OBJECTIVE.
立教大学観光学部(埼玉県新座市/学部長 小野良平)の野田健太郎教授と、株式会社JTB総合研究所(東京都品川区/代表取締役社長執行役員 野澤肇)は、「観光産業におけるSDGsの取り組み推進に向けた組織・企業団体の状況調査」の調査結果をまとめました。
■旅行業でSDGsに取り組む企業の割合は16.0%、業種別で最低。最高は「金融・保険」SDGsに取り組む効果として、観光産業(旅行業+宿泊業)はビジネスとのつながりをあげる傾向
従業員数1,001人以上の企業では91.7%がSDGsに取り組んでいる一方、従業員数100人未満ではSDGsに取り組む企業の割合は2割前後。回答した旅行業の企業は76.5%が従業員数10人以下で、SDGsへの取り組みに十分なリソースを割けない可能性がある。SDGsに取り組む効果として、売上・収益・取引先の増加を挙げる企業の割合が全業種より高い。
■SDGsの各ゴールに対する「リスク」と「チャンス」の認識は、いずれも「働きがいも経済成長も」が最も高い。観光産業では、自然環境への関心は高いが、雇用・生産性の関心が低い傾向
■SDGsに取り組む企業全体の課題は「定量的な測定が難しい(56.6%)」、期待する支援策は「認証・認定(60.0%)」、「補助金(55.7%)」。観光産業は人材・時間・予算の確保も課題。観光産業はビジネスに直結する支援を求める意向が高い
観光産業がSDGsへの取り組みに対して期待する支援策は、「補助金(69.2%)」、「地域との連携(61.5%)」、「ビジネスマッチング(56.4%)」、「ビジネス策定支援(46.2%)」と全業種を上回り、ビジネスにつながる支援を求める傾向が強い。
■企業が認識する自社の競争力の源泉は「安定顧客の存在(51.8%)」、「顧客対応力(50.8%)」SDGsに取り組む企業は「特徴のある製品・サービス内容」、「オンリーワンのブランド力」の割合が高い傾向。観光産業は「人材」、「技術力」がやや低い
* SDGs(Sustainable Development Goals)とは、国連が2015年に定めた2030年までの持続可能な開発目標です。17ゴール、169ターゲットで構成されています。詳しくは国連広報センターのホームページをご覧ください
(https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/)。
【調査概要】
表1 調査の実施時期・回答数
【回答企業の属性】
【調査結果】
1.旅行業でSDGsに取り組む企業の割合は16.0%で業種別では最低。最高は「金融・保険」。SDGsに取り組む効果として、観光産業(旅行業+宿泊業)は「売り上げの増加」「収益の増加」を期待
SDGsに取り組むとどんな効果があると思っているか聞いたところ、全業種では「従業員の意識の向上」が55.8%と最も高く、「ブランド力の向上(34.9%)」、「経営方針の明確化(28.6%)」と続きました(図5)。観光産業の上位3位は、回答率が若干低いものの全業種と同じ結果でした。一方、「売上の増加」「収益の増加」「取引先の増加」については全業種より大幅に高い結果となり、営業活動への効果を期待していることが高いことがうかがえます。SDGsに取り組んでいる企業と取り組んでいない企業別に比較すると、SDGsに取り組んでいる企業の方が全体的に回答率は高くなっていますが、「売上の増加」「収益の増加」「取引先の増加」に関してはSDGsに取り組む企業よりも観光産業の方が高い結果となり、観光産業は取り組み率が低いにも関わらず、過度にビジネス効果への期待が高いか、ビジネス効果への期待がなければ積極的に向き合わないとも受け取ることができそうです。
2. SDGsの各ゴールに対する「リスク」「チャンス」の認識は、いずれも全業種で「働きがいも経済成長も」「住み続けられるまちづくりを」が上位 観光産業は「働きがいも経済成長も」「産業と技術革新の基盤をつくろう」が低い
観光産業(旅行業+宿泊業)のSDGs各ゴールへのリスク・チャンスの捉え方をみると、全業種と比較して、環境(ゴール6「安全な水とトイレを世界中に」、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」、ゴール14「海の豊かさを守ろう」、ゴール15「陸の豊かさも守ろう」)、平和と公正(ゴール16「平和と公正をすべての人に」)、パートナーシップ(ゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」)が全業種よりも高い傾向となりました。一方で、雇用(ゴール8「働きがいも経済成長も」)や技術革新(ゴール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」)に対するリスクやチャンスの認識が全業種と比べて低く、働きがいやキャリア形成、事業のデジタル化、イノベーションなどへの取り組みが、今後の課題として考えられます。
表2 SDGsの17ゴール(参考)
3.SDGsに取り組む企業の課題は全業種、観光産業とも「定量的な測定が難しい」が上位 期待する支援策は、全体では「認証・認定(60.0%)」「補助金(55.7%)」 観光産業の課題は「人材・時間・予算の確保」が全体より高く、補助金への期待が高い
観光産業では、取り組む上での課題として「必要な人材が不足している(観光産業38.5%、全体37.0%)」「運用する時間的な余裕がない(観光産業35.9%、全体26.0%)」「必要な予算が確保できない(観光産業35.9%、全体21.3%)」が全業種より大幅に高くなりました。SDGsに取り組むためのリソースを十分に確保できないことが課題となっているとうかがえます。観光産業がSDGsの取り組みに対して期待する支援策は「SDGsに取り組む際に利用できる補助金」が69.2%と最も割合が高く、「SDGsに取り組んだ企業に対する認証、認定」、「SDGsをテーマにした地域との連携」がいずれも61.5%で、「SDGsをテーマにしたビジネスマッチング(56.4%)」、「SDGsを活用したビジネス策定の支援(46.2%)」と続きました(図8)。
4.企業が認識する自社の競争力の源泉は「安定顧客の存在(51.8%)」、「顧客対応力(50.8%)」 SDGsに取り組む企業は「特徴のある製品・サービス内容」、「オンリーワンのブランド力」の割合が高い傾向
観光産業全体では上位の4項目は全業種と同じでしたが、その中で「顧客対応力(全業種51.8%、観光産業60.4%)」が全業種との間で大差がつきました。一方、「優秀な人材の確保(全業種22.1%、観光業13.5%)」、「オンリーワンの技術力(全業種18.2%、観光業9.9%)」は全業種と比べて低い結果となりました(図10)。
<まとめ>
他方、観光産業がSDGsのゴール8「働きがいも経済成長も」およびルール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」をSDGsとして認識している割合は全体よりも低い結果となりました。これらのゴールでは「持続可能な観光産業の実現」も目指されています。今回の調査では、観光産業のSDGsへの認識はどちらかというと観光資源と関係のある自然環境問題に偏っており、中長期というより短期的なビジネス上のメリットが活動のベースになっているともみえなくはありません。近い将来、インバウンド旅行市場の中核となるZ世代は、すでに旅行分野でも社会・環境問題に対して積極的になっています。中長期の視点でSDGsに取り組むことで、働きがいや生産性を高めながらビジネスとしても効果をあげ、経済価値と企業としての価値をともに高めていくことができれば、観光産業の魅力が高まると考えられます。観光におけるSDGs達成やサステナビリティへの取り組みは、ESGを経営基盤に置いている大手上場企業や、若者の志向を「かっこいい・Cool」という観点で捉えているファッション業界などと比較すると、まだ消費者のサステナブルな思考が反映されている状況にあるとは言えません。今後、サステナビリティと観光の取り組みが進んでいくことが期待されます。
立教大学とJTB総合研究所は、観光産業におけるSDGsの推進に向けて、これからも調査・研究を進めてまいります。
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2024/03/27 (WED)