2003年10月25日 第11回 家族援助技術セミナー 受講報告

グリーフ・カウンセリング
—喪失・哀悼・回復—

講 師:本研究所所員・立教大学名誉教授
佐藤悦子

報告者:東京保護観察所総務課長補佐
生駒 貴弘

1.はじめに
2003年10月25日(土),立教大学池袋キャンパス太刀川記念館において,第11回家族援助技術セミナーが開催されました。今回は,立教大学社会福祉研究所の元所長であり現在も様々な方面で御活躍されている佐藤悦子先生を講師として,「グリーフ・カウンセリング」をテーマに開催されました。
 私自身は,開催案内をいただいた時点では,「グリーフ・カウンセリング」という言葉自体を全く知らず,予備知識は全くありませんでした。しかし,自分にとって新たな知見を与えていただけるのがこの家族援助技術セミナーの魅力であり,講師が長年お世話になっている佐藤先生ということもあり,迷わず参加申込をしました。
 また,この家族援助技術セミナーは,必ず講義だけではなくロールプレイやグループワークなどの「実習」が行われることが常であり,特に今回の講師である佐藤先生は,「自分自身が関与すること」を参加者に強く求める方なので,一定の緊張感を持って会場に臨みました。

2.講義について
 当日のセミナーの構成は,午前中に佐藤先生の講義が1時間半,午後は参加者全員によるグループカウンセリング実習が3時間という内容でした。まず,午前中の講義について報告します。
 最初に佐藤先生から,「今日のゼミでは,まず自分自身が経験した喪失体験を一つ決めて,その視点からこのテーマにコミットメントしてください。」というお話がありました。今回のセミナーでは,直近に大切な人との死別などの喪失を体験されている方も参加されていたようですが,私の場合は,直近にこうした喪失体験がなかったこともあり,講義が終わるまであれこれ迷って一つに絞りきれませんでした。しかし,それでもいくつかの喪失体験を思い浮かべていましたので,講義内容は自分自身の体験を追体験することで,より鮮明に理解できたのではないかと思います。また,佐藤先生が今回このテーマを取り上げた事情として,先生ご自身が大切な方との死別により,そのグリーフ過程の渦中にあるからとのお話があり,対人援助のプロフェッショナルとしての崇高な思いを感じることができました。それは,対人援助に対する考え方として,自分自身の存在そのもので関わるというのが,まさに私が感じている佐藤先生の一貫したスタンスであり,教えであるからです。
 「グリーフ・カウンセリング」の「グリーフ」とは,日本語では「悲嘆」という言葉で表現されます。グリーフ・カウンセリングは,広く考えれば,その人にとってのあらゆる「喪失」が対象になるとのことでしたが,より特定して考えれば,その人の実存を脅かすような特定の喪失,例えば大切な人との「死別」や「離別」などによって生じる特定のプロセスを援助するための集団療法であるというお話でした。この「特定のプロセス」というのが少し分かりにくいのですが,人にとってかけがえのない対象を喪失したとき,そこから時間の経過に伴って辿るべき望ましいプロセスがあるということです。講義ではこれを「悲哀の作業」と呼んでいました。そして,この作業が適切になされないと癒しに至らず悲しみが慢性化するということでした。具体的には,㈰喪失を現実のものとして受け入れる,㈪悲嘆の情緒の中に入る,㈫他の対象へのエネルギーの再投入,というプロセスです。このプロセスの進み方ということも,佐藤先生ご自身の悲哀の体験を交えてわかりやすく説明されました。
 私は,このセミナーに参加する前は,「悲しみを癒すための面接技術」のようなものを漠然とイメージしていましたが,内容は随分と違っていました。私は,グリーフ・カウンセリングが集団でのセッションを基調とする技法であるということと,講義の中で喪失からの癒しの進め方がいわば理詰めで説明されたことに新鮮な印象を受けました。

3.実習について
 実習は,佐藤先生を含めた全参加者が円形状に向かい合い,それぞれの喪失体験を語り,悲哀の作業のプロセスを辿って行くという方法で進められました。私自身は,喪失体験に向かい合うという重いテーマに取り組むため,場合によっては不用意な言葉で相手を傷つけてしまうこともありえるので,多少の不安もありました。また,私自身の喪失体験については,すでに自分の中で解決されている事柄しかなく,あまり話す意味はないと感じていました。
 最初に佐藤先生から,「どなたか自分自身の喪失体験を話してもらえませんか。」という呼びかけがあり,それに応えて一人の方が口火を切っていただきました。そのお話に呼応し,一人の方の感情が涙となって表れ,すかさず佐藤先生がその方の喪失体験に焦点を当てるという,連鎖的な形でセッションが進んでいきました。セッションの前半は,主に大切な人との死別の悲しみについて,後半にかけては,主に恋人との離別の悲しみについて,いろいろな方の喪失体験が語られていきました。不思議だったのは,多くの方が「本当は話すつもりはなかったんですけど‥‥」という前振りをしてから話し始めていたことです。つまり,私もそうですが,最初は警戒して黙っていようと思いながら,自分自身の感情に突き動かされるように喪失体験を話したくなってしまうという,感情の連鎖のような流れがありました。私自身も,ある方の恋人との離別の話を聞くうちに,自分自身の過去の体験をどうしても話したくなり,思わず手を上げていました。私の体験談は,なぜか悲哀の渦中にいる方にとって参考になったようで意外でした。後で振り返ると,私の体験談は,すでに自分の中で完結している事柄であったからこそ,ある程度,悲哀の作業の道筋を示すことができたのかもしれません。自分自身で意味のない話と考えていたことが,実は意味のある話だったということが分かりました。グリーフ・カウンセリングが集団でのセッションを基調とするのは,このような点でのメリットがあるからかもしれないと感じました。
 セッションの終盤では,喪失対象と訣別するための儀式として,誰も座っていない椅子と向かい合い,「さようなら」を言うという課題に取り組みました。ここでも,何人かの方が自ら手を上げて椅子に向かい合いました。喪失の悲しみの重さを感じました。
 そして最後に,佐藤先生から,参加者全員に対する感謝の言葉がありました。佐藤先生がそう発言されたのは,このセッションが安全に終わったこと,また,有意義な時間を共有できたからだと感じました。重いテーマであるだけに,参加者同士が傷つけあってしまうリスクもあり,舵取りをするリーダーは特に高い専門性と責任が要求されると感じました。
 
4.おわりに
 グリーフ・カウンセリングに関する予備知識は全くないまま臨んだ今回のセミナーでしたが,講義と実習を通じて,その概要を知ることができました。また,セッション終了後,沸きあがるような家族に対する感謝と愛着の気持ちを覚えたことが不思議です。私の仕事である刑事司法の分野で考えれば,犯罪被害者の方の精神的なケアという極めて重要な課題と関連するテーマでもあり,非常に有意義な示唆を得ることができました。
 同時に,援助者として持つべき姿勢について,過去の社会福祉研究所のセミナーで佐藤先生に教えていただいた「大切なこと」を再確認できた有意義な一日でした。「悲哀の感情」は,そもそも喪失対象に対する「愛着」があることが前提であるというお話もありましたが,こうした感性を豊かにすること,つまり自分自身の家族など大切な人たちと誠実に向かい合い,そこから何かを感じることで,援助者として今後も成長していきたいと感じました。
 

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