2019/06/14 (FRI)プレスリリース

ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒を用いてπ電子系の活性化に成功 —医薬などの創製に有用なインドール誘導体の新規合成法—

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

千葉大学大学院理学研究院化学研究部門 荒井孝義教授(ソフト分子活性化研究センター長、千葉ヨウ素資源イノベーションセンター長)と鍬野哲特任助教(分子キラリティー研究センター)は、「ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒のπ電子系化合物活性化機能の開拓」に成功しました(図1)。本研究は、立教大学理学部化学科山中正浩教授との共同研究の成果です。

研究概要

図1:ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒によるπ電子系化合物の活性化を基盤とする インドール誘導体の合成

研究の背景と目的

分子認識の基本的な相互作用である水素結合は、生体内をはじめとして普遍的に存在しています。この水素結合は反応基質の活性化にも幅広く用いられていますが、高度な触媒化学を制御するに足る十分な官能基選択性を有しているとは言えません。現代の精密化学の推進では、特異的な活性化を達成するために、新奇な活性化様式の導入が求められています。 「ハロゲン結合」は、ソフト性の高い化学種(官能基)を選択的に活性化できると期待できるため、機能性分子を創製するための新たな相互作用として注目を集めています。これまでに、結晶工学や生化学、溶液化学などの分野において、ハロゲン結合供与型ヨウ素化合物がπ電子系化合物と結合形成することが知られています。しかしながら、ヨウ素化合物-π電子間のハロゲン結合(C−I···π型ハロゲン結合)が触媒化学へ活用された例はなく、機能性分子創製への応用可能性は未開拓でありました。 本研究では、ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒によるπ電子系化合物の活性化機能の開拓、及び有用化合物の合成を目指しました。

研究成果

図2:ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒を用いる[4+2]環化付加反応

➀ 2-アルケニルインドールに対し、ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒を作用させ、クロロホルム中室温で攪拌したところ、二量化反応の進行した目的物が高い収率で得られることを見出しました (図2)。更に、2-ビニルインドールと2-スチリルインドールを組み合わせることで、交差型[4+2]環化付加反応が進行し、目的物が高収率で得られました。実験化学と計算化学を用いた反応機構解析により、本環化付加反応はヨウ素化合物とインドール上のπ電子とのハロゲン結合形成を駆動力に進行していることが明らかになりました。

図3:ヨウ素触媒とBrønsted 酸触媒の比較

② Brønsted酸触媒であるトリフルオロ酢酸を交差型[4+2]環化付加反応に適用したところ、目的物Aではなく非環化体Bが優先して生じました (図3)。本結果は、ハロゲン結合供与型ヨウ素触媒が、既存の酸触媒の相補的なツールになることを示しています。

図4:C−I···π型ハロゲン結合を介する遷移状態解析

③ 計算化学を用いる遷移状態解析を行った結果、ヨウ素触媒はインドール3位上のπ電子とハロゲン結合を介して会合し、遷移状態の安定化に寄与していることが明らかとなりました(図4)。主要なジアステレオマーを与える遷移状態では、インドールのNHプロトンとベンゼン環上のπ電子との間のN−H···π相互作用の存在も示唆されました。

独創性・先駆性

C−I···π型ハロゲン結合の有機合成化学への応用例はなく、未開拓な研究分野になります。本研究は、C−I···π型ハロゲン結合を触媒化学へ適用した世界初の例であり、千葉大学から世界に先駆けて発信する研究成果となりました。

社会貢献性・波及効果

C−I···π型ハロゲン結合を活用する新たな反応の開発が達成されれば、今後、多様なπ電子含有化合物の合成が可能になり、学術的に大きな進展となります。溶液中におけるハロゲン結合を自在に制御できるようになれば、ハロゲン結合を有する医薬やセンサーなど、新規機能性分子の創製にも繋がると期待できます。本研究は、千葉大学が誇る触媒化学を統合して設立されたソフト分子活性化研究センターにおいて、ハロゲン系とπ電子系を融合する重要な成果であるとともに、千葉ヨウ素資源イノベーションセンターが目指すヨウ素の高機能化』の成果であります。

本研究成果は、化学のトップジャーナルであるAngew. Chem. Int. Ed.誌に掲載されました。
Kuwano, S.; Suzuki, T.; Yamanaka, M.; Tsutsumi, R.; Arai, T. Angew. Chem. Int.Ed., [10.1002/ange.201904689].

本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B) JP19H02709、若手研究 19K15553、新学術領域研究 JP16H01004 及び JP18H04237 (精密制御反応場)、JP18H04660(ハイブリッド触媒)、双葉電子記念財団研究助成の支援により実施されました。

用語などの説明

ハロゲン結合:
「ハロゲン結合」は、明確な方向性をもつ新たな相互作用として触媒化学や機能性分子創製への応用が注目を集めています。しかしながら、「ハロゲン結合」は、分子骨格のR-X 結合の裏側に存在する正電荷によって形成されるため、立体選択性など高度な構造認識を達成することは困難でありました。
π電子系化合物:
アルケン、アルキン、芳香族化合物では分子骨格を形成するσ結合の他に、π電子を用いて不飽和結合(π結合ともいう)を形成しています。π結合はσ結合に比べてエネルギーが高く、分子のもつ性質(物性)を決定づけています。基質の反応性を理解するためには、π電子の正確な理解が不可欠です。最近では、多数のπ電子が連結した(共役した)分子の機能が注目されています。
インドール:
インドールは右に示す構造を持ち、生物活性を有する天然物に多く見いだされます。新しい医薬を開発するために、インドール骨格を含有する分子の新規合成法の開発は重要です。
環化付加反応:あるπ電子系に対して別のπ電子系が(付加)反応を起こして環を形成する化学反応を環化付加反応といいます。反応に関与する分子の骨格原子の数によって分類され、Diels-Alder 反応として有名な右に示す例では、骨格原子の数はブタジエンが4、エチレンが2 であるため、[4+2]環化付加反応と表記されます。
ソフト分子活性化研究センター
触媒化学、分析化学及びマテリアルサイエンスを融合することで分子認識と活性化の新概念を樹立し、国際的な高機能性ソフト分子創生研究拠点を構築すべく、平成30年4月1日に千葉大学全学センターとして設置されました(センター長:荒井 孝義)。
千葉ヨウ素資源イノベーションセンター
千葉が生産するヨウ素の高機能化を目指し、平成28年度文部科学省地域科学技術実証拠点整備事業に採択されました。600MHz NMR や XPS など最先端分析機器を整備し、産学官共同研究を推進する拠点として、平成30年春に西千葉キャンパスに竣工しました(センター長:荒井 孝義)。

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