2013/05/10 (FRI)プレスリリース

黒岩常祥研究員らの研究チームが細胞分裂の基本的なしくみの解明

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

すべての生物は細胞からなり、細胞分裂によって増える。その異常は癌などさまざまな疾病の原因となる。細胞は細胞核を中心とする細胞小器官から構成される”社会“です。これまで細胞分裂のしくみは細胞核に注目して研究されてきましたが、全細胞小器官の増殖・遺伝の観点から解き明かす研究はほとんどありませんでした。立教大学大学院理学研究科の吉田大和博士研究員(現ミシガン州立大ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム博士研究員)と黒岩常祥特定課題研究員らのチーム(黒岩晴子博士、大沼みお博士、井元祐太東京大学JSPS特別研究員)は、東京理科大学(松永幸大准教授ら)などと共同研究を行い、ゲノム科学的手法を駆使して、細胞核を含む全細胞小器官の増殖・遺伝を統御する新たなタンパク質を発見し、TOP(Three Organelle-Divisions Inducing Protein) と命名しました。TOPは細胞分裂と共に真核細胞誕生の鍵を握る分子と推定されます。研究の成果は英国科学誌『ジャーナル・オブ・セル・サイエンス』(Journal Of Cell Science)の4月電子版に発表されましたので、ここにお知らせします。

ヒトは、1個の受精卵が分裂を繰り返し形成された、約60兆個の細胞から構成されています。一般的に、細胞は核分裂後の細胞質分裂によって増えると考えられています。しかしながら一つの細胞内には、2重膜に包まれた、細胞核、ミトコンドリア、植物であれば光合成をおこなう葉緑体(色素体)の3種の細胞小器官があり、さらに細胞活動に必須な単膜に包まれた4種の細胞小器官、すなわち小胞体、ゴルジ体、リソソームそしてペルオキシソームなどの基本的な細胞小器官が多数含まれています。これらの細胞小器官のどれ一つが欠けても生命の維持はできません。また部分的な増殖異常は癌など疾患を起こし、ミトコンドリアやペルオキシソームの異常も糖尿病など病気の原因となります。小胞体や葉緑体は、生活に必須な「油」や「デンプン」を合成する中心的な細胞内工場です。

細胞分裂の基本的なしくみの解明には、これら複膜系3種の細胞小器官と4種の単膜系細胞小器官の、計7種の細胞小器官の増殖と娘細胞への遺伝のしくみの理解が必須です。しかしこれまで、細胞分裂に伴うこれらの細胞小器官の増殖と遺伝に関する研究はほとんどなされていませんでした。その理由は、ヒトなど高等動物や植物では細胞内に含まれる細胞小器官の数が、核以外は数百から数千個あり、それらが細胞周期の間にランダムに増えるからです。この問題を克服するため、研究チームは原始環境(高温酸性温泉)に棲息する単細胞の原始紅藻シゾン(Cyanidioschyzon merolae)を使いました。シゾンは500分の1mmと小さい真核生物ですが、ヒトなどの細胞が含む全ての細胞小器官を最少セット含み、その数はほとんど1個です。シゾンの細胞分裂では、これら細胞小器官が順次分裂倍加し、それぞれ娘細胞へと分配遺伝されます。最近の研究により、細胞分裂に際して、細胞小器官は3つのグループに分かれて分裂することが分かりました。すなわち細胞核は小胞体とゴルジ体 [細胞核グループ]、ミトコンドリアはリソソームとペルオキシソーム(マイクロボディ)[ミトコンドリアグループ]を伴い、そして葉緑体は単独で、分裂・遺伝することが分かりました。

同チームは、これまで細胞と細胞小器官の分裂の研究のために必須な種々な技術を開発してきましたが、機器とともに、その技術を開発した研究者の協力が重要でした。先ずシゾンの細胞小器官の分裂の同調化、100%完全解読したゲノム情報(nature 2004, BMC Biol 2007、PNAS 2010)、 全遺伝子のトランスクリプトーム(DNAres 2009, Plant cell 2010, Science 2010)、質量分析装置(MALDI TOF-MS AXIMA)[以下MS]によるプロテオーム解析(Science 2006, PNAS 2007, 2008)と遺伝子の機能抑制(Protoplasma 2009, PNAS 2009)などゲノム科学的手法を駆使して解析しました。

ミトコンドリア-葉緑体グループの分裂後細胞核グループが分裂することから、全細胞小器官の分裂を誘導する因子は、ミトコンドリア(MD)-葉緑体分裂(PD)マシーンに存在すると考えられました。そこで、この極微のMD-PDマシーン複合体を細胞から取り出して、その構成全タンパク質をMS使ってプロテオーム解析をしました。その結果、分裂初期にのみ存在する21個のタンパク質の中に分裂に関わるTOPが見つかりました。TOPのアミノ酸配列を調べると、キネシンのモータードメインを一つもつKIFCに似た新しいタイプのタンパク質でした。これまでキネシンファミリーの多くはモータータンパク質として細胞小器官の細胞内輸送の研究で、研究が進んでいました。しかしミトコンドリアなどの細胞小器官の分裂に関わる報告はほとんどありませんでした。

TOPの細胞内での局在を免疫蛍光顕微鏡法や免疫電子顕微鏡法により調べると(図1:A)、その後、TOPは二つに分かれ、それぞれ細胞核の分裂マシーンの両極(紡錘体の中心体形成域)に移動しました(図1:B)。MD-PDマシーンの収縮にタンパク質のリン酸化が必要です。TOPはオーロラキナーゼの一種であるCmAURをMD-PDマシーンに誘導し、リン酸化を起こしていました。TOPの機能抑制をしたところ、ミトコンドリア、葉緑体、細胞核の分裂は阻害されていました。その結果単膜系の細胞小器官の分裂・遺伝も起こりませんでした。つまりTOPは核分裂の際にもオーロラキナーゼを誘導し、タンパク質をリン酸化し、他のタンパク質の助けをかりて核分裂を遂行したと考えられました。こうしてTOPはDNAを含む二重膜に包まれた3細胞小器官、単膜系の4細胞小器官の分裂・分配・遺伝を統御していることが分かりました(図1:C)。

従来細胞の分裂の研究は核分裂と伴う細胞質分裂のみが考えられてきました。しかしながら、本発見で、細胞分裂の際には、核を含む7種の基本的な細胞小器官も増え遺伝をすることが明らかとなりました。今後は細胞分裂の研究においては、これら細胞小器官の増殖・遺伝も考慮して研究を進める必要があります。TOPはヒトを含めたほとんど全ての生物に存在している普遍性のある遺伝子であることから、多くの生物でも同様な機構が働いていると考えられます。癌は組織における異常な細胞分裂が原因と考えられます。恐らくTOPのような遺伝子が活性化されることが原因だと思われます。今後は病気の原因究明には細胞小器官の増殖制御の視点からの研究が必要です。また現在同チームが取り組んでいる、食糧やバイオエネルギーの基となる「油」や「デンプン」の生産の向上にも、細胞小器官の小胞体や葉緑体の増殖が直接関係していることが分かってきました。細胞小器官の増殖のしくみの解明をふまえて、生産向上にむけた応用研究の展開が期待されます。

図1:TOPの全細胞小器官の分裂を制御するしくみ

A:TOPによるミトコンドリアと葉緑体の分裂制御の細胞モデル(左)、単離したミトコンドリアー葉緑体分裂マシーンのモデル(中)とその蛍光顕微鏡像(右)。TOPはミトコンドリア分裂マシーン上にある(緑)。N、細胞核;Mt、ミトコンドリア;MD、ミトコンドリア分裂マシーン;Cp、葉緑体;PD、葉緑体分裂マシーン。

B :TOPによる細胞核分裂の統御細胞モデル(左)とその蛍光顕微鏡像(右)。TOPは細胞核分裂マシーン(紡錘体)(赤)の両極に局在(緑)。

C:TOPによる細胞分裂の基本的な仕組みを示すモデル。TOPは3複膜系(Mitochondrion、Chloroplast、Cell nucleus)の増殖・遺伝の制御を通して4複膜系細胞小器官の増殖・遺伝を統御する。

本成果の一部は独立行政法人科学技術振興機構(JST)による支援によってなされました。

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