疑問に感じたことをとことん追究し「外見のケア」の第一人者に

国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター長 野澤桂子さん

2018/11/17

立教卒業生のWork & Life

OVERVIEW

東京・築地にある国立がん研究センター。入口からすぐの一角にオレンジ色のクローバーが掲げられたスペースがある。がんやがん治療によって外見が変化した患者に対し、自分らしく日常生活が送れるようにサポートする「アピアランス支援センター」。センター長を務めるのが野澤桂子さんだ。

事故や病気による外見の悩みを支援している形成外科のセラピスト

立教大学時代は、法律サークルのほか、旅行サークルに所属し、自分たちで企画した「旅」を楽しんだ。
「夜7時に池袋に集合し、一晩かけて山手線の外側を1周歩いたことも。真夜中の上野公園、夜中でも唯一開いていたポルノ映画館の下のうどん屋......。普段見られない東京の表情を垣間見ることができました」
野村浩一教授(当時)の政治哲学系のゼミも思い出深い。「E・フロムの『自由からの逃走』は強く印象に残っています」。合宿では朝まで熱くディスカッションした。「はたから見たらくだらないようなことを延々と。ちょっとお酒も入っていましたから」。懐かしそうに笑い、学生時代をこう振り返る。
「お金はなかったけれど、本当に豊かな時間だった」
卒業後は故郷の静岡に戻り、家業のホテル業などを手伝った。その後、立教で出会った男性と結婚。研究者の夫の赴任で移住したパリで、野澤さんはその後の人生を大きく変える光景を目にする。
「高齢者も病人もおしゃれを楽しんでいますし、とても堂々としていたのです。カルチャーショックでした」
日本では、ボランティアでメイクをしている友人からこんな話を聞いたことがあった。高齢者施設に行ってきれいに化粧してあげるとお年寄りは喜び、表情もイキイキする。ところが、最後は化粧を落として部屋に帰るように言われる。理由は布団が汚れるから。パリの同様の施設で野澤さんがその話をすると、相手は不思議そうな顔をしてこう聞いてきたという。「時間が限られた人にそんなことも認められないの?」。

なぜだろう、どうしてだろうをとことん追究 気付けば専業主婦から研究者へ

病院内のエステルームには専属のエステティシャン(同左)が勤務する。どちらも2006年フランス

確かに日本ではなぜ認められないのだろう──。疑問や興味を持つととことん追究したくなる野澤さんは、滞在中はもちろん、帰国後も夫の出張のたびに一緒に渡仏し、さまざまな施設を見て歩いた。病院やホスピスも日本とは様相がまるで違っていた。ある公立病院の一角にはエステルームが。室内は照明を落とし音楽が静かに流れ、贅沢な雰囲気の中、患者がプロのエステティシャンの施術を堪能していた。一方、日本の病院で出会ったがん患者の女性はある日、夫が見舞いに来るからと密かに口紅を塗っていた。野澤さんが「ステキですね」と声をかけると、ハッとしてこう呟いたという。「みんなも気付いていたはずなのに誰も何も言ってこなかった......私の病気、そんなに悪いのね」。
「フランスでは患者さんがエステを楽しんでいるのに、日本では口紅を引くにも遠慮したり、罪悪感が生じたりしてしまう。この違いはなんだろうと疑問を持ち、医療について知りたいと思うようになりました」
特に関心を持ったのは「外見と心の関係」。当時は医療の世界に野澤さんが学びたい研究分野はなく、「心理学なら関われるかも」と、ちょうど社会人向けの大学院を開設した目白大学大学院に入学して臨床心理学を専攻した。法学部出身だったため、心理学をより深めたいと、子どもが学校に行っている昼間は学部の講義を聴き、夕方、子どもを塾に送り届けたらその足で夜間の大学院へ。「大学が近所だったので自転車で走り回っていました(笑)」。そして、博士号を取得した時には、3つの大学から専任教員のオファーが届いた。しかし、美容のことも知りたい思いから、山野美容芸術短期大学美容福祉学科に就職した。
大学院時代、野澤さんは研修生として国立がん研究センターに通い始め、短大の教員時代も、研究日には病院で外見の悩みに対応しながら研究を継続した。この活動がやがて患者やスタッフの評判になり、日本のがん専門病院で初めてのアピアランス支援センターが創設されることになる。病院では、当初、がんやがん治療による外見の変化に苦しむ患者に対し、脱毛にはウィッグを提供し、傷口を目立ちにくくするカバー方法や抜けた眉毛を上手に描くメイクを学べる講座を開くなど、美容技術中心の支援を試みた。しかし実際に患者と触れ合ううちに「何かが違う」と思い始める。
アンケートで「治療に伴う身体症状の苦痛」を尋ねると、特に女性の場合、「吐き気」や「全身の痛み」などを抑えて「脱毛」が最も多かった。「毛が抜けること自体に身体的な痛みはない。けれども多くの患者さんはそこに強い苦痛を感じていた」。さらに「もし無人島に一人きりだったら同じように苦痛に感じるか」と問うと、多くは「感じない」と回答した。
「外見の痛みの本質は、周りとの人間関係など社会との関わりの中で生じる『社会的な痛み』だと分かったのです」

体の痛みより苦しい外見の悩み 医療ができることを追求する

アピアランス支援センターの室内。固定観念にとらわれてほしくないとの思いから数多くのウィッグが並ぶ

それまではウィッグを使う、眉毛を上手に描くなど「変わった外見をどうカモフラージュするか」ばかりに目が行っていたが、完璧を求めることで患者によってはかえって負担になることも。「美容のアドバイスや製品を必要とするなら、そのプロを紹介すればいい。私たち医療者がすべき外見のケアは、治療のプロセスや生活環境を知った上で、その人らしく過ごせて周りの目が気にならなくなるようなサポートを通じ、患者さんと社会をつなぐこと」と野澤さん。
「完璧な形の眉じゃなくても大丈夫」
「高価なウィッグで隠すより自分に似合うウィッグでおしゃれを楽しんでみたら?」と少し背中を押すだけで、外見ばかりに固執していた気持ちが解放され、自分らしさを取り戻すケースは少なくないという。
現在はアピアランス支援センターでの研究、活動に取り組みながら、日本中の病院で同様の支援が提供できるようなガイドラインの整備と厚生労働省から委託された医療者の教育プログラムの作成に奔走する。そして、これまでの活動から、外見ケアに対する関心が高まり、日本のがん政策の基本となる「第三期がん対策推進基本計画」にも、アピアランス支援の重要性が組み込まれた。
患者に接するとき、意外にも法学部での学びが役に立っているという。
「刑法や憲法の理念を学ぶ中で、人間の心は絶対に自由が保障されなければならない、そして立場によって真実は違うと知りました。患者さんの心は患者さんのもの。そこに無理やり踏み込んだりせず、外見で悩んでいるなら外見だけにアプローチすべきと考えたのは、立教で学んだことが礎になっています」
疑問と興味をとことん追究し続け、専業主婦から外見ケアの第一人者へ。学生にメッセージを、とお願いすると「私の行き当たりばったりの生き方は参考にならないでしょ?」と笑いながら、こう続けた。
「すぐに結果を求められる時代ですが、役に立たないように見えることも、若い時期の経験や時間は宝物。焦らずゆっくりと学生生活を楽しんでほしいですね」

プロフィール

PROFILE

野澤 桂子 さん

国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センター長
心理学博士・臨床心理士

1983年、法学部法学科卒業。
1996~1998年、フランス滞在。2007年、目白大学大学院心理学研究科後期博士課程修了。博士(心理学)。大学院在学中より、山野美容芸術短期大学にて非常勤講師を務め、2009年美容福祉学科教授。2002年より北里大学病院、2005年より国立がん研究センター中央病院にて、サポートプログラムを実践。2013年より、現職。

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