2021/02/19 (FRI)プレスリリース

「金属クラスターを用いた近赤外—可視光変換」に世界で初めて成功
—立教大発の光アップコンバージョン材料を創製へ—

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

立教大学理学部 三井正明 教授らの研究グループは、貴金属原子が数十個程度集まった金属クラスターと蛍光性有機色素を組み合わせることにより、エネルギーの低い長波長の光をエネルギーの高い短波長の光に変換する光アップコンバージョンの観測に成功しました(図1)。

本研究により、金属クラスターが光アップコンバージョンの増感剤として利用できることを世界で初めて立証し、金属クラスターの励起エネルギーの緩和過程に対する新たな知見を見出しました。本研究成果は高いインパクトファクターを誇るドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」のCommunication論文として掲載され、FrontispieceとHot paperに選定されました。

図1:金属クラスター(PtAg24)による光アップコンバージョンの概念図。PtAg24クラスターが近赤外光(785nm)を吸収し、その蓄積した光エネルギーを有機色素に受け渡すことにより、最終的に青色の光(波長450nm以下)への変換を達成した。

研究の背景

三重項消滅に基づく光アップコンバージョン(TTA-UC; Triplet-Triplet Annihilation Photon Upconversion)は、増感剤と発光体とよばれる構成要素を組合せ、長波長の光を短波長の光に変換する手法であり、光エネルギー変換技術として大きな注目を集めています。もし太陽光に多く含まれている近赤外光を紫外光や可視光に効率よく変換できれば、太陽電池や水素発生光触媒などのデバイスや材料の効率を飛躍的に向上させることにつながると期待されています。

溶液中におけるTTA-UCのメカニズムは次のように説明されます(図2);まず基底(S0)状態の増感剤が長波長の光を吸収することにより増感剤の励起一重項(S1)状態が生成し、その後、項間交差(ISC)を経て励起三重項(T1)状態になります。このT1状態の増感剤とS0状態の発光体間で三重項エネルギー移動(TET)を起こし、発光体のT1状態が生成します(三重項増感)。発光体のT1状態の寿命は比較的長いため、それらは出会って三重項-三重項消滅(TTA)を起こして片方がエネルギーの高いS1状態、もう片方がS0状態に戻ります。

図2:三重項-三重項消滅に基づく光アップコンバージョン(TTA-UC)の原理

このようにして生成したS1状態の発光体が最終的に短波長の蛍光を放出し、光のアップコンバージョンが実現されます。波長の長い近赤外光を波長の短い紫外・可視光へ変換するためには、S0状態からT1状態への遷移を起こしやすい増感剤を利用してISC過程におけるエネルギーロスを抑制することが有効とされています。しかし、このような特性を有する増感剤は、合成が煩雑な金属錯体や有害元素を含む半導体ナノ粒子に限られていました。

研究成果

図3:本研究で組み合わせた金属クラスター(増感剤)と有機色素(発光体)

本研究では、安定かつ低毒性な新規増感剤として、有機配位子で保護された金属クラスターに着目しました。配位子保護金属クラスターは、その構成原子数や組成を1原子レベルの精度にて精密合成することが可能であり、近赤外域まで光を吸収する能力を持つものが多数存在します。本研究ではチオラート配位子(SR)に保護された銀(Ag)原子からなる銀クラスターAg25(SR)18とその中心銀原子が白金(Pt)に置き換わった銀-白金合金クラスターPtAg24(SR)18を増感剤として用い(図3)、青色に発光するペリレンまたはTIPS-アントラセン(図3)発光体として組み合わせることで、溶液および固体中での光アップコンバージョンの観測・評価に成功しました(図4)。

有機色素を増感剤に用いたTTA-UCでは、色素骨格に重金属イオンを導入することで項間交差(ISC)を促進させ、効率的な光アップコンバージョンを起こさせます。しかし興味深いことに、Agという重金属原子で構成されたAg25(SR)18クラスターでは、非常に微弱なアップコンバージョン蛍光しか観測されませんでした。そこで、Ag25(SR)18の中心金属原子1個をAg原子よりもさらに重たいPt原子に置き換えたところ、波長785nmの近赤外光照射時で強いアップコンバージョン蛍光が観測されました(図4(a))。

図4:PtAg24(SR)18とTIPS-アントラセンを混合した(a)溶液および(b)固体薄膜に対して、目にはよく見えない薄赤い近赤外光(波長785nm)を照射したときの様子。いずれの場合も近赤外光が強い青色の光へと変換される。

この増強の原因を突き止めるため、TTA-UCに関する測定評価と詳細な解析を行ったところ、中心Ag原子をPt原子で置換したPtAg24(SR)18クラスターでは、二十面体Pt@Ag12コア内のISCが著しく促進されることが明らかになりました。また、Pt@Ag12コアが吸収した光エネルギーが瞬時に表面の配位子(SR-Ag(I)-SR-Ag(I)-SR)に移動し、三重項状態として長寿命に蓄積されるというユニークなメカニズムがあることが示唆されました。

今後の展望

今回、我々が見出した金属クラスター増感剤は、適切な発光体と組み合わせれば、固体状態でも近赤外光を青色発光に変換できることが明らかとなりました(図4(b))。よって、太陽電池や光触媒の効率を向上させるための実用的な光アップコンバージョン材料としての利用も期待されます。また、金属クラスターはAg25やPtAg24の他にも多種多様なサイズや組成、形状を持つものが存在し、電子状態・光物理特性の制御や親水性の付与なども可能なため、今後より高効率に機能する金属クラスター増感剤を創出していくことで、エネルギー分野のみならず、バイオイメージングやオプトジェネティクスなどの医療分野への応用の可能性も見いだせると考えています。


論文情報

  • 論文タイトル: Single Platinum Atom Doping to Silver Clusters Enables Near-infrared-to-Blue Photon Upconversion
  • 著者名: Yoshiki Niihori, Yuki Wada, and Masaaki Mitsui
  • 雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
  • DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202013725



研究プロジェクトについて

本研究は、以下の支援を受けて行われました。
  • JSPS科研費 20K05653 基盤研究(C)
  • JSPS科研費 20K15110 若手研究
  • 住友財団 基礎科学研究助成 170899

お使いのブラウザ「Internet Explorer」は閲覧推奨環境ではありません。
ウェブサイトが正しく表示されない、動作しない等の現象が起こる場合がありますのであらかじめご了承ください。
ChromeまたはEdgeブラウザのご利用をおすすめいたします。