2024/04/09 (TUE)プレスリリース

超伝導技術で可視化する微量ウランの真の分布状態
~環境中のさまざまな微量元素の移行挙動把握への期待~

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

原子力発電用燃料として用いられるウラン(U)の環境中での移行挙動の把握は、放射性廃棄物の埋設処分時の安全性評価において重要です。環境中でのUの移行挙動の正確な把握には、試料中の多くの元素の信号の中から、微量のUの信号のみを検出する新たな分析技術が望まれていました。

立教大学理学部 山田真也 准教授、東京大学大学院理学系研究科 高橋嘉夫 教授、日本原子力研究開発機構 蓬田匠 研究員、高輝度光科学研究センター(JASRI) 宇留賀朋哉 任期制専任研究員、新田清文 研究員、関澤央輝 主幹研究員らは、高いエネルギー分解能で特定のエネルギーの信号を検出できる超伝導転移端検出器(Transition Edge Sensor; TES)(注1)の利用を推進する複数の研究機関との共同研究を行っています。今回、大型放射光施設 SPring-8(注2)のビームラインBL37XUにおいて、マイクロビームX線を用いた蛍光XAFS(X線吸収分光法)(注3)分析のための検出器として世界で初めてTESを適用し、通常の半導体検出器では捉えることのできない、実環境試料中の微量のUの分布状態を把握することに成功しました。

本研究により、環境試料中の超微量元素をマイクロメートルサイズの空間分解能で分析できると共に、元素の移行挙動のメカニズムを原子・分子スケールで解き明かすことで、Uだけでなくさまざまな元素の環境移行挙動研究への展開も期待されます。

また、TESは宇宙X線観測、原子分子、核物理などさまざまな応用に向けて、装置開発や応用性の研究が進められています。実環境試料を非破壊で分析できた今回の成果により、将来の小天体サンプルリターン計画で得られる地球外試料の非破壊分析など、地球・環境・地球外試料・生物試料への適用も広く期待されます。

本研究は、英国王立化学会発行の「Analyst」誌に2024年4月9日(日本時間16時)にオンラインで掲載されます。

研究の背景

Uは、原子力発電用燃料として世界で広く利用されています。その際に生じる使用済みの原子力発電用燃料については、再処理せずに処分する直接処分か、再処理を行いその際に生じる放射性廃棄物を処分する間接処分かの2つの方法が検討されています。いずれの場合も放射性廃棄物は地下に埋設される予定であり、特に前者の場合、地下環境中でのUの移行挙動を把握する研究が重要とされています。Uはその化学状態によって水への溶解性が大きく異なるため、環境試料中のUの化学状態や分布状態を知ることが、Uの移行挙動の推定につながります。蛍光X線を利用した放射光X線吸収微細構造法(蛍光XAFS法)は、試料から発する蛍光X線・散乱X線のエネルギーを精密に計測することで、原理的にあらゆる元素の化学状態(価数や結合状態)の解析が可能な手法です。さらに、試料に照射するX線をマイクロメートルサイズまで集光することにより、高い空間分解能で元素の分布やその化学状態を調べることが可能です。しかし、さまざまな元素が含まれる環境試料においては、一般的に用いられる半導体検出器を用いるとエネルギー分解能が足らず、微量のUからの蛍光X線が、地殻中に多量に含まれる他の元素(ルビジウム(Rb)など)の蛍光X線に埋もれてしまい、正確な分布状態・化学種の把握が困難であるという課題がありました。研究グループは、超伝導転移端検出器(Transition Edge Sensor; TES)という、高いエネルギー分解能と高い検出効率を併せ持つ分光装置に着目し、この課題の解決に挑戦しました。

研究の成果

研究グループは、SPring-8のビームラインBL37XUに持ち込んだTES(米国NIST製)と、半導体検出器(シリコンドリフト検出器:SDD)を用いて、TESの動作実証を行いました。図1は、SPring-8 BL37XUにおける実験のセットアップの様子と、今回の分析で用いた環境中から採取された黒雲母試料の外観です。図1の右の部分で示した範囲において、SDDとTESで、マイクロビームX線を用いたマッピング分析結果を比較したものが図2です。従来のSDDでは、黒雲母中に多量に含まれるRbの蛍光X線ピークしか観測できず、微量のUの信号を正確に検出できていません。そのため、Uの分布はRbの分布と似通ってしまい、正確なUの分布状態を得ることができません。一方、TESを用いて分析した結果が図2の右側です。蛍光X線スペクトルの測定結果では、SDDでは抽出不可能な、微量のUからの蛍光X線を分離して測定できていることがわかります。さらに、Uの信号を正確に抽出できた結果、RbとUの分布が異なっている様子が確認できます。これらの結果から、TESを用いることによって、従来の検出器では分析困難な、微量のUの分布状態を正確に把握することに成功しました。また、同時に行ったXAFS測定の結果から、黒雲母中に含まれるUの化学状態の分析にも成功し、黒雲母中のUの一部が還元されていることが明らかになりました。このことは、Uが黒雲母に還元・固定された結果、地層中で動きにくくなったことを示しており、黒雲母がUを保持するメカニズムの一端を解明することができました。
今回の実験では、環境試料中のUとRbに着目して研究を行いましたが、TESが17 keVという高いエネルギー領域まで高いエネルギー分解能を持つことが確認できました。したがって、TESを用いることによって、Uのみならず17 keVまでのエネルギー領域に蛍光X線が存在する、他の元素の分析にもTESが適用可能なことが示され、今後さまざまな環境試料への応用が期待されます。

“Application of transition-edge sensor for micro-X-ray fluorescence measurements and micro-X-ray absorption near edge structure spectroscopy: a case study of uranium speciation in biotite obtained from uranium mine”
T. Yomogida et al., Analyst. (2024), doi: 10.1039/D4AN00059E.

今後の展開

従来不可能だった広いエネルギー範囲での高エネルギー分解能による計測や、計測時間の飛躍的な短縮により、試料損傷の大幅低減の実現も可能になります。TESのテクノロジーは日進月歩で進化しており、高速化や大有効面積化が進むことで、環境試料・宇宙化学試料・生物試料中の超微量元素の化学状態分析へ応用が期待されます。今後、より高いエネルギー分解能を実現することで、さらに高度な高エネルギー分解能蛍光X線検出によるX線吸収端近傍構造法(HERFD-XANES法(注4))などの発光分光法への展開も期待されます。研究グループでは、今後も技術の成熟化を推し進め、宇宙X線観測、原子分子物理、核物理などの基礎科学、将来のサンプルリターン計画における非破壊分析、持続可能な社会実現に資する環境科学など、世の中に幅広く役立つ分野にTESを用いた研究を発展させたいと考えています。

脚注

  • (注1)超伝導転移端検出器(Transition Edge Sensor; TES)
    TESは、超伝導-常伝導の相転移点近傍の急峻な抵抗-温度特性を利用する検出器です。その動作方式を図3に示しました。X線が検出器の熱を吸収する部分に当たるとTESの温度が上昇し、TESの抵抗値も上昇し、回路を流れる電流の変化を検出することで、入射したX線のエネルギーを推定することができます。相転移温度近傍にある超伝導体は、この時の抵抗値の変化量が極めて大きいことから、エネルギーを精度よく測定できます。
  • (注2)大型放射光施設 Spring-8
    兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
  • (注3)蛍光XAFS(X線吸収分光法)
    蛍光XAFS(Fluorescence detection X-ray Absorption Fine Structure)法とは、X線を物質に照射した際に発生する様々な波長の蛍光X線を分析して得たX線吸収微細構造から、その物質に含まれる元素や種類、化学状態を調べる方法です。
  • (注4)X線吸収端近傍構造法(HERFD-XANES法)
    蛍光XAFS法の1つであるHERFD-XANES法(High-Energy-Resolution Fluorescence Detected X-ray Absorption Near Edge Structure)は、特定の蛍光X線の波長を細かく分離する(高いエネルギー分解能で分光する)方法のことです。従来は分光のために結晶を使用する必要があり、多くの有用な情報を捨ててしまうという難点もありましたが、TESのような非分散型の分光器を活用することができれば効率のよい計測ができると考えられています。

研究サポート

本研究はJSPS科研費(18H05458, 19H01145, 19H01960, 19K15606, 19K21893, 19K23432, 20K20527, 20K15238, 20K14524, 21H00162, 21H03585, 21H05443, 21K18649, 21K18917, 22F21313, 22H00166, and 22K18277) の助成および、JASRI/SPring-8の研究課題(2022A0174, 2022A0180, 2021A1610, 2019A1523, 2019B1498, and 2020A0174)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)フォトンファクトリーの研究課題(2022G126, 2020G670, 2020G081, and 2018S1-001)に支援頂きました。

各機関の役割

  • 立教大学   山田真也 -- 実験、解析、考察
  • 東京大学   高橋嘉夫 -- 実験、解析、考察
  • JAEA   蓬田 匠、橋本直、福嶋 繁、栗原 雄一、北辻 章浩 -- 試料提供、実験、解析、考察
  • 東京都立大学   奥村 拓馬、竜野秀行 -- 実験、解析
  • WPI-QUP,KEK   早川 亮大 -- 実験、解析
  • 大阪大学   野田博文 -- 実験、解析
  • 中部大学   岡田信二、外山 裕一 -- 実験、解析
  • 岡山大学   平木 貴宏、高取 沙悠理 -- 実験、解析
  • 理化学研究所   一戸悠人、磯部忠昭 -- 実験、解析
  • 明治大学   佐藤 寿紀 -- 実験、解析
  • JASRI   宇留賀 朋哉、関澤 央輝、新田 清文 -- 実験

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