ストレスを受けると、細胞にも変化は起こるのですか?

理学部生命理学科分子生物学系 岡 敏彦 教授

2018/04/23

研究活動と教授陣

OVERVIEW

ミトコンドリアを研究テーマとし、ストレスと神経に関わる病気の関係に細胞レベルで着目する、理学部の岡敏彦教授にお話を伺いました。

岡 敏彦 教授

長期にわたって強いストレスを受け続けたら心身に不具合が起きることは、誰でも経験的に知っている。うつになったり、アレルギーを発症したり。認知症やガンとの関係もしばしば取りざたされる。
こうしたストレスと病気の関係は医学をはじめさまざまな分野で研究が行われているが、岡敏彦先生がターゲットとしているのは人間丸ごとではなくヒトの「細胞」。

「人がストレスを感じ、それが病気を引き起こすメカニズムを知るには、体内でいったい何が起きているかを知る必要がありますよね。とはいえ、人間を対象にした実験で強いストレスを長期間かけ続け、体内の反応を見るというわけにはいかない。でも細胞を対象とした研究ならばそれが可能です」

人がストレスを感じたときには体内でコルチゾールというホルモンの濃度が上がることがわかっている。そこで岡先生は細胞にコルチゾールを与え続けたら何が起こるかを見ることにした。

「僕が注目しているのは細胞の中にあるミトコンドリアです」

ミトコンドリアは各細胞が使うエネルギーを作っている、いわば発電所だ。ミトコンドリアがエネルギーを細胞内に供給してくれなければ細胞が働けず、人は生命活動を維持できない。しかしミトコンドリアはエネルギーを作りだすのと引き替えに、自身を傷つける活性酸素も生み出してしまう。

「傷ついたミトコンドリアをそのまま放っておくと、細胞は十分にエネルギーを得られず、働くことができなくなります。ただ、生物の細胞というのはよくできていて、ダメになったミトコンドリアを取り除く仕組みが備わっているんです」

さまざまな試薬を使い、環境条件を変えてヒトの細胞がどう応答するかを調べる

ストレスと神経に関わる病気の関係に、 細胞レベルで着目します。

「生物学に興味をもったのは高校の時。猛烈に詳しくて面白い授業をする先生がいたんです」

ところが今回、細胞にコルチゾールを与えるという岡先生の研究によって、ダメになったミトコンドリアを取り除く仕組みがうまく働かなくなることがわかってきた。ストレスのせいでミトコンドリアの能力が落ちれば、結果として細胞が使えるエネルギーは減ってしまう。
人体を構成するさまざまな細胞の中でも、神経細胞はとりわけエネルギーを大量に必要とする。神経細胞がうまく働けなくなれば、身体的な不調はもちろん認知などのメンタルな面でも悪影響が起きかねない。

「ならば、神経細胞の活性に深く関わる病気の原因のひとつはストレスかもしれない、という推測ができます」

むろん、細胞レベルで起きたことがそのまま人の体で起きているとは限らない。しかしこうしてできるだけシンプルな形で要素を抜き出して観察することで、人体という複雑な生命体で起きる現象を理解するためのヒントが見つかることもある。

「人間の病気はさまざまな要因が複合的にからみあって起きることが多いので、目の前にいる人を観察して原因をひとつひとつ切り出していくのはきわめて難しい。でも細胞レベルで『ストレス』と『ミトコンドリアの活性』と『神経に関わる病気』の関係がわかれば、人間丸ごとを対象にした研究でもその関係に着目することで見えてくるものがあるかもしれない。こういう提案をすることが、我々のような基礎研究の人間ができる貢献のひとつじゃないかなと思っています」

心理学研究との融合を目指して、 基礎となる知見を積み上げます。

効率的に細胞を破壊する機械。既製品はなかったので、一からオーダーして作り上げた

ミトコンドリアの異常による病気の代表格はミトコンドリア病やパーキンソン病だが、発症や悪化にストレスが強く関係しているとはっきりわかれば、心理学としても社会に大きなインパクトをもたらす研究になりえるだろう。また、最近ではミトコンドリア異常とうつ病との関連性を示す知見も増えてきている。

「いまは基礎的な知見を積み上げているところですが、いずれはそれをもとにして、どうやって心理学とこの研究を融合させ、社会に還元していくかを心理学部の先生方と一緒に考えていきたいですね」

ミトコンドリアの不思議に魅せられ、 日々、謎を追いかけています。

岡先生の研究テーマはミトコンドリア。現在取り組んでいる「文部科学省私立大学研究ブランディング事業」ではストレスとの関係を探っているが、先生の興味はそれだけにとどまらない。細胞の中にありながらもまるで自立した別の生き物のように、核とは別のDNAをもち、複数に分かれたり一体化したり、増えたり減ったりを繰り返すミトコンドリアの不思議さに岡先生は魅せられている。ダメになったミトコンドリアだけがうまく排斥される仕組みや、内部にひだのような構造をもつ理由……。謎は山ほどある。

「生命科学という分野においては、ヒトやネズミなど個体のレベルで研究したい人もいれば、僕のように細胞レベルに惹かれる人もいる。もっとミクロに、分子レベルで謎を解きたいという人もいます。どの階層の研究に魅力を感じるかは食べ物の好き嫌いと同じで、おそらく理屈はない。でも自分の心が動く対象に出会ったら、研究は仕事や義務ではなく、趣味とかボランティアみたいに自分のもつ力や時間を惜しみなく注ぎ込めてしまうものになるんですよね」

と言って岡先生はフルカスタマイズで作り上げた実験用機材を、まるでバイク乗りが愛車に向けるようなまなざしで眺めた。

プロフィール

Profile

岡 敏彦

理学部生命理学科分子生物学系 教授

1994年東京大学大学院理学研究科にて博士号「博士(理学)」取得後、大阪大学産業科学研究所助手に。2004年よりマサチューセッツ工科大学リサーチアソシエート、2005年より九州大学大学院医学研究院准教授を経て2012年より現職。研究の中心テーマはミトコンドリアの品質管理・形態形成のメカニズムや生理的役割を解き明かすこと。研究は、ミトコンドリア品質管理の不具合が原因のひとつと考えられるパーキンソン病やミトコンドリア病の理解にも貢献すると期待されている。

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