立教大学社会福祉ニュース
第23号(WEB2号), 2003年3月31日発行

2002年11月30日 公開講座 質的研究法 第1回

グラウンデッド・セオリー・アプローチの分析技法
―修正版M-GTAを中心に―

講義: 本研究所所長・社会学部教授 木下康仁
研究例報告:
お茶の水女子大学人間文化研究科 林葉子氏
社会福祉法人至誠ホーム立川・臨床心理士 小倉啓子氏
立教大学社会学研究科 佐川佳南枝氏

受講報告者: 所員 潮谷恵美

 本研究所では研究活動の交流や還元を目的として公開セミナー「家族援助技術セミナー」,「対人援助技術セミナー」のほかに,学内外を問わず参加できる連続公開講座「社会福祉のフロンティア」を開催してきている。そして,昨年から新たに,公開講座「質的研究法」が開催されることとなった。その第1回,「グラウンデッド・セオリー・アプローチの分析技法-修正版M-GTAを中心に」は11月30日に140名を超える参加者を迎え,盛況なものとなった。
 グラウンデッド・セオリーは福祉や看護領域における質的研究方法として注目され,用いられてきている。しかし,この方法をいざ,学習し,分析を実際に用いようとしたとき研究方法論としての理解と活用に困難がしばしば指摘されている。地域的にも,また,専門領域的にも広範囲から,多くの方が参加され,熱心に受講されていたことは,この研究法についての関心の高さと学ぶ機会が求められていたことの現れだと見受けられた。

 本講座では本研究方法の学びを重ねてこられた「実践的グラウンデッド・セオリー研究会」(代表 梅花女子大学 青木信雄教授)の水戸美津子先生(山梨県立看護大学看護学部教授)が司会を担当され,後段に研究会メンバーの3氏がそれぞれの研究例を報告された。
 まず,講座は本研究所所長であり,著書「グラウンデッド・セオリー・アプローチ:質的実証研究の再生」(弘文堂 1999)などで修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを提案されている木下康仁先生の分析技法を中心とした講義から始められた。続いて,林葉子氏,小倉啓子氏,佐川佳南枝氏の三氏による研究報告をうけて,その後,総括的にフロアーとの質疑応答が行われた。
 グラウンデッド・セオリー・アプローチは,1960年代に社会学者バーニー・グレーザー(Barney G. Glaser)とアンセルム・ストラウス(Anselm. L.Strauss)の共同研究に用いられた方法である。しかし,その方法論,認識論をめぐって両者がそれぞれに解説書を出版して,それぞれの論に対しての批判が繰り広げられ,独自に語られるようになった。このことがグラウンデッド・セオリー・アプローチの理論的難解さと実践的不明快さを生むことになった要因の一つとして指摘されている。
 講義では,木下先生から本アプローチの要点と認識論について示された後,先生が提案されているグレーザーとストラウスによって考案されたオリジナル版の基本的特性を強調し,分析方法を簡便にした修正版に関する方法論上の理解と具体的な分析技法について順を追って解説された。その内容については,以下に要約したとおりである。

 木下先生によると,「質的研究法」は,「数量的研究」に対する従属的かつ補足的側面のみが強調されてきたため,質的研究法の一つとしてのグラウンデッド・セオリー・アプローチに対する理解の混乱が起きているということであった。そして,「質的研究法」というカテゴリーでまとめられている各種の研究方法は,データが質的,言語化されているということでは共通に説明され得るが,データの解釈の仕方と理論的立場および学史的な位置づけがそれぞれ異なっており,個別の研究法として一つひとつを理解することが必要であると述べられた。なかでも,グラウンデッド・セオリー・アプローチは,その考案者であるストラウスとグレーザーそれぞれのバックグラウンドがもたらした数量的認識論への親和性と象徴的相互作用論からの影響という,いわば二律背反的な要素の微妙なバランスの上に構築されてきた方法論であるため,そのことが研究方法としてのユニークさと解りにくさの両面をもたらしていると指摘された。
 また,グラウンデッド・セオリーの理論的な特徴として,①「継続的比較分析法」であるということ,②「データに密着した分析から独自の概念をつくり,それらによって統合的に構成された説明図」であること,③「社会的相互作用に関係し,人間行動の予測と説明に関わるとともに,実践的活用のための理論」であることの三点をあげ,そのような限定的な領域におけるグランデッドセオリーアプローチの優れた説明力について解説された。その上で,そのプロセス性や領域限定性などからヒューマンサービス領域における研究方法としての適性があることや,グラウンデット・セオリーの生成とその応用場面における「現象の解釈者(研究者など)」と「応用者」の双方が持つ積極的役割について論じられた。
 さらに,分析の要点として,データに対しての密着性とデータと概念の関係に関する説明が加えられた。特に,データを分析者が直接解釈するということの重要性が指摘された。グラウンデッド・セオリー・アプローチにおけるデータの解釈は・・意味・を・・・・読みとるということが本質的に極めて重要であり,単に分析の手順どおりに整理と分類を行うことによって意味を得るものではないということが強調された。そして,グラウンデッド・セオリー・アプローチにおいては,研究者自身の問題意識と関心がしっかりと組み立てられていることが肝要であり,手順どおりに分析を行っても,そのこと自身が分析結果を担保することには,何ら成り得ないということが説明された。
 また,グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,生成された概念はデータにあった事柄を説明できるものであるため,生データよりも生成された概念そのものが重要であり,データに基づいて概念がつくられたならば,例示的な部分以外の生データについは,特に明示する必要性がなくなること。そして,分析結果は,データから解釈し,定義された概念と概念同士の関係からなるカテゴリーによって説明されること。その際に,概念がどれだけデータにフィットして解釈できるかが重要な鍵になること。そのための訓練が必要となること。データに現れた頻度や個数,インタビュー対象者の属性などは結果に反映されないということなどについても言及された。
 加えて,研究テーマの絞り方や分析ポイントの設定,具体的な分析手順が図解とともに示された。さらに,グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,結論で提示する新たな知見が経験的知識の再構成に寄与することができる内容であることが研究としての評価と深く関わるため,テーマの意義を意識的に確認することの重要性が指摘された。そして,例示的に分析における分析ワークシートの作成上の留意点について述べられた。
 続いて,グレーザーとストラウスによって考案されたオリジナル版,その後著されたストラウス・コービン版,グレーザー版と木下先生が提案している修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチのそれぞれを比較しながらその特徴や相違点を含めた説明がされた。修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの特徴としては,オリジナル版で示された基本的な特性である「Grounded on dataの原則」,「概念を最小単位としたコーディング法」,「実証性」,「コーディングと平行の深い解釈」,「応用が検証」等を強調していることと,分析方法の簡略化があげられた。特に,データを切片化することなく,現象のコンテキストを大事にすること,データに密着してコーディングし,大胆に解釈した概念によって理論生成する方法であること,そして,論理的な必然性とその飽和化によって生成された理論を研究論文としてまとめていく手順について解説された。さらに,概念のバリエーションによる比較検討の具体的な方法や論文としてのまとめ方をはじめ,予想される批判に対する技術的な対策や評価基準についての解説が丁寧になされた。そして,上述したような理論の特徴や技法を踏まえて,論文としてまとめる際に,スーパーバイズを得ながら理論生成を進めていくこと,また,その結果を応用し,実践のなかで活用しながら,理論を修正していくことの可能性とその意義について,まとめられ講義を終えられた。
 
 講義終了後には,理論生成を進めていく研究例として林氏から「有配偶男性介護者の介護役割受け入れプロセスの研究」,小倉氏から「実践現場の日常的なデータから研究へ:特養ホーム入居者の適応プロセス」,佐川氏から「統合失調症患者の薬に対する主体性獲得に関する研究」の3つの報告がなされ,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの実際についての理解が深められた。
 林氏の報告では,ワークシートや概念図などが示され,研究過程や概念生成,論文執筆の留意点が実例によって説明された。また,小倉氏の報告では,分析テーマの限定の仕方やデータ解釈のプロセスについての丁寧な解説が行われた。そして,佐川氏の報告では,継続的比較分析の取り組みが具体的に示された。
 3氏の報告後,質疑応答がなされ,本公開講座は終了となった。
 木下先生の講義に始まり,3氏の報告,そして,質疑応答の全過程を通して,多くの参加者が一様に真剣な面持ちで聞き入り,ノートにペンを走らせていた様子は印象的であった。

 社会福祉や医療をはじめとするヒューマンサービスに関わる領域を研究する者にとっては,質的な研究方法によらなければ,現象を明らかにすることが困難な研究テーマが多々あると思われる。しかしながら,研究方法の吟味や深い理解を基礎としながら自らの研究テーマに取り組んでいかなければならないという認識は有していても,本講座を受講するまでは,自分自身の研究に必要となる一つひとつの方法について体系的に学び,また検討できる機会をあまりもてていなかったということの気づきを得た。今回の受講によって,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの要素として研究者(現象の解釈者)の意識的な位置づけや,研究テーマに対する積極的な意味づけ,そして,生成された理論の応用に対する主体性と継続的な研究視点の必要等について確認することができた。このことによって,自分の研究テーマを追求する方法として,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いることへのますますの魅力とその成果への期待を感じとると共に更なる研究への取り組みを促された。

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