2021/05/07 (FRI)

スーパーコンピュータ「富岳」を用いた新型コロナウイルス変異ウイルスの感染力の増加をシミュレーション-理学部・望月祐志研究室の大学院学生が変異株の解析で活躍-

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

新型コロナウイルスの変異ウイルスの感染メカニズムについて、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」を用いたシミュレーションに、理学部の望月祐志教授を始めとする研究室(望月研究室)の助教や学生が取り組んでいる。最新の研究成果と、それを支える研究室の取り組みについて望月教授が紹介する。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染症(COVID-19)の爆発的流行(パンデミック)の深刻な影響が依然として続いています。私たちの研究グループでは、2020年度にスーパーコンピュータ「富岳」の優先的な試行的利用として「新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道(FMO)計算」を行いました[1]。FMOのプログラムは長年自主開発してきたABINIT-MPです。研究成果は、解説記事[2-4]、査読付き論文[5,6]、プレプリントサーバ(査読前論文)での公開[7,8]などで発表しています。今回は、関西圏だけでなく首都圏でも流行の主因となってきたN501Y変異株などに関する解析結果[8,9]をご紹介したいと思います。
SARS-CoV-2の感染は、細胞表面のアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)へのスパイクタンパク質(名前の由来にもなったウイルス表面の突起)の結合によって始まります。そして、スパイクタンパク質の中でも受容体結合部位(RBD)がACE2と直接のコンタクトを担っており、表1に示すように俗称で英国株とされるN501Yでは野生株の501番目のアスパラギン(Asn)がチロシン(Tyr)に変異しています。南アフリカ株とブラジル株では、さらに、484番目のグルタミン酸(Glu)がリシン(Lys)に変異(E484K)し、417番目のリシンもアスパラギンとトレオニン(Thr)に各々変異(K417N、K417T)しています。N501Y変異は感染力のアップに、またE484K変異は中和抗体からの回避に寄与しているとされています。図1にこれらの変異箇所を図示しますが、N501YはACE2に接した所に位置する変異となっています。

図1.RBDの変異箇所

FMO計算は信頼性の高い量子力学的な手法ですので、RBDとACE2の間の結合状態について定量的な算定を可能とします。図2は、野生株(左)と英国株(右)の間の相互作用エネルギーを可視化したものです(単位はkcal/mol)。チロシンに変化することで、ACE2との安定化が増して赤色が濃くなっていることが見ていただけると思います(ACE2側ではリシンとチロシンが主たる相互作用の相手)。その増分は-30kcal/molにも達し、専門的には分散力系の相互作用に起因します。これらの結果は、N501Y変異がヒト細胞への感染力を増すとされる知見に符合していると言えます。

南アフリカ株とブラジル株では、負電荷のグルタミン酸が正電荷のリシンに変異、リシンが中性のアスパラギンやトレオニンに変異するため、静電的な相互作用の状態が大きく変わることが詳細解析で確かめられています。私たちは、こうした変化が抗体回避に関係している可能性が高いと考えています。

図2.N501Y変異による安定化の増加

2021年度も「富岳」を使ったFMO計算による解析を続けています(HPCI課題番号hp210026、タイトル「新規感染症のための計算科学的解析環境の整備」)。現在、インドで猛威を奮っているインド株についても計算の準備を進めていますが、こちらでも荷電状態の変化に注目しています。また、「次のパンデミック」が懸念されるインフルエンザウイルスに関する大規模なシミュレーションも慶應義塾大学や名古屋大学のグループとの連携で始めています。これらの研究成果についても、今後随時、公開・発信していく予定です。

上述のFMO計算による研究は本学理学部の奥脇弘次助教、研究室の学生諸氏との密接なコラボレーションに基づいていることを明記します。コロナ禍であっても、理論系の研究であるため、Google Hangouts MeetやZoomといったオンライン環境で滞りなく進めることが出来ました。特に、変異株の解析では大学院理学研究科博士課程前期課程1年の秋澤和輝さんの活躍が大きいです。最後に秋澤さんのコメントを記して本稿を終えます。


秋澤和輝さんのコメント
『新型コロナウイルスという緊急の課題の中、非常に貴重な経験をさせていただきました。研究には様々な困難がありましたが、研究室のメンバーとの協力や連携が大きな支えとなり、成果を出すことができました。そして学部時代に習得した専門知識を最大限活用することでスムーズな研究活動を行うことができたと感じています。未だにパンデミックからの出口が見えませんが、私自身の取り組みが少しでも世の役に立てるのであれば嬉しく思います。また、今後も研究に勤しんでいきたいと考えています。』

参照文献リスト

[1] <https://www.r-ccs.riken.jp/fugaku/history/corona/>.
[2] 望月祐志, <https://www.jsap.or.jp/columns-covid19/covid19_2-3-2>.
[3] 望月祐志, 現代化学, 596 (2020) 34-35.
[4] 望月祐志, 奥脇弘次, 計算工学学会誌, 26 (2021) 4204-4209.
[5] R. Hatada, K. Okuwaki, K. Akisawa, Y. Mochizuki, Y. Handa, K. Fukuzawa, Y. Komeiji, Y. Okiyama, and S. Tanaka, Appl. Phys. Express 14 (2021) 027003-1-5.<https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1882-0786/abdac6>
[6] K. Akisawa, R. Hatada, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, K. Fukuzawa, Y. Komeiji, and S. Tanaka, RSC Adv., 11 (2021) 3272-3279.
<https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/RA/D0RA09555A#!divAbstract>.
[7] <https://doi.org/10.26434/chemrxiv.13775182.v1>.
[8] <https://doi.org/10.26434/chemrxiv.14318459.v2>.
[9] <https://www.r-ccs.riken.jp/media/210428-1/>.

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