東ティモールで国連ユースボランティアの活動に従事して

青波 美智 さん(異文化コミュニケーション学部4年次)

2014/06/04

RIKKYO GLOBAL

OVERVIEW

東ティモールで国連ユースボランティアの活動に従事した青波美智さんにお話を伺いました。

国連ユースボランティアは、国連機関である国連ボランティア計画(UN Volunteers)と大学が連携し、学生を開発途上国にある国連事務所や政府機関、NGO等にボランティアとして派遣するプログラムです。2013年度派遣された12名のうち本学学生は3名で、それぞれカンボジア、東ティモール、ベトナムに派遣されました。今回は、東ティモールに赴いた青波美智さんに話を伺いました。

国連ユースボランティア(以下、ボランディア)に応募されたきっかけは何ですか。

国際協力は以前から自身の興味・関心のある分野の一つでした。その中で国連という機関が、世界の諸問題あるいは開発にどのように取り組んでいるのか理解を深めたかったのが主な動機です。当時の自分にとって身近でない、また座学でしか学んだことのない国連という組織の中に入って体験的に学び、働くことができる機会は、これを逃したら二度とこないだろうと強く思ったのを覚えています。また一組織に属しての業務経験も、発展途上国への渡航経験もなかったので、自分の可能性を模索したかったのも大きな理由です。

ボランティアでは具体的にどのような活動を行いましたか。

会議にて議事録を執筆中

UN Womenという、ジェンダー平等と女性のエンパワメントを掲げている組織の中で、Communication Liaison(広報および連絡調整)に従事しました。簡潔に説明すると、UN Women が行っているプログラム運営の補佐です。UN Women には、女性の平和と安全保障、女性に対する暴力撲滅、女性の政治参加など 5 つのプログラムが存在します。私は各プログラムと連携を取りつつ、物資調達、ステークホルダーへの報告書の作成、Webサイトへの記事執筆、出版物のデザインなど、さまざまな業務を任せていただきました。会議やワークショップに参加し、書記、写真撮影、参加者へのインタビューを行うことも私の仕事の一環でした。地方への出張へも何度か同行させていただいて、農村地における女性の権利保護状況や、地方の警察署・病院の現状調査にも関われたことは思い出深いです。またUN Women以外の国連機関(UNICEF, UNDP, WHOなど)や現地のNGO、ティモール政府の職員などとのミーティングにも頻繁に出席し、UN Womenとしての意見交換や、議事録執筆などを担当しました。
業務言語は基本的に英語ですが、東ティモールの公用語の一つであるテトゥン語の使用を余儀なくされることもありました。辞書とメモを片手に、女性の平和と安全保障のワークショップへの参加者 30人余りにテトゥン語で参加確認およびインタビューを行ったことは、一生忘れないと思います。

海外の人たちとの交流はいかがでしたか。

一言で述べると、非常に新鮮でした。海外の方との交流は以前からあったのですが、”仕事の同僚”という付き合いを持ったのと、自分の両親程の年代の方に囲まれて過ごしたのは今回が初めてだったというのがその理由です。休憩時間中の主な話題(家族の近況、国際情勢、業務内容など)一つとっても、普段の同年代の友達とのそれとは異なり興味深かったです。しかし一歩仕事場から離れると、国籍人種問わず和気あいあいと盛り上がり、一緒に食事をしたり国内を旅したりしました。またティモール人に特化すれば、彼らは皆非常に友好的で、外国人である私を真っ向から受け入れてくれました。

ボランティアで大変だったことはありますか。

苦労したのは、UN Womenの動きを常に把握している必要があったことです。どのプログラムの、どの書類が、今どこにあって、更に次はどうされるべきなのか。このようなことを全てのプログラム分把握し、そこからニーズや次の段階を考え出し自ら行動するのは、想像以上に困難でした。もっとも、UN Women以外の機関の状況も常に考慮したうえで行動に移さなければならなかったのですが…。
「国連ボランティア」といっても、日本語における「ボランティア」とは意味が大きく異なり、自発的に(voluntarily)動くということが国連における「ボランティア」の意味するところであり、また業務をこなす上での必須要件だったように個人的には思います。従って責任も重く、特に派遣後最初の数ヶ月は、頼まれた業務をなんとかこなすことで精一杯。業務の一連の流れや組織の構成・文化を理解し始め、かつ自分主体で動けるようになったのは、お恥ずかしい話ですが、派遣期間も終わりに近づいた頃でした。
英語の聞き取りにも苦労しました。世界各地から集まっている同僚の英語の発音に慣れるのに、予想外にもかなりの時間を要しました。慣れない専門用語が飛び交う中、各言語の特徴が残る英語を理解し、更に自分も発言しながら書記として議事録を書き進めるのは、私にとって決して容易な作業ではありませんでした。人それぞれ英語の表現・発音が異なるので、話し合いをよりスムーズに進めるために、相手によって自分の英語の表現・発音も意識的に変えていたこともあります。

ボランティアで嬉しかったことはありますか。

東ティモールの伝統的織物、タイス

「いつでも戻ってきて」「UN Womenによく貢献してくれたわ」「またUN Womenに入ったら勤務地は東ティモールにしてよね」。勤務最終日に、UN Womenの同僚たちが開いてくれたお別れ会にて言われた言葉です。半年分の疲れや悩みが一気に吹き飛んだ瞬間でした。またUN Women職員全員からの贈り物として、私の体がすっぽりと隠れるほど大きなタイス(東ティモールの伝統的織物)をいただきました。ある同僚曰く、私一人のために、サイズも柄も特注してくれたということ。そのタイスを見ると、今でも胸がいっぱいになります。
また、掛け替えのない友人たちがたくさんできたことは、何よりの収穫でした。これは国連だけでなく、ティモールで出会った全ての人に共通することです。特にUN Womenの同僚は全員両親のように感じたし、毎日家に通って一緒に遊んでいたティモール人の女の子たちは、今でも姉妹のように思っています。会う人会う人が笑顔で声を掛けてくださったおかげで、仕事中でもプライベートでも、笑顔の絶えない、明るい日々を送ることができました。人間関係は、誰よりも恵まれていたと享受しています。

ボランティアで得た経験を今後どのようにいかしていきたいですか。

自身が体験的に学んだことの一つは、「アンテナさえ張っていれば、興味・関心の幅はいくらでも広がる」ということです。私自身、UN Womenで半年間働いた結果、今まで考えもしなかったジェンダーという分野に興味を持ち始めました。ティモールを含む発展途上国でのジェンダー事情に触れた結果、日本におけるジェンダー問題についても関心が膨らんだのは事実。同時にジェンダー問題に対する自分の無知さに愕然としましたが、この機会を無駄にするまいと、現在執筆中である卒業論文のテーマにあえてジェンダーを取り入れるという形で取り組んでいます。
具体的な将来像については未だに模索中です。ただし英語教育、開発、教育開発の分野に対する興味は派遣前も派遣後も変わらないので、それらの分野には今後も目を向けていようと思います。また「アンテナさえ張っていれば、興味・関心の幅はいくらでも広がる」という持論を信じ、自分の専門を深めつつ、常に新たな領域に挑戦していきたいと強く思います。

以上です。ありがとうございました。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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