総長スピーチ集総長紹介

総長のスピーチやメッセージをご紹介します。

2022年度

新入生の皆さんへ(2022年度入学式 [学部・大学院])
2022年4月2日、6日、7日
立教大学総長 西原 廉太

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。立教大学は、みなさんと共に迎える春を心待ちにしておりました。あらためて、みなさんのご入学を心より祝福したいと思います。

この2年はコロナ禍の中、みなさんも、それぞれに言葉に尽くしがたいご苦労があったことと思います。未だ状況は完全に落ち着きを見せませんが、この4月からは、可能な限り対面による授業を実施し、みなさんが池袋・新座、それぞれのキャンパスで自由に学び、豊かなキャンパスライフを送れるように、私たち教職員は、万全の対策を講じ全力でみなさんの学びと生活を支援いたします。

1874年、東京・築地にチャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が立教学校を創設した時に、ウィリアムズ主教は、当時の「実利主義」や知識、技術を物質的な繁栄と立身出世の道具とする日本の風潮とは明確な一線を画して、立教を「キリスト教に基づく真の人間教育を行う場」と位置づけました。それ以来、立教大学は、一貫して、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にし、他者の痛みに敏感に共感できる者たちを生み育てることを、「建学の精神」の根幹としてきました。「尊厳」を英語では「ディグニティ」(dignity)と言いますが、その語源はラテン語の「ディニタース」(dignitas)であり、本来の意味は「その存在に価値があること」です。すべての<いのちあるもの>の存在には価値があり、それは決して損なわれてはならない。立教大学は、この建学以来の理念を再確認しながら、昨年4月に「立教大学ヒューマン・ディグニティ宣言」を公表し、立教大学を構成するすべての学生・教員・職員が協働して具体的に取り組むことを、本学における最も重要な課題としています。

さて、今、この時も、ウクライナの地では、子どもたちも含めて、無数の市民たちの恐怖の中での涙や叫びが響いています。大切な<いのち>が奪われ続けています。戦争や武力の行使というのは、人間の究極の尊厳、ディグニティを蹂躙する最大の暴力に他なりません。ただちにあらゆる戦闘行為が中止され、一日も早くウクライナの人々の安全と、平和な社会が回復されること祈り、願い求めます。

みなさんには、今日、戦争が起きている最中に、大学生となられたということの意味を、ぜひとも深いところで思い巡らせていただきと思います。もしかすると、ウクライナでの戦争は遠い世界での出来事と感じておられるかもしれません。しかしながら、今からおよそ80年前には、まさしく、みなさんの先輩の立教生たちが、戦争によって学びの機会を奪われ、銃火によって、多くの未来ある若い命を落としたことを、私たちは、今この時に思い起したいのです。

今から12年前、2010年5月のことです。アメリカから突然、一通のメールが私のもとに届きました。それは、ウィスコンシン州に住むスティーヴン・カーという牧師さんからでした。まったく面識のない方からでしたので、戸惑いつつ読んだそのメールから知り得たのはこのようなことでした。

カー牧師の隣りの家に住むアール・ツヴィッキーという方がその前年の2009年、癌のため85歳で天に召された。ツヴィッキーは若い頃、太平洋戦争に従軍し、フィリピンで日本軍との戦闘となった。対峙した日本兵は死に、倒れた日本兵の胸ポケットにあった、寄せ書きの書かれた一枚の旗を持ち帰り、亡くなるまで大切に持ち続けた。彼が亡くなる直前、その旗にはいったい何が書かれているのを知りたいと言うようになった。
カー牧師は、その旗を、ウィスコンシン大学に持参し、そこで働く日本人の教授に解読を依頼した。そして判明したのは、この旗を持っていた日本兵が、実は、立教大学の現役学生であった、という事実であった。旗に記された寄せ書きから、この学生の名字は、間違いなく「ワタナベ」であることが分かった。

ツヴィッキーが亡くなるほんの数日前、癌で死に行こうとする病院のベッドに横たわる彼は、終戦以来、決して語ろうとはしなかった、その日の出来事について、この立教の学生がいかにして命を落としたかについて、カー牧師に打ち明けた。ツヴィッキーは、語り終えると、しばらくの間、沈黙していた。そして、彼は、カー牧師を見上げて、こう尋ねた。「この旗には、名前が書かれていたのか」と。カー牧師は、旗には、その兵士の家族や友人たちからのたくさんの激励の言葉と共に、実は、その日本兵の名が記されていることを告げた。

カー牧師からのメールは、このように続けられていました。

「アール・ツヴィッキーもワタナベも、若い青年であり、戦争によって、敵対し合う場へと連れ行かれたのです。戦争で、両国民が経験した互いの痛みと苦難は、歴史に十分記されています。しかし歴史書に書かれず、後代の者たちが知り得ていなかったのは、この一人の若い立教大学の学生であった日本兵についての物語であり、彼が戦いの中でいかに死んでいったのか、という事実なのです。無名の人々との戦争を抽象的に語ることは容易いことです。しかし、自分の『敵』が、家族に愛された若い青年であって、自らの希望と夢に溢れた青年であったことを知った時、戦争というものを語るのは、そう簡単なことではなくなるのです。ツヴィッキーは、その生涯のほとんどを、戦争の最中の、あの日の記憶と共に生きてきました。私は、アール・ツヴィッキーが、戦った相手について何かしらを知ったことで、彼が生涯負い続けてきた痛みの記憶を、ついに閉じることができたのだ、と信じているのです」

メールを受け取った後、すぐに私はカー牧師と連絡を取り、「旗」の写真を送ってもらい、立教大学もこの「ワタナベ」という学生の記録を必死に辿りました。ほとんど手がかりがない中、しかしながら驚くような偶然が重なり、すべてが判明しました。この学生は「渡邊太平」といい、学徒動員で戦地に赴き、1945年4月にフィリピン、セブ島で戦死した経済学部の学生でした。また、渡邊太平さんの姪御さんとも繋がることができたのです。

2010年10月27日、立教大学は「平和を祈る夕べ」をチャペルで開催し、その中で、日本に招いたカー牧師が携えた渡邊太平さんの「旗」は、ご遺族に返還されました。一人の大切な立教生の「証し」が、実に65年の歳月を経て、奇跡的に立教大学のキャンパスに戻ってきたのでした。

渡邊太平さんの「旗」はその後、ご遺族から立教大学に寄贈され、他の貴重な手紙や資料と共に、池袋キャンパスの立教学院展示館で公開されていますので、みなさんもぜひ確かめていただければと思います。

カー牧師が言うように、「戦争」とは、決して抽象的なものではありません。日本軍と米軍が戦った、と歴史には記されるのみですが、「渡邊太平」と「アール・ツヴィッキー」という名前を持った青年たちが、意図せず向かい合わざるを得なかった、というきわめて具体的な事柄なのです。そして、私たち立教大学も、時代状況ということはあれ、自分たちの大切な学生たちを、戦地に送り出してしまった、という責任を決して免れることはできません。私は、カー牧師からもらったこのメールを、ゼミの学生たちに紹介しました。学生たちはみんな、目を真っ赤にして聞いていました。私も、一人ひとりの学生の顔を見ながら、絶句してしまったことを忘れることはできません。

ウクライナの今に直面して分かるように、これは決して昔話ではないのです。何の不安もなく大学生としての学びと生活を送ることは、決して当たり前のことではありません。みなさんには、これからの時代への責任があります。そのために学問が必要なのです。徹底して真理と自由を探究しなければなりません。みなさんは、この立教大学で、人類が築きあげてきた「知」の体系に対する深い造詣と、それを現実の世界、社会の中で適応していく力を身につけてください。立教大学が大切にする本物のリベラルアーツ、すなわち、古典から現代、現代から未来へと至る有機的な「知」の礎と連鎖を了解して、確かな世界観、人間観、歴史観、価値観を形成していってください。ぜひ、たくさんの本をじっくりと読み込んでください。海外にも積極的に飛び出して、世界と出会ってください。立教大学がみなさんに提供するあらゆるものを、フルに使い尽くしていただければと願います。

これからのみなさんの立教大学での学びと生活が豊かに恵まれたものとなりますよう、お祈りしつつ、訓示とさせていただきます。
立教大学学生及び保証人の皆さま(2022年4月1日)

2021年度

卒業生の皆さんへ(2021年度学位授与式)
2022年3月24日、25日
立教大学総長 西原 廉太

学位を取得された皆さん、誠におめでとうございます。みなさんが入学された時に、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こることなど想定されていた方は誰一人おられないと思います。2年前、突然としてみなさんの日常は一変し、みなさんの生活と学びにも言葉にならないほどの負荷がかかり、言葉にもできないような苦労を、それぞれになさったと思います。思い描いておられていたキャンパスでの学びや生活も予定通りには進まず、見通しのない日々に涙なさったこともあったことでしょう。

状況は未だ落ち着きませんが、しかしながら、本日、このようにして、みなさんと顔と顔を合わせながら、本年度の学位授与式を実施できますことを、私もうれしく思います。コロナ禍の最中、それでも挫けることなく、本日、この日を迎えられた、みなさんの努力に、私は立教大学総長として、心からの敬意を表するものです。同時に、この世界史的な出来事が起こったという時代の中で、みなさんがそれぞれの学位を授与されたことの、特別な意味をぜひとも思い巡らせていただければと願います。みなさんは、失ったものは大きかったけれども、しかしながら、与えられたものも限りないと信じています。

私がこの間に学んだことは、私たちは誰しもが、<災害と災害との間>、すなわち「災間」を生きる存在なのだ、ということです。私たちの歴史を振り返っても、震災や戦争、疫病といった災害は絶え間なく起こり続けています。地震や台風といった人間の力では防ぐことが叶わない自然災害、天災と、戦争などの、本来、絶対に起してはならない人災の間には、その質に決定的な違いがあるものの、一人ひとりの貴い命や尊厳が奪われ、傷つけられるという点では同じです。この間、新型コロナウイルス感染症によって、亡くなられた方々、一人でも多くの命を救おうと奮闘されている医療従事者のみなさんら、すべて関係者の方々を覚えたいと思います。さらには、今、この時も、ウクライナの地では、子どもたちをはじめとして、多くの人々の命が砲弾によって失われ続けています。一日も早く、ウクライナにおける軍事力の行使が中止され、これ以上、命の蹂躙がなされないことを祈り求めます。

確かに、私たちは、災害と災害、災禍・災難の間、狭間を生きている存在なのだ、いやその<災間>を生きざるを得ない存在なのだと思います。疫病や戦争といった大きな災難だけではなく、私たちの人生においては、必ず何かしらの苦難に行き当たるものです。まったく何の災いにも遭遇しないということは、私たちが生きている以上、あり得ないと言わざるを得ません。大切なことは、私たちはその<災間>を生きる者として、災いに遭ってもいかにそこから再び立ち上がることができるのか、なのだろうと思います。その意味では、いわゆる「レジリエンス力」は、確かにこれからの時代を生きて行くために、ますます必要とされていく力なのかもしれません。

「レジリエンス力」とは、「困難で脅威を与える状況にもかかわらず、うまく、しなやかに適応して生き延びる力」「困難な状況の下で、仮に一時的に不適応的な状態に陥ったとしても、そこからうまく回復する力」を意味します。しかしながら、私たちが気をつけておきたいのは、「レジリエンス」の本来の意味は、ただ単に「元に戻ること」なのでない、ということです。ただ、元通りになることを求めるのではなく、災いや困難に遭遇し、一度は傷つき、倒れても、立ち往生してしまっても、そこから再び、しなやかに回復していくこと、そして、さらには新たに生まれ変わっていくことこそが、「レジリエンス」なのです。

みなさんは星野富弘さんという方をご存知でしょうか。私が心から敬愛してやまない日本を代表する詩人であり、画家の方です。星野富弘さんは、大学を卒業された後は中学校の体育教師として働き始められ、クラブ活動の指導にも力を入れておられました。星野さんの生活が一変したのは、体育教師になってまだ間もない頃でした。マットの上で宙返りをした際に、着地に失敗して頭から落下してしまったのです。体がまったく動かせず、すぐに病院へ運ばれたのですが、頸髄を損傷してしまいました。その後何度も大きな手術を受けましたが、状況はまったく改善せず、一時は呼吸すら自力でできない状況に陥りました。2年が過ぎた頃、何とか自力で呼吸ができるようにはなりました。しかしながら、手足の自由が回復することはありませんでした。

ある日、「文字が書きたい」と願っておられた星野さんは、口にペンをくわえて文字を書くことに挑戦し始められます。それまでの星野さんは、手足が動かせなくなったことで「もう自分には何もできない」と絶望の内にありました。しかし、わずか1文字や1本の線が書けただけでも大きな喜びとなり、新たに生きる楽しみを見出されたのでした。聖書の言葉に相応しい花を思い浮かべながら花の絵も描くようになられました。そのようにして、花の絵に短い詩を書き添えるという、今や世界的に知られることになった、星野富弘さんの作風が完成していったのです。

星野富弘さんの第1作、『四季抄/風の旅』の中に「渡良瀬川」と題して書かれた一文があります。星野さんが小学生の頃、家の近くを流れる渡良瀬川で溺れかけた時のことをこのように記されています。


元いた岸の所に戻ろうとしたが流れはますます急になるばかり、一緒に来た友達の姿はどんどん遠ざかり、私は必死になって手足をバタつかせ、元の所へ戻ろうと暴れた。しかし川は恐ろしい速さで私を引き込み、助けを呼ぼうとして何杯も水を飲んだ。水に流されて死んだ子供の話が、頭の中をかすめた。しかし同時に頭の中にひらめいたものがあったのである。それはいつも眺めていた渡良瀬川の流れる姿だった。深い所は青青と水をたたえているが、それはほんの一部で、あとは白い泡を立てて流れる、人の膝くらいの浅い所の多い川の姿だった。たしかに今、私がおぼれかけ、流されている所は、私の背よりも深いが、この流れのままに流されていけば、必ず浅い所に行くはずなのだ。浅い所は、私が泳いで遊んでいたあの岸のそばばかりではないと気づいたのである。

「そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」

私はからだの向きを百八十度変え、今度は下流に向かって泳ぎはじめた。するとあんなに速かった流れも、私をのみこむ程高かった波も静まり、毎日眺めている渡良瀬川に戻ってしまったのである。下流に向かってしばらく流され、見はからって足で川底を探ってみると、なんのことはない、もうすでにそこは私の股ほどもない深さの所だった。私は流された恐ろしさもあったが、それよりも、あの恐ろしかった流れから、脱出できたことの喜びに浸った。

怪我をして全く動けないままに、将来のこと、過ぎた日のことを思い、悩んでいた時、ふと、激流に流されながら、元いた岸に泳ぎつこうともがいている自分の姿を見たような気がした。そして思った。

「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか。流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ」

その頃から、私を支配していた闘病という意識が少しずつうすれていったように思っている。歩けない足と動かない手と向き合って、歯をくいしばりながら一日一日を送るのではなく、むしろ動かない<からだ>から、教えられながら生活しようという気持ちになったのである。


星野さんはこのように証言されておられます。確かに、聖書においても、「治る」「癒される」こととは、病いや不自由さの原因を取り除き、ただ元の姿に戻ることではなく、失われていた尊厳や存在を回復し、さらには、新しい<かたち>、新たな<いのち>となり、生まれ変わることを意味します。「そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」。星野富弘さんは、こうして、本物の「レジリエンス」を生きられているのだと思います。

みなさんはこれからこの学び舎を旅立たれますが、私たちは<災間>を生きざるを得ない存在であることを、常に忘れないようにしてください。みなさんがこれから漕ぎ出される人生という旅の小舟が、この数年がまさにそうであったように、時には思いもかけなかった嵐にもまれて溺れそうになり、座礁してしまうようなことも起こります。社会の中で、仕事をする中で、思い通りにはならず、困難な状況や人間関係に躓き、言い知れない孤独や不安に陥ることも、きっとあると思います。しかし、そんな時に、みなさんは、この困難な時代を生き抜き、立教大学での学びと生活をまっとうされたことを思い起こしてください。その証が、本日、ただいま、みなさんに授与された学位記にほかなりません。

立教大学がみなさんに、徹底して伝えたのは、「本物のリベラルアーツ」の大切さです。それは、<世界を読み解く力>であり、<世界を変えて行く力>であると同時に、どれほどの困難に直面しても、たとえ一度は倒れても、もう一度、新たなヴィジョンに向かって立ち上がっていくための<レジリエンスの力>です。

みなさんが今手にされている学位記は、みなさんがその学位に値するだけの十分な学びと研鑽を行ない、学位にふさわしい者となられたということを、立教大学が公式に認定したことを示すものであるとともに、みなさんには、これからの時代を生き抜くための<レジリエンスの力>がすでに備わっていることの証でもあるのです。

すべての学部卒業生ならびに大学院修了生のみなさんお一人おひとりが、この証に誇りを持ちながら、新しい世界を構想し、豊かな、いのち溢れる未来を生きていってくださることをお祈りして、私の式辞とさせていただきます。
2011年3月11日を胸に刻み続けること(2022年3月11日)
ウクライナの地に平和を(2022年3月2日)
立教大学で学ぶ留学生の皆様へ(2022年2月17日)
2021年度学年末試験実施における本学の対応について(2022年1月24日)
10月18日(月)からの対面授業再開にあたって(2021年10月8日)
学生の皆さんへ ー緊急事態宣言解除に向けてー(2021年9月27日)
卒業生の皆さんへ(2021年度大学院学位授与式・特別卒業式[9月])
2021年9月17日
立教大学総長 西原 廉太

この秋、立教大学は8名に博士、31名に修士、198名に学士の称号を授与することができました。学位を取得された皆さん、誠におめでとうございます。とりわけ、昨年初頭に突然として発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、みなさんの日常は一変し、みなさんの生活と学びにも言葉にならないほどの負荷がかかり、大変な苦労をなさったと思います。キャンパスでの授業や研究も予定通りには進まず、見通しのない日々に涙なさったこともあったことでしょう。状況は未だ落ち着きませんが、しかしながら、本日、このようにして、本年度の学位授与式を実施し、みなさんと顔と顔を合わせながら、直接、学位記をお渡しできますことを、私もうれしく思います。コロナ禍の最中、それでも挫けることなく、本日、この日を迎えられた、みなさんの努力に、私は立教大学総長として、心からの敬意を表するものです。同時に、この世界史的な新型コロナウイルス感染症パンデミックの時代に、みなさんがそれぞれの学位を授与されたことの、特別な意味をぜひとも思い巡らせていただければと願います。

さて、個人的な話で恐縮ですが、私は大学での専門は、工学、とりわけ超電導や太陽電池の素材などに用いられるアモルファス金属の研究でした。それが、その後、キリスト教神学研究へと大きく方向を転回させたのは、さまざまな痛みや苦しみの現場で生きざるを得ない人々との出会いでありました。その一つが京都の東九条という地域での在日韓国朝鮮人の方々との出会いであり、もう一つは、沖縄にあります国立ハンセン病療養所、愛楽園での元ハンセン病の方々との出会いです。ハンセン病は、結核と同じ抗酸菌の仲間の「らい菌」によって引き起こされる感染症ですが、治療法も確立し、一般の医療施設で診察治療できるごく普通の疾患です。しかしながら、全国にあるハンセン病療養所には、過去の偏見差別等から社会に復帰できずに今でも多くの方が生活の場として暮らしておられます。

2001年5月、ハンセン病国家賠償請求訴訟の原告と当時の小泉首相が面会した、という出来事がありました。その際に、原告のお一人、鹿児島県の国立ハンセン病療養所星塚敬愛園にお住まいであった日野弘毅(こうき)さんは、このような証言をされました。


「昭和24年、16歳で入所して以来、ずっと療養所の中におります。私にも愛する家族がありました。昭和22年の夏、突然保健所のジープがやって来ました。私を収容にきたのです。母はきっぱりと断ってくれました。ところが、ジープは繰り返しやってきました。昭和24年の春先、今度は白い予防着の医師がやってきて私を上半身裸にして診察したのです。
その日から私の家はすさまじい村八分にあいました。18歳だった姉は婚約が破談となり、家を出なければならなくなりました。小学生の弟は、声をかけてくれる友達さえいなくなりました。弟がある日、母の背中をたたきながら、「ぼく病気でないよねぇ」と泣き叫んだ姿を、忘れることはできません。このまま家にいればみんながだめになると思い、自分から市役所に申し出て、入所しました。それなのに家族の苦難はやみませんでした。
それから20年あまり、母が苦労の果てに亡くなったときも、見舞いに行くことも、葬儀に参列して骨を拾うこともかないませんでした。18歳の時、家を飛び出した姉は、生涯独身のまま、平成8年、らい予防法が廃止になった年の秋に自殺しました。姉の自殺は母の死以上に、私を打ちのめしました。
姉の思い。母の思い。いまだに配偶者に私のことを隠している弟、妹の思い。そのために、私は訴訟に立ちました。
判決の日、私は詩をつくりました。
太陽は輝いた/90年、長い暗闇の中/ひとすじの光が走った/鮮烈となって/硬い巌(いわお)を砕き/光が走った/私はうつむかないでいい/市民のみなさんと光の中を/胸を張って歩ける/もう私はうつむかないでいい/太陽が輝いた」


このような証言でありました。
日野さんは、2017年10月19日、老衰のため83歳で召されました。みなさんはこの日野さんの証言をどのように聴かれたでしょうか。みなさんは、立教大学で、人文学、社会科学、自然科学と言われる学問を学ばれました。しかし、日野さんの人生において言い知れない痛みと重荷を彼に背負わせた責任が、国家のみならず、「学問」にもあることを、どうか大切に受け止めていただきたいと思います。

当時の医学の専門家は、ハンセン病に対する偏見に囚われて、絶対隔離政策を推進するために、この病気が猛毒の菌による強烈で不治の伝染性疾患であるとの誤った情報を社会に浸透させ、病者と家族に重大な損害を与えました。戦後の1947年から、日本の療養所でもアメリカから輸入した特効薬のプロミン治療でハンセン病は完全に治る病気になったにもかかわらず、日本国憲法下においても、「らい予防法」を廃止せず、強制隔離政策や「無らい県運動」を継続したため、ハンセン病患者と回復者への偏見・差別による人権侵害が助長されることになりました。これはこうした法制度を残し、また、人権意識の醸成にも貢献できなかった社会科学や人文学に明確な責任があります。

今日の日まで、みなさんと共に在った学生証には、立教大学のシンボルマーク、校章が透かしで入っていました。校章の真ん中に置かれている本は、聖書ですが、その上には“Pro Deo et Patria(プロ・デオ・エ・パトリア)”というラテン語が刻まれています。Proは「~のため」、Deoは神、etは英語の“and”、Patriaは祖国や国という意味ですので、“Pro Deo et Patria”を直訳すると、「神と国のために」ということになります。しかしながらDeoには「普遍的な真理」、Patriaには、「隣人や社会、世界」という内容が含まれています。したがって、“Pro Deo et Patria”が示す本来的な内容とは、普遍的なる真理を探究し(Pro Deo)、この世界、社会、隣人のために働くこと(Pro Patria)となるわけです。普遍的真理を探究し、この世界、社会のために働く者を育てることが、立教大学のまさに「ミッション」(使命)であることを、この建学の標語、“Pro Deo et Patria”は常に私たちに思い起こさせてくれるのです。

普遍的なる真理を探究すること(Pro Deo)とは、同時に、専門家という権威のもとに語られるものが常に絶対に正しいことはなく、時に、誤り得るのだという事実に徹底して謙虚になることでもあります。そのことに自覚的であり続けながら、“Pro Patria”、隣人、社会、世界に具体的に奉仕することが、学問を修めた者の責任なのであり、そのような者たちを生み育てることこそが、立教大学の「建学の精神」なのであります。

日野さんは、さきほどの証言の中で、このように語られました。「もう私はうつむかないでいい」「光の中を/胸を張って歩ける」。この言葉は、まさに、失われていた人間としての尊厳、存在の回復宣言です。私たちが求められているのは、私たち一人ひとりが、誰ひとりこぼれ落ちることなく、「もう私はうつむかないでいい」「光の中を/胸を張って歩ける」と宣言することのできる社会、世界の実現です。立教大学の学位記に込められた思いとは、みなさんが、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にし、他者の痛みに敏感に共感できる者であり続けていただくことです。「尊厳」を英語では「ディグニティ」(dignity)と言いますが、その語源はラテン語のDignitasであり、本来の意味は「その存在に価値があること」です。すべての<いのちあるもの>の存在には価値があり、それは決して損なわれてはならない。これこそが、立教大学が創立以来、大切にしてきた規範にほかなりません。みなさんには、ぜひとも、苦しむ人々、疎外された人々の痛みに寄り添い、癒やす者となっていただきたいと願っています。それは、コロナの時代に巣立つみなさんに課せられた大切なミッション、使命でもあります。

みなさんはこれからこの学び舎を旅立たれます。みなさんの人生という旅の小舟が、時には嵐にもまれて溺れそうになったり、座礁してしまうようなことも起こります。予想もしない困難な状況や人間関係につまづいたり、言い知れない孤独感に陥ることも、きっとあると思います。しかし、そんな時に、みなさんもまた、「あなたは、うつむかないでいい」「光の中を/胸を張って歩け」と励まされ、導かれている存在であることを思い起こしてください。そんな時には、ぜひ、またこのキャンパスを訪ねてきてください。私たちはいつでも、みなさんを待っています。

みなさんが今手にされている学位記は、みなさんがその学位に値するだけの十分な学びと研鑽を行ない、学位にふさわしい者となられたということを、立教大学が公式に認定したことを示すものであります。学位を取得されたことに誇りを持ちながら、これからの人生の旅路を、自信をもって歩んでいただければと願います。学位の取得、そしてご卒業、誠におめでとうございます。
President's Address on 2021 Fall Entrance Ceremony
Renta Nishihara, President
September 17,2021

Congratulations, new students, on joining this university. Rikkyo University has been waiting for you. I want to give you all a heartfelt blessing as you join us.

Over the last year and a half, we’ve all been in an extraordinary situation the like of which we’ve never experienced before. The global pandemic of novel coronavirus infection has restricted contact and interaction between people. That has had the effect of reaffirming to us the importance of connection between people. I believe this has been a time for all of us to look closely and think deeply about just how irreplaceable is the work of being together with others and reflecting on one’s own way forward.

In this context, Rikkyo University has been building a new campus life through a process of trial and error, as we search for ways to avoid interrupting our students’ studies. As we assign the highest priority to health, in its physical, emotional, and social aspects, we have been investigating new possibilities for online learning, even as we reaffirm the significance of face-to-face classes. We will also support all our students as they pursue diverse forms of study in line with their ambitions, and elevate their own bright and outstanding strengths as far as they wish to. As we face this terrible pandemic, I want all of you, who are bravely joining Rikkyo University today, to start your lives here with this University as a new center for value creation.

The history of Rikkyo University dates back to 1874, when Bishop Channing Moore Williams, a missionary from the American Episcopal Church, founded Rikkyo School in Tsukiji. So Rikkyo University has 147 years of history. Not many people know this, but Rikkyo University is one of the oldest modern universities in Japan.

The Episcopal Church which founded the University originated in the Church of England, the Anglican Church, and it has around 85 million members in 165 countries. The Anglican Communion is the largest of the Protestant churches and, like the Roman Catholic Church, it is an official United Nations NGO. There are Anglican universities, research centers, hospitals, and social welfare facilities around the world, and Oxford University and Cambridge University have historical connections with the Anglican tradition. There are no other universities in Japan with this kind of global network.

The history of the Anglican Church dates back to the year 597. The simplest expression of the characteristic approach of the Anglican Church is that it does not adhere to papal absolutism, or to the scriptural fundamentalism seen in some Protestant churches. In short, it rejects absolutism and fundamentalism of all kinds. Given that approach, it’s not so strange that the Anglican Church has produced many of the scholars of literature and natural science, such as Shakespeare, Isaac Newton, and Robert Boyle, who formed humanity’s knowledge. Rikkyo University was also born from that history. You are all travelers in a constant search for truth, carrying humanity’s heritage of knowledge with you. Your never-ending journey in search of truth, beyond time and space, begins right here, today.

Please take a look at your ceremony program. It is marked here with the symbol of Rikkyo University. The book there in the center is the Scripture. And there’s something written above the Scripture. Here’s what it says: “Pro Deo et Patria”. These words express with spirit with which Rikkyo University was founded. “Pro Deo et Patria” is Latin. Pro means “for”, Deo is “God”, et is “and”, and Patria means “nation or mother country”. So, a direct English translation of “Pro Deo et Patria” would be “For God and country”. However, Deo also includes the sense of “universal truth”, while Patria includes “our neighbor, society, and world”. Therefore, the inherent meaning of “Pro Deo et Patria” is to search for universal truth (Pro Deo) and to work for this world, for society, and for one’s neighbor (Pro Patria). The nurturing of people who will search for universal truth and work for our world and society is the true mission of Rikkyo University, and our founding motto, “Pro Deo et Patria” always reminds us of that.

“Pro Patria”, means becoming a person who will give compassionate service to their neighbor, to society, and to the world; one who can value the human dignity of every individual and sensitively empathize with the pain of others. This university must also contribute to attaining the UN Sustainable Development Goals (SDGs), which set the realization of a world where we "Leave No One Behind" as one of the targets, and to movements to value human dignity in a society under the spreading of novel coronavirus infection. The word "dignity" is derived from "Dignitas" in Latin, which has the original meaning of "having value in its existence". The existence of all living things has value, and that value must never be harmed. That has been the principle for Rikkyo University since its foundation.

I’d like to introduce you to an essay which will give you all an idea of the essential nature of that principle. This essay was printed in the “Henshu Techo” (Editor’s Notebook)” column of the Yomiuri Shimbun newspaper, dated October 29th, 2000.

“Tsuyoshi Saito started refusing to go to school when he was in the first year of junior high school. He was serious, and criticized himself harshly for any little slip. He tried to take his own life in the spring when he was 20 years old. He poured gasoline over himself. His father, who had been watching over his behavior on the advice of a psychiatrist, embraced his son at that moment. Covered in gasoline himself, he cried out. “Tsuyoshi, light the fire”. Embracing, the two cried out and continued weeping. “For my father, am I so irreplaceable that he would die together with me? At that moment, for the first time in his life, Tsuyoshi truly felt that his life had value. Tsuyoshi later told the story to this psychiatrist, Hajime Morishita”.

That was the essay. In addition to running a medical clinic in Himeji, Morishita also got actively involved with school-refusing children. He made a free-school and a boarding high school for them, and was awarded the Yoshikawa Eiji Prize for Literature. This is what we can learn from Morishita. “Tsuyoshi saw his father who loves him more than his life. At that moment, Tsuyoshi knew that he was loved, and at the same time, he learned to love others with all his souls”.

All the faculty and staff of Rikkyo University will value each and every one of you as an irreplaceable being. In turn, we want all of you to become people who will connect with others, with the same kind of love, and respect their dignity unconditionally. These words “Pro Deo et Patria” are also inscribed on the Rikkyo University student’s identification card that will be given to all of you. While you are studying at this University, I want you all to value these words as your proof, your mission and your pride of being a student of Rikkyo University.

At the inauguration of President Biden in January this year, the 22-years old Black female poet Amanda Gorman read her poem which included these words:

“For there is always light, if only we’re brave enough to see it. If only we’re brave enough to be it”.

Gorman had a speech impediment. But she says she never saw that as a weakness. She kept on practicing for that day. On the great stage on the Capitol Hill, speaking with rich expression and freely in control down to the tips of her fingers, she sparkled majestically.

Even in front of you, for sure there is always light. You too are called to have the bravery to be the light. Here at Rikkyo University, please find that light which is yours alone. And then, become the light, and shine. Together, let us enjoy the infinite journey in search of truth.

I congratulate you, and I pray that your studies and your lives here at Rikkyo University will be blessed. Thank you very much.
2021年度春学期授業実施方法の一時変更について(2021年4月27日)
新2年次生の皆さんへ(2020年度4月入学者対象入学式)
2021年4月24日
立教大学総長 西原 廉太

この春に2年次生となられた、学部生、研究科院生のみなさんに、立教大学総長として、ご挨拶させていただきます。1年遅れではありますが、皆さんの入学式をこのようにして執り行うことができますことを、心から喜んでおります。あらためて、ご入学おめでとうございます。

2年次生となられたみなさんは、昨年春、大学での新生活が不自由で、先の見えない日々から幕開けました。みなさんそれぞれに、苦しく、辛い思いをされたと思います。先輩たちも、ゼミや正課外の活動において、みなさんと親交を深めようと考えていた矢先に、その多くを断念せざるを得なくなりました。

昨年の3月時点での、私たちの最重要課題は主要には2つでした。第一には、まず何よりも、みなさん、学生と教職員の命と健康を守ることです。そして、第二には、決して学びを止めないことでした。その結果、すべての授業をオンラインで実施することとなりました。みなさんにも相当な負荷をかけてしまいましたが、みなさんの誠実な協力によって、一年次を終えることができました。まずそのことに、私は総長として、新2年次生のみなさんに心からの感謝を申し上げたいと思います。私は、そのような困難の中にあっても、みなさんが立教生としての誇りを失うことなく、この一年を大切に過ごされたであろうと信じています。

明日から再び東京都に緊急事態宣言が発令されることになり、それに伴って、授業方針も一時的に変更せざるを得ませんが、2年次生のみなさんには、この一年の経験を大いに役立て、新しいキャンパスライフの中でさらなる高みを目指してくださることを願っています。

私たちは、新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックという「危機」に直面しています。大学でも、キャンパスを舞台とした活動が制限されて、これまで当たり前とされていた日常が失われてしまいました。けれども立教大学は、衆知を集め、誰一人取り残さない本学らしい在り方を模索し続け、みなさんを、あらためてキャンパスに迎える準備を鋭意進めてきました。安心・安全を確保しながら、各学部・学科、大学院・研究科でも、それぞれ工夫をこらして、学びを高めるための実践を、みなさんと創り上げてまいります。それは、オンラインの良さも生かしながら、対面の授業を効果的に展開する授業の形にも反映されると思います。そして、みなさんには、新たな価値創造の主体として、この立教大学をさらに発展させる担い手になってほしいと願っています。

さて、立教大学を開設したのは「聖公会」、聖書の「聖」、公共性の「公」、教会の「会」で「聖公会」と言い表すキリスト教会ですが、聖公会の歴史は西暦597年まで遡ります。聖公会の考え方の特徴を一言で言いますと、ローマ教皇絶対主義も、プロテスタント教会に見られる聖書絶対主義も取らないこと、つまり、あらゆる「絶対主義」や「原理主義」を否定するところにあります。真理を求めて「道」のただ中を歩み続けることを大切にしてきたのです。このような流れの中で、シェイクスピアやアイザック・ニュートン、ロバート・ボイルらに代表される人類の知を形成した、聖公会につながる文学者、自然科学者が多数輩出されてきたことは決して不思議なことではありません。立教大学もこの歴史の中で生み出されたのです。みなさんも、人類の知の遺産を継承し、真理を絶えず探究し続ける旅人です。みなさんがすでに昨年春から始められているこの旅は、与えられた解答の中からマークシートを塗りつぶす作業などではありません。それは、真理を目指した終わることのない、時間と空間を超えた「旅」にほかならないのです。

立教大学の「建学の精神」は、“Pro Deo et Patria”という標語に示されています。その本来の意味は、普遍的真理を探究し、この世界、社会のために働く者を育てることこそが、立教大学のまさに「ミッション」(使命)であるということです。「普遍的なる真理を探究し、この世界、社会、隣人のために働く者となれ」。この“Pro Deo et Patria“という言葉は、みなさんがすでに毎日持ち歩いておられる「立教大学の学生証」にも刻まれています。みなさんは、立教大学で学ぶ間、常にみなさんの学生証と共に、“Pro Deo et Patria”をその身に担うことになるのです。立教大学の学生であることの証しとして、使命として、また誇りとして、ぜひこの“Pro Deo et Patria”という言葉を大切にしていただきたいと願います。

私たちはコロナ禍という状況の中にあるからこそ、究極の「他者への愛と優しさ」を大切にしたいのです。「ステイホーム」が安全と言われても、最も被害を受けるのは、もともと「ホーム」のない人をはじめ、社会的な弱者、生活困窮者であることを。手洗いが大切と言っても、自宅に水とせっけんで手を洗う環境がない人々がこの世界にいることを。立教大学で学ばれるみなさんには、こうしたことに思いを至らせてほしいのです。それはキリスト教に基づく、立教大学の「建学の精神」の根幹でもあります。

コロナウイルスの蔓延を防ぐために、未だほとんどすべての国境を越える往来は不自由なままです。しかし、だからこそ、みなさんには、今、大きな困難の中にある世界を顧みて欲しい。この先にある未来に思いを馳せてもらいたい。みなさんの立教大学での学びと生活を通して、新たな社会、世界を構想できる者となってください。

今年1月にアメリカで行われたバイデン大統領就任式で、22歳の黒人・女性の若き詩人、アマンダ・ゴーマンさんが旧約聖書のミカ書4章4節を引用しながら詠った詩には、このような言葉がありました。

「光はいつもそこにあるのです。私たちにそれを見つめるだけの勇気さえあるならば。私たちが、光になるという勇気さえあるならば」

ゴーマンさんには発話しょうがいがありました。しかし彼女は、それを弱みだと思ったことはない、と言います。この日のために練習を重ねました。アメリカ国会議事堂、キャピトルヒルの大舞台で、両手指の先まで自在に操りながら、豊かな表情で、「沈黙が必ずしも平和ではない」と語りかける彼女は堂々と輝いていました。

みなさんの前にも、きっと光はいつもそこにあります。みなさんも、光となる勇気を抱くようにと招かれています。ぜひ、この立教大学で、あなただけの光を見つけてください。そして、みなさんご自身が、光となって輝いてください。ご一緒に、真理を探究する無限の旅を楽しんでまいりましょう。

これからのみなさんの立教大学での学びと生活が豊かに恵まれたものとなりますよう、お祈りしつつ、新2年次生のみなさんに送る言葉とさせていただきます。
立教大学ヒューマン・ディグニティ宣言
新入生の皆さんへ(2021年度入学式 [学部・大学院])
2021年4月6日、7日
立教大学総長 西原 廉太

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。立教大学は、皆さんと共に迎える春を心待ちにしておりました。あらためて、皆さんのご入学を心より祝福したいと思います。

今日に至るまでの1年間は、私たちがこれまで経験したことのない非日常の連続でした。新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックは、人々の接触や交流そのものを制限しました。このことは、私たちに人と人との絆の重要性を再認識させる結果となりました。他者と共に在り、自己の歩む途を照らすという作業がどんなにかけがえがないことなのかを見つめ、深く考えさせる1年間であったと思います。

そのような中、立教大学は学生の学びを止めないために試行錯誤し、新しいキャンパスライフを創造しつつあります。心身および社会的健康を最優先に考えながら、対面による授業の意義を改めて確認しつつ、オンラインの新しい可能性も探究してきました。そして、すべての学生がその志向に応じた多彩な学びを進め、自らの優れて明るい「強み」を存分に高めることを支援します。新入生の皆さんには、新たな価値創造の拠点として、立教大学での生活をスタートしていただきたいと思います。

立教大学の歴史は、1874年、アメリカ聖公会の宣教師、チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が築地に「立教学校」(St. Paul’s School)を創立したのが始まりです。立教大学としては147年もの歴史を有しているわけです。あまり一般には知られていませんが、立教大学は日本における最古の近代大学のひとつでもあるのです。

立教大学を開設したのは「聖公会」、聖書の「聖」、公共性の「公」、教会の「会」で「聖公会」と言い表すキリスト教会ですが、聖公会は英国国教会、イングランド国教会が源流の、世界約165カ国(8,500万人)に広がる教会です。これはプロテスタント教会では最大の規模であり、ローマ・カトリック教会と共に国連の正式NGOで、世界中に聖公会の大学、研究所や病院、社会福祉施設があり、英国のオックスフォード大学、ケンブリッジ大学も聖公会と歴史的につながる大学です。このように、世界的なネットワークにつながっている大学は、日本では他に類を見ることができません。

聖公会の歴史は西暦597年まで遡ります。聖公会の考え方の特徴を一言で言いますと、ローマ教皇絶対主義も、プロテスタント教会に見られる聖書絶対主義も取らないこと、つまり、あらゆる「絶対主義」や「原理主義」を否定するところにあります。真理を求めて「道」のただ中を歩み続けることを大切にしてきたのです。このような流れの中で、シェイクスピアやアイザック・ニュートン、ロバート・ボイルらに代表される人類の知を形成した、聖公会につながる文学者、自然科学者が多数輩出されてきたことは決して不思議なことではありません。立教大学もこの歴史の中で生み出されたのです。皆さんも、人類の知の遺産を継承し、真理を絶えず探究し続ける旅人です。これからの皆さんの旅は、もはや与えられた解答の中からマークシートを塗りつぶす作業ではありません。今日、この日、この場所から、皆さんの真理を目指した終わることのない、時間と空間を超えた「旅」が始まるのです。

さて、皆さんが今お持ちの式次第をご覧ください。そこには立教大学のシンボルマーク、校章が描かれています。真ん中に置かれている本は、聖書です。そして聖書の上に何か文字が書かれていますね。それはこういう言葉です。“Pro Deo et Patria(プロ・デオ・エ・パトリア)”。これこそが立教大学の建学の精神を表す言葉です。“Pro Deo et Patria”とはラテン語で、Proは「~のため」、Deoは神、etは英語の“and”、Patriaは祖国や国という意味ですので、“Pro Deo et Patria”を直訳すると、「神と国のために」ということになります。しかしながらDeoには「普遍的な真理」、Patriaには、「隣人や社会、世界」という内容が含まれています。したがって、“Pro Deo et Patria”が示す本来的な内容とは、普遍的なる真理を探究し(Pro Deo)、この世界、社会、隣人のために働くこと(Pro Patria)となるわけです。普遍的真理を探究し、この世界、社会のために働く者を育てることが、立教大学のまさに「ミッション」(使命)であることを、この建学の標語、“Pro Deo et Patria”は常に私たちに思い起こさせてくれるのです。

“Pro Patria”、隣人、社会、世界に具体的に奉仕する者となるというのは、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にし、他者の痛みに敏感に共感できる者となることです。「誰一人取り残さない」世界の実現を目標として掲げる国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成と、さらには、新型コロナウイルス感染症蔓延下の社会において「人間の尊厳」を大切にする働きに、本学も貢献しなければなりません。「尊厳」を英語では「ディグニティ」(dignity)と言いますが、その語源はラテン語の「ディニタース」(dignitas)であり、本来の意味は「その存在に価値があること」です。すべての<いのちあるもの>の存在には価値があり、それは決して損なわれてはならない。これこそが、立教大学が創立以来、大切にしてきた規範にほかなりません。

この規範の本質について皆さんに知っていただくために、一つの記事をご紹介したいと思います。読売新聞の『編集手帳』というコラムにこのような記事が掲載されていました(2000年10月29日付)。

「斎藤強君は中学1年の時から不登校になる。まじめで、ちょっとしたつまずきでも自分を厳しく責めた。自ら命を絶とうとしたのは、20歳の春の時だった。ガソリンをかぶった。精神科医の忠告で彼の行動を見守っていた父親は、その瞬間、息子を抱きしめた。自らもガソリンにまみれて叫ぶ。『強、火をつけろ』。抱き合い、二人は声をあげて泣き続けた。一緒に死んでくれるほど、父親にとって自分はかけがえのない存在なのか。あの時、生まれてはじめて、自分は生きる価値があるのだと実感できた。強君は、後にこの精神科医、森下一さんにそう告白する。」このような記事でした。

森下さんは、姫路市に診療所を開設する傍ら、不登校の子どもたちに積極的に取り組まれています。彼らのためにフリースクールと全寮制の高校も作り、吉川英治文化賞も受賞されていますが、森下さんから教えられるのは、こういうことです。「命がけで自分を愛してくれる父親と出会う。この時、強君は愛されていることを知り、同時に人を命がけで愛することを知ったのだ」と。

立教大学の全教員、全職員は、皆さんの一人ひとりを、かけがえのない存在として、大切にいたします。そして、皆さんもまた、このような愛をもって、他者とつながり、その尊厳を限りなく尊ぶ者となっていただきたいと思います。「普遍的なる真理を探究し、この世界、社会、隣人のために働く者となれ」、この“Pro Deo et Patria“という言葉は、皆さんに与えられる「立教大学の学生証」にも刻まれています。皆さんは、立教大学で学ぶこれからの4年間、常に皆さんの学生証と共に、“Pro Deo et Patria”をその身に担うことになるのです。立教大学の学生であることの証しとして、使命として、また誇りとして、ぜひこの“Pro Deo et Patria”という言葉を大切にしていただきたいと願います。

今年1月にアメリカで行われたバイデン大統領就任式で、22歳の黒人・女性の若き詩人、アマンダ・ゴーマンさんが旧約聖書のミカ書第4章4節を引用しながら詠った詩には、このような言葉がありました。

「光はいつもそこにあるのです。私たちにそれを見つめるだけの勇気さえあるならば。私たちが、光になるという勇気さえあるならば」

ゴーマンさんには発話しょうがいがありました。しかし彼女は、それを弱みだと思ったことはない、と言います。この日のために練習を重ねました。アメリカ国会議事堂、キャピトルヒルの大舞台で、両手指の先まで自在に操りながら、豊かな表情で、「沈黙が必ずしも平和ではない」と語りかける彼女は堂々と輝いていました。

皆さんの前にも、きっと光はいつもそこにあります。皆さんも、光となる勇気を抱くようにと招かれています。ぜひ、この立教大学で、あなただけの光を見つけてください。そして、皆さんご自身が、光となって輝いてください。ご一緒に、真理を探究する無限の旅を楽しんでまいりましょう。

これからの皆さんの立教大学での学びと生活が豊かに恵まれたものとなりますよう、お祈りしつつ、お祝いの言葉とさせていただきます。

新入生・新2年次生の皆さんへ(2021年4月1日)
総長就任にあたって(2021年4月1日 第22代総長就任宣誓式)
本日、ただいまの宣誓式をもって、立教大学第22代総長に就任いたしました、西原廉太です。
私に与えられました任期は4年ですが、その最終年度の2024年には、いよいよ、立教大学・立教学院創立150周年を迎えます。立教にとって非常に大きな節目となる150周年を備える総長として、今、あらためて、その責任の大きさをひしひしと感じているところです。
立教大学を創設した「聖公会」は、「教育」というものを、宣教・伝道のためのツールとしてではなく、教会としての「ミッション」(使命)の具体的な表現、実践として、伝統的に理解してきた教会です。その原理とは、神の「呼びかけ」(calling/召命)に応えて、自ら学び舎を作り、教壇に立つという、余人を以って代え難い務めを担うことに他なりません。
私たち、立教大学につらなる者たちの「ミッション」とは、この「呼びかけ」に対する「応答」を、その時代々々の中で、再現し続けることです。今から147年前の1874年に、創立者、チャニング・ムーア・ウィリアムズが米国聖公会の支援のもと、築地の外国人居留地に、「立教学校」(St. Paul’s School)を開学した時に、ウィリアムズが受けとめたその「呼びかけ」の声を、可能な限り雑音を排除して、鮮明に、かつ深いところで、聴き取ることのできる「場所」を捜し求めること。その時々の時代的状況の中にあって、いかにすれば、その「場所」に至ることができるかを、全身全霊で思いめぐらし、苦闘すること。これこそが、私たち、立教大学に、また、とりわけ、創立150周年を迎える、第22代総長に課せられた「ミッション」であると確信しています。
私が、総長として最初に行う仕事は、本日付けで、立教大学の全学生、全教職員に対して、『立教大学ヒューマン・ディグニティ宣言』を発信することです。ウィリアムズは、当時の「実利主義」や知識、技術を物質的な繁栄と立身出世の道具とする日本の風潮とは明確な一線を画して、立教を「キリスト教に基づく真の人間教育を行う場」と位置づけました。それ以来、立教大学は、一貫して、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にし、他者の痛みに敏感に共感できる者たちを生み育てることを、「建学の精神」の根幹としてきました。そのことを、私はまずもって、立教大学の全構成員と共に確認したいのです。
「尊厳」を英語では「ディグニティ」(dignity)と言いますが、その語源はラテン語の「ディニタース」(dignitas)であり、本来の意味は「その存在に価値があること」です。神によって創造されたすべての<いのちあるもの>の存在には価値があり、それは決して損なわれてはならない。これこそが、立教大学が創立以来、規範としてきたキリスト教の中心的教理であり、本学の教育、研究、社会貢献のすべての基礎的原理でなければならないと考えています。
「立教的価値」、「立教モデル」を、世代を超えてつなぎながら、<All立教>で、力をあわせて、立教の未来を創造していきたい。来る、2024年、立教大学創立150周年に向かって、立教大学の「建学の精神」を再確認しつつ、私たちの立教大学を、教える者と学ぶ者、そしてそれを助ける者が、真に「誇れる大学」に、そして、「選ばれる大学」へと、ご一緒に変革していきたい。そのために、私は総長として、全力で、また、誠実に、私に与えられたミッションを果たしてまいります。どうか、お支えくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
最後に、米国の神学者、ラインホルド・ニーバーの祈りに聴きながら、私の総長就任の挨拶とさせていただきます。


神よ、変えるべきものを変える勇気と
変えてはならないものを受け入れる冷静さと
そしてその両者を見分ける知恵を、私たちに与えてください

アーメン

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