2017/01/17 (TUE)プレスリリース

金星の巨大な弓状模様の成因を解明
— 金星探査機「あかつき」の観測を数値シミュレーションで解析 —

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

理学部の福原哲哉助教と田口真教授が所属する観測・解析チームは、金星探査機「あかつき」に搭載された中間赤外カメラ(LIR)により、金星の雲頂に南北約10,000kmにおよぶ弓状の模様が出現することを発見しました。この中間赤外カメラ(LIR)は、立教大学が主導して宇宙航空研究開発機構と共に開発したカメラです。

本研究成果は、英国科学誌『Nature Geoscience』のオンライン版に2017年1月17日付で掲載されました。

1. 発表のポイント

  • 金星探査機「あかつき」に搭載された中間赤外カメラ(LIR)が、金星の雲頂に南北約10,000kmにおよぶ弓状の模様が出現することを発見した。
  • 弓状の模様は、金星の地形によって作られた波が上空に伝搬し、硫酸の雲に影響を与えた結果として現れていることを解明した。
  • 金星雲頂の観測から下層大気の様子を推測できることを世界で初めて示した。

2. 発表概要

金星探査機「あかつき」に搭載された中間赤外カメラ(LIR)は2015年12月、南北方向に約10,000kmにおよぶ弓状の模様を発見しました。この模様は、4日間にわたる観測期間中、金星大気中の東風(スーパーローテーション)の影響を受けずにほぼ同じ場所にとどまっていました。数値シミュレーションを用いて調べたところ、大気下層に乱れが生じると、そこから大気中を伝わる波が発生します。その波は、南北に広がりつつ上空に伝搬し、高度65km付近にある雲の上端を通過する際に観測された弓状の温度の模様を作ることが分かりました。本研究から、金星雲頂の観測から下層大気の様子を推測できることが示されました。
発表媒体
雑誌名
Nature Geoscience

論文タイトル
Large stationary gravity wave in the atmosphere of Venus

著者
福原哲哉(立教大学)、二口将彦(東邦大学)、はしもと じょーじ(岡山大学)、堀之内武(北海道大学)、今村剛(東京大学)、岩上直幹(専修大学)、神山徹(産業技術総合研究所)、村上真也(宇宙航空研究開発機構)、中村正人(宇宙航空研究開発機構)、小郷原一智(滋賀県立大学)、佐藤光輝(北海道大学)、佐藤隆雄(宇宙航空研究開発機構)、鈴木睦(宇宙航空研究開発機構)、田口真(立教大学)、高木聖子(東海大学)、上野宗孝(神戸大学)、 渡部重十(北海道情報大学)、山田学(千葉工業大学)、 山﨑敦(宇宙航空研究開発機構)

3. 発表内容

金星探査機「あかつき」に搭載されている中間赤外カメラ(LIR、注1)は、2015年12月に行われた初期観測で、南北方向に約10,000kmに及ぶ弓状の模様を発見しました。金星大気にはスーパーローテーションと呼ばれる東風が常に吹いています。スーパーローテーションの速さは金星を覆う雲層の上端(高度約65km)で秒速約100mにも達します。LIRが発見した南北方向に伸びる弓状の模様は、初期観測期間中、スーパーローテーションによって流されることなく、同じ場所にとどまっていることが確認されました。「このような現象をこれまでどの惑星でも見たことがない」「これは一体何だろうか」と画像を見た研究者らは驚かされました。そして、「このように大規模な温度構造は、どのようなメカニズムで形成されるのか」、惑星科学や気象学の研究者の間でその成因に関心が集まりました。

LIRは波長10㎛付近に感度を持つ「サーモグラフィ」です。LIRで観測すると金星の雲頂の温度を0.3℃の温度差まで見分けることができます。一方、同じく「あかつき」に搭載されている紫外イメージャ(UVI、注2)は、波長283nmおよび365nmの紫外線を捉えるカメラです。UVIで観測すると、LIRが観測する高度とほぼ同じ場所に存在するとされる未知の物質の分布を調べることができます。

LIRとUVIの初期観測は、15年12月7日から10日までの4日間行われました。研究チームは、このとき取得された画像にハイパスフィルタと呼ばれる画像処理を施し、目立たない構造を際立たせることで弓状構造の特徴を調べました。その結果、弓状構造は4日間にわたって地理的にほぼ同じ場所に出現しており、スーパーローテーションの影響を受けていないことが確認されました。一方、UVIの画像でも、かすかながら弓状構造が確認されました。

金星の地形と弓状構造の位置を比較すると、弓状模様の中心部分の直下には標高約5kmに達するアフロディーテ大陸が位置していました(図2)。観測で得られた弓状構造の成因を探るため、簡易的な金星大気の数値シミュレーションを行い、どのような条件下で弓状構造が発生するか調べました。シミュレーションでは、この地形の影響を模擬し、高度10kmの下層大気に局所的な気圧変化を与えると、それが「重力波」と呼ばれる波となって上空に伝搬し、高度65kmに達すると弓なりの形に広がることが示されました(図3)。つまり、下層大気の限られた領域での気圧変化が、大気を伝搬し、最終的には巨大な弓状構造を作ることが示されました。

地球でも、例えばアンデス山脈の風下で重力波が人工衛星で観測されることがあります。しかし、今回金星で見つかった弓状構造はそれをはるかに上回る大規模なものでした。このような波は、雲層を越えてさらに上空の大気にまで影響を与えていることが予想されます。

15年12月に観測された弓状構造は16年1月に入ると観測されなくなり、別の時期に別の場所で不明瞭ながら同様な構造が観測されました。弓状構造の出現には何らかの条件が必要であると推測されます。弓状構造の生成メカニズムの全貌を明らかにするには、このような発生条件を絞り込んでいく必要があります。そのためには、あらゆる時間帯と地表面領域をカバーするデータが必要です。観測チームは、観測用プログラムを改修し、弓状構造の観測を強化しています。今後、それらのデータの解析とより詳細なシミュレーションによって、これらの波の源である下層大気の気象について理解が進むことが期待されます。

4. 用語解説

注1:中間赤外カメラLIR
立教大学と宇宙航空研究開発機構等が、波長10㎛帯の赤外線を捉える「サーモグラフィ」として開発しました。非冷却マイクロボロメータと呼ばれる検出器が採用され、宇宙機搭載用として必須となる小型・軽量化を実現しています。一般に普及している民生品をベースに開発されたマイクロボロメータとしては初の宇宙機搭載品となりました。LIRは観測対象である金星雲頂(温度-40℃付近)での0.3℃の温度差を見分けることができます。「あかつき」で実用化されたこのカメラの等価品は、TIRの名で小惑星探査機「はやぶさ2」にも搭載されています。LIRをきっかけとして、非冷却マイクロボロメータを搭載した同様のカメラが次世代の宇宙機搭載品として次々に開発されて地球観測衛星にも搭載されており、急速に宇宙分野に普及しつつあります。

注2:紫外イメージャUVI
北海道大学と宇宙航空研究開発機構等が、波長283nmおよび365nmの紫外線を捉えるカメラとして開発しました。金星の雲の形成に関わる二酸化硫黄や紫外線波長で吸収を持つ未知の化学物質の分布を紫外線で捉えるとともに、それらの変動から雲頂高度での風速分布を求めます。

5. その他

本成果の一部は、JSPS科研費JP15K17767、JP16H02231の助成を受けたものです。

図1:2015年12月にあかつきが撮影した金星画像

図2:(左)2015 年 12 月 7 日の LIR 観測画像に見られる弓状模様の下には、アフロディーテ大陸と呼ばれる高地が存在する。 (右)コンピュータシミュレーションによって再現された高度65km付近の弓状の模様。金星大気の下層に大気の乱れが生じると、そこから発生した波が上空に伝搬し、高度65kmでは弓なりの形に広がる。

中間赤外カメラLIR

紫外イメージャUVI

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