よりよい働き方を求めて

経済学部経済政策学科准教授 首藤 若菜

2015/10/19

研究活動と教授陣

VOL.15

OVERVIEW

経済学部経済政策学科 首藤 若菜 准教授による研究室紹介です。

「働くこと」を考える

ゼミ「現代日本の労働問題」の様子

私は、「働くこと」を研究しています。
資本主義社会においては、すべての財は商品として販売されていますので、親族から莫大な資産を受け継いだり、数億円の宝くじが当たったりといった例外がない限り、多くの人は、働くことによって、生活を支えています。働くということは、人が生きていくために、不可欠である営為の一つです。

同時に、「人はパンだけで生きるものではない。」(マタイによる福音書4章4節)という言葉があるように、私たちは物質的な豊かさのみを目的として生きているわけではありません。働くことには、お金を得るという他に、やりがいを感じたり、能力を向上させたり、他者から評価や感謝を受けたり、社会に参加・貢献したり、そして社会的なつながり(連帯)を築くなど、さまざまな意味があります。

しかし、今日、こうした労働の意義を実感できない働き方も少なくありません。働くことに、人生の多くの時間を割かざるを得ない私たちにとって、この時間をいかに幸せに過ごすことができるか否かは、人生の幸福感に深く関係します。よりよい働き方とは、どのような働き方であり──それは決して一つのモデルが示せるようなものではないでしょう──、それはどうすれば実現できるのだろうか、ということを日々考えています。

大学生にとって、働くことを真剣に考える最初の機会は、就職活動だと思います。そもそも私が、この分野の研究を志したきっかけも就職活動でした。
私が、大学を卒業するころは、バブルがはじけた後の「就職氷河期」であり、中でも、女子学生の就職難は、深刻な社会問題となっていました。女子学生は、男子学生よりも採用されにくく、選考過程において差別やセクハラが生じていることが、たびたび報じられていました。

私は、友人たちと一緒に「泣き寝入りをしない女子学生の会」という組織を立ち上げ、女性差別の実態やそれに対する怒りを世に訴えかけようとしました。働く場において、なぜ女性に対する差別がなくならないのか、ということへの関心が、私の研究の出発点となりました。

労使関係研究

大学院に進学し、長らく女性労働をテーマに研究を進めてきました。働く実情を知るためにさまざまな職場を訪ね、実態を見せてもらい、多くの人に話を聞かせてもらいました。正社員やパートタイマー、派遣労働者、技術者や事務職員、工場現場の労働者など、さまざまな人と出会い、働くことへの思いや各職場が抱えている課題に、耳を傾けてきました。時には、工場のラインに入れてもらい、共に働き、汗を流しながら、インタビューをさせてもらったこともあります。

そうした経験の中で、私は、働く人々が抱える不安感や理不尽さ、つらさ、心身の疲弊といった問題を少しでも減らしていくためには、働くことに関わるさまざまなルールの決定に、労働者が参加し、発言することが重要であると感じるようになりました。言い換えると、労使関係が機能不全に陥っているせいで、働くことの本来の意味が失われようとしているという問題意識を抱くようになりました。労使関係とは、広い意味で、働く人々が働き方について発言し、その決定に参加していくことの実態を考察する学問分野です。その主たる担い手は、労働組合です。

労働組合と聞くと、現在では、広く労働者のために活動しているというよりは、既得権を擁護するばかりの組織だといった印象を抱かれる方も多いかもしれません。確かに、そうした側面がないわけではありません。しかし、今日においても、多くの人にとって、より望ましい働き方を実現するためには、労働組合を機能させることが大切であると私は考えています。

グローバル化と労働組合の役割

学生の発表に対してアドバイスする筆者(左)

最近は、「グローバル化に対応した労使関係のあり方」について研究しています。
私は、自動車産業を研究フィールドとしていますが、日本のみならず海外においても、大手自動車メーカーは、世界中に多数の工場と事業所、そして多くの従業員を抱えています。具体例を示せば、トップ企業であるトヨタ自動車は、海外27の国と地域に52工場を保有しています。海外拠点の従業員数は、26万人を超えていて、総従業員数の8割を占めていま
す。自動車メーカーは、特に2000年代以降、急速に海外での事業活動を拡大させていきました。

経営のグローバル化が加速している一方で、そのカウンターパートである労働組合はどうでしょうか? 多くの組合が、いまだ一国的な活動にとどまっています。例えば、日本の大手製造業の企業別組合は、国内工場で働く従業員(組合員)の雇用と労働条件をいかに維持するのかを最大の課題としています。その一方で、自社が保有する海外工場の従業員への関心は薄く、在外工場が閉鎖されたり、労使紛争が発生したりしても、現地の労働者や労働組合と連携することはまれです。

企業のグローバル化と労働組合の一国的運動という労使間のズレは、一体何をもたらすのでしょうか?雇用と労働条件に影響する法律や制度、そして規制は国ごとに決まるので、労働組合が一国単位で労働条件を規制してきたことには、一定の合理性があると考えることもできます。また、言語や文化、労働慣行は、国によって大きく異なるため、各地で生じた労使紛争や労働問題は、各国の労使間で解決すべき課題のようにも思えます。

しかし同時に、労働組合が、国境の内側において、雇用と労働条件をいかに規制していても、今日では国境の外側からそれが揺さぶられ、規制力を失う可能性があります。実際、企業はどこで何を生産するのか、ということを決めるにあたって、国内と海外の工場間で製造原価や生産性を比較し、最も効率的な場所はどこかを検討しています。その結果、国内の生産拠点が流出したり、もしくは雇用を守ることと引き換えに、国内工場で労働条件の引き下げを容認したりするようなケースは、少なくありません。つまり、国ごとに異なる労働条件や法規制が、生産立地や投資先の決定に影響を与える中、国内状況だけで決められる事項はますます減少しています。

また、企業が海外に生産や研究の拠点を拡大させていることは、本社の決定に影響を受ける労働者が、本国以外にも増加していることを意味します。工場の新設や撤退、拡大や縮小といった決定事項は、その規模にもよりますが、本社で最終的に決断されることが多いと考えられます。各工場の労働組合と現地の経営代表者が、各地でいくら協議を重ねていても、そもそも現地の経営者にどれほど決定権が委譲されているかは分かりません。本社と対峙する力を持つ労働組合が、在外子会社の雇用と労働条件の決定に関わることは、社会的労働運動を強化する上でも重要だと考えています。私は、グローバル化に対応して、労働組合も、国境の内側と外側の両方に対して、規制力を持つことが求められていると考えています。

こうした問題意識のもと、ここ数年は日本の自動車メーカーだけでなく、ドイツの自動車メーカーと労働組合、そして国際的な労働組織に調査に出掛け、そのヒントを得ようとしています。

プロフィール

PROFILE

首藤 若菜

経済学部経済政策学科准教授

【略歴】
2000年4月 山形大学人文学部専任講師
2001年3月 日本女子大学人間生活学研究科博士課程単位取得満期退学
2002年3月 博士(学術、日本女子大学)取得
2003年9月~2004年8月 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員
2006年4月 山形大学人文学部助教授
2007年4月 日本女子大学家政学部専任講師
2010年4月 同准教授
2011年4月 立教大学経済学部経済政策学科准教授

【著書】
・単著
『統合される男女の職場』(勁草書房、2003年)
・共著
『叢書・働くということ 第5巻 労使コミュニケーション』
(久本憲夫編著、ミネルヴァ書房、2009年)
『労働市場・労使関係・労働法』(石田光男・願興寺晧之編著、明石書店、2009年)

【主要論文】
「経営のグローバル化と労使関係」『日本労働研究雑誌』655号、2015年
"Dynamics of Skill Transfer Procedures in the Electrical Industry: a comparative study in France and Japan", International Management,Vol.18, 2014, (with Emilie Lanciano).
「男性稼ぎ主モデルと女性労働」『社会政策』5巻1号、2013年「非正規社員のキャリアと雇用保障─百貨店A社の事例から─」『立教経済学研究』65巻3号、2012年

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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