総長スピーチ集総長紹介

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2018年度

新入生の皆さんへ(2018年度入学式[経済学研究科経済学専攻社会人コース、ビジネスデザイン研究科および21世紀社会デザイン研究科])
立教大学総長 郭 洋春
2018年4月7日

立教大学大学院に入学の新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。立教大学は今年創立144年を迎えます。また池袋キャンパス100周年という記念すべき年でもあります。この記念すべき年に入学された皆さんを立教大学は心より歓迎いたします。

立教大学は、1874年にアメリカ聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教によって、東京築地の外国人居留地にわずか数人の生徒に聖書と英学を教える私塾として創設され、現在では学生数2万人、校友数20万人に上る大学へと発展しました。

立教大学の大学院の始まりは、1951年の文学研究科と経済学研究科の開設からです。世界的に見ても大学院の歴史は1876年にアメリカのジョンズ・ホプキンス大学に大学院が設置されたのが、世界でもっとも古いとされています。

日本では、1880年に東京大学で法学部・文学部・理学部に設置された「学士研究科」が大学院の起源とされ、第2次世界大戦後、新制大学になり大学院の設置が旧帝国大学以外でも可能になったことにより、多くの大学で大学院が設置されました。ですから1951年に立教大学が大学院を設置したのは、旧帝国大学以外ではかなり早い時期であったということができます。その後、1991年に文部科学省の大学審議会が、大学院の量的整備の緩和を答申し、それまでの研究者養成機関中心の大学院から、高度職業人を養成するための夜間大学院や専門職大学院などが加わり、今日に至っています。

現在日本には多くの大学に大学院が設置されていますが、その目的は種々様々です。学校教育法に定める大学院とは「学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめて、文化の進展に寄与することを目的とする。」としています(学校教育法第99条)。

また大学院の目的・役割は「あらゆる学問分野にわたり、基礎研究の推進を通じて学術研究の基礎を培うとともに、研究者の養成及び高度の専門的能力を有する人材の養成という役割を担うものであり、大学における教育研究の高度化はもとより、将来にわたって、我が国の学術研究水準の向上や社会・経済・文化の発展を図る上で、極めて重要な使命を担っている。」とされています(大学審議会)。ですから大学院に入学する皆さんは、ぜひこのことを理解したうえで、自らの知的好奇心を高め、社会に貢献する人間として専門的知識を修得してもらいたいと思います。

昨年日本政府は、人生100年時代構想を提唱し、人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための政策のグランドデザインに係る検討を行うため、「人生100年時代構想会議」を設置しました。その中間報告の冒頭で、「我が国の長寿社会はどこまで進んでいくのか。ある海外の研究を基にすれば、「日本では、2007年に生まれた子供の半数が107歳より長く生きる」と推計されており、我が国は健康寿命が世界一の長寿社会を迎えている。こうした人生100年時代においては、人々は、「教育・仕事・老後」という3ステージの単線型の人生ではなく、マルチステージの人生を送るようになる。また、長い人生を通して自分の家族を支えなければならないため共働き世帯が増えるなど、家族の在り方も変化していく。100年という長い期間をより充実したものとするためには、生涯にわたる学習が重要である。スポーツや文化芸術活動・地域コミュニティ活動などに積極的に関わることも、個人の人生や社会を豊かにする。
こうした「超長寿社会」を世界に先駆けて迎える日本において、単線型ではない、多様な「人生の再設計」をどう可能としていくか。教育や雇用制度、社会保障など、国の制度はどうあるべきなのか。これこそが、本構想会議が人生100年時代を見据えて考えなければならない大きなテーマである。」と日本社会の将来を展望しました。
 
経済学研究科経済学専攻社会人コースとビジネスデザイン研究科、21世紀社会デザイン研究科は、こうした日本政府によるグランドデザインを設計する遥か以前の2002年に、日本社会の将来を見通し、多様な生き方、働き方を自らデザインできるようにサポートすることを目的に設立されました。

小説家であり天台宗の尼僧である瀬戸内寂聴氏は、「生きるということは、死ぬ日まで自分の可能性をあきらめず、与えられた才能や日々の仕事に努力しつづけることです」と説いています。人間の能力の発現は何歳になっても可能であり、それを追求する姿勢さえあれば成長し続けることができるということです。自らの可能性を信じ努力し続ける姿勢こそ、立教大学で学ぶすべての学生に堅持してほしい姿勢です。それを体現し実行しているのが経済学研究科経済学専攻社会人コースとビジネスデザイン研究科、21世紀社会デザイン研究科だと言えるでしょう。まさに経済学研究科経済学専攻社会人コースとビジネスデザイン研究科、21世紀社会デザイン研究科こそ人生100年時代を見据え、社会的要求に応えられる研究科なのです。新入生の皆さんには、そのような自覚を持って学生生活を送ってほしいと思います。

立教大学は、グローバルな課題と社会的要請に対応し、幅広い視野に立って社会的課題を発見・解決できる能力を持った人材を育成することを教育の目的としています。特に大学院では、自ら課題を見出し、それを調査・分析することで、新たな知見を発見し、社会の発展に貢献できる人材の育成に重点を置いています。ですから皆さんには、単に自らの研究に没頭するだけではなく、社会発展に貢献できる研究とそれを担う人間になってもらいたいと思います。

現在グローバル化が進展し、多様性よりは画一化された価値観が跋扈する中、3研究科の教育理念は多様性そのものであり、それこそ社会に貢献しうる研究だと考えています。

特に経済学研究科経済学専攻社会人コースは「自立した研究者を育成し、高度・専門的なデータ分析に取り組む専門家を育成」するだけではなく、「税理士など高度の資格取得を目指す人」を養成し、ビジネスデザイン研究科は「ビジネスの専門知識の修得に止まらず、多様な専門知識を総合する創造的能力を養成することを重視して」おり、21世紀社会デザイン研究科は「21世紀の市民社会が直面する諸問題に現実的に取り組み、新しい市民的知の結集と協働のネットワークの力によって、“いかに対処すべきか”の具体的な方法論を系統的な理論と実践として探求する」ことを教育理念としています。
 
それぞれの研究科における教育理念は異なっても、立教大学が目指す教育理念に違いはありません。そのことを理解しながら、充実した大学院生活を送ってください。

最後になりますが、新入生の皆さん。改めてご入学おめでとうございます。
新入生の皆さんへ(2018年度入学式[学部・大学院])
立教大学総長 郭 洋春
2018年4月5日

新入生の皆さん

ご入学おめでとうございます。
今年立教大学は創立144周年を迎えます。また、池袋キャンパス100周年という記念すべき年に当たります。この記念すべき年に入学したすべての新入生の皆さんに心からお祝いの言葉を送ります。
また、小学校から今までお子さんの成長を見守り続けてこられた保護者の皆様にも、心よりお祝いの言葉を送ります。

立教大学の良さは温かさにあります。キャンパスに入った瞬間、教職員・友人と接した瞬間、卒業生などに出会った瞬間、一瞬にして家族の一員であるかのよう温かさを感じることでしょう。その誰をも包み込む温かさと包容力。これこそが立教大学の個性あふれる研究・教育を作っている礎なのです。その立教大学に本日新たな家族が増えたことは、私たちにとってこの上ない喜びであります。これは保護者の皆さんも同様です。今日から家族の一員として共に立教大学を発展させるためにご協力いただければ幸いです。

さて新入生の皆さんは、長きにわたる受験勉強から解放され、ほっとしていると同時に、大学・大学院という新生活に大いなる希望と期待を持っている人もいれば、不安がいっぱいの人もいるでしょう。またそれ以外の気持ちを持ちながら入学した人もいると思います。しかし、それらすべての気持ちを卒業する時には、立教大学に入学してよかったと思えるよう、私たち教職員一同皆さんの成長のお手伝いをするつもりです。

立教大学は、1874年にアメリカ聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教によって、東京築地の外国人居留地にわずか数人の生徒に聖書と英語及び英語圏諸国に関する学問である英学を教える私塾として創設され、現在では学生数2万人、校友数20万人に上る大学へと発展しました。

当時の日本は、1858年に日米通商修好条約を締結したものの、キリスト教の布教については、外国人居留地のみで信教の自由と礼拝の自由が認められていただけでした。その後1873年に太政官布告によってキリスト教禁止の高礼が廃止されると、翌年2月に東京築地に立教学校を開設したのです。設立当時は、校舎と言えるほどの建物もなく、校名さえもなかったそうで、単に「ボーイズスクール」と呼んでいたそうです。

教える科目としては聖書と英学だけと述べましたが、ウィリアムズ主教が目指したのは、当時の日本の教育が功利主義、実利主義的価値観に傾斜していくことに危機感を持ち、このような時代の流れとは一線を画した西洋の伝統的な教育であるリベラルアーツ教育でした。リベラルアーツとは、古代ギリシャに起源を持ち、「人を自由にする学問」を指し、日本では一般的には「教養」と訳されることが多いですが、より正確には「人間の思考の軸が根差す根本を養う教養」のことです。言い換えれば人間の価値観の根本を養うのに必要な知識のことです。

先ほど述べました功利主義、実利主義的価値観は、現在のグローバル化社会では、さらに世界中に広がっています。現在のグローバル化社会で起きている現象は、自らの利益のみを追求し、価値観は画一化され、他者に対する慈愛の気持ちが失われ、協調よりは対立が、他者との共存・共栄よりは排除の論理が横行する社会になりつつあります。その結果、格差や貧困、地球温暖化に代表される環境破壊、テロなど、様々な問題・対立を生むことになりました。

立教大学は、グローバルな課題と社会的要請に対応し、広い視野に立って課題を発見・解決できる能力を持ったグローバルな人材、すなわちグローバルリーダーを育成することを教育の目的としています。グローバルリーダーとは、たとえ環境が大きく変化しても、どこでも、誰とでも自らの力を発揮し、皆をまとめひっぱっていく人材のことであり、これこそ21世紀の社会が求める人材、言い換えれば真のエリートだと考えています。

皆さんは、エリートと聞くと、特殊な能力を持った一部の人・集団と思うかもしれませんが、真のエリートとは特定のコミュニティの中で、人がやらないことや嫌われることでも、他者のため社会のために献身的に行動する人・集団のことです。皆さんにはその能力があると私は信じています。

2カ月前に日本はもちろん、世界中が熱狂した平昌オリンピックが開催されたのは、皆さんの記憶にも新しいと思います。その平昌オリンピックでメダルを獲得した日本人選手16人の平均年齢は約25歳でした。

こうした若い人の活躍はごく一部の限られた人・集団に当てはまるものだけではありません。皆さん自身にもその可能性、能力はあるのです。皆さんには私たちのような大人の世代にはない素晴らしい能力が2つあります。一つは想像力。もう一つは行動力です。
私たち大人の世代は、多くの経験を積んできた結果、既存のルール、価値観を当たり前のこととして受け入れ、新たな発想を持って未来を展望することがなかなかできません。それに対し、皆さんのような若い世代は柔軟な発想のもと新たな技術の開発、私たちが想像もできないような社会を想像する柔軟さを持っています。こうした柔軟な発想こそが未来を展望し新たな社会を生み出すのです。

もう一つは行動力。これも私たちのような大人の世代になると、現在の立場や地位を失うことを恐れ、今までの慣習に縛られ新たなことに踏み出すことに躊躇してしまいます。しかし、10代から20代は失敗が許され、何度でもやり直しができる世代なのです。そうした新たな行動こそ、社会を動かす原動力となるのです。
この想像力と行動力こそが、社会を発展させてきたのです。今からちょうど150年前、日本では、明治維新が起きました。それまでの武士が社会の中心であった江戸幕府が終わりをつげ、大政奉還を受けて明治政府の樹立へとつながる明治維新が起きました。その時まで400年間続いた幕藩体制が終わり、朝廷を中心とした明治政府が誕生するなどと誰が想像したでしょうか。この近代日本の夜明けの中心的役割を果たした一人が、皆さんご存知の坂本龍馬でした。彼は土佐藩を脱藩し、近代社会を夢み、自らの人生を近代日本実現のために捧げたのでした。その行動を起こした時、彼はまだ20代後半でした。
まさに坂本龍馬の想像力と行動力が、近代日本を切り開いたといっても過言ではないでしょう。私は皆さんにも十分にその能力があると信じています。その能力を自覚し、顕在化するために努力する場がここ立教大学であり、その手伝いをするのが我々教職員の役割なのです。ですから皆さんには、今の自分に満足するのではなく、卒業の時の自分の姿に期待してください。保護者の皆さんはお子さんの卒業の時の姿を楽しみに学生生活を見守ってください。必ずや見違えるほど、大きな人間に成長していることでしょう。

しかし、そのような想像力と行動力を持って新たな社会を切り開き、貢献できる人間になるには、日々の努力が必要です。そのために多くの経験を積むことが重要です。多くの経験とは、授業でしっかりと専門性を身につけることであり、多くの本を読むことであり、多くの友人を作ることでもあります。またクラブ活動やサークル活動を始めとした正課外活動も多くの経験を積むうえで重要な場です。極論すれば、大学生活の全てが皆さんの成長を促す場であり機会なのです。この多くの経験がいつ実をつけ、どのような形で花を咲かせるのかは皆さん次第です。

大学とは、教える喜び、学ぶ楽しみ、新たな知を発見する感動とそれを享受する場であります。そして立教大学とは皆さんの人生の構想力を磨く場です。

人生の構想力。それは自らの将来に対して確固たるイメージを持ち、その実現のために何をすべきかを考える力です。そのために、常に好奇心を持ち、知識を身につけ、最新の情報を収集し、研究するとともに、実行するという日々の研鑽が必要です。それは一見すると、抽象的であり、地味な作業のように映ります。しかし、そのすべての作業が大学時代だけではなく、10年後、20年後の皆さんの成長に結びつくと考えたなら、これほど楽しくやりがいのある作業はないと思います

21世紀は皆さんの時代です。皆さんは日本社会、世界を動かすことができる可能性を秘めています。その可能性を他人に任せて受動的に生きるのか、自ら理想とする社会を目指す努力をするのか。大学生活はその分起点となります。立教大学にはそのための材料が至る所に準備されています。是非大学時代に、人生の構想力を磨いてください。そして来るべき未来の主役・リーダーになってください。卒業時の自分に期待を込めながら。

最後に改めてご入学おめでとうございます。
総長就任にあたって(第21代総長就任宣誓式)
私は池袋キャンパス100年という記念すべき年に、第21代立教大学総長に就任したことを心より光栄に思うと同時に、先達が作り上げた輝かしい歴史と伝統を汚すことなく、さらに発展させなければならないという重責を感じ、若干の身震いと興奮を抑えきれない気持ちです。

言うまでもなく、本学は1874年築地に聖書と英学を教える私塾として開設されました。それが現在は学生数2万人、教職員数700名弱、校友数20万人以上の大学になりました。
創立者のチャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が蒔いた一粒の種が、日本をはじめ世界中で花を咲かせたのです。ウィリアムズ主教が生きていたらさぞかし驚き、喜ばれたことでしょう。

現在のグローバリゼーションが跋扈し、功利主義と実利主義が恰も是とされる時代状況を見たとき、ウィリアムズ主教は今こそ本学の果たすべき役割を強く説くのではないでしょうか。

1990年に入り、社会主義体制が崩壊した時、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは資本主義の勝利と言いましたが、その後の資本主義社会は、確かに発展はしましたがその一方で、格差は拡大し、紛争が頻発し、テロは多発し、環境破壊が深化するなどいまだ解決できていない問題が山積みしています。

歴史は繰り返すと言いますが、ウィリアムズ主教が生きていた時代と、現在の世界は驚くほど類似しているのです。
したがって、私たちは今こそ「建学の精神」に立ち返り、目まぐるしく変化する社会情勢の中で、自らの立ち位置、進むべき道が分からなくなった時、夜の航海で進むべき進路を指し示してくれる灯台のように、暗闇の道で今自分がどの方角にいるのかを教えてくれる北極星のように、常に社会に正しいメッセージを発信し、影響を与えられる大学として社会に貢献する時だと思います。
そのためには、従来の枠組みや発想のみにこだわることなく、常に次の時代に対する知的創造力と知見を持って行動しなければなりません。
マタイ福音書9章17節には「新しい葡萄酒は、新しい革袋に入れるものだ」という言葉があります。これは新しいぶどう酒は発酵力が強いので、古い革袋に入れると弾力性がないため破れてしまうというたとえであり、新しい考え方があっても、今までの価値観に固執していると新たな展開はできないということです。従って新しいことを行う時には柔軟な発想と行動力が必要だということです。この考えこそ今の立教大学に最も必要な考え方ではないでしょうか。

本来、大学とは知を探究・創造し、その成果を社会に発信することで社会の発展に貢献する組織であるとともに、その研究に基づく教育を展開することで時代の先端を切り開く、進取の気性をもった学生を世に送り出すことを使命とする高等教育機関でもあります。
特に、本学はキリスト教の理念を教育目標に掲げ、知の探究と創造を通じて社会をリードするにとどまらず、様々に異なる価値観を受け入れて社会的弱者に手を差し伸べ、社会に奉仕し貢献できる人材を育てることを、建学の精神としてきました。これが「自由の学府」の真の意味するところです。それを実現する教育こそ本学が目指すべき教育だと考えます。

しかし、現在、大学間競争、社会評価に汲々とするあまり、他の大学との違いがなくなり、本学の特色・良さが見失われつつあります。確かに、どの大学も社会の要請に応える必要はあるでしょう。しかし、「社会からの要請」には多種多様なものがあり、それに無批判に追随していわゆる「大学間競争」に埋もれてしまえば、一時は地位が上がったとしても、いつ本学の立脚点を失うかわかりません。 

大学が社会的存在である以上、社会の要請に応えるのは当然でありますが、それ以上に大学の理念・精神を社会に還元することのほうが大事です。従って、私は本学の建学の精神の原点に立ち戻り、それを現代の社会的課題に照らして展開しながら広めていく。それを本学運営の中心に据えたいと思います。
大学とは、教える喜び、学ぶ楽しみ、新たな知を発見し、その感動を享受する場であります。私は、立教大学をそのような大学にしたいと考えています。
そのためにすべての構成員が同じビジョンの下、強い使命感(ミッション)を持ち、情熱(パッション)を持って、生き生きと仕事・研究・教育・勉強ができる環境を創らなければなりません。そのためには常に一歩先のことを考え、知的創造作業が次々と生まれ、失敗しても励まし、再度の挑戦を促すことができる寛容と称賛が充ち溢れる大学にしたいと思います。それこそが私が目指すべき「日本で評価され、アジアで輝き、世界から注目される」大学であると考えます。

最後になりますが、この立教大学の発展のために尽力されてきたすべての先達・皆様に感謝して、私の就任の言葉に代えたいと思います。

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