東京オリンピック・
パラリンピックプロジェクトさまざまな取り組みのご紹介

2015年10月、立教大学は2024年の創立150周年に向けた将来像を示した中長期ビジョン「RIKKYOVISION 2024」を策定し、3つのバリューと、それぞれに紐付けられた9つのアクションプランを提示しています。そのアクションプランの一つが「東京オリンピック・パラリンピックプロジェクトの推進」です。
これは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、多様な人々との文化的交流、心と身体の健康、活力を持って生きる環境を提供するさまざまな教育・研究活動(立教スポーツの活性化、通訳・ボランティア派遣等大会支援活動、しょうがい者スポーツボランティア育成、競技への科学的サポート等)を実施していこうというものです。

お知らせ

埼玉県ゴールボール大会 立教大学チームで参加

立教大学からの参加者集合写真

2017年3月20日(祝)に国立障害者リハビリテーションセンターにて実施された埼玉県ゴールボール大会に立教大学学生チームとして4チーム(立教池袋、立教新座、2チームは合同チーム)、総勢12名で参加しました。
ゴールボール競技は3名1チームで対戦する視覚しょうがい者のパラリンピック種目ですが、アイシェードというゴーグルをつけると晴眼者も楽しめる競技です。社会学部3年の若杉遥さんがロンドン、リオデジャネイロパラリンピックの2大会に出場している競技で、今大会は立教チームのコーチとして指導していただきました。
参加者は国リハの学生や埼玉県盲学校の生徒、近隣の大学や市役所の皆さんなど、しょうがい者と健常者関係なく参加できるインクルーシブな大会で、立教大学の学生も対戦を重ねるごとに上達してきて白熱した試合も多くとても楽しく参加できました。試合がない時間はゴールジャッジやタイマーの審判業務をお手伝いしてゴールボールの試合サポートも勉強できる良い機会となりました。
試合結果は、立教池袋チームが2位と大健闘、その他3チームは決勝には残れなかったものの、立教新座チームの2名が最多得点者として選ばれました。大会最後に若杉さんを含む現役チームの皆さんの競技を見せていただき、動きの素早さと反応の正確性に驚き、さらにゴールボールの奥深さを知りことができました。
立教大学では、今後体験会などを実施して、多くの学生の皆さんにゴールボール競技を知ってもらえる機会を提供していく予定です。

立教池袋チーム、女子決勝戦にて

立教新座チーム、最多得点者の一人

セントポールズ・アクアティックセンター日本新記録樹立記念プレートの設置
セントポールズ・ アクアティックセンターで行われた「第41回埼玉県室内選手権水泳競技大会(2/26)」にて、江原騎士選手(所属:自衛隊体育学校)が400m自由形で短水路日本新記録を樹立し、優勝しました。
日本新記録樹立を記念して江原選手に来校いただき、記念プレートを設置しました。当日は大学水泳部と合同練習を行い、大学水泳部部員の前で日本選手権の意気込みを語っていただきました。
セントポールズ・アクアティックセンターは、新座市民開放等の地域連携に加え、大会や強化練習での活用が期待されます。

セントポールズ・ アクアティックセンター

「相撲ワークショップ」がSPORT FOR TOMORROW(SFT)認定事業に承認
2016年12月10日に行われた「相撲ワークショップ」が、SPORT FOR TOMORROW(SFT)認定事業として承認されました。
SFTは2014年から東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する2020年までの7年間で開発途上国を始めとする100カ国以上・1000万人以上を対象に、日本国政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業。世界のよりよい未来をめざし、スポーツの価値を伝え、オリンピック・パラリンピック・ムーブメントをあらゆる世代の人々に広げていく取組みです。
当日の様子は、 NHK WORLD にも掲載されています。

SPORT FOR TOMORROW

NHK WORLD

2016年5月に設置した「東京オリンピック・パラリンピックプロジェクト準備会」において、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた本学の取り組みについて議論を開始しました。 そこでは、①本学の歴史・教育・研究の特徴を踏まえ、本学独自の強みを活かした社会貢献活動に位置付けること。②2020年はゴールではなく、本学の教育・研究活動を活性化させる「契機」として捉えること。等が確認されました。
そして、在学生や各部局の教職員、卒業生など全学的な体制で2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みを推進していくため、2016年11月、正式なプロジェクトが発足し活動を開始しました。

基本方針

【Live Active ~アクティブな生活を目指そう~】
東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、多様な人々との交流から多様性を尊重する共生社会の実現を促進します。また、スポーツから得られる感動体験と共に、ウエルネス向上を目指す環境と機会を提供する教育・研究活動を推進します。そして、立教学院一貫連携や各競技団体との協力連携を強化し、その活動成果を未来へ継承していきます。

2016年度

立教学院展示館による企画展

8月1日から10月16日まで、立教学院展示館で企画展「世界に羽ばたくスポーツ文化─『立教』の挑戦─」を開催。1924年のパリオリンピックから1964年の東京オリンピック、戦前の野球部のアメリカ遠征や山岳部のヒマラヤ初登頂など、立教生の世界での活躍と挑戦を振り返りました。

1924年パリオリンピックに出場した
斎藤選手の肖像画

山岳部がヒマラヤ初登頂した際の
堀田隊長の登山具

1964 年東京オリンピック時の
ポスターや日本選手団のブレザーなど

立教学院展示館によるトークイベント「世界に羽ばたくスポーツ文化~「立教」の挑戦 ~」

10月16日(日) 東京オリンピック(1964年)出場の荒木敏明さん(1965年卒業/フェンシング)、山内政勝さん(1966年卒業/漕艇)、横山謙三さん(1966年卒業/サッカー)とリオデジャネイロオリンピック出場の岡田久美子さん(2014年卒業/女子20km競歩)を迎え、オリンピックでの体験や学生生活について伺いました。

「立教スポーツ」編集部がゴールボールの広報を担当

日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)が、大学スポーツ新聞部の学生を広報インターンとして競技団体に派遣する「パラリンピック競技 広報支援プロジェクト」に、「立教スポーツ」編集部の学生3名が参加。ゴールボールを担当し、大会や強化合宿の取材など、広報活動を行っています。メンバーの浅野徹さん(社会学部3年次)は、「非常に小さな力ではありますが、競技の魅力を発信し続け、東京パラリンピックでは、ゴールボールの会場を満員にしたいです。満員の観客が固かた唾ずをのんでシーンと見守る中で、ボールの鈴の音が行き来する。そんな様子を見たいです。また、その時に会場で広報として活躍するであろう後輩たちも育てていきたいと思います」と意気込みを語ってくれました。プロジェクトの活動は、現在も続いています。学生たちが、自主的に各競技を取材した様子は、パラサポのFacebook【広報インターン】で発信されています。
本学の社会連携は、教育と研究の成果を地域や社会に還元し、社会的な価値の創造に貢献することを目標としています。人的・知的・物的資源の相互活用を通して、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みを推進していくため、各自治体や団体と連携協定を結んでいます。
2016.08.01 スポーツ・フォー・トゥモロー・コンソーシアム入会
スポーツ・フォー・トゥモロー・コンソーシアムのサイトへ
2014.07.03 ポール・ラッシュ・アスレティックセンター内室内温水プールの利用に関する覚書 締結
一般社団法人 日本身体障がい者水泳連盟のサイトへ
2014.06.23 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会における大学連携協定 締結
公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のサイトへ

オリンピック・パラリンピックへの出場

立教大学の学生が初めてオリンピックに出場したのは、1924年にフランスで行われた第8回パリ大会。水泳部在籍の斎藤巍洋(たかひろ)さんが、100メートル背泳ぎで6位という成績を残しました。以来、立教大学は60名以上の選手を送り出すとともに、コーチや監督といった選手を支えるスタッフとしても多くの関係者が出場してきました。

出場選手・役員リスト

※本表は、日本体育協会・資料室が所蔵する各大会の公式報告書を基に、体育会各部の部史、その他学内の資料・情報を参照して作成しました。
※オリンピック・パラリンピックに関する貴重資料の寄贈をご検討の方は、学校法人立教学院 展示館事務室(03-3985-4841)までご連絡ください。

東京オリンピックと観光学科の設置

立教大学観光学部と1964年の東京オリンピックは関係があります。東京オリンピック開催を契機として、欧米諸国と同様なホテルおよび観光に関する高等教育・研究機関設置を求める声が国内で強まりました。そこで、戦後間もない1946年から観光教育を始め実績もあった立教大学にその役割が期待される声が高まり、それに応える形として1966年、社会学部産業関係学科内に「ホテル・観光コース」が開設されました。引き続いて行われた文部省との協議により、1967年より、国内初の4年制大学における独立学科として社会学部観光学科を設置することが認められました。その後の教育・研究の実績を背景として、1998年に観光学部として改組されるに至っています。

オリンピック選手村食堂運営への参加

1964年の東京オリンピック選手村では、12の食堂が設けられていました。各食堂は大学生たちにより運営されており、立教大学の学生は「インターナショナル食堂」を任されていました。1日数時間しか営業しない他の食堂と異なり、同食堂は1日18時間という長時間営業し、名前のとおりさまざまな利用者がいたそうです。
運営に携わったのは今でも公認団体として活動している「ホテル研究会」に所属する学生たち。「インターナショナル食堂」の担当を希望する大学は他にもいくつかありましたが、部員の数やこれまでの実績から、立教大学ホテル研究会が指名されました。4年生が中心となり運営し、オリンピック期間中の9月15日~11月5日まで、合計111名もの学生が運営に携わったと言われています。

食器を洗う立教生

オリンピック選手村食堂の様子