2013/06/14 (FRI)プレスリリース

真核細胞誕生の謎を解く理学部の井元祐太研究員と黒岩常祥研究員らの研究チームがDNAを含まない単膜系の細胞小器官に分裂リング(c-Pod)を発見~ペルオキシソームに、ミトコンドリア、葉緑体に続く、第三の分裂装置~

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

ペルオキシソーム(マイクロボディ)は脂質代謝(脂肪・油脂、ステロイド等)と有害な活性酸素除去を行い、すべての生物(細胞)の生存に必須なDNAを含まない単膜系の細胞小器官です。ヒトの場合、その形成や増殖に異常があると、脂肪代謝障害などの先天性代謝異常や神経疾患を引き起こします。しかしペルオキシソームの発見以来、半世紀の間、その誕生や増殖のしくみは未解決の問題でした。

立教大学理学部井元祐太特別研究員 (東京大学JSPS特別研究員・新領域創成科学研究科)と黒岩常祥特定課題研究員らのチーム (黒岩晴子博士、大沼みお博士) は、原始紅藻シゾンを使い、そのポストゲノム情報を駆使して、ペルオキシソームの分裂に必須な分裂装置(リング)を世界で初めて発見・単離に成功し、c-Pod (Cyanidioschyzon Peroxisome dividing)リングと命名しました。こうした知見は、ペルオキシソームの誕生や進化、分裂の分子機構の解明のみならず、医療などへの応用が期待されます。研究の成果は6月4日付の米国科学アカデミー紀要に掲載されました。また本内容の一部は既に朝日新聞をはじめ日本経済新聞など全国の40余りの新聞に掲載されています。

生命の基本単位である一つの細胞内には細胞核の他に、重要な細胞活動を担う、DNAを含む二重膜に包まれた2種の細胞小器官(ミトコンドリア、色素体[葉緑体、植物のみ])と、DNAを含まない単膜に包まれた4種の細胞小器官(ゴルジ体、小胞体、リソソーム、ペルオキシソーム)が含まれます。これらの細胞小器官は、約20億年前に真核細胞が誕生して以来今日まで、細胞分裂の際に娘細胞へと分配遺伝されてきたと考えられます。ミトコンドリアと葉緑体については、これまで同チームが分裂装置を発見し、その誕生や分裂増殖の基本機構を明らかにしてきました。しかし単膜系のDNAを含まない細胞小器官の発生や分裂・増殖の仕組みについては全く明らかでありませんでした。特にペルオキシソームは、生命活動に必須な栄養素である脂肪の代謝や有害な活性酸素の除去を行い、その増殖障害はペルオキシソーム病など重篤な病気と関係します。しかし、1950年代にペルオキシソームが発見されて以来、形成の仕組みは未解決でした。その理由は、ヒトの細胞などでは、1細胞当たり、数百から数千のペルオキシソームを含み、それらがランダムに増えるために細胞内での動態を完全には把握できないためと思われました。

本研究グループは、上記の問題を克服するため、細胞小器官がほとんど1個のシゾン(Cyanidioschyzon merolae)を使い、ゲノム科学的手法を駆使して (Nature 2004, PNAS 2003, 2007, 2009, Science 2006, 2010, Curr Biol. 2009, Plant J 2009, Plant Cell 2010, J Cell Sci.2013)、ペルオキシソームの分裂のしくみを解析しました。まず、シゾンに細胞の分裂を阻害する薬剤(オリザリン)を処理して、そこから分裂中のペルオキシソームを大量にしかも無傷に取り出すことに成功しました。この単離画分を高精度の質量分析装置MALDI-TOF MS AXIMAによって解析し、分裂期のペルオキシソームにのみ含まれる13種類のタンパク質を同定し、その中で最も多いものの一つとしてダイナミンDnm1を見出しました。

シゾンのダイナミンにはDnm1とDnm2があり、Dnm1はミトコンドリアの分裂装置に、Dnm2は葉緑体の分裂装置に使われることがこれまでに知られていましたが、ペルオキシソームに関しては明らかになっていませんでした。免疫蛍光顕微鏡法でダイナミンDnm1の動態を調べると、ダイナミンDnm1はミトコンドリアの分裂面に局在し分裂を遂行したのち、細胞質に移行してからペルオキシソームの分裂面へ集まり、リングを形成して分裂を遂行することが分かりました。単離したペルオキシソームの分裂面にはダイナミンDnm1が局在していました(図A)。そこで、これを免疫電子顕微鏡法で調べるとダイナミンDnm1を含むリング状の構造が現れました(図B)。発見当初はリングの主成分はダイナミンDnm1であると考えられたため、ダイナミンの活動に必要なGTPを添加しましたが、リングは収縮しませんでした。そこで免疫電子顕微鏡法で微細構造を観察したところ、リングはダイナミンDnm1を含む外側のDB (Dynamin-based)-リングと、内側のダイナミンを含まない幅5 nmのナノフィラメント束からなるF(Filamentous)-リング(図C)の2重の構造である超分子ナノ装置であることが明らかになりました。これをペルオキシソーム分裂装置、c-Pod (Cyanidioschyzon Peroxisome dividing)リングと命名しました。以上の結果から、ペルオキシソームはc-Pod リングの① DB-リングとF-リングによる収縮、とそれに続く②ダイナミンDnm1による膜の分断、という二段階の分子機構で分裂することが明らかになりました(図D)。

本論文の最後にはペルオキシソームとミトコンドリア、葉緑体の各分裂装置を比較した結果が述べられています。c-Podとミトコンドリア分裂装置がいくつか類似した構造を持ち、驚くべきことに2つの装置は同じダイナミンDnm1を使って分裂を遂行していました。こうした結果は、これまで同研究グループが提唱してきた、ペルオキシソームとミトコンドリアが共通の細胞内共生体から分裂によって分岐・進化した姉妹器官であるとの考えを支持しています。また、重要な酵素のいくつかはペルオキシソームとミトコンドリアに共通に存在することからも、我々の細胞の祖先は、20億年前に分裂装置を獲得し、エネルギー生産 (糖代謝と脂質代謝)を2つの姉妹器官に分担させて効率よくエネルギーを生産できるように適応進化したと考えられます。これまではDNAを含む複膜系細胞小器官であるミトコンドリアと葉緑体の起源と進化について研究が進められておりましたが、初めてDNAを含まない単膜系細胞小器官の誕生の謎に迫る具体的な証拠が明らかになってきました。よって今後、このような視点から真核細胞の誕生と進化のしくみが解明されることが期待されます。

さらに今回発見されたc-Podリングに含まれていた、いくつかのタンパク質の高等動物における欠損は、ペルオキシソームの分裂障害や、致死性の脳の神経障害、アルツハイマー病等の重篤な疾患を引き起こす原因になることが知られているため、医療への応用が期待されます。また、ペルオキシソームは油脂やコレステロール等の代謝にも重要な役割を担うため、有用物質生産への応用にも大きく貢献すると思われます。

論文情報
Journal: Proc Natl Acad Sci USA 110 (23), 9583-9588 (2013)
Authors: Yuuta Imoto, Haruko Kuroiwa, Yamato Yoshida, Mio Ohnuma, Takayuki Fujiwara, Masaki Yoshida, Keiji Nishida, Fumi Yagisawa, Shunsuke Hirooka, Shin-ya Miyagishima, Osami Misumi, Shigeyuki Kawano and Tsuneyoshi Kuroiwa.
Title: Single-membrane-bounded peroxisome division revealed by isolation of dynamin-based machinery.

※本成果の一部はJSTによる支援によってなされました。

A. 単離したペルオキシソームの分裂面に局在するダイナミンDnm1 (黄緑) 、カタラーゼ (赤)
B. c-Pod リングの免疫電子顕微鏡写真。ダイナミンDnm1 (15 nmの金粒子)、カタラーゼ (10 nm の金粒子)。
C. 純化したc-Pod リングの電子顕微鏡写真。
D. c-Podリングによるペルオキシソーム分裂の仕組みのモデル。C-Podリングは内(ナノフィラメントの束のリング)と外(ダイナミンを含むリング)の二重リングから構成されている。この分解と収縮によりペルオキシソームは分裂する。

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