2020/05/22 (FRI)プレスリリース

偽造不可能なマイクロ光認証デバイスを開発
〜全てのピクセルに異なるスペクトル指紋を付与〜

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

国立大学法人筑波大学数理物質系 山本洋平教授、同大学院数理物質科学研究科 岡田大地(研究当時、現 国立研究開発法人理化学研究所研究員)らは、立教大学理学部 森本正和教授、同未来分子研究センター 入江正浩客員研究員・副センター長、国立研究開発法人物質・材料研究機構 長尾忠昭グループリーダー、三成剛生グループリーダー、石井智主幹研究員ら、ライプニッツ光技術研究所(ドイツ)との共同研究により、偽造不可能なマイクロ光認証デバイスを開発しました。

研究成果のポイント

1.光の照射により発光特性の切り替えが可能な分子を用い、2次元情報(QRコード)とスペクトル情報の2段階の認証による、実質的に偽造不可能な光認証デバイスを構築しました。

2.この分子で作製したマイクロ球体は、粒子ごとに固有の発光スペクトルを示し、また、紫外/可視光の照射により、発光のオン/オフを切り替えることができます。

3.この分子は、基板表面で容易に自己組織化してマイクロ球体を形成します。そのため、条件を最適化することで、様々な構造をもつアレイをつくることが可能です。
ジアリールエテン注1)は、紫外光/可視光照射により、発光のオン/オフを切り替えることができる物質です。今回、本研究グループは、このジアリールエテン分子の自己組織化注2)によりマイクロ球体光共振器注3)を作製し、球体内部への光閉じ込めによる 「ささやきの回廊 (Whispering Gallery Mode, WGM)共鳴発光注4)」のスイッチングを実現しました。この分子を用いて作製したマイクロ半球体アレイ注5)は、紫外光/可視光照射による書き込み(発光オン)/消去(発光オフ)のメモリー機能を持ち、さらに、各ピクセル注6)がWGMによる固有のスペクトル(スペクトル指紋)を示します。これらの特徴から、本デバイスは各ピクセルが (1)マイクロサイズの2次元情報(QRコード注7))による認証、(2)スペクトルによる認証、の2段階認証を行うことができ、偽造や複製が実質的に不可能な光認証デバイスとして機能することを実証しました。このような発光ピクセルを高密度に集積することで、書き込み可能な光メモリーとしての応用が期待できます。

図1 「Materials Horizons」誌の裏表紙絵として採択。

本研究成果は、2020年5月6日付「Materials Horizonsb」誌(英国王立化学会)にてオンライン先行公開されました。また、掲載号の裏表紙絵に採択されました(図1)。

※本研究は、文部科学省科研費補助金 新学術領域研究 π造形科学「様々な励起プロセスを介したπ電子球体への発光閉じ込めと共鳴発光の変調」、基盤研究A「光機能性ポリマー球体の高次連結による光学メタマテリアルの開発」、2国間共同研究、基盤研究S、若手研究A、特別研究員奨励費、JST-CREST、NEDO、筑波大学プレ戦略イニシアティブ「光と物質・生命科学のアンサンブルによる新現象の発掘と解明」、TIAかけはし「最先端光材料・光テクノロジー国際研究拠点形成に向けたTIA連携」、旭硝子財団研究助成(若手グラント)、小笠原科学技術振興財団研究助成などにより実施されました。

研究の背景

世の中に、同じ指紋をもつ人は一人もいません。指紋認証による本人確認はこの基本原理の上に成り立っており、本人かどうかを識別するためのツールとしてよく用いられます。一方、ICカードなどの機器を安全に利用するためには、偽造したり複製したりすることが困難な認証方法が求められます。現在普及している簡便な認証方法としては、バーコードやQRコードのように、0/1(ゼロイチ)の情報のパターンを読み取るものがほとんどです。もし、それぞれの0/1情報の中にさらなる情報を埋め込むことができれば、偽造や複製が困難で、より安全性の高い認証デバイスが構築できます。実際、今日の半導体チップ市場においては、チップが実際にその工場で製造されたものかどうかを判定するために、チップ上の各トランジスタの性能のばらつきをあらかじめ記録しておく、物理複製困難関数(Physical Unclonable Function, PUF)注8)という手法が用いられています。

研究内容と成果

図2. (A) 閉環型DAE(左)および開環型DAE(右)の分子構造。(B) 閉環および開環状態のDAEマイクロ球体の蛍光顕微鏡写真。励起光:400–440 nm。(C) 閉環および開環状態のDAEマイクロ球体1粒子からの発光スペクトル。励起光:470 nm(ピコ秒レーザー)。

今回、本研究グループは、光共振器の中でも複雑なスペクトルパターンを示す「ささやきの回廊(Whispering Gallery Mode, WGM)共鳴発光」に着目しました[1]。WGMは光が円形の共振器中に閉じ込められて周回するモードであり、そのスペクトル波形は、共振器のサイズや形状、材質により敏感に変化します。本研究では、共振器の材料として、発光特性がスイッチ可能な酸化型ジアリールエテン(DAE、図2A)を用いました[2]。DAEは、開環状態ではほとんど発光しませんが、紫外線を照射すると閉環状態へと化学構造が変化し、黄色の発光を示します。これに可視光を照射すると、開環状態に戻って発光が消えるため、発光オン/オフのスイッチを繰り返すことができます。

DAE分子を溶液中で自己組織化させたところ、粒径が数マイクロメートルの球体を形成しました。この閉環状態のDAEからなるマイクロ球体を光励起すると黄色の発光が観測されました(図2B、左)。続いて、可視光を照射し、開環状態へ変化させると発光は観測されなくなり(図2B、右)、紫外光/可視光の照射による発光状態のスイッチが可能であることが確認されました。さらに、マイクロ球体1粒子のみを光励起した時の発光スペクトルを観測すると、この粒子は明確なWGMパターンを示し(図2C、左)、実際に光が球体内部に閉じ込められて、WGMが発生していることが明らかになりました。この粒子に可視光を照射し続けると、WGM発光はほぼ消失し、粒子ごとに発光/消光のスイッチができます(図2C、右)。

図3 (A, B) 基板表面での自己組織化による扁平楕円体の形成の模式図と電子顕微鏡写真。(C) 扁平楕円体1粒子からの発光スペクトル。

DAE分子の溶液を基板上に滴下し、ゆっくりと溶媒を蒸発させることでも、マイクロ球体が形成されましたが、この球体を注意深く観察すると、垂直方向に歪んでいることが明らかになりました(図3A)。得られた扁平楕円体に対して光照射を行い、発光スペクトルを測定すると、さらに複雑に分裂したWGMパターンが観測されました(図3B)。これは、形状の対称性が低下したことによりWGMの各モードが分裂したためと考えられます。また、得られた構造体からのWGMパターンは一つとして同じものがないことから、このパターンが個々の球体の「指紋」としての機能をもつことが示されました。

図4 (A) 親水疎水パターンを施した基板表面へのDAEのアセトン溶液の滴下、乾燥、および溶媒蒸気アニールによるマイクロディスクアレイ形成プロセスの模式図。(B) 表面自己組織化における溶媒蒸気アニール時間依存性の電子顕微鏡写真。(C–G) 開環状態DAEマイクロディスクアレイ(C)に、紫外光を1秒および30秒照射(D, E)、可視光を60分照射 (F)、および紫外光30秒照射後(F)の蛍光顕微鏡写真。(H–L) 開環状態DAEマイクロディスクアレイに対し、特定のピクセルに紫外光/可視光を照射し、書き込み/消去を行ったマイクロディスクアレイの蛍光顕微鏡写真。

上述の表面自己組織化の手法は、簡便かつ便利です。基板表面にあらかじめ親水疎水のマイクロパターンを形成し、その上にDAE溶液を滴下して薄膜を形成し、溶媒蒸気アニール処理注9)を行うと、約5ミクロン周期でDAEのマイクロディスクアレイ注10)が自発的に形成されました(図4A, B)。この開環状態のDAEマイクロディスクアレイに紫外線を照射することで、アレイ全体(図4C–E)、および局所的(図4H–J)に発光状態に変化させることが可能です。この発光/消光のスイッチを利用し、マイクロスケールの蛍光ピクセルの描画に成功しました(図4F, G, K, L)。

図5 (A) 親水疎水パターンを施した基板表面へのDAEのトルエン溶液の滴下、乾燥、および水/アセトン混合溶媒への浸漬によるマイクロ半球体アレイ形成プロセスの模式図。(B) 表面自己組織化における水/アセトン混合比の違いに対する形成物の形状を示す電子顕微鏡写真。

さらに、自己組織化条件を最適化することで、半球状のマイクロ構造をもつアレイの形成が確認されました(図5)。

図6 (a) 開環型DAEからなるマイクロ半球体アレイに対し、フォトマスクを用いて描画(波長350–390 nm、3分間照射、面積:1.6 x 2.7 mm2)したアレイの蛍光顕微鏡写真。(B) モナリザの頬の部分の拡大画像(4 x 7ピクセル)。(C) それぞれのピクセルの蛍光スペクトル。

この半球体内部では光の閉じ込めが起こることから、各ピクセルはWGM共振器として機能しますが、それぞれに大きさや形状が微妙に異なるため、すべての共振器が異なるWGMパターンを示しました(図6)。

図7 (A, C) 同じフォトマスクを用いて描画した絵。(B, D) 指先部分のそれぞれのピクセルの蛍光スペクトル。

つまり、構造のばらつきによる光共振器特性の違いをPUFとして利用できます。例えば、開環状態のDAE半球体アレイに対し、フォトマスクを用いて紫外線を特定の部位に照射しマイクロメートル分解能の絵を描画すると、一見同じに見える絵画であっても、スペクトルパターンの違いにより個々の絵を識別することが可能になります(図7)。すなわち、スペクトルパターンも含め、全く同じものを複製することは事実上、不可能となります。

今後の展開

図8 各自己組織化手法により形成する分子集合体の形状、電子顕微鏡写真、および高さ/直径比。

本研究では、光共振器にPUFを適用することにより、新しい光認証デバイスを提案しました。この手法を応用して、(1)2次元の発光ON/OFFパターンの識別(マイクロQRコード)、(2)各ピクセルのWGM指紋パターンの識別(スペクトル)、の2ステップの認証を行うことで、偽造・複製が実質的に不可能な光認証デバイスを構築することができます。また、データ(発光状態)の消去には長時間の光照射が必要なため、一度書き込むことで長期間データを保持できる光書き込みメモリーとしての応用も期待できます。今回開発した自己組織化手法は、様々な構造体のアレイを作製可能であることから、基板表面への光集積回路形成のための将来の基幹技術にもなると考えられます(図8)。

用語解説

注1):ジアリールエテン
2つの芳香族有機基がエテン(エチレン)の 1, 2 位にそれぞれ結合した化合物を示す呼称。1988年に九州大学(当時)の入江正浩らによってはじめて合成・報告された。構造を適切に修飾することで、開環・閉環構造での色や、変化に必要な光の波長を変化させることができる。結晶状態でも可逆的にフォトクロミック現象を示すため、光によって可逆的読み書きする大容量メディアなどへの応用が考えられている。

注2):自己組織化
分子などが自発的に集合化して構造形成するプロセス。

注3):マイクロ球体光共振器
マイクロメートルスケールの球状構造体の内部に光を閉じ込める共振器。共振器とは、特定の波長の光のみが定在波を形成して増強するような容器。

注4):ささやきの回廊 (Whispering Gallery Mode, WGM)共鳴発光
「ささやきの回廊」とは、ロンドンのセントポール大聖堂にある円形の廊下で、ここでは、ドームの内側でのささやき声が壁に沿って伝播する際に、複数の反射経路の音波が重なって増幅されるために、反対側にいる人にもはっきりと聞こえるという現象が生じる。この現象における音波を光に置き換えたものをWGM共鳴発光という。音波に比べ光の波長はずっと短いため、光はマイクロメートルサイズの球体やディスク内部で全反射して伝播し、1周周回して位相が一致する波長で光の共鳴が起こり、強度が増大する。

注5):アレイ
「整列」「配列」を表す。本論文では、マイクロメートルスケールの構造体が基板表面に配列した構造を指す。

注6):ピクセル
デジタル画像の最小単位。 デジタル画像を限界まで拡大すると、1つ1つの点で構成され、このドットに色情報を追加したもの。

注7):QRコード
自動車部品メーカーである株式会社デンソーの開発部門(当時)が発明した、マトリックス型二次元コード。QRはQuick Responseの頭文字。

注8):物理複製困難関数(Physical Unclonable Function, PUF)
複製困難な物理的特徴を利用してデバイスに固有の値を出力する関数。PUFとして、トランジスタの性能ばらつきの他に、紙の繊維構造や、不純物を含む光透過性デバイスを通過するレーザー光の拡散パターン、微粒子を散乱させた誘電体の静電容量変化等がある。

注9):溶媒蒸気アニール処理
試料を溶媒の蒸気中に晒すことで、分子の集積構造や集合構造の自発的変化を促進する処理。

注10):マイクロディスクアレイ
マイクロメートルスケールのディスク(円盤状構造体)が基板表面に配列したもの。

参考文献

[1] Y. Yamamoto, “Spherical resonators from π-conjugated polymers” Polym. J. 2016, 48, 1045–1050.
[2] M. Irie and M. Morimoto, “Photoswitchable Turn-on Mode Fluorescent Diarylethenes: Strategies for Controlling the Switching Response” Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 237–250.

掲載論文

【題 名】Optical microresonator arrays of fluorescence-switchable diarylethenes with unreplicable spectral fingerprints
(発光スイッチが可能なジアリールエテンによる複製不可能なスペクトル指紋をもつ光共振器アレイ)
【著者名】Daichi Okada, Zhan-Hong Lin, Jer-Shing Huang, Osamu Oki, Masakazu Morimoto, Xuying Liu, Takeo Minari, Satoshi Ishii, Tadaaki Nagao, Masahiro Irie, Yohei Yamamoto
【掲載誌】Materials Horizons (DOI: 10.1039/D0MH00566E)