2021/07/30 (FRI)

陸上植物の起源を探る研究モデル
「ツノゴケ」への遺伝子導入技術開発に成功

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

立教大学(東京都豊島区、総長:西原廉太)、金沢大学(金沢市、学長:山崎光悦)、及び東京大学(東京都文京区、総長:藤井輝夫)は、陸上植物の起源を探る上で重要な系統であるツノゴケへの遺伝子導入技術開発に成功したことを次のとおり発表します。榊原恵子立教大学理学部生命理学科准教授、西山智明金沢大学疾患モデル総合研究センター助教、および塚谷裕一東京大学大学院理学系研究科教授は、イギリス・ケンブリッジ大学のEftychios Frangedakis博士(元・日本学術振興会外国人特別研究員、受入先:東京大学)、スイス・チューリヒ大学のPeter Szövényi 講師らと共に国際共同研究グループを形成し、ツノゴケAnthoceros agrestisへの遺伝子導入方法の確立に成功しました。ツノゴケ類は、セン類、タイ類と維管束植物が分かれる頃に分かれた系統で、陸上植物最初期の進化を考える上で鍵となる系統です。榊原准教授らは2020年に同じツノゴケのゲノム解読を報告しており、今回の成果が加わることにより、陸上植物の進化の鍵を握るツノゴケ類の遺伝子の機能解析の道が開かれました。

本研究成果は科学雑誌『New Phytologist』に公開(2021年6月2日)され、関連写真が表紙に採択されました(論文タイトル: An Agrobacterium-mediated stable transformation technique for the hornwort model Anthoceros agrestis)。

1.発表の背景

図1 表紙に採択された写真。細胞内の青色は核に局在する青色蛍光タンパク質、緑色は細胞膜に局在する緑色蛍光タンパク質、赤色は葉緑体である。

約5億年前に陸上に進出した植物は、その進化の初期にタイ類、セン類、ツノゴケ類を含むコケ植物と被子植物を含む維管束植物にわかれたことから、コケ植物は陸上植物の進化を解き明かす鍵となる系統と考えられてきました。特にツノゴケ類は、1)緑藻と同様ピレノイド※1)を含む葉緑体を細胞内に1〜2個持つ(図1)、2)シアノバクテリアおよび菌根菌との共生能力を持つ、3)受精後の最初の分裂面が縦方向である、4)基部の分裂組織から非同調的に胞子を形成するツノ状の胞子体をつくる、5)葉緑体及びミトコンドリアで高頻度のRNA-editingが行われるなど、他の多くの植物と異なるユニークな特徴を持っており、その特徴をもたらす分子基盤の解析が待たれていました。これまでに、コケ植物では、セン類のヒメツリガネゴケとタイ類のゼニゴケをモデルとして、ゲノム情報と遺伝子導入技術を駆使して進化研究が進められてきましたが、ツノゴケ類への遺伝子導入は成功しておらず、ツノゴケ類の興味深い特徴をもたらす遺伝子を解析する手立てがありませんでした。本研究成果により、世界で初めてツノゴケ類A. agrestisへの遺伝子導入が可能となり、ツノゴケ類の興味深い特徴をもたらすと考えられる遺伝子の機能解析が可能となりました。

2.今回の研究成果

図2 異なる光環境で培養したA. agrestis組織。(上)電気をつけていない昼間の屋内程度の弱い光(3–5μmol m-2 s-1)。(下)曇りの屋外程度の光(80μmol m-2 s-1)。

本研究により、1種2系統(Anthoceros agrestis Bonn系統およびOxford系統)のツノゴケへのアグロバクテリウムを介した安定形質転換体の作出に成功しました。アグロバクテリウム感染を介した形質転換法※2)は植物で広く用いられています。本研究では、アグロバクテリウムを感染させるツノゴケ組織をあらかじめ弱光下で培養しておくことで(図2)、実用的な形質転換効率の実現に成功しました。この方法を用いて多数の融合遺伝子導入実験を行い合計274系統の遺伝子組み換え体を作出しました。これにより、被子植物でよく使われているCaMV 35Sプロモーターおよび複数のツノゴケの内生プロモーターがツノゴケへの遺伝子導入に利用可能なこと、GUS(化学反応でタンパク質の存在を明らかにすることができる酵素:β-グルクロニダーゼを作る遺伝子)および複数の蛍光タンパク質がツノゴケに導入した際にシグナルとして認識できること、タンパク質を細胞内で特定の部位に局在させるための配列のうち2つが機能し、核あるいは細胞膜に局在させることができることを示しました(図1)。
榊原准教授らの研究グループでは2020年にツノゴケ類のゲノムを報告し(下記リンクを参照)、ツノゴケ類の興味深い特徴を裏付けるゲノムの特徴が見出されたことから、ツノゴケ類の形質転換系の確立は急務でした。本研究成果により、ツノゴケ類の進化的に興味深い形質をもたらす分子基盤の解明が可能になりました。また、本研究により公開されたツノゴケの遺伝子導入方法はツノゴケ類が持つ、多様な生物との共生能力や、二酸化炭素濃縮機構の解明をもたらすものであり、進化遺伝学的研究だけでなく、農業への応用も期待されます。

本論文を執筆するに当たって、塚谷裕一と榊原恵子は研究計画を立案し、西山智明はツノゴケA. agrestisのゲノム配列からプロモーター領域を推定し、榊原恵子と西山智明は論文執筆を担当しました。
【用語解説】
※1)ピレノイド
藻類の葉緑体に含まれる構造で、二酸化炭素固定を触媒するルビスコの結晶である。多くはデンプンなどの貯蔵物質で囲まれている。

※2)アグロバクテリウムを介した形質転換法
アグロバクテリウムは植物に自身の遺伝子の一部を送り込み、瘤を作らせる性質を持つ土壌細菌である。アグロバクテリウムの瘤を作らせる遺伝子の代わりに、植物に導入したい配列を持たせることによって植物に遺伝子を導入する方法が開発されており、多くの植物で用いられている。

3.発表論文

  • 雑誌名:『New Phytologist』
  • 論文タイトル:「An Agrobacterium-mediated stable transformation technique for the hornwort model Anthoceros agrestis
  • 著者:Eftychios Frangedakis, Manuel Waller, Tomoaki Nishiyama, Hirokazu Tsukaya, Xia Xu, Yuling Yue, Michelle Tjahjadi, Andika Gunadi, Joyce Van Eck, Fay-Wei Li, Péter Szövényi and Keiko Sakakibara

4.その他

本研究の成果は、日本学術振興会外国人特別研究員(研究代表者:Eftychios Frangedakis、PE14780、受入先:東京大学大学院理学系研究科 塚谷裕一教授)、科学研究費助成事業基盤研究(B)「シャジクモ藻綱全目ゲノム解読にもとづく陸上植物への進化解明」(研究代表者:西山智明、課題番号:15H04413)、挑戦的研究(萌芽)「陸上植物進化解析のゲノム配列比較からゲノム機能比較への核心(研究代表者:西山智明、課題番号:19K22448)」、挑戦的萌芽研究「陸上植物の胞子体進化解明に向けてのツノゴケ実験系の確立」(研究代表者:榊原恵子、課題番号:26650143)、基盤研究(C)「植物の世代交代制御因子の進化機構の解明」(研究代表者:榊原恵子、課題番号:18K06367)、新学術 領域研究「植物発生ロジックの多元的開拓」(研究代表者: 塚谷 裕一、課題番号:25113001)、および新学術領域研究「細胞の動的挙動にもとづく葉の発生堅牢性とその多様化の機構」(研究代表者:塚谷裕一、課題番号:19H05672)、そのほか各国の研究費により助成・支援を受けたものです。

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