2022/03/25 (FRI)プレスリリース

コロナ禍での失業率増加と自殺増や社会的セーフティネット利用増との関連を分析 —第一波の時期の失業ショックに着目して検証—

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

立教大学経済学部(東京都豊島区、学部長:藤原新)の安藤道人准教授と、帝京大学経済学部(東京都八王子市、学部長:江夏由樹)の古市将人准教授は、コロナ禍の2020年第2四半期(4~6月)に生じた失業率の増加が、その後の第3四半期(7~9月)における自殺率や社会的セーフティネット利用の増加と関連していることを明らかにしました。都道府県データを用いた分析結果に基づくと、2020年4~6月における失業率の1%ポイントの増加は、2020年7月における10万人あたりの自殺者の約0.5人の増加、失業給付受給者の約28人の増加、総合支援資金の貸付利用件数の約88件の増加、生活保護受給者の約10人の増加と関連していると推定されました。本研究成果は、2022年3月24日(木)14:00(米国東部時間)に科学雑誌PLOS ONEのオンライン版に掲載されました。

研究の目的

コロナ禍の第一波や一回目の緊急事態宣言の期間における失業率の増加が、同時期および直後の自殺や社会的セーフティネット利用の増加とどう関連しているかを検証しました。

研究の概要

コロナ禍の2020年第2四半期(4~6月)の失業率の増加が、同時期およびその後の第3四半期(7~9月)の自殺や社会的セーフティネット利用(失業給付・生活福祉資金の貸付・住居確保給付金・生活保護の利用)の増加とどう関連しているのかを検証しました。2018年1月から2020年9月までの都道府県の月次パネルデータを利用し、都道府県間の失業率増加の大きさの差を利用した「差分の差分法」と呼ばれる研究デザインで分析しました。

本研究では、まずコロナ禍の第一波や一回目の緊急事態宣言を経験した2020年第2四半期の失業率増加に注目し、この時期の失業率の増加分からトレンド分を除去した「コロナ禍による失業ショック」(以下、失業ショック)を都道府県別に計算しました(図1a)。そして、この失業ショックと2020年7月における自殺率の増加の間には一定の正の関係があることを確認しました(図1b)。

図1. 2020年4~6月の失業ショックと2020年7月の自殺率の増加の関係

注:(b)において、散布図の点の大きさは都道府県人口を反映しており、点線は変数間の関係を線形近似したもの。
その上で、推定バイアスをできるかぎり除去することを目的とした分析手法を用いて、失業ショックと自殺率および社会的セーフティネット利用率の関連を検証しました。以下では、ベースラインの推定値に基づいて分析結果の概要を説明します。なお、下記の結果の解釈における留意点や限界については、最後の「研究の留意点や研究から言えないこと」もご覧ください。

まず失業ショックと自殺率の関係については、2020年4~6月の失業率の1%ポイントの増加は、男女合計でみても男女別でみても、2020年7月における10万人あたり自殺者の約0.5人の増加と関連していると推定されました(図2a)。ただし、コロナ禍前の自殺率は女性よりも男性のほうが高いため、これらの数字は、男女合計では約37%増、女性においては約61%増、男性においては約27%増に相当します。なおこのような関係は2020年8、9月には観察されませんでした。

図2. 分析結果:2020年4~6月の失業ショックと毎月の自殺率の相関の推移

注:2020年4~6月の失業ショックは、とくに2020年7月の自殺率との正の相関が観察される。
また失業ショックと社会的セーフティネット利用率の関係については、2020年4~6月の失業ショックの1%ポイントの増加は、2020年7月における失業給付受給者の約28人の増加(図3a)、総合支援資金の貸付利用件数の約88件の増加(図3b)、生活保護受給者の約10人の増加(図3c)と関連していると推定されました。さらに、この失業ショックとの関連性は、失業給付や特例貸付(総合支援資金)では2020年7~9月にかけて減少あるいは横ばい傾向となるのに対して、生活保護では同時期に増加傾向となっており、より持続的であることが示唆されました。

図3. 分析結果:2020年4~6月の失業ショックと毎月のセーフティネット利用率の相関の推移

注:コロナ禍の失業ショックは、コロナ禍以降のセーフティネット利用率との正の相関が観察される。なお(b)の総合支援資金については、2018年と2020年2~3月のデータは欠損している。また本図で掲載を省略している緊急小口資金貸付と住居確保給付金の利用率の分析結果については、ベースライン分析においては失業ショックとの明瞭な関連性は観察されなかったが、本図の分析結果と合わせてさらなる検証が必要である。

研究の含意

本研究では、「コロナ禍における失業ショックが大きかった場合、なかった場合や小さかった場合と比べて、自殺やセーフティネット利用の増加はどのくらい大きかったのか」という問いを、都道府県間の失業・自殺・セーフティネット利用のばらつきを利用して検証しました。例えば、ある人口1,000万人の地域において、コロナ禍における失業率の増加がなかった場合(ケース1)と1%ポイントだった場合(ケース2)を比べるとします。このとき、本論文のベースライン分析の結果に基づくと、ケース1と比べてケース2では、その地域の2020年7月における自殺者は約50人多く、失業給付受給者は約2,800人多く、総合支援資金の貸付利用件数は約8,800件多く、生活保護受給者は約1,000人多いと試算されます。

この試算は都道府県レベルの統計的な関連性に基づくものであり、現実に生じた個々の失業と自殺・セーフティネット利用の結びつきを直接的に示すものではありません。一方で、この試算は、コロナ禍における経済的ショックと社会的ショックの関係を検討するための一つの定量的な手がかりを提供しています。例えば、2020年の4~6月の労働環境の変化が同時期およびその後の人々の生活の変化とどう関連していたかを検証したり、将来に似た状況が生じた場合に何が起こり得るかを議論する際に、本研究の分析結果の知見は有用だと考えます。

また本研究の分析結果は、コロナ禍の失業ショックが、雇用保険・生活福祉資金の貸付・生活保護という日本の「三層のセーフティネット」の全ての層の制度利用増に繋がった可能性が高い一方で、その利用増の水準には制度間で大きな差があったことや、社会的セーフティネットの利用増にもかかわらず自殺増が生じたことを示唆しています。これらについては、本研究では十分に検証できておらず、さらなる研究が必要です。

なお本研究は、JSPS科研費(20K01733)より助成を受けています。

分析に用いたデータ

本研究の統計分析に用いた都道府県データは、複数の統計データを整理・統合して作成しました。自殺率については警察庁による自殺統計をもとに厚生労働省が集計した月次の自殺統計データ、社会的セーフティネット利用率(失業給付・生活福祉資金の貸付・住居確保給付金・生活保護の利用率)については厚生労働省が公表・提供した月次データ、失業率については総務省統計局が推計した労働力調査の四半期平均のデータを用いています。

研究の留意点や研究から言えないこと

  • 本研究では、差の差法や社会経済変数の制御などによって、バイアス要因はできるかぎり除去しているものの、コロナ禍の失業ショックが自殺や社会的セーフティネットに与える因果的な影響を厳密に推定できているわけではありません。
  • 都道府県別の失業率ショックを計算するために用いた労働力調査の都道府県別データは、総務省統計局による推計値であり、全国値に比べると十分な精度がない点にご留意ください。
  • これまでの多くの研究が明らかにしているように、自殺は単一の要因から引き起こされるものではなく、さまざまな要因が絡み合った結果として引き起こされると考えられています。本研究では失業という要因に着目した分析を行っていますが、失業こそが自殺の最も重要な要因であると主張するものではありません。
  • コロナ禍の第一波の期間には、一回目の緊急事態宣言を含めて、第二波以降には経験していないレベルの経済・社会活動の自粛が生じ、その結果として失業率の増加も生じました。本研究は、そのような固有の状況下における分析である点に留意が必要です。また、当時の政府の感染症対策の妥当性を検証することを目的とした研究でもありません。
  • 社会的セーフティネットの利用増は、「生活困窮者の増加」という側面と「社会的支援の増加」という側面を反映すると考えられます。生活困窮それ自体と、生活困窮者に対する社会的支援は、それぞれ、自殺を含む様々な社会的アウトカムに異なる影響を与えることが想定されますが、本研究ではこれらについての検証は行っておりません。

論文情報

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