祭壇の組み合わせ文字(新座チャペル)

チャペルの豆知識

2017/04/26

キリスト教とチャペル

OVERVIEW

チャペルにまつわる豆知識をご紹介します。

立教学院聖パウロ礼拝堂祭壇 中央が組み合わせ文字

新座の立教学院聖パウロ礼拝堂チャペル正面には大きな祭壇が設置されており、その中央下部に不思議な文字が刻まれています。一見意味が分からないような形をしているのですけれども、よく見ると二つのアルファベット、「X」と「P」が重なって描かれているのがわかります。

これは新約聖書の言語であるギリシア語のアルファベット「X」(カイ)と「P」(ロー)で、「キリスト」を現しています。この組み合わせ文字は、チャペルの中心にいつもイエス・キリストが現臨しているのだと語りかけているのです。

この組み合わせ文字が使われるようになったのは、4世紀のローマ帝国にさかのぼると言われています。2世紀末から3世紀にかけてローマ帝国は、「軍人皇帝時代」と呼ばれる時代を迎えます。この軍人皇帝時代は「3世紀の危機」とも呼ばれ、50年間に30名近い軍人皇帝が乱立するという深刻な状況でした。そうした中、ディオクレティアヌス帝(在位284年~305年)はローマ帝国を東と西に二分し、それぞれに正帝と副帝を置いて4人で帝国を治める「四分治制」をつくりあげ、3世紀の危機を終わらせます。

こうした中、西帝国で活躍することになったコンスタンティヌス(副帝306~、正帝310~337)は312年、対立したマクセンティウスとの戦い(ミルヴィスの戦い)にいどんだ時、中空に「X」と「P」の組み合わせ文字を見て勝利を確信し、武具に「X」と「P」をつけて戦い勝利したと言われています。そして翌年313年には、東帝国正帝リキニウスと共に有名なミラノ勅令を発布しました。これよりキリスト教(宗教の自由)が公認され、64年のネロ皇帝による大迫害以来、約250年続いたキリスト教大迫害の時代が終わりを告げることになりました。
さらにコンスタンティヌスは324年、キリスト教弾圧に方針転換したリキニウスをクリソポリスの戦いで倒し、ローマ帝国の再統一を成し遂げました。そしてコンスタンティヌスは自らの統治にキリスト教を採用、日曜日を国家祭日にする等、今日まで続く習慣基盤をつくりあげることになりました。その68年後の392年、テオドシウス帝により異教禁止令が発布され、キリスト教はローマ帝国の国教となるのです。

これ以降、キリスト教を信じる人びとは大量に増え、キリスト教は世界宗教への歩みを始めることになりますが、このように、キリスト教が激しい迫害の時代からローマ帝国国教になっていく過程には、国の混乱という大きな事情があったにせよ、多くの人びとの努力と犠牲がありました。「X」と「P」の組み合わせ文字は、どのような困難に遭遇するとしても、信念を最後まで貫く大切さを語ると共に、戦い・争いの虚しさ、2度とそのような歴史が繰り返されてはならないのを示しています。
新座の立教学院聖パウロ礼拝堂チャペルにお出でになられましたら、是非チャペル内を奥までお進みいただき、「X」と「P」の組み合わせ文字をご覧ください。そして、私たちの使命と平和実現についてお考えいただければと思います。

立教新座中学校・高等学校チャプレン 鈴木 伸明

〔『チャペルニュース』第592号2017年1月号/連載「チャペルのタカラモノご紹介します!」より〕

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