OBJECTIVE.
国立大学法人筑波大学数理物質系 山本洋平教授、同大学院数理物質科学研究科 岡田大地(研究当時、現 国立研究開発法人理化学研究所研究員)らは、立教大学理学部 森本正和教授、同未来分子研究センター 入江正浩客員研究員・副センター長、国立研究開発法人物質・材料研究機構 長尾忠昭グループリーダー、三成剛生グループリーダー、石井智主幹研究員ら、ライプニッツ光技術研究所(ドイツ)との共同研究により、偽造不可能なマイクロ光認証デバイスを開発しました。
研究成果のポイント
2.この分子で作製したマイクロ球体は、粒子ごとに固有の発光スペクトルを示し、また、紫外/可視光の照射により、発光のオン/オフを切り替えることができます。
3.この分子は、基板表面で容易に自己組織化してマイクロ球体を形成します。そのため、条件を最適化することで、様々な構造をもつアレイをつくることが可能です。

図1 「Materials Horizons」誌の裏表紙絵として採択。
研究の背景
研究内容と成果

図2. (A) 閉環型DAE(左)および開環型DAE(右)の分子構造。(B) 閉環および開環状態のDAEマイクロ球体の蛍光顕微鏡写真。励起光:400–440 nm。(C) 閉環および開環状態のDAEマイクロ球体1粒子からの発光スペクトル。励起光:470 nm(ピコ秒レーザー)。
DAE分子を溶液中で自己組織化させたところ、粒径が数マイクロメートルの球体を形成しました。この閉環状態のDAEからなるマイクロ球体を光励起すると黄色の発光が観測されました(図2B、左)。続いて、可視光を照射し、開環状態へ変化させると発光は観測されなくなり(図2B、右)、紫外光/可視光の照射による発光状態のスイッチが可能であることが確認されました。さらに、マイクロ球体1粒子のみを光励起した時の発光スペクトルを観測すると、この粒子は明確なWGMパターンを示し(図2C、左)、実際に光が球体内部に閉じ込められて、WGMが発生していることが明らかになりました。この粒子に可視光を照射し続けると、WGM発光はほぼ消失し、粒子ごとに発光/消光のスイッチができます(図2C、右)。

図3 (A, B) 基板表面での自己組織化による扁平楕円体の形成の模式図と電子顕微鏡写真。(C) 扁平楕円体1粒子からの発光スペクトル。

図4 (A) 親水疎水パターンを施した基板表面へのDAEのアセトン溶液の滴下、乾燥、および溶媒蒸気アニールによるマイクロディスクアレイ形成プロセスの模式図。(B) 表面自己組織化における溶媒蒸気アニール時間依存性の電子顕微鏡写真。(C–G) 開環状態DAEマイクロディスクアレイ(C)に、紫外光を1秒および30秒照射(D, E)、可視光を60分照射 (F)、および紫外光30秒照射後(F)の蛍光顕微鏡写真。(H–L) 開環状態DAEマイクロディスクアレイに対し、特定のピクセルに紫外光/可視光を照射し、書き込み/消去を行ったマイクロディスクアレイの蛍光顕微鏡写真。

図5 (A) 親水疎水パターンを施した基板表面へのDAEのトルエン溶液の滴下、乾燥、および水/アセトン混合溶媒への浸漬によるマイクロ半球体アレイ形成プロセスの模式図。(B) 表面自己組織化における水/アセトン混合比の違いに対する形成物の形状を示す電子顕微鏡写真。

図6 (a) 開環型DAEからなるマイクロ半球体アレイに対し、フォトマスクを用いて描画(波長350–390 nm、3分間照射、面積:1.6 x 2.7 mm2)したアレイの蛍光顕微鏡写真。(B) モナリザの頬の部分の拡大画像(4 x 7ピクセル)。(C) それぞれのピクセルの蛍光スペクトル。

図7 (A, C) 同じフォトマスクを用いて描画した絵。(B, D) 指先部分のそれぞれのピクセルの蛍光スペクトル。
今後の展開

図8 各自己組織化手法により形成する分子集合体の形状、電子顕微鏡写真、および高さ/直径比。
用語解説
2つの芳香族有機基がエテン(エチレン)の 1, 2 位にそれぞれ結合した化合物を示す呼称。1988年に九州大学(当時)の入江正浩らによってはじめて合成・報告された。構造を適切に修飾することで、開環・閉環構造での色や、変化に必要な光の波長を変化させることができる。結晶状態でも可逆的にフォトクロミック現象を示すため、光によって可逆的読み書きする大容量メディアなどへの応用が考えられている。
注2):自己組織化
分子などが自発的に集合化して構造形成するプロセス。
注3):マイクロ球体光共振器
マイクロメートルスケールの球状構造体の内部に光を閉じ込める共振器。共振器とは、特定の波長の光のみが定在波を形成して増強するような容器。
注4):ささやきの回廊 (Whispering Gallery Mode, WGM)共鳴発光
「ささやきの回廊」とは、ロンドンのセントポール大聖堂にある円形の廊下で、ここでは、ドームの内側でのささやき声が壁に沿って伝播する際に、複数の反射経路の音波が重なって増幅されるために、反対側にいる人にもはっきりと聞こえるという現象が生じる。この現象における音波を光に置き換えたものをWGM共鳴発光という。音波に比べ光の波長はずっと短いため、光はマイクロメートルサイズの球体やディスク内部で全反射して伝播し、1周周回して位相が一致する波長で光の共鳴が起こり、強度が増大する。
注5):アレイ
「整列」「配列」を表す。本論文では、マイクロメートルスケールの構造体が基板表面に配列した構造を指す。
注6):ピクセル
デジタル画像の最小単位。 デジタル画像を限界まで拡大すると、1つ1つの点で構成され、このドットに色情報を追加したもの。
注7):QRコード
自動車部品メーカーである株式会社デンソーの開発部門(当時)が発明した、マトリックス型二次元コード。QRはQuick Responseの頭文字。
注8):物理複製困難関数(Physical Unclonable Function, PUF)
複製困難な物理的特徴を利用してデバイスに固有の値を出力する関数。PUFとして、トランジスタの性能ばらつきの他に、紙の繊維構造や、不純物を含む光透過性デバイスを通過するレーザー光の拡散パターン、微粒子を散乱させた誘電体の静電容量変化等がある。
注9):溶媒蒸気アニール処理
試料を溶媒の蒸気中に晒すことで、分子の集積構造や集合構造の自発的変化を促進する処理。
注10):マイクロディスクアレイ
マイクロメートルスケールのディスク(円盤状構造体)が基板表面に配列したもの。
参考文献
[2] M. Irie and M. Morimoto, “Photoswitchable Turn-on Mode Fluorescent Diarylethenes: Strategies for Controlling the Switching Response” Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 237–250.
掲載論文
(発光スイッチが可能なジアリールエテンによる複製不可能なスペクトル指紋をもつ光共振器アレイ)
【著者名】Daichi Okada, Zhan-Hong Lin, Jer-Shing Huang, Osamu Oki, Masakazu Morimoto, Xuying Liu, Takeo Minari, Satoshi Ishii, Tadaaki Nagao, Masahiro Irie, Yohei Yamamoto
【掲載誌】Materials Horizons (DOI: 10.1039/D0MH00566E)