立教大学社会福祉ニュース
第22号(WEB創刊号), 2002

2001年6月26日 公開講座 社会福祉のフロンティア 第21回

スウェーデンにおける高齢者ケアの危機と対応
―1990年代の変化を中心に―

スウェーデン・イェンシェピン老年学研究所
ゲルト・スンストローム教授 講演

報告者: 研究員 新田雅子

 スンストローム教授は,スウェーデンを代表する社会老年学者である。氏は膨大な調査研究業績と,それらに基づく的確な同時代分析と将来予測によって,現代のスウェーデンが経験している変化を多くの人々に伝えている。今回の公開講座ではそれに加え,自身の母上のエピソードを挙げてわれわれ聴衆に具体的なイメージを喚起させるなど,氏の配慮に満ちた人柄にも触れることができた。以下,講演内容を要約する。
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 ここ10年ないし20年間,スウェーデンの高齢者ケアをめぐる状況は大きく変化してきた。変化の要因は二つある。一つは国家財政面の削減,もう一つはかつてない家族の重要性の拡大である。後者について,一般的にスウェーデンは家族の紐帯が強くないと考えられてきたむきがあるが,現在,法的に結婚しているかどうかは別として,人びとは今までにないほどパートナーと長く連れ添い,配偶関係として非常に安定しているといえる。高齢者ケアに関しても,最近の調査の結果からは,援助を必要とする高齢者を配偶者や子供などの家族が支えていることがわかっている。
 今日,スウェーデンの高齢者がケアを必要とした場合,それを手に入れる手段は三つある。一つは政府から――スウェーデンの場合は地方自治体からの公的なサービス提供であり,無料かもしくは低額の自己負担がある。二つめは上で少し触れた,家族によるケア。そして三つめは市場によるものであり,その中には移民を個人的に雇って家事や介護をまかない,税金の徴収を免れている"ブラックマーケット"も含まれる。政府と家族と市場――これらは80年代から90年代にかけての潮流の変化に大きくかかわっている。これらの役割関係の変化は非常に複雑にからみあっている。
 スウェーデンの国家予算のうち,高齢者を支えるサービスは主に年金,住宅手当,ヘルスケア,施設サービスである。国内総生産の14%を高齢者ケアに割いているが,そのうちの大部分を占めるのが年金,次に住宅手当である。施設サービス自体の予算は年々縮小している。50年代から1970年代半ばまで,サービスは施設・在宅ともに増加していた。その後はだんだんと減少し,特にホームヘルプサービスは顕著に減少傾向である。
 1950年代,スウェーデンの老人ホームは,「死ぬ間際になった人を収容する」ためだけの,悲惨な状況であった。それでも当時は在宅サービスがなかったために,ケアを要する高齢者はここに入る以外に方法はなかった。この状況を告発したスキャンダルは,在宅サービスの設立と充実に向けて政府に働きかけた。現在,基本的には,ホームヘルプサービスは無制限に受けることができる。つまり原則的に上限は設定されておらず,24時間サービスは可能である。しかし実際には,そうしたケースは全身的な障害など,きわめて限られている。通常のサービスに関しても,第一義的に利用可能なのは一人暮らしの高齢者である。
 といっても,スウェーデンでは施設入所者を除く高齢者の52%が単独で暮らしている。高齢者が子供との同居を選ばず,彼/彼女ら自身で自立して暮らすという傾向は,欧米,日本,中国など,多くの国々でみられる。すなわち,単独世帯と高齢夫婦世帯の増加は家族の同時代的な動向である。スウェーデンで高齢者が成人した子供と同居している場合,親の介護というよりは,子供の方の事情で,障害があったり,アルコール依存であったり,そうした特殊な事情のあるケースが多く,その大部分は青年期を過ぎた息子である。高齢者自身も子供と同居したいとは思っていない。しかし,子供のうちの少なくとも一人には近くに住んでいてもらいたいと考えており,実際にそういうケースが増えている。
 傾向としては80年代から議論されていたことであるが,90年代に入って,とりわけ1994年から2000年の標本調査にもとづく結果では,インフォーマルケア(配偶者か子供によるケア)の割合が明らかに増えていた。たとえば,家族から受けているケアを公的なサービスでまかなった場合を試算するという調査を実施したところ,90年代に入って,家族によって提供されているサービスの比率が非常に高くなっていた。つまり,家族の役割はより大きいものになってきていると考えられる。
 ただし,このようなやり方では,当然公的なサービスに含まれている項目しか換算できないため,得られる結果は現実を低めに評価していると前提しなければならない。実際に家族がやっていることは,仕事に行く前に親の家に寄って顔をみて行くとか,ストーブの火が消えているか確認するとか,そうした多くの細かい配慮と行為を含むものであるが,これらは公的なサービスのメニューに入っていないからである。家族によるケアの内実の変化は,統計的には説明できないことがらである。
 家族の役割の拡大と並行して,先にも述べたように,ホームヘルプサービスの利用割合が下降している。つまり,ホームヘルプを受けられる人が少なくなってきている。これをもう少し詳しく見てみると,利用平均値は下降しているが,サービス利用可能性は高まっている。全体としてサービス利用割合は低くなっても,ニーズが高くなってからであれば高い割合でニーズに応じたサービスを受けられるということである。逆に言えば,ニーズが高まらないとサービスを受けることはできなくなってきているのである。
 各種サービスの質の時代的変化や,家族の果たす役割の変化,個々人の生活状況などについて統計的方法で析出した結果を歴史的・国家社会的な文脈で比較検討する際には,その時間的・文化的な相対性を十分に検討し,解釈を熟考しなければならない。
 次に,平均値の比較における方法論的問題について留意しつつ,施設サービスと高齢者の所得について説明する。
1990年代に入ってからの大きな変化の一つに,サービスを受ける人が重度化しているという点がある。先にホームヘルプを利用するにはかなりニーズの高い状態にならなければならないと述べたが,施設サービスに関しても,サービスを受けるまでには相対的な待機時間が長くなっている。
 高齢者のうちの8%という施設入居割合は1950年も2000年も変わらない。しかし施設で亡くなっている人が,50年には高齢者全体の15%であったものが2000年には40%になっている。このことは,施設入居者の身体的・精神的障害の重度化を意味している。そして,施設入居期間は明らかに短くなっている。かつてなら10年,20年施設で過ごしている高齢者を目にすることがあったが,現在はそうした人をみることはほとんどない。施設入居になる前に,サービスを利用しながら少しでも長く在宅で生活しようと考えるからである。方法論的な点として注意しなければならないのは,単純に施設入所者割合の比較では現実を把握できないということである。それだけをみるならば,1950年も2000年も変化なしと思われてしまうだろう。
 次に,高齢者の所得について。年金生活者の運動は年ごとの年金受給額の引き上げを実現してきている。平均値で見れば,彼/彼女らの年金所得は年々増加している。負担者である若者たちは,それに対する不満を少なからず持っている。しかしながら,数年前に行った高齢者個々人の所得に関する調査によれば,個々の年金生活者の所得は年々減少している。個人個人は集団で見られているほど裕福ではないのである。
 一ヶ月前の世論調査では,公的制度に対する信頼を聞いた質問に関して,その信頼が薄らいでいるという結果がでた。公的なものであれ個人的なものであれ,老齢年金や貯金については皆関心が高い。かつてスウェーデンでは,高い税金を支払うかわりに将来必要なサービスは受けられるという,公的システムに対する国民の間での暗黙の合意――契約とでも言えるもの――があったが,現代ではこの関係が疑念を呈されているのかもしれない。
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 スンストローム教授は,家族の重要性の拡張と政府の縮小,市場の進出という90年代以降のスウェーデンの変化が内容的にはどのようなものであるのかを,統計データを活用しつつ,またその方法論的な限界と課題にも言及しながら詳細に説明した。国家財政の削減と市場原理の公私両面への導入,施設入居者の重篤化と入所期間の短期化,在宅への志向性の強まり,そしてとりわけ,こうした変化と家族ケアへの期待や役割の拡張が相関しているという指摘は,今日の日本における高齢者ケアシステムを考える上でも非常に興味深いものであった。
 講演の後に引き続き行われた質疑応答では,主に次のような質問に対して教授が真摯に応答した。
 ・近所同士Neighborsの助け合いについて:個別的に聞いていかないと実態が把握しにくいため調査が難しいが,スウェーデンでも日本でも,家族でもサービス提供者でもない,第三の人たちとして,今後一層重要な部分になるだろう。
 ・日瑞の高齢者ケアの違いについて:質・量ともに,差は狭まっている。将来的にもどんどん違いは少なくなってくるのではないだろうか。システム的に言えば,これはもっとも異なる点であるが,スウェーデンでは,日本のように国家レベルでの保険システムがあるわけではなく,高齢者ケアの責任主体はすべて地方自治体であり,強い権限をもっている。そこでいま問題になっているのは,自治体間格差である。サービスを十分供給できる自治体では自己負担料も安く済むが,リソースが限られている自治体では,サービスを利用することも困難であるし,負担も重くなる。これはヨーロッパの他の国々でも同様に問題となっている。
 ・EU加盟による影響について:影響はそう大きくないと考えている。スウェーデンは移民を多く受け入れているが,その多くはEU以外の地域からの移民である。人口流動性は高くなると言われているが,人びとはそれほど自分の国を簡単に離れないのではないだろうか。また,社会サービスに関しては,国内的なことがらであって,財政の問題はすでに以前から引き続いていることであるから,EUの加盟が直接的に社会保障に影響を及ぼすとは考えていない。まったく別の現象として,北欧やイギリス・ドイツの退職者が暖かくて物価も安いスペインに移住するという一部の流れはある。しかし,それはほんの一部であり,また彼/彼女らがずっと高齢になって,病気になったり支援を必要とするような段階になったら,もとの国に戻ることになりがちである。
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 最後に,木下所長からの次のような質問に対して,スンストローム教授は自らの立場を率直に表明した。「スウェーデンの今日の変化は,いわゆる黄金時代のスウェーデンモデルの,本質的な変容を意味しているのでしょうか?」「それは人によると思います。住んでいる国が根本的な貧困にあえいでいるような国であれば,われわれの困難はその国の人たちにはなかなか理解できないでしょう。また,それは見方の問題でもあります。スウェーデン人の中にも,将来に大きな不安を抱いて心配している人と,かつてとの違いはそう大きくないと考えている人とがいます。私はこのグループに属します。危機はそれほど深刻なものではないと考えています。しかし,今のような状況がこれからもずっと続くとしたら,私も心配になるかもしれません」。
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