2020/07/09 (THU)プレスリリース

選択的に二酸化炭素を吸着する新規多孔性物質を開発

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

立教大学寄附型研究プロジェクト*日本曹達(株)**未来テーマプロジェクト研究室(立教大学理学部化学科箕浦真生教授・菅又功助教・飯濱照幸客員教授らの研究グループ)は、環境調和型分子の創出を目的に研究を行ない、温室効果ガスとして知られる二酸化炭素を選択的に吸着する物質の開発に成功しました(図1)。またこの分子は取り扱いの難しいことで知られる水素分子も吸着することができ、燃料電池車に搭載できる水素貯蔵の「分子ボンベ」として応用可能であり、日本曹達(株)と立教大学との産学連携の研究成果として意義があるだけでなく、英国王立化学会発行の学術雑誌「Dalton Transactions」の表紙を飾る分子として掲載され、高い評価を得ております。

*) 立教大学寄附型研究プロジェクト
立教大学では、寄附型研究プロジェクトの設置により、産学連携に伴う協働効果の発現を期待し、また、研究・教育の進展と活性化および技術連携による社会貢献を目的とし、2017年より企業等からの寄附型研究事業を推進。

**) 日本曹達株式会社
2020年創立100周年を迎えた総合化学会社(石井彰社長)。「かがくで、かがやく」を新スローガンとし、農業化学品、医薬品添加剤、電子材料等の高付加価値化学製品等を製造・販売。

図1:本研究で開発した新規物質(MOF)の分子構造イラスト

1.研究成果のポイント

1)MOFと呼ばれる多孔性材料を用いることで温室効果ガスである二酸化炭素を選択的に吸着する材料を開発しました。
2)二酸化炭素以外にもクリーンなエネルギー源として期待されている水素ガスを貯蔵することが可能です。
3)MOFの合成ではほとんど用いられてこなかったヒドロキサム酸部位の活用に成功しました。


Metal-organic Frameworks(MOF)注1)は、マイクロ孔注2)といわれる非常に小さな細孔を有し、従来の多孔性材料である活性炭やゼオライト注3)をはるかに超える比表面積注4)を持つことから、ガス吸着や分離への応用が期待されています。今回、有機配位子として1,4-ベンゼンジカルボヒドロキサム酸、補助配位子としてイソニコチン酸を用い、硝酸コバルトと反応させることで、選択的二酸化炭素吸着および高い水素貯蔵量を誇るMOFの開発に成功しました(図1)。

また、これまでMOFの合成にはほとんど用いられてこなかったヒドロキサマート(RCONHO–)を配位部位として用いており、新たな配位部位として今後様々なMOFへの応用展開が期待されます。

注1)Metal-organic Framework(MOF):有機配位子と金属イオンから構成され、有機金属構造体とも呼ばれる配位性高分子の総称。

注2)マイクロ孔: 多孔質材料がもつ微細な空孔のうち、直径2nm以下のもの。2-50nmの細孔をメソ孔、50nm以上をマクロ孔という。

注3)ゼオライト:結晶性アルミノケイ酸塩の総称。天然の鉱物として発見され、現在では様々な細孔サイズや細孔形を有するものが合成されている。

2.研究の背景

地球温暖化を引き起こすとされる温室効果ガスの中で最も影響度が高い物質が「二酸化炭素」です。工場などの排気ガスから二酸化炭素を分離・回収する技術の開発が必要とされています。しかしながら現在工場などで使用されている分離膜は、その原理が化学吸着であるために二酸化炭素の回収に大きなエネルギーを必要とします。そのため、回収にほとんどエネルギーを必要としてない物理吸着による二酸化炭素の分離・回収技術が求められています。一方で、そのような温室効果ガスを一切排出しないクリーンなエネルギー源として「水素」の活用も盛んに研究されており、その安全な製造、貯蔵、運搬方法の開発が待たれています。中でも燃料電池車などの水素ガスを燃料とする機械や装置の実用化に向けて、安全に取り扱うことのできる水素貯蔵材料の開発が切望されています。従来の水素貯蔵材料は、水分と激しく反応する金属水素化物や金属アミドであり、水素ガス発生には過激な条件が必要であることなどから使用環境は限られていました。

図2:Metal-organic Frameworksの合成および構造

最近、これらガス類の高効率な吸着物質として高い注目を集めている材料が、多孔性の金属有機構造体、いわゆるMetal-organic Framework(MOF)です(図2)。MOFはスポンジのような性質を有し、ガス類を物理的に吸着することから、圧力や温度変化のみで容易にガスを吸脱着できます。そのため、分離膜や安全なガス貯蔵物質としての応用が期待されています。

3.研究成果

有機配位子にはテレフタル酸などのカルボキシラート(RCOO–)を配位部位とするものが多用されています。一方で、ヒドロキサム酸(RCONHOH)はカルボン酸(RCOOH)の生物学的等価体であり、カルボン酸と似たような性質を示すにもかかわらず、ヒドロキサマート(RCONHO–)を配位部位に用いたMOFの報告例はほとんどありませんでした。これはヒドロキサム酸がMOFの合成条件において分解し、カルボン酸となってしまうためでした。今回、補助配位子としてイソニコチン酸を添加することにより、ヒドロキサマート部位を有するZnおよびCoのMOFをそれぞれ合成可能であることを発見しました(図3)。それらの構造は単結晶X線構造解析により明らかにしており、確かにヒドロキサマート部位が金属に配位していることがわかりました。またZn-MOFにはガス分子の入るサイズの細孔はなかったが、Co-MOFには空隙率が42%と多孔性を有することも明らかにしました。

図3:ヒドロキサマート部位を有するZn-MOF(左)およびCo-MOF(右)

図4:77 Kでの窒素および水素吸着等温線

得られたMOFのガス吸着実験を行ったところ、Zn-MOFはガス吸着能を示しませんでした。一方で、Co-MOFは種々のガス分子を吸着することがわかり、その比表面積値はMOFとして中程度である502m2g-1でした。水素ガスの貯蔵量は、77K,1barで約1wt%であり、この値は現在水素ガス貯蔵材料として期待されているMOFの1.3wt%に匹敵するものであり[1]、この物質が水素貯蔵材料として有用であると期待できます(図4)。

次に、ガス吸着の選択性について調査を行いました。まず、室温で窒素および二酸化炭素の吸着量を測定しました。その結果をもとに、工場の排ガスである窒素:二酸化炭素混合ガス(15:85)をモデルとして、理想的吸着溶質理論(IAST)を用いてシミュレートしました(図5)。その結果、このMOFは室温で窒素の39倍の二酸化炭素を選択的に吸着することがわかりました(図6)。この結果はこれまでのMOFの中でもトップクラスの選択性であり、今後二酸化炭素分離膜への応用が期待されます。

図5:室温での窒素および二酸化炭素吸着とIASTフィッティング

図6:室温での二酸化炭素/窒素選択性

4.社会貢献性・波及効果

二酸化炭素を吸着する物質は、工場や自動車の排気ガスの浄化への利用が期待されています。本研究において開発した物質は、容易に手に入る材料を用い、簡便な方法により合成でき、二酸化炭素の選択的吸着特性を有することから、環境清浄物質としての活用が期待できます。また、これまでMOFの配位部位として利用が困難であったヒドロキサマート部位を活用可能とした本成果が、今後のMOF合成に与える波及効果は大きいと考えられます。

5.今後の展開

本研究では、MOFの構造や性質に強く影響を与える金属と有機配位子の配位部位に、これまでほとんど報告例のなかったヒドロキサマートを用いるため、補助配位子であるイソニコチン酸を添加してMOF化を達成しました。今後は、種々の補助配位子の利用や、別の金属塩との反応などを行うことにより、多様な構造の新規MOFの開発が可能であると期待されます。

本未来テーマ研究プロジェクトにおいては、標的分子の選定と合成、MOFの合成、ガス吸着能の評価、得られたMOFの結晶構造解析による分子デザインの検討をプロジェクトグループ内で行なっており、迅速な研究意思決定が可能です。産学連携プロジェクトとして、環境調和型分子の創製を行い、従来困難であるとされている水素ガスなどの貯蔵へ応用し、クリーンエネルギー利用の側面からも社会還元へ展開する予定です。

6.参考文献

[1] J. L. C. Rowsell, A. R. Millward, K. S. Park and O. M. Yaghi, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 5666–5667.

7.論文情報

<タイトル>
Structural Analysis of and Selective CO2 Adsorption in Mixed-Ligand Hydroxamate-based Metal-organic Frameworks
<著者名>
Koh Sugamata, Chikaze Takagi, Awano Keiko, Teruyuki Iihama, and Mao Minoura
<誌名>
Dalton Transactions (Royal Society of Chemistry) 2020年
<DOI>

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