2020/10/09 (FRI)プレスリリース

傷ついたDNAを切って直す
植物ミトコンドリアと葉緑体のDNA修復機構の一端を解明

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

茨城大学大学院理工学研究科理学野の小林優介助教、立教大学理学部の関根靖彦教授・小田原真樹元助教(現理化学研究所)のほか、国立遺伝学研究所、理化学研究所、京都大学、産業技術総合研究所からなる研究グループは、植物のミトコンドリアと葉緑体のDNAの傷を修復する仕組みの一端を明らかにしました。
植物細胞のミトコンドリアと葉緑体のDNAには呼吸や光合成に重要な遺伝子がコードされており、DNAに傷が蓄積すると呼吸や光合成ができなくなり、最終的に植物は死んでしまいます。しかし、これまでこれらの損傷がどのように修復されるのかはよくわかっていませんでした。
今回、研究グループでは、MOC1という酵素が、植物ミトコンドリアと葉緑体においてDNAを修復する代表的な機構である相同組換え修復に関わっていることを解明しました。
この成果は、2020年9月25日に米国植物生物学会の学術誌「Plant Physiology」のオンライン版に掲載され、今後正式に雑誌掲載される予定です。

背景

地球上の多くの生命を支える植物細胞には、呼吸を行うミトコンドリアと光合成を行う葉緑体という細胞内小器官があります。これらは、今から10〜20億年前にプロテオバクテリアとシアノバクテリアが細胞内に共生することによって誕生したと考えられており、それぞれ独自のゲノムDNAを持っています。ミトコンドリアと葉緑体のDNAには呼吸や光合成に重要な遺伝子がコードされており、DNAに傷が蓄積すると呼吸や光合成ができなくなり、最終的には植物は死んでしまいます。しかしながらこれまで、植物のミトコンドリアや葉緑体のDNAに生じた損傷がどのように修復されるのか、よくわかっていませんでした。

傷ついたDNAを修復する代表的な機構として、相同組換え経路があります。相同組換えでは、傷ついたDNAについて、同じ情報を持つDNA(相同DNA)を鋳型として利用することで修復します。相同組換えは、RECAと呼ばれる組換え酵素がHollidayジャンクションと呼ばれる組換え中間体を形成することで開始され、さらにこのHollidayジャンクションが酵素によって切断されることで終結します(図1A)。

研究グループでは、最近、葉緑体DNAが不均等に分配される変異体の解析から、真核藻類と植物のみが有する葉緑体局在型のHollidayジャンクション切断酵素MOC1を発見しました。しかしながら、MOC1が葉緑体DNAの相同組換え修復に関わるかどうかは不明でした。さらに、ミトコンドリア型のHollidayジャンクション切断酵素(CCE1)が酵母では見つかっていたものの、他の生物においてはミトコンドリア型のHollidayジャンクション解消酵素は見つかっておらず、植物ミトコンドリアにおけるHollidayジャンクション解消機構は謎のままでした。

図1 植物ミトコンドリアと葉緑体のDNA修復機構とその進化

A:DNA相同組換えとHollidayジャンクション形成過程の模式図。MOC1はHollidayジャンクションを切断するハサミとして機能する。

B:本研究の結果から示唆される、植物ミトコンドリアと葉緑体における相同組換え機構の進化。陸上植物進化の初期に分岐した植物種では、MOC1はミトコンドリアと葉緑体の相同組換えに必要であるが、その後、ミトコンドリアの相同組換えにMOC1を必要としない植物種が誕生したと考えられる。一方で、MOC1の葉緑体局在は藻類から植物まで観察されたことから、葉緑体におけるHollidayジャンクション解消機構は高度に保存されていると考えられる。

研究方法・成果

研究グループでは、まず、単細胞性藻類のクラミドモナスを用いて、MOC1が葉緑体DNAの相同組換えに関わるのか検証しました。その結果、MOC1遺伝子が壊れたクラミドモナス変異体では、葉緑体DNAに高頻度で変異が蓄積していることが確認されたことから、MOC1が葉緑体DNAの安定化に寄与していることがわかりました。

次に、MOC1が藻類と植物に広く保存されていることに着目し、MOC1がミトコンドリアでも機能する可能性を検証しました。様々な植物種のMOC1の細胞内局在を予測プログラムと実験により解析したところ、シャジク藻類、苔類、蘚類、シダ類に加えて、一部の種子植物において、MOC1が葉緑体だけでなくミトコンドリアにも局在することが示唆されました。そこで、MOC1が葉緑体とミトコンドリアの両方に局在する蘚類ヒメツリガネゴケを用いて、MOC1がミトコンドリアでも相同組換えに関わるのか調べました。その結果、MOC1遺伝子を壊したヒメツリガネゴケ変異体では、葉緑体とミトコンドリア双方のDNAに変異が高頻度で蓄積し、植物体の成長が著しく阻害されていることがわかりました。

以上の結果、多くの藻類や植物において、MOC1は葉緑体DNAの安定性に寄与し、さらにコケ植物においてはMOC1がミトコンドリアと葉緑体双方のDNA修復に必要であることが示されました。また、シャジク藻植物、シダ植物と一部の種子植物でもMOC1がミトコンドリアに局在することが示唆されたことから、これらの植物種においてもMOC1は葉緑体とミトコンドリアの双方で相同組換えに関わると予想されます。一方、MOC1がミトコンドリアに局在しない植物種もあり、植物ミトコンドリアの相同組換え機構が多様化していることも明らかになりました(図1B)。

今後の展望

今回の研究により、植物ミトコンドリアと葉緑体におけるDNA修復機構の一端が明らかになりました。今後、MOC1の活性調節機構や相互作用する因子を調べることで、植物ミトコンドリアと葉緑体の相同組換え機構を詳細に明らかにできるはずです。それにより、植物ミトコンドリアと葉緑体のDNAの修復効率を高め、DNAに変異をもたらすような環境にも適応できる農作物をデザインできるかもしれません。さらに、植物ミトコンドリアと葉緑体の遺伝子を書き換える形質転換技術に応用することで、植物ミトコンドリアと葉緑体を利用した新たなモノづくりができるかもしれません。

論文情報

タイトル:Holliday junction resolvase MOC1 maintains plastid and mitochondrial genome integrity in algae and bryophytes
著者:Yusuke Kobayashi, Masaki Odahara, Yasuhiko Sekine, Takashi Hamaji, Sumire Fujiwara, Yoshiki Nishimura, Shin-ya Miyagishima
雑誌名:Plant Physiology
公開日:2020年9月25日オンライン版掲載
DOI:10.1104/pp.20.00763

※本研究は、科学研究費補助金、日本学術振興会特別研究員奨励費(18J01993)、若手研究(20K15812)と基盤研究A(17H01446)などの助成によって実施されました。

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