小さな実験室で、高次元の空間を探す

理学部物理学科教授 村田 次郎

2015/07/01

研究活動と教授陣

OVERVIEW

理学部物理学科 村田 次郎 教授による研究室紹介です。

「高次元空間」との出会い

立教大学の地下実験室と余剰次元探索装置 Newton-IVh。ミリメートル距離での重力 の精密観測に成功した、大学院生が中心の 重力の研究チーム

「異次元の世界」や「高い次元から考える」などとはよく使われる表現だが、私の研究は文字通り物理学的に三次元空間の外側の、四次元以上の「高次元空間」の存在を実験で探すものだ。もし世界に先駆けて見つけることができれば、人類の世界観を一変させる大発見となることは間違いないだろう。そんな研究を、池袋キャンパスのとある小さな地下実験室で学生たちと、ああだこうだ工夫しながら始めて10年になる。

四次元以上の高次元空間はまだ誰も見つけていないが、物理学者は、あるかもしれない、いや、むしろ、あるべきだ、とまで真剣に考えている。そんな最先端の物理学の考え方を初めて知ったのは高校生の頃だ。すごいな、とは思ったが、まさか自分でこの問題に取り組むことになるとは思わなかった。それどころか、今では正面から大真面目にこの研究を進めて成果をきちんと挙げ続けているのは、日本では立教大学の私の小さな研究室だけと言ってよいだろう。

アインシュタインは一般相対性理論という理論において、時間と空間の歪みが重力の正体である、という主張をしたのだが、このように空間を研究することは重力を研究することと密接な関係がある。実際、私の研究では、誰もが正しいと信じている、有名なニュートンの万有引力の法則という重力の基本法則が本当に正しいのかどうかを実験で精密に調べている。もし、高次元空間があるならば、万有引力の法則とは合わない実験結果が得られるはずだからだ。理論的な予想では、髪の毛の太さ程度の小さな2つの物体の間にもはたらくはずの非常にわずかな重力の強さを計測することができれば、万有引力の法則の予想よりも強い重力が観測されるはずだ、と考えられている。

わが研究室は重力の研究室であり、実際、このようなキーワードでインターネット検索すれば立教大学が常に最上位に表示される存在になっている。しかし、実は、私は立教大学に着任する前には重力とは全く無関係の研究を行っていた。今でも私の研究テーマは「原子核・素粒子物理学」というミクロの世界を調べる研究分野であり、その一環としてミクロの世界での重力の研究も行っている、という位置づけになる。しかし、ごく最近までミクロの世界での重力は実験的な研究対象として完全に無視されてきていた。ニュートンの万有引力の法則が正しいのならば、電気力などの他の力に比べて極端に力の強さが弱いはずで、測定は不可能だと思われていたからだ。

ところが今から十数年ほど前、もし高次元空間があるのならば、重力はミクロの世界ではずっと強くなっているかもしれない、という大胆にして天才的な説が唱えられた。それまでの常識とはかけ離れた考え方だが、一理も二理もある説得力のある斬新な予想で、驚きと共に非常な注目を集めた。今では、巨大科学の代表格であるヨーロッパの「LHC加速器」という実験で、最重要の研究テーマの一つとして、この万有引力の法則の検証、つまり、高次元空間の探索が数千人・数千億円規模の国際巨大実験の一環として進められているほどである。
私がこの重力の実験を始めることになったきっかけは、研究所の研究員をしていた頃に、立教大学の教員として着任することが決まったことだった。それまでの研究者としての仕事に加えて、今度は教育者として学生の教育をしなければならない。特に、理系では学部の4年次生の学生や大学院生は講義の他に、自分のテーマを持って研究することがむしろ大事なのだが、その指導をしなければならない。すでに任期切れの心配のない終身雇用の研究員になっていたものを、今度は大学の先生になるのだから、せっかくだから面白い研究を学生と楽しくやってみたい、どんなテーマがよいかな、と考えて思いついたのが、この高次元空間のテーマだった。成果は期待せず、学生が楽しく最先端の物理学につながる研究ができれば十分、とごくごく気軽に遊び半分で取り組んでみることにした。

池袋の小さな実験室から世界へ

カナダ・バンクーバーのTRIUMF国立研究所に設置 された、立教大学の時間反転対称性の検証実験装 置。大学院生は長期間、現地に滞在して時間の向き と、原子核距離における余剰次元の探索に関する研 究を世界一の精度で進めている

「新しい技術は新しい物理を生む」とは私の大学院時代の師匠の言葉なのだが、新しい実験技術を開発すると、それを生かした新しい科学的な研究テーマが生まれるものなのだ。この時も、研究テーマが先ではなくこの実験が可能となる、新しい高精度センサーを以前に開発していたことがあったことが背景としてあった。それは、LHCのような、RHICというニューヨークにある、やはり巨大な素粒子・原子核実験をアメリカでポスドク時代にやっていた頃に僕が発明した技術だった。

家庭用のごく普通のビデオカメラを使って少し工夫した画像処理を施すだけで、1千万分の1ミリメートルという驚異的な精度で物体の位置を観測できる技術である。これを世界で他に誰も持っていない武器として利用して、立教大学の卒業研究の4年次生たちと重力の実験を意気揚々と始めることになった。始めてはみたものの、なにせこの新米の先生からして全く初めての研究分野で、ひらすら失敗が続いた。この研究を始めて2年が経つ頃、ようやく重力の兆候が見え始めたことで俄然、ファイトが湧き、3年目には非常に明瞭な重力を乾電池ほどの大きさの物体間で観測できるようになった。僕がアイデアを出しては4年次生や大学院生たちが寝食を忘れるほど頑張って実際に試してみると、全然ダメです、ということの繰り返し。それでも、時々訪れる小さな成功の瞬間。それを積み重ねてきた年月が楽しかったのは、このテーマに惚れ込んだ学生たちが目を輝かせて真剣に取り組む姿を見せてくれるからであることは言うまでもない。遊び半分で始めたこの研究も、次第に学会などで注目されるようになり、気が付けば最先端を走っていた。高次元空間という刺激的な研究内容で、一般のメディアに取り上げられることもここ数年で急増し、わが研究室の大学院生たちはテレビに雑誌にしばしば登場している。今では、研究の主役は完全に学生たちで、私の方が時々、分からないことを教えてもらうことがある程に眩く成長した。

そして研究開始から10年目にして、ついに、当初、目指していたミリメートル距離での物体間にはたらく重力を精度よく計測できるようになり、予想された高次元空間の存在に対して重要なデータを得ることに成功した。ある、と思われた場所には、高次元空間は、なかった。シャープペンシルの芯程度の小さな物体間にはたらく重力を苦労の末にきちんと測った結果、ここでもニュートンは正しかった。高次元空間の探索に関して、われわれは既にLHC加速器で探っている領域に到達して互角に競っているが、これからはさらに先の、もっと小さな世界を探さなければならない……。今まで開発してきたミリメートルでの重力センサーでは使い物にならない。一からやり直しである。

現在、村田研究室ではこの10年間の経験と技術の蓄積を踏まえて、前人未到のミクロン距離での重力の精密計測に挑戦している。しかし、もはや素人ではない。どんな基礎データを集める必要があり、どんな要因が精度を悪化させるかもポイントは熟知している。おそらく、今がこの研究の正念場である。今日も、高揚した大学院生、4年次生たちが夜遅くまでそれぞれ担当する開発を進めるだろう。なにせ、わずか数人の学生ばかりの小さな実験で巨大科学実験と、しのぎを削って世界中をあっと言わせてやろうとしているのである。いやでも頑張ってしまう。

プロフィール

PROFILE

村田 次郎

理学部物理学科教授

【略歴】
1999年京都大学大学院理学研究科単位取得退学。博士(理学)。米国ブルックヘブン研究所、理化学研究所研究員を経て2003年立教大学講師、2005年同准(助)教授、2012年より現職。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学訪問研究員。余剰次元探索のための近距離重力実験のほか、カナダ・TRIUMF研究所での時間反転対称性の研究を実験代表者として進めている。

【著書】
『「余剰次元」と逆二乗則の破れ』(講談社、2011年)
ほか

【TV出演】
「コズミックフロント」(NHK、2014年)
「ガリレオX」(フジテレビ、2013年)
ほか

【その他】
趣味は登攀的な山登り、長野の別荘(ドームハウス)のセルフビルド。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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