メンタルヘルスツーリズムの展開

現代心理学部心理学科 小口孝司 教授

2017/07/28

研究活動と教授陣

OVERVIEW

現代心理学部 小口孝司 教授のメンタルヘルスツーリズムの研究についてご紹介します。

3つのポイント

  • 心理学と観光学は、似ている?!
  • 旅行に行けば、本当に癒される?!
  • 旅行は人の能力を高める?!

観光と心理学を組み合わせた メンタルヘルスツーリズムを提唱

現代心理学部心理学科 小口孝司 教授

「ストレス社会」と言われる現代、心の病気を抱える人たちが増加しているといわれています。そのやっかいなところは、完璧な治療法がないことです。

「投薬などの医学的手法はありますが、治療の決定打にはなっていません。また、心の病気を予防する方法として、これまではカウンセリングなどの心理教育というアプローチがありましたが、それを自主的に受けることにためらいがある人もたくさんいます。そんな人たちのために、これら以外の方法の1つとして10年前より私が提唱してきたのが、メンタルヘルスツーリズムです」

こう語るのは、立教大学現代心理学部の小口孝司先生。メンタルヘルスツーリズムとは、昔からある湯治のように、訪れた先での癒やしによって心の健康を増進するための観光・旅行のこと。もともと小口先生の専門は社会心理学ですが、観光との組み合わせを思いついたのは、立教大学社会学部の助手に就いた際に、観光学科の教授から観光研究のサポートを依頼され、観光学と社会心理学との接点が生まれたことがきっかけです。その後、千葉大学文学部行動心理学講座の助教授に就いて以降、本格的に観光心理学の研究に取り組み、同大学地域観光創造センターの副センター長を務め、文科省からのプロジェクト研究を実施したり、千葉県知事や県の観光協会の人たちとともに、地域創生にも尽力したりしてきました。

一見、心理学と観光学は遠いイメージがありますが、小口先生によると、多くの接点があるそうです。

「観光学の半分ぐらいは心理学といっても過言ではありません。たとえば、観光学のデータの分析や調査手法さらには概念も心理学から援用されています」

とはいえ観光学と心理学の双方に携わっている人はまだまだ少ないのが現状。これは日本だけではなく、世界的に見ても同様の状況です。それだけに、メンタルヘルスツーリズムは今、まさに注目を集めつつある分野なのです。

「旅行と仕事のストレスの関係性」の研究で、 国際学会において最優秀論文賞を受賞

マレーシアのクアラルンプールで開催された第21回APTA Annual Conferenceで最優秀論文賞を受賞。

小口先生が研究を進めているメンタルヘルスツーリズムとは、どのくらいの効果があるものなのでしょうか。日帰りや1泊2日という短期間ではそれほど効果がないようにも思いますが、実際にはストレスが軽減されることが証明できたといいます。この研究は「短期滞在の休暇が日本人従業員のメンタルヘルスに与える影響」という論文にまとめられ、2015年のAPTA(アジア太平洋観光学会)で最優秀論文賞を受賞しています。

「大手企業の労働組合と組んで行った研究でした。1泊2日、自然の中にある施設で、心の健康に有効に働く森林セラピーやヨガなどのプログラムに参加してもらい、どのくらい疲労が低減されるかを検証しました」

具体的には、旅行の前後に実施したアンケートによる自己報告と、指先で測定した脈波の解析による疲労の測定という2つの方法で評価しました。

「参加者はいずれも『疲労が軽減された』と実感しており、それを数値としても表すことができました。特に疲労の強い人にメンタルヘルスツーリズムは有効だとわかりました」

また、同研究の共同研究者である経済学の先生が、メンタルヘルスツーリズムの経済効果を検証したところ、ツーリズムにかかる費用を勘案しても、現状よりは経済に大きくプラスに作用するという結果が得られたとも報告されています。

旅行経験が豊富な人ほど人事評価が高い?! 「社会に生かす心理学」で社会変革を促す

メンタルヘルスツーリズムで有効なプログラムの1つとして取り入れられているタラソテラピー(海水・海泥・海藻などを生かした海洋療法)。

小口先生の研究は、「心の病気」の治癒・予防にとどまりません。

「心の病気を抱えていない人にとってのメンタルヘルスツーリズムや旅行の効果や、さらには旅行や有給休暇が企業の業績に及ぼす影響に関する研究も同時並行で進めています」

前者では、大手企業において、旅行経験が多い人ほど人事評価が高いことがわかりました。

「旅行に出ると、創造性やコミュニケーション力など、さまざまな能力が伸長されます。それが仕事の場面でも生かされていると推測できます」

後者については、複数の企業でのヒアリング調査やインターネット調査を実施して、有給休暇消化率の高い企業ほど業績がよいことが示唆されました。しかし、現実問題として、日本の企業ではまだまだ休暇をとることに罪悪感を持つ人も少なくありません。そのため、この研究もまた、早く論文として発表したいと小口先生は熱意を語ります。

論文で示された、メンタルヘルスツーリズムが疲労が高い人に有効に働くことを示したグラフ。疲労を強く感じていた人(High)は、疲労が低下している

「休暇をとって旅行に出かけることが、日々の生産性向上に寄与することを示すことができれば、政府が現在進めている『働き方改革』はもとより、日本社会の変革を後押しするエンジンになり得ると考えています」

同時にメンタルヘルスツーリズムの定着は、日本の成長戦略の柱の1つである観光振興にも大きな影響力を及ぼす可能性を秘めています。

「温泉や森林など、日本にはメンタルヘルスツーリズムにふさわしい環境が豊富にあります。研究を進めて、どのような環境やプログラムが心の健康により有効に働くのか検証し、それを活用した施設やシステムづくりをすれば、日本固有の資源となり、さらなるインバウンド旅行者の増加と消費額の増大が期待できます。また、そのノウハウを海外の新興国などに提供するという新たなビジネス展開も可能になります」

ともすれば個々の問題とも捉えられる「心理学」。先生が進める研究は、日本や世界が抱える問題を解決するほどの大きな意義を持っています。

高校生へのメッセージ「心理学で、社会の変革にチャレンジしよう」

心理学というと、「内面に迫る学問」というイメージがありますが、私の研究室で探究しているのは「社会に生かす心理学」。すでに心理学の手法や概念は、経済や経営、マーケティングなどさまざまな分野で応用されており、活躍の場は無限です。また、自身を知り、その能力を伸ばしていくことで、より有益な人材になれるので、あらゆる職種で生かせます。心理学は就職に不利? というのは、過去の話。ともに「社会に生かす心理学」を実践しましょう。


※この記事は、株式会社アネスタ発行「研究力が高い大学」の掲載記事を再構成したものです。

プロフィール

PROFILE

小口 孝司 教授

現代心理学部心理学科
1990年東京大学大学院社会学研究科社会心理学専攻博士課程修了、博士(社会学)。1987年立教大学社会学部助手就任。1990年日本労働研究機構研究員。1992年昭和女子大学助教授。2004年千葉大学助教授を経て、2009年より現職。2015年ジェームス・クック大学(オーストラリア)客員教授。2015年パデュー大学(アメリカ)客員研究員。
専門は、社会心理学、産業・組織心理学、観光心理学。

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