつか古い時代の作品も手掛けてみたいと思っていました。歴史の行く末を誰もが知っているので、結末がクリアになるだろうなと。あまりに昔だと別世界ですから、いまと接点のある時代の作品が撮れたらと思っていたところ、さまざまな幸運が重なり今回実現させることができました。- 『CURE(キュア)』
1997年/日本/111分
監督・脚本:黒沢清
出演:役所広司/萩原聖人/うじきつよし ほか
©KADOKAWA 1997
猟奇殺人事件を追う刑事と事件に関わる謎の男の姿を描き、黒沢監督の名を世界に知らしめたサイコ・サスペンス。
- 『スパイの妻〈劇場版〉』
2020年/日本/115分
監督:黒沢清 脚本:濱口竜介/野原位/黒沢清
音楽:長岡亮介 出演:蒼井優/高橋一生/東出昌大 ほか
ⓒ2020 NHK, NEP, Incline, C&I
太平洋戦争前夜の1940年。偶然国家機密を知った夫・優作は、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。妻・聡子は反逆者と疑われる夫を信じ、共に生きることを心に誓うが、夫婦の運命は時代の荒波に飲まれていく——。NHK BS8Kで放送された同名ドラマを、スクリーンサイズや色調を新たに劇場版として公開。
若い世代に映画を教えることで伝えていること
—05年から、東京藝術大学大学院で教鞭をとられています。立教大学で万田教授や篠崎教授に学んだ後、黒沢監督に師事している映画監督もいます。
鶴岡慧子さんと中川奈月さんですね。二人とも、立教の卒業・修了制作で大傑作を撮っているんですよ。現代心理学部映像身体学科や大学院は制作のシステムと環境が素晴らしいのだと思います。つまり彼女たちの作品は、一般的な大学の自主映画レベルではないんです。監督がすごいだけでなく、俳優もカメラもいい、予算もかかっている。間違いなく仕組み自体が良くて、そこに才能が加わるからすごいものができる。そこで万田や篠崎が教えているというのは、ちょっと悔しいですけど、うらやましいくらいですね。僕も万田も篠崎も若い人に映画を教える立場にいますが、それは蓮實さんの言葉を伝えていることに他ならないんです。もちろん蓮實さん自身も語られていますが、僕らは映画を作ることで、あるいは自身の知見も含めて教えることで、伝えている。その根本は何かというと、職業か否かにかかわらず、映画は一生かけて関わっていくべきものだということです。それがどうやら何人かには伝わっていて、映画から逃れられない人生を歩み始めているわけですね。
映画監督が自分の職業だと実感できたのは40代。それまでは、大学で得たものを熟成させる期間だった
—最後に、映画に携わる仕事を目指す学生をはじめ、立教の後輩たちにメッセージをお願いします。
大学は世界の縮図のような場所であり、そこで得たものや人とのつながりは一生続いていきますよ、と伝えたい。僕にとって、大学時代はそれくらい決定的でしたから。映画の世界、こと監督に関して言えば、ようやく自分の職業だと実感できるのは大体40代くらいです。僕もそうでしたし、それまでは大学でのさまざまな経験を熟成させながら、葛藤しつつ歩んでいく期間。まだまだ先は長いので、焦らずに、目の前の毎日を大切にしてほしいですね。
History & Filmography 代表作品
※年表記は初号試写に準じる
※本記事は季刊「立教」255号(2021年1月発行)をもとに再構成したものです。定期購読のお申し込みはこちら
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
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黒沢 清(くろさわ きよし )