ブラジル日本人移民百年の軌跡
ブラジルにおける日系移民資料の分析・保存とデジタルアーカイブ構築
立教大学学術推進特別重点資金(立教SFR)プロジェクト研究(単独プロジェクト研究)
研究課題
ブラジルにおける日系移民資料の分析・保存とデジタルアーカイブ構築:
移民百年の軌跡
研究目的
2008年,ブラジルで150万人を越えるとされる日本人移民とその子孫(以下,日系人とする)の歴史は,100年を迎えた。本研究は,ブラジル日本人移民百周年にあわせ,ラテンアメリカ研究所主導のもと,ブラジルにおける日系人百年の軌跡を,文書・写真・語りなどの多様な資料から解き明かし,またその資料群をデジタルアーカイブとして保存・活用するシステムの構築を追究した。研究は,ブラジル国内の代表的な日系人コミュニティを事例として,大きく次の2段階に分けて実施した。
1)日系人コミュニティや事例となる家族の歴史・文化変容をテーマとする基礎研究
2)収集された移民関係資料のデジタル化とデジタルアーカイブ構築に関する研究
本プロジェクト研究がカバーする学問分野は,歴史学はもとより,日本からブラジルへの人の移動,あるいは移住地という固有の場所における多様な生活・文化を記録する点で,人文地理学,地誌学,文化人類学,民俗学などと深い関連がある。また,資料のデジタル化やアーカイブの構築に取り組む点で,博物館学や情報処理学との関わりも深い。さらに,日本の研究者のみならずブラジルの研究者も参加する学際的な移民・日系人研究である。
研究対象地域
研究対象とした日系人コミュニティは,サンパウロ州のバストスとアリアンサマットグロッソ・ド・スル州のカンポグランデである。いずれもブラジルを代表する特色あるコミュニティとして広く認知されており,すでに相当数の移民関係資料等が確認・収集されている。本プロジェクト研究では,現地での協力体制がすでに整備されているこれら2つの日系人コミュニティにおいて,現地研究者の協力のもと,聞き取り調査や資料の収集・保存,デジタルアーカイブ構築に取り組んだ。以下に,研究対象としたバストスとカンポグランデの各日系人コミュニティの特色について述べる。
①サンパウロ州バストス
第一次世界大戦後の不況下,日本政府が本格的にブラジルへの移民送出と組織的な定住植民地の創設に乗り出す中で,バストスは1928年から開拓が進められた代表的な移住地の一つである。現在,バストスの総人口約2万人のうち,日系人は約20%を占めるといわれる。壮年層を中心に「出稼ぎ」も活発で,今日の代表的なブラジル日系人コミュニティの一つといえる。開拓当初の入植者は,今でも数人が健在である。1973年に開館した「山中三郎記念バストス地域史料館」には,バストス開拓時代からの貴重な文書類,写真,物品等が所蔵されているが,残念ながら未整理の状態である。
②マットグロッソ・ド・スル州カンポグランデ
カンポグランデは,ブラジルでもとくに日本人移民の歴史が古い移住地で,1914年に最初の定住家族が記録されている。1908年に「笠戸丸」で海を渡った最初のブラジル日本人移民の多くは,その後農場から逃亡して国内外に離散したが,当時ブラジル奥地で建設が進められていたノロエステ鉄道の工事人夫として集まったこれら初期の移民たちが,カンポグランデの最初の開拓者となった。現在,20を超える入植地が存在するが,とりわけ沖縄県出身者が多いことが大きな特徴で,ウチナンチュウの伝統文化がブラジルで最も色濃く残る移住地として知られている。
具体的な調査・研究内容
① コミュニティの歴史と移住者のライフヒストリー研究
各コミュニティにおいて,文書・写真・図像・言説を通じて,コミュニティが辿った歴史や,その中で生き抜いてきた移住者の個別なライフヒストリーやファミリーヒストリー(家族史)を,詳細かつ系統的に収集した。そのうえで,過去に移民が持ち込んだ「日本文化」が,異質なブラジル社会の大きな変動の中で,世代を超えてどのように変容してきたのかを,ライフヒストリーやファミリーヒストリーに関する多数の個別事例の比較研究から分析した。同時に,そのような日本文化の変容を促した要因や背景についても,日本語の習得やブラジル社会との関わりなどの諸側面から多角的に考察した。
② デジタルアーカイブの構築
各コミュニティで収集された移民関係資料をデジタル化すると同時に,それらを分類・整理して資料化を図った。また,それらの資料群をデジタルアーカイブとしてウェブ上で公開し運営するための基礎を固めた。
ラテンアメリカ研究所の目指した方向性と将来像
移民百周年を迎えたブラジルの日系人コミュニティでは,現在,移民の歴史や出自への関心が高まるなか,日系人としてのアイデンティティの希薄化やコミュニティの縮小・脆弱化等の問題が懸念されている。こうした中で,ラテンアメリカ研究所が主導し,現地の研究者や日系人と協同で進められた本プロジェクト研究は,日系人コミュニティのあり方やそのアイデンティティを問い直し,将来に向けてその結束力を高める重要な役割を担うとともに,当研究所が日本とブラジルの相互理解の促進や学術交流の一つの拠点となりうることを内外に示した。
 また,ブラジル各地の日系人コミュニティで急速に消失・散逸・破損しつつある移民関係資料(たとえば旅券や写真,手紙,生活用具,人々の記憶とそれについての語り)を収集・整理し,それらをデジタル化して保存することは,両国にとってかけがえのない文化遺産を半永久的に守り,両国の教育・研究に大きく寄与することを、具体的な事例をもって示した。ラテンアメリカ研究所は、このような社会的貢献性のきわめて高いプロジェクト研究の実現により,移民・日系人研究の推進に寄与する道筋をつけることができた。将来的には、国立国会図書館や外務省外交資料館などとも協調しつつ、当研究所がブラジル日系人コミュニティのデジタルアーカイブ庫として機能することが希求される。