OBJECTIVE.
理化学研究所の藤原崇之博士研究員(現・国立遺伝学研究所 学振特別研究員、立教大学大学院理学研究科生命理学専攻博士後期課程修了)と理化学研究所の平野達也主任研究員らは、立教大学の黒岩常祥特定課題研究員、東京工業大学の田中寛教授らと共同研究を行い、生物の基本となる細胞の染色体の分配の基本機構を解明し、本年8月に研究成果を米国細胞生物学会(The American Society for Cell Biology)の機関誌『MOLECULAR BIOLOGY OF THE CELL』に発表。新たな遺伝子破壊法によって染色体の動原体の分配が停止した写真が、同誌の表紙を飾りました。
従来、染色体の複製や分配の機構の研究には、高等動物や真菌類、細菌が用いられてきました。細胞核内に存在し遺伝子DNAを担う染色体は、分裂中期になると棒状の染色体の形に凝縮し、やがてXの形となり、微小管により娘細胞に均等に分配されます。ヒトでは分裂中期には46本が観察されています。
平野研究員らは、これまでヒトやカエルを用いた実験系により、この染色体の凝縮と分配にはコンデンシンタンパク質が必須であること、またコンデンシンにはIとIIがあることを発見していました。しかし、それらの機能的な差異とその進化的側面は必ずしも明らかではありませんでした。
始原的な紅藻のシゾン (Cyanidioschyzon merolae)は20本の染色体をもっていますが、分裂中期には個々の染色体が凝縮されません。そこで、藤原、平野両研究員らはこのシゾンを用いることによりコンデンシンの本質的な機能と原理の解明が可能であると考え、研究を進めてきました。
その結果、シゾンは高等動植物と同じようにコンデンシンIとIIを持つ最も単純な真核生物であり、コンデンシンIIは微小管の構築が阻害されたときに、染色体の動原体の分離・分配に重要な役割をもつことが明らかとなりました。この発見は真核生物における染色体構造の進化とコンデンシンの関連を考える上で重要であり、さらに今後医療などへの応用が期待されます。
また、細菌でも染色体の分離に関わるコンデンシン様のタンパク質が発見されていますが、原始的な細菌のような生物の染色体の分配から真核細胞に至る、生物界を貫く染色体の機能進化の過程の理解に役立つことも期待されます。さらに、この研究で開発された遺伝子破壊技術はシゾンの分子生物学的手法の新たな展開を示すものであり、この成果はオープンアクセスジャーナル『PLoS ONE』に掲載されました。
黒岩研究員は、「シゾンが、これまで多くの研究によって明らかにされてきた、細菌の染色体とヒトの染色体の複製分配機構の解明にかかわる両成果を結びつける掛け橋となり、生物のゲノムの複製分配におけるコンデンシンの意義を強固にした点で意味が大きい」と述べています。